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第三章 園遊会

 エルゥお嬢様のお見合い話をアデリーネが打ち明けられたのは、アレラーテに向かう船中での話である。

 ウルリーケはエルゥが産まれた頃から世話をしていたメイドで、歳のせいでお嬢様の修行についていけないのを心から悔しがっていた。

 アレラーテでとんぼ返りになるが船に乗り込んでいたのは、この事もあったのだとアデリーネは納得した。

「お相手はアルトワ・ルカスの聖女の令息ですって」

「聞いたところでは聖女は肉親との関係を一切断たないといけないのですよね」

「まあそうは聞くけどねぇ。人間豪くなると融通を利かせようとするものではない?今の聖女は先祖がアルトワ・ルカス建国の聖女で、何人も聖女を輩出してる家柄らしいわ」

「成程!実質的な支配者一族ってことですね」

「そうなのじゃない?でないとお館様だってお見合いさせないでしょう。だけど乗り気ではないのよご夫妻共にね」

 やっぱり、という気分だった。お館様は伴侶選びを自分でするようお嬢様に告げたではないか。

「だからどちらにもお見合いであることは告げずに顔合わせさせて、それで互いに気に入るようであれば話を進めることになってるのよ」

「……つまり、旦那様はどう転んでもいいし、断るのも角が立つからまあ合わせてみようか、ってところですかね?」

「あなたは飲み込みが早くて助かるわ」

 にこりとウルリーケは笑った。

「シェファルツ王国宰相の娘としての公式訪問でもないし、お見合いはデビュー前の令嬢達が中心の園遊会で、ってことになってるの。ドレスも適当に選んで頂戴」

(はいはい、だからお見合いだけどメイドは私だけで十分なのね)

