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第六章 恐るべき者達

 自分は観察者ではないかと思ってはいたが、アデリーネは自分のあり様に驚愕した。

(何これ)

「お嬢様これはどういうことですか?」

 巨大化したエルゥは毛穴までハッキリ見えた。何て肌理の細かい肌だろう。いや違う、自分が小さくなったのだ。

「巧く髪飾りに出来たわねエルゥ」

「うん、これで安全に一緒に行けるね」

 エルゥは魔法の出来に納得する。だが髪飾りに封印されたアデリーネは全く納得していなかった。髪に差されそうになって慌てる。

「ちょっとちょっと、待って下さい。説明して下さいお嬢様」

「?説明?だってアデリーネは私の日々の出来事を書き記してお父様やお母様に提出してるじゃない」

「その通りですが…」

「だったら今日の私の活躍もちゃんと書いてもらわないと」

「えええええ、そんなぁ、お嬢様の活躍が見れないのは残念ですけど、私は足手纏いにならない様に留守番してますから!お話は後でゆっくりお聞きしますから⁉」

 極悪犯ばかりが収監されている監獄になんて行きたくない。

「事細かに話すとかって面倒臭いじゃない」

 師匠のダユーと同じことを言う。

「それにその間にあった嫌な事とか思い出してしまうでしょ?」

 だからエルゥは辛い修行のことを愚痴愚痴と訴えることをしないのだ。自分勝手に「酷い目に遭いました~」と訴えたら理解してもらえると思い込んでいる。

「大丈夫よ。封印して空間ごと小型化するのはプウちゃんに教わった通りしたんだから」

 そういう問題ではなかった。

「もしそこら辺にポトとか落ちたら私どうするんですか?ここに閉じ込められたまま私どうすればいいんですか?」

 敢えてエルゥが倒されるという仮定は口にしなかった。

「お師匠様にも言ってあるから私が倒されたりしたら捜してくれるわ」

(そんなさらりと、私まで巻き込まれたらどうしてくれるんですか。まだ仕送りは必要なんですよ!)

「でもですねぇ……」

 言募ろうとした時、マノンが見覚えのある人物を従えて来た。

(あれは、私の胸を高鳴らせた人…)

「パトリス・ヴィアルドーとリゼット・シュヴィヤールよ。露草の君の招待だから初日に挨拶位はしてるよね。今回の捕り物に志願してくれたの」

 どちらも露草の警護隊士だから親しく言葉は交わしていなくても見覚えはある。

(それって、やっぱり、もしかして…)

「オディロンが攫われたと聞いて居ても立っても居られなくて。決して足手纏いにならないとお約束します。何かあっても捨ておいて下されば結構です」

 愛する人の危機に断られても付いて来るだろう。

(やっぱりぃ⁉)

 一気に鼻息を荒くするアデリーネにはリゼットは目に入っていない。

(ああ、尊い…尊いわ。割とイケメンだし全然イケてる。尊いじゃないですかぁ)

 ヴィヴィも感激している。

「愛の為に命を掛けるのね。ステキだわ」

「エルゥ、あのね」

 パトリスの自己紹介にマノンはエルゥの反応を気にして言葉を選んでいた。アデリーネも我に返る。

「あなたが避けてたからオディロン凄く傷付いてたわよ」

 メッとヴィヴィがパトリスを叱るとマノンとアデリーネは目を瞠った。

「ご存知でしたか…」

 かなり覚悟して告白しただけにパトリスには驚きと安堵が共に来た。

「フラミンゴ見ながらお互いのこと色々話したの」

 ヴィヴィがエルゥの声で代弁する。

 外見で侮られがちなエルゥを侮らず、口にし難い恋バナを正直に打明けてくれたことが嬉しかった。

「ではパトリスはオディロンの救出をお願いね。助けたら直ぐにその場を離れて、私は他の連中を引き受けるから」

(グッジョブお嬢様⁉てことは恋の逃避行になるの?尊い!尊いわ⁉)

