100話 私のウォーミングアップを手伝ってくれるのかね?
こちらの作品は、小説サイト「カクヨム」の方で最新話を更新しております。
是非そちらでもお読み頂けると妹達が喜びます。
「んぅ……ここは……」
「起きたかい、アーシェ」
「兄様……? 兄様なのですか!?」
目を覚ましたアーシェは、目の前にいた死んだはずの兄、アレイの姿を見て驚く。
「そうだよアーシェ。今まで寂しい思いをさせてしまってごめんね」
アーシェを手を伸ばし、アレイの頬に触れる。だが、アレイの体からは生命の熱を感じなかった。
「兄様……生きて……おられたのですか?」
「いいや。僕は確かに死んだよ。正確には蘇ったが正しいのかな?」
「そうだったのですね……周りの方々は……どなたですか?」
アレイの背後には10人の黒マントの集団が立っている。フードのせいで顔は見えないが、圧倒的な存在感を感じ取りアーシェの脳内で警鐘を鳴らしていた。
——この集団は良くない。
直感的にそう感じたアーシェ。なぜか愛する兄であるアレイからも同じ雰囲気を感じた。そこにはアーシェがよく知る兄の面影など微塵もなかった。
「僕の今の仲間かな? ある目的のために一緒に行動しているんだ」
「アレイ兄様……一緒に帰りましょう。この方々は……その……危険に思います……一緒に王国でまた暮らしましょう! アーノルドお兄様も御喜びになります! それに……紹介したい人達も出来ました」
「それは、あの女の子達かな? それとも兄の方かな?」
「ご存知だったのですね……彼女らは……今どうしてますか?」
自分の覚えがない場所で目を覚ました。頭のいいアーシェならばこの状況でわかる。自分は攫われたのだと。
その場合、救出に動くのは騎士団、ルド、シスハレナインが考えられる。その中でルドは今動けない状況だ。
アレイの口ぶりから、シスハレナインが自分の救出のために動いていると察した。
「お友達が心配かい? 大丈夫。傷はつけてないよ。今頃どこか自然の多いところで休んでるんじゃないかな」
「……アレイ兄様……アレイ兄様は、私を攫ったのですか?」
「直接僕が攫ったわけじゃないけどね。お願いして連れてきてもらったんだ。どうしてもアーシェに会いたくて」
「私も会いたかったです……でも、このような形でなくとも兄様であれば王都でお会い出来ました。なぜこのようなことを……」
「僕は既に死んでる人間だからね。そう簡単には会えないよ。それに、アーシェにお願いしたいことがあるんだ」
「お願いしたいこと……?」
「そこまでです!!」
そのとき、二人の会話を遮るように声が響く。
「もたもたしているから邪魔が入ったぞ、アクベンス」
「久しぶりの家族との再会なんだから、少しは水を刺さないでいてくれると思ったんだけどな。そういうわけにはいかないらしいね」
声のする方に見えたのは、8人の少女達だった。
「随分早かったね。リラックス出来ると思って森林旅行を選んだけど、お気に召さなかったかな?」
「センスは悪くありませんが、あいにくリラックスしている暇が無かったので。アーシェを返してもらいますよ」
本来はルドが目を覚ますのを待つべきなのだが、アーシェが目を覚ましたことで状況が変わった。
アレイのことを愛していたアーシェは、アレイの話を聞いてしまえば言いなりになってしまいかねない。実際、キュウカ達もルドに何かを言われたらそれが悪いことであっても従ってしまうからだ。
もちろんルドがそんなことを妹達にさせることはないのだが、アレイは違う。アポカリプスに身を置いている以上アーシェに何を吹き込むかわからなかった。
「それは構わないけど、アーシェの意思はどうなのかな?」
「それは……戻ってから説明します」
「もう二度と会えないかもしれないのに? アーシェはどうだい? このまま戻りたいかい? 僕はアーシェの望むようにしてあげたいと思ってるよ」
困惑した表情を浮かべるアーシェ。少し考えて口を開いた。
「私は……兄様のお話を聞いてみてから判断してもいいか思います」
「アーシェ!!」
「わかっています!! ですが……死んでしまったはずの兄様にまた会えたのです……戻って来れるように計らうのは……いけないことでしょうか……」
「それは……」
「アーシェはこう言っている。まずは話をさせて貰うよ」
アレイはそう言うと、自分とアーシェの二人だけを囲むように障壁を張った。
「どうするアーシェ……」
