25話 九星の女傑 シスハレナイン
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「ごめんください」
鉄のドアに設置されている小窓が開けられる。
「ん? なんだ嬢ちゃん、こんな遅くに」
「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいですか?」
「あん? 他をあたりな」
「他の家も尋ねたのですが、どこも寝ているのか返事が無くて」
「うちはダメだ。ん? ちょっと待て」
対応した男は、小窓を閉めた。扉の奥で別の男と話しているようだ。
少しの間待っていると、再び小窓が開かれる。
「よしわかった。今開けてやる」
「ありがとうございます」
重そうな鉄の扉が、錆びた音を鳴らしながら開かれた。
「入りな、嬢ちゃん」
部屋の中には、扉を開けた男と、少し奥で椅子に座っている男の二人。
二人とも突然の来訪者を舐めるように見てニヤけている。
「それでは、失礼します」
イクスはそう言い、腰に隠していた短剣を抜いて、奥にいる男に迫る。
目にも止まらぬ速さで男の元に到着し、左手で口を抑えて、右手に持った短剣を心臓に一刺し。
座っていた男は声を出す暇もなく絶命した。
「な、な、なに」
扉を開けた男は、状況の理解できなかった。
応援を呼ぼうと、動揺しながら声を上げようとする。
しかし、イクスが振り向く頃には、首と胸に矢を射られ命を落としていた。
「とりあえず潜入はうまくいきましたわね」
開けられた鉄の扉から入ってきたのはジーコ。
「えぇ。キュウカ、この先の指示を」
『イクス、ジーコ、お疲れ様です。その建物には護衛があと二人、奴隷商が一人残っています。まずはそちらを無力化してください。場所は——』
キュウカが念話で二人に指示を出していた。
「了解した。引き続き制圧を行う」
「任せなさい! 攫ってきた子を奴隷として扱う悪人を許してはおけませんわ」
「くれぐれも気を抜かないように。検討を祈ります」
今イクスとジーコには、とある奴隷商の制圧を行って貰っている。
これは、俺が潰す予定だった黒幕の関係者だ。
攫ってきた子供を奴隷として売り捌き、黒幕に金を流しているゴミ共。
今回はこういった小さな組織であろうと、黒幕と関係のある奴らは全て掃除する予定だった。
『キュウカ、こっちは制圧完了したよ』
『予定通りですわ!』
『異常はありませんわ!』
こちらはウドとロッカとチセ。潜入先は何でも屋だ。
何でも屋とは言うが、裏の仕事専用で、恐喝、盗み、殺し等、なんでもやる集団。
地下の大きめのアジトにそれなりの人数がいるため、殲滅力と機動力があり連携が取りやすい3人に制圧を任せた。
もちろん人選はキュウカだ。
『わかりました。3人ともお疲れ様です。あとはサンキとシロが向かいますので、引き継ぎの後、次のポイントに移動して下さい』
サンキとシロは、制圧後の事後処理を担当していた。
主な仕事は、シロが証拠隠滅で、サンキが護衛だ。
シロは広域の大規模戦闘には向いているが、こういった対人戦闘では真価を発揮しにくい。身体能力的な面も考慮して。
そのため、死体を隠蔽したり、妹達が使用した魔力の痕跡を消す作業を担当していた。
サンキは、シロの作業中に予想外の襲撃があった際の保険だ。
事後処理は騎士団にぶん投げる予定だが、全ての人間が事情を知るわけでは無い。知っているのは騎士団長と上層部の偉い人だけだろう。
俺達が実行したと知られるのは都合が悪い。目立っても不要なトラブルを招くだけだ。
悪事は俺が知っているからな。誰にも気付かれることなくこの世界から退場して貰う。
「お兄ちゃん。みんなは順調みたいだよ」
「そうだな。本当に頼りになる」
「むにゃむにゃ……ルド大好きぃ……」
ハーピには夢を見て貰っている。
それは妹達に降りかかる予想外の出来事を排除するためだ。
妹達が怪我なく作戦を遂行する夢を見て貰うことにより、妹達に危害が加わることはない。
もはやこれは未来予知の片鱗なのでは? と思うが、残念ながら今は検証している暇はない。
そしてキュウカがその全てを指揮する。
まさに完璧な布陣だった。
この国で、妹達を相手にして生き残れる人間はいないだろう。
さて、妹達も頑張っていることだし、俺も俺の仕事をしよう。
「よし、ここはみんなに任せるよ。俺は一旦、黒幕を潰してくる」
「了解だよお兄ちゃん。イクスとジーコにお願いしてる奴隷達は、一旦保護する形でいいんだよね?」
「そうだな。親の元へ返してやりたい。ただ、一部家族も殺されて身寄りのない子もいるから、そこは騎士団長に相談するよ」
黒幕に手を貸している奴隷商は複数ある。
奴隷の数は凡そ100人程度。