 リゼットもパトリスの肩を叩き頷いた。

 目を真っ赤にしてパトリスは感激する。

「恩に着ますエルメンガルト嬢、マノン、リゼット。この恩は決して忘れない」

「ニノンとナタンは荷物と一緒に国境付近で待ってるから、オディロンなら二人の場所を捜せるはず」

「有難うマノン」

 オディロンの母、聖女を助けるとすると、気の毒だがオディロンには国外に出てもらう他ない。アルトワ・ルカスにいれば母の狂気がいつまた動き出すかしれないからだ。オディロンには否やはないだろうし、彼がいればパトリスは世界中どこに行こうと構わない。

「お兄も行かせようとしたんだけど、鬱金様に止められたの」

 ミーシャの本雇いは既定路線になっていて、鬱金は女達の恨みを買うのを避けたがった。

「ダユー様はあんただけでも大丈夫って仰るしね」

「クソ婆」

 ボソッとエルゥが呟いた。

「でもだからって任せきりにはしないよ。あたしも付いてくしね」

 師匠のダユーの了承を得ているとはいえ、経験が浅いエルゥに対して非情だろう。マノンが普段は非暴力的なスカート姿なのに動き易そうなパンツスタイルに帯剣しているのはそのせいか、とアデリーネは納得した。

 ただ人が多ければ人目を惹き、被害が大きくなれば公式な説明も必要になるから本当に四人だけなのだ。囚人は極悪なのばかりなので元から遠慮はいらないにしてもアデリーネの不安は拭えない。

 そう主張したかったが、恋の顛末をこの目で見たい強い思いが口を開かせなかった。

「じゃ、急ごっか、短時間でケリをつけたいしね」

 用意された二頭のグラニにエルゥとパトリスが乗騎し、大鷹ヴェズルフェルニルにマノンとリゼットが乗った。

 陽はまだ高い。これからどんどん昼が長くなる。それが今回は有難かった。

 

 

 その小さな島から目視出来る範囲に島はなく、エリュシア大陸からも百五十キロメートルは離れている。平ではなく丘があってそれを利用して階段状に要塞が築かれていたのを監獄に改修していた。

 島の名をケルク・ジュールと名付けたのは人嫌いの前の持ち主である。

 要塞はここまで離れても納得しなかった持ち主が、人を寄せ付けない外見を選んだ結果であったから要塞として使われたことはない。五人以上の人間が島に足を踏み入れたのは、監獄に改修が決まってからだ。

 それはシードル・タラセンコを収監する為であった。

 最北の国ベラドルカの監獄から脱走した彼は、ある日アルトワ・ルカス北東部の村に現れた。己の狂気のままに村を襲い人々を虐殺、それは乳呑み児さえ躊躇わない残虐さで、討伐に向かった地方軍も返り討たれるという恐るべき強さを見せた。

 管轄地の軍が再編している間に一人の女性が立ち上がった。酒場で働きながら孤児達を育てていたヴェロニク、現茜の聖女である。これが彼女が世に出るきっかけとなった。

 捕えられたタラセンコは頭と手だけを出した格好で石に封じられた。彼に話し掛ける者はなく、一切の娯楽もなく、身じろぎすることさえ許されない状態で僅かな食料を与えられ生かされている。刑期は五千年。刑を終えるまでは死んでも葬られることなく留め置かれることになっていた。