「あそこに辿り着く前に10人のイクリプティクがいますわよ……」
「そうだとしても……いくしかないです!!」
その言葉が合図となり、戦闘態勢に入るシスハレナイン。
「愚かな。我々とやるというのか」
「参る!!」
イクスは一番近い黒マントに接近して斬りつける。しかしその刃は黒マントの手によって掴まれて、ピクリとも動かなくなってしまった。
「我々とお前達では存在の格が違う。その程度では話にならん」
「いけっ!!」
イクスが一人の黒マントを抑えているうちに他の7人がアーシェとアレイの元へ走る。
「僕が通すと思った?」
「あら、よそ見はいけませんわ?」
次に出てきた黒マントをジーコが矢で牽制する。
「え〜めんどくさいからパス」
「足止めの必要はない。もう終わる」
「あんたらね……敵が来てたらヤるでしょ!!」
「させないデス!!」
さらに一人とサンキが対峙する。
「キュウカ……行って」
「他は何とかしてみせるから!!」
「行きなさいキュウカ!」
「アーシェに何かされる前に!!」
黒マントの集団を抜けてアーシェとアレイに迫る。
キュウカ以外の妹達は残りの黒マントが後方から仕掛けて来ないように足止めに徹するために残った。
キュウカはアーシェがいるところに張られた障壁へ辿り着く。
「アーシェ! 聞こえていますか! アーシェ!!」
「外が騒がしいけど、気にすることはないよ。さぁ、僕の後に続いて唱えるんだ」
「はい……兄様」
「アーシェ! いけません!」
「これで僕も救われる。アーシェのおかげだよ。さぁアーシェ、さっき言った通りに言えるかい?」
「はい……"哀れな片割れよ、我が胴体よ、今こそ運命が交わる時、我が名はアシュレシャ。海蛇の頂きなり"」
すると、空間全ての景色が変わる。そこは、以前ダンジョン攻略時に訪れたことのある湖だった。
そして現れる9つの首を持った存在、ヒュドラ。
「我から剥がれ落ちた星の一つをお前らが回収してくるとは想定外だが、甘んじて受け入れよう」
ヒュドラは一番近くにいたアレイに話しかける。その腕の中には意識を失ったアーシェの姿があった。
「今はただ力を蓄えるといい。その内全て奪いにくるさ」
「たかが星ごとき、何体集まろうと我の敵では無い」
「僕等が奪うわけじゃ無い。僕らの主が、だよ」
「ふん。彼奴がそれを出来る器とは思えんな」
キュウカはヒュドラとアレイから目を離せないでいたが、キュウカの脇を10人の黒マントが通り過ぎて、アレイに合流した。
嫌な予感がしたキュウカは振り返ると、そこには横たわった他の妹達の姿があった。
「イクス……ジーコ! サンキ! シロ! ウド! ロッカ! チセ!」
「ねぇねぇ、あいつらは殺していいの?」
「この子のお友達だからね。ヒュドラに取り込まれた方が喜ぶんじゃ無いかな。アーシェも一緒にいられるだろうし。ゆくゆくは兄とも一緒になれるんだ」
「九星の巫女に手出しはさせん。これ以上用が無いなら立ち去れ」
キュウカは絶望に打ちひしがれる。妹達はボロボロで、アーシェも救えない。イクリプティクと戦っても勝てる見込みは無く、もうすぐ自分達もヒュドラに取り込まれてしまう。
最善の手は尽くしたつもりだったが、及ばなかった。それだけだ。
その結果がこれだ。
最後に願うのは、残してきた妹であるハーピとアルファ。そして兄のことである。
——私達がいなくなっても……幸せになってください。
「それを願うのは少し早いぞキュウカ」
キュウカの耳に届いたのは、今最も聞きたかった声だ。
懐かしい、温かい存在に包まれる。さっきまで絶望していたのが嘘のように、たった一言で心に希望が灯った。
「おにいちゃん……お兄ちゃん!!」
声の主に向かって泣きながら飛びつくキュウカ。そこにいたのは間違いなく愛する兄の姿だった。
「遅くなってごめん。あとは任せてゆっくり休んでて。あとは俺が何とかするから」
頭を撫でられたのはいつぶりだろうか。当たり前だった全てから愛情と希望を感じた。
「ハーピ、アルちゃん、みんなの治療を頼むよ」
「わかったよルド!」
「張り切りすぎてまた倒れないでよ?」
「がってんしょうちのすけ」
俺は、もし異世界に来たら言ってみたかったランキング53位の言葉を目の前の奴らに贈る。
「さてお前ら、私のウォーミングアップを手伝ってくれるのかね?」
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