「アルトワ・ルカスにしてみれば聖ルカスとの戦いが本格化しそうなのよ。だからうちの国からの援軍も頼みとしたいんでしょうね」

 シェファルツ王国の強兵は他国に知れ渡っている。剣聖が二人いるのもシェファルツだけだ。それもエルゥが剣聖になれば三人になる。

 一人は隠遁して行方知れずだが、漆黒の剣聖イシアガは騎士団に在籍している。エルゥは全く剣士にさえ見えない、第二次性徴の遅れた小柄で天使の様な美貌の少女だ。

 園遊会には淡い桜色で襟ぐりがケープ型のドレスを選んだ。エルゥの発育の遅れた身体の線も女性らしく膨らみを持たせている。

 派手なヘッドドレスや流行の膨らんだ袖は避け、自慢のストロベリーブロンドを軽く結って垂らしている。化粧もほんのりした程度だ。

 それでもエルゥの美貌は人目を惹いた。瞬く間に男達に囲まれてしまう。

 庭園の一画に設えられたメイドや従者の控えの場から、アデリーネはハラハラしながらお嬢様を目で追った。

 戸惑うエルゥに代わって紫のドレスを纏ったヴィヴィが男達を捌く様子に安心する。

「今日の一曲目は僕と踊ってくれませんか?」

 初々しく少年が願いでる。

「あ…あの、あの…」

「お子様は引っ込んでろ。一曲目は僕と…」

「いや、私と」

「いや、僕と」

 エルゥが吃音で上手く話せない内に次々とダンスの誘いの手が差出される。

「お待ちなさい!エルゥにはわたくしが認めた者でないと躍らせなくってよ?」

 白い体毛にピンクの飾り毛、ドレスを着て人語を話すとあれば魔法生物であることは一目瞭然だ。

「これは珍しいね?君の使い魔かな?」

「素晴らしい使い魔を持っているね」

 ふん、とヴィヴィは胸を反らす。

「わたくしは星の卵から産まれたエルゥの分身よ」

「え、ということは君が剣聖ダユーの弟子なのかい?」

「は、ははは、はい」

 途端に哄笑が巻き起こった。

「なんてこった。剣聖ダユーの弟子で星の卵を孵した人物だから、どんな人物が来るのかと思ったら、こんな小さな乙女だって?」

「ダユー殿も人を見る眼がなくなったな」

「どどど、どう…して?」

 エルゥの問いは周囲の声に消された。

「シェファルツの宰相の娘っていうじゃないか?どれ位積んだら弟子にしてもらえる?僕も弟子になりたいよ」

「ああ、剣聖の弟子のタイトルが手に入るならうちも金を出させてもらうよ」

「止せ止せ、この美しい乙女を見れば、ダユー殿の名も地に堕ちる。弟子になる価値もなくなったな」

 口々にエルゥやダユーを嘲る。

「エルゥが嘘を吐いてるっていうの?」

「いやいや、魔力の大きさは認めるさ。そのストロベリーブロンドは染めた物じゃない。ただ剣聖となると話は別だろ」

「見てみろ、私達相手にオドオドしてるぞ。それで剣聖候補?ハンッどう見ても信じられないね」

「ねぇ、君。剣聖修行じゃなくて僕とダンス修行をしないかい?」

 一人の青年が屈んでエルゥの近くに顔を寄せた。

「ちょっと!気安くエルゥに近付かないでよ⁉」

「まあムキになりなさんなお猿さん。君の価値だって理解しない者はここにいないよ。だってねぇ」

 言葉を切って周囲を見渡す。

「本当だとしたら大変貴重な星の卵から生まれたんだからね、君は」

 再び哄笑が起こる。

 成り行きを見守っていた周囲の女達もいい気味だ、と嗤いを上品に扇で隠す。

「わ、わわわ、わ、わた、私、う嘘、な、んて吐いて、ないわ」

「そうだろうね、可愛い人。きっとご両親の策略に違いないよ」

「ち、ちが、う…」

「何が違うのかな?君の可愛い声で理由を聞きたいね」

「あんたに話す理由なんてないわよ!エルゥから離れなさい⁉」

 ヴィヴィが金切り声を上げると、別の青年が素早くヴィヴィを捉えた。

「さて、先ずはこの猿の正体を暴こうか。本当に星の卵からうまれたのかな?」

 魔法が使えるらしく、魔法の紐がヴィヴィの自由を奪おうとした。

「何するのよ!」

 それはエルゥの魔法が阻んだ。

「ヴィヴィ」

 エルゥの肩に戻ってしがみついた。

「へぇー、それ位は使えるんだ」

 園遊会で誰かを害したり自由を奪ったりするような魔法はご法度だ。警備の兵士達が動き出した。

 その矢先、《紐》を使おうとした青年が空中に吊るされる。

「ヴィヴィに何しようとしやがった!てんめぇ首だけで吊るしてやろうか⁉」

 身体を戒めていた《紐》がスルスルと首に移動する。

 事態の急変についていけない青年はアワアワと口を動かすだけだ。

 危険人物を怒らせたことを察した男達が、潮が引く様に離れて間を置く。

「き、君!止めたまえ!」

 それでもまだ強気だ。

 答えずにエルゥは庭園に配置された大理石の彫刻まで行くと拳の一撃で木っ端微塵にする。が、拳は彫刻に触れてはいない。

 これには警備兵までが息を呑んで動きを止めた。

「あ、魔法か?」

「いいえ、魔法は感じなかったわ」

「え?自力?素手なの?素手でやったの?」

「しかも彫刻には触れてないぞ!気魄で粉砕したんだ」

「うそぉ。魔法使わないで出来る人間なんているの!」

 そんな声がさざ波の様に行き交うとエルゥは名乗りを上げた。

「ダユーお師匠様の弟子エルメンガルトだ。か弱いヴィヴィに無礼を働くバカについカッときちまった。修行が足りなくて申し訳ない。が、もう怖がる必要はない。お師匠様に自分より弱っちい奴は相手にするな、と言われてるからな」