 石から解放するには聖女の持つ鍵か、あるいは鬱金、茜、常盤、すみれ、露草の聖女が持つ欠片を合わせた鍵が必要であった。

 その日、タラセンコは何十年振りかで看守以外の人間を見た。

 女に分化していく前の少女だ。そのくせ怪しい雰囲気が、歪められた何かがあった。少女は軽蔑の目で彼を見た。

「臭い。見るも汚らわしいケダモノね」

 唾を吐き掛けようにも僅かな水分しか摂れないタラセンコの口はカラカラだった。

「これが何かわかる?」

 小さなクリスタルの三角錐を袋から取出す。

 返事はない。興味なさ気だ。

「あら、そうよね、お前みたいなケダモノに教えたりしないわよね」

 三角錐をもう少し近付けてやる。

「これはね、お前をこの封じられた石から解放する鍵よ」

 囚人がそれを理解するには時間が掛かったが、考え至ると目の色が変わった。

「よ…こ…せ」

 長らく発声していないせいで声の出し方を忘れ苦労して絞り出す。

「与えたところで使い方を知らないでしょうに」

「ころ…す」

「相手は私じゃないわ、聖女の息子よ。けどお前は最悪の場合の控え。私達がオディロンを殺しそこなった時、お前を解放するのと引き換えに聖女の息子を殺すのよ。いい?」

「お…お…う」

 了承の返事らしい。

「そんな約束をしてよろしいのですか?」

 男の狂暴な波動が強く感じられて鍛えれた隊士でも危険を感じた。勿論白磁は同行者を選んでいたから、オディロンを亡き者とするのに異論を唱える者はいない。

「直ぐに追手が掛けられるから、時間は限られてるわ。オディロンは聖女の息子よ簡単にやられてくれない。聖女の為にも、その名を穢す物は何としても排除しないと。でもそうね、奴を解放するのは最後の最後。私達で何とかしましょう」

「失礼を。了解しました」

 白磁の覚悟に勇ましい返答がある。

 聖女候補となる資格もないと知りながら、己の名を汚すことにもなりかねないのに白磁の志を受け入れてくれた聖女。犬を呼ばれ何と罵られようとも聖女の為なら一命を賭す覚悟はとっくの昔に出来ている。

(貴女の狂気を取り除いて差上げます)

 仮面を外し慈しみ深い笑み自分に向ける聖女の姿が胸に浮かんだ。

 

 囚人達の悪態が聞こえる空間にオディロンは閉じ込められていた。聖女に劣るとはいえ、類まれな魔力を持つ両親の子だ。通常の魔法の掛かった牢ではなく特殊な空間が用意された。

 似た様な空間に刑期千年以上の囚人が幾人か閉じ込められている。

 誰かが彼の牢に入ったとしても同じ空間に存在しない。牢作り名人の魔法師が作った牢だ。脱獄出来なくもなさそうだが時間が掛かるだろう。

 オディロンは絶望していた。

 母は統治者として優れた人間だ。その才能を惜しむならオディロンの処置には目を瞑って問題としても取り上げられない可能性がある。聖女と対抗出来るのは鬱金や茜の聖女だが、母との友情に罅を入れてまで救いの手を差し伸べてくれるかどうかは不明だ。国家を相手にする時、一人の人間の存在など圧し潰されてしまう。母の反応を見れば聖女の位を退いても解放してはくれないと考えた方がいいだろう。

 優れた母の唯一の暗部が自分だ。そんな風に産まれたくはなかった。男子でも女子でも我が子の健やかな成長だけを望む母ならば問題はなかったろうし、男色は珍しくもなく公表している人々もいる。問題はそれをどう捉えるかなのだ。

 他人なら理解して慈しみと共に受け入れた聖女なのに我が子では無理だった。

 それが生れて初めて向けられた母の生身の感情だった。挙句に監獄入りだ。母との関係で泣かない、自分を卑下しない、と誓っていても辛かった。母を苦しめた事で苦しむ自分と、理不尽に反発する自分が葛藤する。

 いっそこのまま人知れず朽ちていこうかと思い、いや、理不尽な母の為に自分を卑下して不幸になってたまるか!絶対幸せになってやると思い直す。しかし今は前者の思いが圧倒的に強い力で襲ってくる。

 泥沼にはまらない為にニノンやナタンのことを考えた。

 資料の下敷きになったニノンを誰かが助けてくれたろうか。一人が嫌いなナタンはきっと心細い思いをしているだろう。心配で堪らなくなった。彼らの安否を訊けないだろうか考えた。

 そうしてフッとある考えが浮かんだ。オディロンのことを秘匿する為に二人を処分する様なことになっていないだろうか。そこに思い至って最悪な気分になった。身を切られる想いがする。一度考えしてしまえば振り払えなくなる。

(僕の…)

 秘密を抱えて孤独だったオディロンが得たかけがえのない友。皆所属する一族から放り出されて出会った家族だ。困らされるのさえ楽しく思えた。隠さず偽らずたくさんの思い出を紡いだ。

(二人に何かあれば、絶対許せない!)