中にも犯罪を犯して奴隷になった者もいるが、半数以上はどこからか攫われてきた人達だ。
そういった奴隷達の事後処理も、騎士団長に丸投げしよう。
「よし、それじゃ行ってくる。常に見てるから何かあれば駆けつけるけど、安全第一でな」
「行ってらっしゃいお兄ちゃん! お兄ちゃんも気を付けて」
この場は妹達に任せて、俺も俺の仕事をしよう。
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『その先に奴隷達がいます。負傷者はシロが回復しますので、合流するまで二人は状況の確認を』
「了解」
「わかりましたわ」
イクスとジーコは、奴隷商とその護衛を排除した後、奴隷達がいる部屋の前に来ていた。
扉を開けると、隙間から人が生活しているのか疑問を持つレベルの異臭がする。
衛生的には最悪な環境だと感じた。
ドアの先は一本道になっており、左右には鉄格子の部屋が複数ある。
各部屋には3人から4人の女性が入れられており、皆の顔に生気は無い。
売り物であるため食事は貰えているようで、痩せこけた人はいないが、着る服はボロボロ、排出物もバケツに溜められている。
奥の方には風呂場、衣装部屋、調理場、奴隷の管理簿などが置かれている部屋があるだけ。
基本的に性奴隷として趣味の悪い貴族等に売る奴隷商だ。
精神も壊れていた方が都合がいいからこの環境にしていると思われた。
「最低ですわね」
「あぁ、虫唾が走るな」
「すみません、遅くなったデス」
「いま……つき……ました」
そこへ転移してきたサンキとシロ。
二人もイクスとジーコ同様の感想を抱いた。
「ひとまずここにいる方々に事情を説明して、保護致しますわ」
「そうだな。一刻も早くこの状況から解放しよう」
「わたしは……負傷者の方を……治療……します」
「私も治療を手伝うデス。シロ程ではないですが、回復魔法も使えるデス」
妹達は、それぞれの行動を始める。
今はただ必死に奴隷達の安息を願っていた。
どうか……どうか必死に生きて欲しいと。
そして考える。自分達がどれだけ恵まれていたかを——
今いる奴隷を全て騎士団の訓練場に転移させる。
それが終わればイクスとジーコは次の奴隷商へ。
シロとサンキはウド、ロッカ、チセの方の事後処理へ。
そうして複数の奴隷商と何でも屋を潰していく。
先に全ての何でも屋を潰し終えたウド、ロッカ、チセも、後半は奴隷商の解放を手伝っていた。
全ての奴隷を解放し、残すは黒幕の手足となるアジトのみ。
最後は全員で殲滅するため、キュウカのいる時計台の広場に全員が集合していた。
「お兄様が、仰っていたことの意味を考えていました」
全員で最後の作戦を確認した後、キュウカが話し出す。
『俺達が行うことは、正義なんかじゃない。ただの人殺しだ。俺がみんなを守りたいから潰す。それ以外には理由はない。だけどな、こういう世界があるってことも知っていて欲しい。みんなには』
作戦に移る前にルドが妹達に伝えた言葉。
「今なら兄上の言いたかったことが、痛いほどわかります」
「そうですわね、私達は恵まれていますわ。兄様の妹に生まれたのですから」
「どれだけ守られているかを改めて実感しちゃうよね。私達が奴隷にされていてもおかしくないと思うんだ」
イクス、ジーコ、ウドは自分達の幸福を噛み締める。
妹達は容姿がとても美しい為、奴隷商も喉から手が出るほど欲しい存在だろう。そうならなかったのは、ルドがそういった輩に絡まれないよう常に目を光らせている為だ。
「わたし……知らなかった……こんな……現実……」
「私達も同じですわよ。ショッキングなことが多すぎますわ」
「そうですわね。世間知らずでしたわ」
シロ、ロッカ、チセも自分達の無知さに嫌気が差す。
「でも知ってしまった以上、無視は出来ないデス」
「うん。ルドのために戦う」
「そうですね。私達はそれを為せる力をお兄ちゃんから授けて貰いました」
サンキとハーピとキュウカはその上で決意を固める。
「お兄ちゃんが私達を見て下さっています。私達の思うようにしていいと。私達は、私達が正しいと思うことをしましょう。間違った時はお兄ちゃんが叱ってくれるはずです。私は、生まれて初めて正義の意味が知りたくなりました」
ルドは社会勉強程度にしか考えていなかったが、今日の出来事は、妹達の価値観を変えてしまうほどに大きな出来事だった。
「私達の正義を執行しましょう。お兄ちゃんが信じる私達の」
妹達はそれぞれ顔を見合わせて頷く。
全員で意思の疎通を完了した後、9つ子達は夜の闇に紛れた。
最後の目標であるアジトに正義の鉄槌を下すために。
これが、後に"九星の女傑"と呼ばれた、【シスハレナイン】の物語の始まりだった。