 吊るされていた青年がドサッと芝生に落ちる。

(あ~~、やっちゃったお嬢様。戦闘態勢に入ってるぅ)

 戦闘態勢に入れば吃音りはなくなるが口が汚くなるのだ。

 両手の平を組んで見守っていたアデリーネは、お見合いが終わったことを確信した。それはいいのだが、出来ればお嬢様が振る形で終わらせたかった。

「そうだな。このことに関してエルメンガルト殿に非はない」

 金髪碧眼の端麗な青年が進み出た。エルゥを囲んでいた青年達を睨み付ける。

「相手が自らより非力そうなのにつけ込んで、嘲り嬲ろうとしていたのは君達だろう。紳士として恥ずべき行為だ。反省したまえ」

 そしてエルゥを振り返った。

「私の国の者達が無礼を働いたことを謝罪させて欲しい。怖かったんだよね、乱暴なことをしてしまう程」

 恐怖による動物の逆切れに青年は馴れていた。

 心の籠った言葉にエルゥは毒気を抜かれた。

「あ、わ、わた、し……」

「私も本当についカッとしてしまって…」

 分身にして言葉であるヴィヴィがエルゥの声で後を引き継ぐ。

「上手く話せないから乱暴な解決の仕方をしてしまいました。…謝りませんけど」

「謝る必要なんてないさ。ああ、素晴らしい星の卵の仔だね。ヴィヴィという名なんだね」

「本名はヴェンデルガルト・ヴィルジニー・ウィアートリークス・テレサ・アマデウスよ」

 これはヴィヴィ本来の声で名乗る。

「ヴェンデルガルト・ヴィルジニー・ウィアートリークス・テレサ・アマデウス素敵な名前だ。とても似合うよ」

「有難う。今日からジュヌヴィエーヴも付け加えるわ」

「いい考えだ。どうだろう僕なんかで良ければ素敵なお二人をエスコートさせてもらえないだろうか?是非」

 ほぼヴィヴィを青年は見詰めていた。

「わたくし達を理解して下さって嬉しいわ。喜んでお受けします。!何てことまだお名前をお伺いしてなかったわ。素敵な方なのに失礼しました」

 恥じらいながらヴィヴィが答えた。

「オディロン・グレゴアール・テミスですお嬢さん方。どうぞオディロンとお呼び下さい」

「オディロン。エルゥは喉が渇いているの、飲み物のある所に案内して頂けるかしら」

「先ず座る場所にご案内します。直ぐに飲み物をお持ちしましょう」

「有難う」

 間違わずエルゥの手を取ったオディロン達が動くと、成り行きを見守っていた人々も、息をするのを思い出したように息を吐いて三々五々園遊会に戻った。

 声までは聞こえないが、何とか一件が治まったようでアデリーネはほーっと深く息を吐いて力が抜けた。

 

 その様子を窺っていたのはアデリーネだけではなく、マノンと老婦人に変身した鬱金の聖女もだった。

「ね、引っ掛かったでしょ」

 ちょろいもんだ、と言外の声が聞こえる。

「やったわね」

 木陰のテーブルにオディロンは恭しく案内している。

「今回はマノンに助けられてばかりね。有難う感謝するわ」

 敬愛する鬱金の聖女の言葉にマノンはくすぐったそうにする。

「これ位のことどうってことないですよ。それにお兄のことはあたしの方こそ感謝してもし切れません。お兄が鬱金の君のお役に立つならあたしも嬉しいです」

 亜人の中でも特に強い熊人は滅多に人里に現れない。それが極北の大地で暮らす白熊人が、出稼ぎに腹違いの妹を頼って来たのだ。

 熊人界では小熊のミーシャとして名の知れた兄を、マノンは一か八かで鬱金の聖女に紹介すると、鬱金は笑顔で護衛騎士にしてくれた。警護隊士でも良かったのに大抜擢だ。

 これはちょっとした騒動になったが、鬱金の聖女の護衛騎士が欠員続きでようやく二人になったばかりだったので反対意見は退けられた。熊人は強い。腕だけは確かなのだ。長年鬱金に仕えるマノンの評判が良かったのもある。