 その想いが母への感傷を捨てるきっかけになった。

(何が何でも脱獄してやる⁉)

 生来の挫けない心が沸々と湧いてきた。

 どうやって脱獄するか。異空間を重ねる魔法を悟られずに解呪して、目に見えている空間に存在せねばならない。

 ヤル気を起こした矢先、彼を監獄に連行した隊士達が現れた。

「白磁の君がお呼びだ」

 昨日の今日でどんな用があるのか。降って湧いた様な機会だった。

 特別囚人用のどちらの空間にも存在する手枷を嵌められる。古風な鍵が取出されると鍵穴が現れガチャリという音と共に解呪された。これでオディロンは牢を出られる。

「僕に何の用がある?」

「何も言わずついて来い」

 取り付く島もない無礼な態度にムカッと来た。手枷の解呪も進まないまま上層に登る階段を踏んだ。

(違う。下りだ)

 オディロンには知る由もなかったが昇ると見せかけ下る階段は、不埒者をタラセンコに近寄らせない為の仕掛けの一つだった。

 嫌な予感がする。

 手枷の解呪を急いでいたら手枷の上に女の手が置かれた。手枷が頑丈にされて傍らをピタリと歩く女に嘲笑われた。

「無駄だ」

 親に愛されず親に見切りをつけて大人になった子供は、やると決めればその程度で挫けない。何百回であろうと何千回であろうと出来るまでやるだけだ。

 幾つかの偽装回廊を抜けた先に大嫌いな白磁はいた。

「連行しました」

 人が石に封じられている。それでここが何処かオディロンは理解した。

(ケルク・ジュール監獄⁉)

 騒動はオディロンが物心ついた丁度その頃に起きたので、最初の記憶としてハッキリ刻み込まれていた。

 親に顧みられない子供は勉強とマナーの時間以外は放っておかれ、母が聖女候補の政務官であったから一般で得られない情報が得られた。大人達は被害の凄惨さや囚人の護送、裁判に軽い恐慌を起こしていたが、好奇心一杯の子供には面白いだけだった。

 だが流石に鎖に繋がれたタラセンコを目にした時、オディロンの無防備な感応力が暴力的な波動に心臓が止まりそうな恐怖を経験することになった。

 石に封じられる様子はソール広場で公開され、見物に行きたがった子守りを唆すと簡単に連れて行ってもらえた。

 大きな魔法陣の中央に繋がれたタラセンコに、色付きの聖女達が正午の合図で同時に魔法を放ち、囚人の肉体が石に包まれていった。狂った咆哮を上げて囚人は抗ったが敵う訳がなく、広場の隅々まで魔法で届けられた力強い男の声が、刑期と収監される監獄を告げた。

 二百年以上経った今でも鮮明に思い出すことが出来た。

「何をするつもりだ白磁!」

 それに白磁は軽蔑の眼差しで答えた。

「偉大な女性の息子でありながら、母の名を汚し苦しめるだけだったな貴様は」

「汚した覚えはない」

 理不尽さしか感じなかった。

「僕は田舎街で偽名を使って静かに暮らしてたんだ。それを無理矢理連れ出して自分達の都合を押し付けたんだろうが!どんな計画を巡らしていたか知らないが、思い通りにならなかったからと貴様に誹謗中傷を受ける覚えはまるでないぞ」

「役立たずの口巧者が!最早偉大な女性を苦しめることがない様にして、彼女を安心させて差上げる」

 逃れられない様に隊士達が周囲を囲んだ。

 解呪に成功した手枷を白磁に向かって投げると破裂させる。

 咄嗟に魔法の《盾》で防いだが、防ぎきれなかった破片が白磁の美しい顔や体を傷付ける。

「白磁の君⁉」

 部下達が気を盗られた隙に、素早く煙多めの《爆裂》を起こして逃げる。

「なっ!」

 隊士達が驚く程の手慣れた行動だった。

 我が身を守る為に魔法生物は様々な偽装や罠を仕掛けている。フィールドワークでは逃げねばならない場合も多々あったからオディロンの逃げ足も達者になった。ニノンやナタンがいないだけ楽だ。

「追いなさい⁉」

 鋭い声で白磁は命じる。

「何てこと!見くびり過ぎていたわ。こんな子供騙しな手で惑わされるなんて」

 血が頬を伝う感触に更に怒りが募る。

「お……おれ、おれ…が…」

 囚人の声に誘われる。

「まだよ⁉」

 断ち切る様に強く否定した。

「お前の出番何てない方がいいんだから。私がこの手で奴を殺してやるわ」

 ここにはオディロンにうってつけの囚人がいる。足早にその房に向かった。

 

 

 白磁の警護隊士達は護るのには達者だが、トラップだらけの中での追跡には慣れていなかった。反面オディロンは得意だ。偽装や仕掛けに惑わされず追跡者と間を空けていく。

 外に出ると大海原が夕暮れ間近の空を写して美しいが気を取られている場合ではない。

 隠れる場所を探すが丈高い木はあっても疎らで、島全体を監獄が覆っているので適当な場所が咄嗟に見付からない。転移したくても脱走した囚人が転移で逃げない様に島全体に結界が張られていた。

〔悔い改めよ〕

 魔法の声が響いて縄に棘が付いた《網》がオディロンを捕らえ様とする。

 密猟者とも再三遣り合った。オディロンの反応速度は速い。

 銛の付いた《縄》で《網》を巻き込むと持ち主に返す。

 怪我をさせたくないから魔法生物からは逃げるが、密猟者は許さず成敗していた経験が蓄積されている。

 返された持ち主は自分まで巻き込まれる寸前にまとめて塵にする。

 古ぼけ破れた神官服を纏った男は名乗りを上げた。手にした一本鞭には無数の棘がある。

「私は正義の女神ディケーの僕、ヘナロ・アルファ―ロ。汚れた男色家を悔い改めさせ、ディケーに代って罰を与えてくれる」

 オディロンにとって迷惑千万な台詞を吐くヘナロは、神のお告げを受けた、と同性愛者や売春婦など社会的タブーを犯した者を、罪を償わせる為に苦しめて殺害していった狂人である。オディロンが生まれる前から刑に服してまだ二千七百八十年残っている。被害者の人数が察せられる。

 その向こうに白磁の姿があった。バラバラと隊士達も集まって来る。

「厭味ったらしいな貴様は。友達いなかったろう?」

 図星だがこの程度では負け犬の遠吠えと同じだった。

 地面から《槍》が突き出してオディロンを囲む。《槍》にはびっしり棘がついていた。棘が好きな男だ。

「跪いて悔い改めよ。さすれば許されて死んでいける」

「何を悔い改めるって?男同士でピーーしてピーくなってピーピーピーってなったことか?」

 棘のついた鳥籠がヘナロを捕らえようとするが塵と化した。

「おのれ悔い改めぬばかりかその様な口を叩くか⁉」

 真っ赤になったヘナロはオディロンを囲む槍に雷電を発生させた。対角線を描いて電撃が奔る。それをオディロンは指の一振りでヘナロに返す。

「グハ、ウオゥ」

 妙な声が上がって電撃の直撃を避けもせず気持ち良さそうなヘナロが気持ち悪かった。

「長い監禁を経ても私の電撃の味は変わらん!最高だ⁉」

 笑い声を上げる。

「うわ、喜んでる、気持ち悪い…」

 自分を取り囲んだ槍もまとめてヘナロに向かわせると、手にした鞭を振るって阻止された。

「そうれ!」

 手にしてみれば分かるが、鞭は細い金属の糸が編み込まれて出来ていて、持ち手を革で巻いている。自在に伸び縮みする鞭は電撃を含み的確にオディロンを襲ったから避けるのに身体能力が試された。掠れば再起不能になるだろう。

 鞭は一振りで木を切り倒し、岩を砕きながらオディロンを追う。

「逃げてばかりか卑しい男色家らしいわ!」

 嘲るヘナロもオディロンを追い詰めるのを楽しんでいる。それを察した白磁は急かした。

「遊んでないでさっさとオディロンを捕えろ」

 じろりと白磁を睨む。隊士達が素早く白磁を庇った。

「勿論だ」

 意識が白磁に向いた隙に《円刃》を放って鞭を握った手を狙うが、それは逆にオディロンの攻撃を誘ったものだった。鞭が身体に巻き付いて服の上から肉をこそげ電撃を喰らって昏倒してしまう。