 色付きの聖女の護衛騎士は本来四人が専任される。だが白磁の聖女の嫌がらせで、昨年からずっと一人の騎士に重い任務が任されていた。

 鬱金自身は大魔法師でもあり、自分の身は自分で守れる気概があったからいなくても構わないのだが、国民にも慈愛の聖女と尊敬される鬱金に護衛騎士が付かないのは、様々な方面からも批判が上がっていた。

 見かねた白百合の聖女が常盤の聖女に掛け合って引き抜いたのは、アルトワ・ルカス最強の女騎士との名声も高い、ウラリー・デュメリーだった。この時は白磁と白百合の間で魔法合戦が始まるかと思われる火花が散らされた。

 護衛騎士は聖女達にピタリと付いて守るだけに聖女達の意見が重要視される。聖女が自分で警護隊士以外から選んでもいいが、鬱金はずっと人選を任せていた。聖女達の警護隊士の人事は白磁が任されている。聖ルカスとの紛争もあり戦争経験者が警護隊士からも引き抜かれていて、勿論白磁が意図してそうしたのだが、特に鬱金の警護隊からの引き抜きが多かった。

 だからマノンは事務官だが、半熊人で強かった為に度々式典などで護衛騎士の代わりを務めていた程だ。

 互いに信頼し合い助け合うのが聖女達の理念だ。故に信じて白磁に任せていたが他の色付きの聖女達は我慢の限界が来ていて、白磁がその場にいると火花がハッキリと見えそうな緊張感が生まれてしまっていた。

 護衛騎士は護衛される聖女の人選であれば、慣例からして交代させられない。これ以上色付きの聖女達の間で軋轢を起こさせたくなかった。

「う~ん。お兄様にこのまま護衛騎士を続けて頂けないかしら」

 早ければこの選抜会で得た人材が登用されるが、白磁のことだ直ぐに配置換えなど手を出し兼ねない。

 人の分け方は色々あるが、恩を受けて感謝する人と、恩を屈辱と感じる人がいる、白磁は後者だ。最高位である聖女の寵愛を嵩に一線を踏み外しつつあり、屈辱を返す為何をしでかすか予測がつかない。

「え!まさかそんな!ダメです。ダメダメ?お酒はまだしもお兄は女癖だって悪いんです。あたしが人間の女に手を出さないって誓わせてるから手を出してないけど、長引けばどうなるか分かりませんよ」

「でも女性受けがいいのよ。とってもハンサムじゃない?おばあちゃまも気に入っていてよ」

 普通の人間でいえばおばあちゃまではすまないが、ちょっとテレを隠したい時やおどける時、鬱金は自分をおばあちゃまということがあった。

 マノンの兄ミーシャは白熊人なだけあって2メートルを超す長身の筋肉隆々な男だが、厳つい肩の上にそのまま厳つい顔が乗っているのではない。ピリッと苦味の効いた美男子の顔が乗っていて、自然と女達は惹き付けられてしまっていた。

 それが解っているからマノンは間違いのない内に兄を故郷に帰らせたかった。

「鬱金の君まで…もうやめて下さい。お兄はあくまで臨時です。護衛騎士には立派な方に就いて頂かないと」

「あら、貴女のお兄様も立派な方よ。何より貴女に愛されているではないの」

「もおもおもお」

 尊敬する鬱金の聖女に大好きな兄をそんな風に褒められてついでに自分も褒められて、嬉しいやら畏れ多いやら、行き場のない思いで手を握り鬱金を叩く真似をしてしまう。

「ダメダメ、ダメで~す。そんな巧いこと言ってもダメな物はダメなんですよ。お兄だって冬にまた仕事が入ってるって言ってましたし」

「季節労働でも良いのよ」

 微笑ましくて鬱金はついつい揶揄ってしまう。

「はいはい、この話はお終いですよ。オディロンを見に行きましょう。首尾よく二人になれたようですよ!」

 老婦人を抱えてマノンは二人の様子が見える場所に引っ張っていった。

 