 昏倒したのは数瞬の間で、激痛に呻きながらも起き上がったが遅かった。棘の《縄》で捕縛された背を踏まれる。

「放せ変態サディスト!」

「貴様に言われたくないわ」

 踏み込みが強くなり呻く。

「いい格好ねオディロン。今すぐ私が殺してあげるわ」

 手近な隊士の剣を抜取りオディロンに迫ろうとするのにヘナロが立ち塞がった、

「ディケー女神の名の下に罪を明らかにし罰を受けさせてからだ」

「なら…白磁の罪も明らかにするといい」

 苦しい息をしながらオディロンが声を絞り出した。

「もういい!時間がないさっさと終わらせるのグッ…」

 言い終わるか終わらないかの内に白磁の胸を貫こうとしたものがあった。尖った岩が出現していた。

「白磁の君⁉」

 ヘナロがいた場所にも出現していたが後ろに飛び退って避けていた。鞭がほどける

「チッ、逃げやがって」

 オディロンは舌打ちした。

「女神の神罰を恐れぬ痴れ者が!」

 素早く飛び起きると逃走したオディロンをヘナロが追う。

「お前達も追いなさい!オディロンを生かして置いてはいけない。一刻も早く始末するのよ」

 隊士達に治癒魔法に長けた者はいなかった。血止めが出来るだけの者を残してオディロンを追った。

 岩は正確に白磁の心臓を狙っていた。辛うじて致命傷は防げたが肋骨が折れていた。

「直ぐに止血します」

 止血されても痛みが引く訳ではない。息をするだけで酷く痛んだ。良家に生まれ育って痛みに免疫のない白磁には堪えた。

「怪我は痛む?だったら休んでてよ。その間に聖都に連れて帰ってあげるから」

 予期していたとはいえ驚いて起き上がろうとした拍子に激痛が胸に走った。悲鳴が洩れるのだけは堪えたが、その間に騎士がマノンに肉薄する。

「好みじゃないのよ醜男」

 騎士が認識するより早くマノンは動いて鳩尾に拳を沈めた。二つ折りになっていい感じの高さに来た顎を上に拳が突き上げる。大きく飛んだ騎士は階段状になった建物の下に落ちて行った。

「しかも弱いなんて致命的だわ」

 騎士は警護隊に所属しているのだ弱い訳がない。マノンが強過ぎるのだ。

「さて、白磁の名は取上げられたわよ、ディアンヌ・ルルー。素直に鍵を渡しなさい」

「お前達、聖女に強要したのね⁉」

「聖女の承諾がなくても色付き聖女達全員の承諾があれば可能よ。人気がないわね、どなたもお前を擁護しなかったわ」

 ディアンヌの顔が歪んだ。

「半熊人が!」

「そんな風にあたしを侮辱するんだね。でもあたしは精々これ位で済ませてあげるわ」

 一息空ける。

「おかま野郎」

 面と向かって放たれた言葉が重くディアンヌにのしかかった。

「さ、お前が持つべきでない鍵を渡しなさい」

 唇を噛んで従おうとしたディアンヌの目に、《矢》をつがえた部下の姿が映った。

 気配を察したマノンは、同時に三本放たれた《矢》を恐るべき俊敏さで叩き落とした。

「矢を、三本とも⁉」

 驚愕する隊士を拳の一撃で黙らせる。

 部下が作ってくれた時間を捨てずにディアンヌは激痛を堪えて、来た道を引き返し逃げた。タラセンコに繋がる通路を魔法で塞ぐ。

「ああ、もう。元仲間だからって手加減するとこうなっちゃうんだから!やんなっちゃう!」

 拳だけでは穴を開けられそうにない。しかし中途半端なマノンの魔法では通路全体を破壊しかねなかった。

「マノン。看守達は解放したわよ」

 囚人達を監視し監獄を守って来た看守達は、白磁の名の下に一ヶ所に集められ監禁されていた。そんなことだろうとリゼットが別行動で探していた。看守を後ろに従えている。

「ごめん。逃がしちゃった。通路も塞がれちゃった」

 タッハー、と頭を掻く。

「他に外に出る道はある?」

 リゼットが看守に訊いた。

「ねーんよ。出入口は一つっきりじゃ」

 訛りのある老看守が答える。

「じゃあ問題ないね。絶対出て来んだから、待ってりゃいいよ」

「よかったぁ!だよねぇ。アハハ焦っちゃった」

 途端にズンと地面が突き上がった。

「よかぁねーん。よかぁねー囚人がいるびーん」

「安全なとこに避難してて……」

 案ずる言葉を聞きもせず、俊足で老看守は逃げて行った。

「あらら」

「看守魂見せられるよりいいよ」

 二人は通路の出口から距離をとって起きる事態に備え構えた。

 

 流石の逃げ達者も、隠れる場所もなくこの国最高の強者達や人生何回分もの刑期の狂人には敵わず、再び囚われの身となってしまった。

 だが一刻も早くオディロンを亡き者としようとした隊士達との間に諍いが起きた。

「この者はディケー女神の名の下に罰を与えてから処刑するのだ」

 隊士達がそっと隊形を組もうとするのをヘナロの雷撃が阻んだ。

「いい加減にしろ狂人が!グズグズしていれば追手が追い付いてしまう。邪魔するな」

「ディケーを蔑ろにするか!」

 隊士五人対ヘナロに一触即発の緊張が奔った。

 そのど真ん中に甘い顔の天使がひらりと舞い降りた。香まで甘く鼻腔をくすぐる。

 誰もが見惚れる中で優雅な動作で芳しい香りを振りまきながら蹴りが繰り出される。動体視力の優れた隊士達はスカートが翻るのを視認し、絶対領域のチラ見えを期待した。チラ、でなくてもいい。

 夢はいつも儚い。

 建物の外壁に隊士二人が叩き付けられる音と、無理矢理空気を吐き出さされる呻きに現実に戻される。

「気を付けてエルゥ。建物の壁を壊したら囚人が逃げてしまうわ」

「逃げたらまとめて始末する大義名分が出来るからいいのよ」

 一早く動いた隊士が剣で突いて来るのを躱して片手で腕を捉える。

「でも手間なんじゃない?」

 そのままそんなに近くない海に放り込んだ。

「お仕事ってそういうものでしょ?プウちゃんが手間でも仕事は丁寧にしろって」

「そうね。偉いわエルゥ」

「えへへ」

 照れるエルゥに間合いを計っていた残りの隊士が無言の連携で攻撃する。

 一人の後ろに回ると後頭部に飛び蹴りを喰らわせ、もう一人にぶつける。速さに追い付けず避けられずにくんずほぐれつ転がっていく。

「アデリーネしっかり見てる?ちゃんとエルゥの活躍を書いてよ」

 そう言われてもアデリーネの訓練されていない動体視力では何が起こっているのか見えない。

 ヘナロは目も眩むような感動を覚えていた。

 およそ虫も殺せ無さそうな美少女が小さく華奢な吹けば飛びそうな身体で、聖女の為に選び抜かれた隊士達を瞬く間に五人倒してしまったのだ。その動作は上品で動く程に清楚な花の香りが振りまかれる。

 彼女の全てに神聖さを感じた。

「おお、女神よ!」

 跪くヘナロの瞳は星空の様にキラキラ煌めいていた。

「貴女様はまさしくディケー女神の化身。この世の現身です」

「気色悪い」

 真っ直ぐに美しく伸びた足がヘナロの顔面を直撃し、小さな足型が刻まれたまま太い木を薙ぎ倒して外壁も凹ませ止まった。

「やだ、鳥肌立つぅ。見てヴィヴィ!」

 そこでどうして太腿を晒すのか、オディロンにとって少女は永遠の謎を孕んでいた。

「マジで絶対あいつ変態よね」

 ヴィヴィも答えて我が身を抱いた。

()()捕まえなきゃいけないの?触りたくないんだけど…」

「それって始末しちゃう大義名分にならないの?」

 戒めを解きながらオディロンは本気でエルゥが検討しているのが解かった。

「エルメンガルト嬢」

 エルゥが乗り捨てたグラニを捕まえたパトリスが慌てて地上に降りて来る。

「そっだ、オディロン大丈夫?エルゥが見付けたのよ」

「大丈夫だよ。しかし強いねエルゥ。剣も抜かずに倒すなんて」

「け、け、剣は…」

「剣はお父様に買ってもらったばかりだから、最初に吸わせるのは大物の血って決めてるの」

 ヴィヴィがエルゥの声で代弁した。

 ニコッと甘く笑っているが乙女の台詞じゃない。

 頬を引き攣らせるオディロンをパトリスが強く抱きしめた。

「無事で良かった」

「パトリス…」

 愛しい男の匂いがする。

「オディロン…」

 少し身を離して互いに見詰め合った。

「パトリス、ニノンとナタンはどうしてるか知らない?心配で心配で二人の無事を確かめるまで僕は死ねないって頑張ったんだ」

 期待した愛の台詞はなく心の中で落ち込むパトリス。

「ちょっとう、そこは「僕を無視しておいて今更何の用だ」とか「愛してるパトリス。僕を連れて逃げてくれ」とかなんじゃないの?」

 ヴィヴィが抗議の声を上げる。固唾を飲んで見守っていたアデリーネもがっかりだ。愛の抱擁、愛の告白、熱~い愛の接吻しかも舌見せディープ。その定型は守って欲しい。

「だから僕を愛しく抱きしめたってことは、僕の危機に愛しさを隠しきれなくて助けに来たって証拠じゃないか」

「だから美男子なのに振られてばっかなのよ。パトリスには振られないようにしなさい」

「それ今関係ないだろ。ロマンティックな展開なのに水差さないでくれよ」

 自分でぶち壊しておいて自覚のないオディロンだった。

 その時ズンと大地が突き上げられた。

「なんだ今の?」

 ぞわぞわッと怖気の立つのを感じた。それはパトリスだけでなくオディロンも同じだった。神馬の血を受継ぐグラニも嘶き神経質な動きをする。

「最悪な野郎が石から解き放たれたんだ」

 自分を殺す為にそこまでするのか。目的が果たされれば後はどうなろうと構わないというのか。オディロンは腹立たしくて白磁を八つ裂きにしてやりたかった。

「兎に角二人で愛の逃避行なさい。鬱金様が国外に逃げて帰って来ないでって、でないと安全は保証しないそうよ。ニノンとナタンは護衛つけて国境にいるから思念を探して向かって」

 鬱金の君。思えば彼女には世話になりっ放しだった。オディロンを案じ聖女であるファタを案じ、辛くても楽ではない道を選ぶ。

「だけど、いいのかパトリス?」

「覚悟はつけてきた。君と一緒なら地の果てまででも行くよ」

「分かった。一足先にブルー・ナ・ノウスに向かうよ。二人で」

「まあ!わたくしに怒涛の愛の再会劇を見せもしないでブルー・ナ・ノウスにいけしゃあしゃあと行くつもりなの?」

「当然だろう、この機会は逃さないさ。パトリスもね」

 ガシッとパトリスにしがみつく。

「放さないからね」

「ああ、放さないでくれ」

(尊い…)

 忘れない様に食い入るように見詰め、アデリーネは必死にメモを取った。

「グラニを二頭とも使って。気が立って手綱を引き千切って逃げ出しそうだから」

「有難う、後は安心して任せた!」

「いいのか本当にそれで。私も闘いに…」

「足手纏い」

 エルゥ自身に告げられてパトリスは鼻白んだ。彼にも聖女の警護隊士の誇りと責任感があった。

「彼女の言う通りだよパトリス。悔しいだろうけど彼女の足手纏いにならない為にはドニエとデュメリー位にならないと」

 どちらも護衛騎士で一、二争う実力者だ。

「…分かった」

 恋人の言葉にパトリスは引き下がった。

「ブルー・ナ・ノウスで無事な帰りを待ってるよ」

「時間がないわ。行って」

 地鳴りが起こってヴィヴィが促した。

 泡を吹いて神経質に暴れるグラニに振り払われそうになりながら、それを制して二人は空を駆け去った。

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