 

「じゃあ、実は普段からあんな風に話している、っていう訳じゃないんだね」

「そんな訳ないじゃな~い。エルゥはね心優しい女の子なの。だから素質があっても争いごとに馴れなかったのよ」

 本人も頑張るのだが、本当の敵が目の前にいなければ少女に気迫が出なかった。自分の延長でなく自分以外の者に代わる時、人は思ってもいない力を出したりする。ダユーははっぱをかけているつもりで使わせ始めた言葉がエルゥの意識を変えるのに有効だと分かると、ブルー・ナ・ノウスに居候する魔物達が面白がって次々に教えたのだ。

 ついでにズージからエルメンガルトとセカンドネームに変えると完璧になった。

「二冬も過ごすと切り替えも上手くなってきたって訳なの」

 テーブルに乙女座りしたヴィヴィはリンゴを齧った。

 お喋りをヴィヴィに任せたエルゥは、ホールで持って来させたタルトに専念している。がっつかずに上品に食べるので時間が掛かっているが、後三ホールは食べられたしそうするつもりだった。

「それじゃあ。これは…その…」

 急にオディロンの歯切れが悪くなった。

「君が…その、女性であり…」

「言いたい事は分かってよ。ただし訂正して、わたくしは先ず男よ。でも女の様に美しくもあった」

 リンゴを齧るのを止めて眼を閉じ、苦悩する乙女のポーズをとる。

「ウィクトル大魔法師もその点は興味深い研究対象だと仰られていてよ。わたくしはね、美しく生まれたが為にバランスを取らなければならなかったの。自分ではそう思っているわ。男として美しいのではなくて、女の様に美しい男……」

「なる程言いたい事は解かるよ」

「あなたならきっとそう言ってくれると思っていたわ」

 フワフワと漂うように飛んで来た蝶を素早く捕まえるとパクッと一口で食べる。

「選抜会の会場がある平原は途中から湿原に変わるのを知ってるかな?」

「ええ、知ってるわ」

「そこには珍しい野生の魔法生物や普通の生物に昆虫もたくさんいてね、僕の友達のニノンやナタンも、僕がここにいる間遊んでるんだよ。紹介させてくれないかな?僕の大事な友達なんだよ」

「お仕事で忙しいのじゃない?選抜会を主催されてるのは鬱金と露草の聖女様でしょう?鬱金の政務官のあなたは大変でしょう?」

「そんなでもないさ。選抜会が始まってしまえば結構時間が空くんだ」

 嘘である。鬱金の魔法で隠れて会話を聞いていたマノンは大憤慨だ。

「てめぇ何お気楽こいてやがんだよ!あたしらは寝る間も惜しんで働いてんだよ。その舌引っこ抜いてやろうか⁉」

「まあまあ落ち着いてマノン。彼には余裕がある様だから仕事を倍にしてあげていいのよ」

「もうしてるんですよ、鬱金の君。だけどオディロンって有能だからそれだってちゃっちゃと済ましちゃって、嬉しいやら早く仕事が回って来て困るやら実力差が悔しいやら、やな奴なんです」

「あらあら」

 そんな見えない場所での会話を知らずにヴィヴィは快諾した。

「だったら喜んで!エルゥも喜んでいてよ」

 ホールを食べ終えたエルゥはにっこりと笑った。

「ベリーのタルトが食べたいわ。ホールで」

 エルゥの声でヴィヴィが代弁する。

「今すぐ取ってくるよ。ベリーだけでいいのかい?」

 ケダモノに理解のあるオディロンだ。

「甘いのばっかりだと飽きてしまうから、サンドイッチとかしょっぱい物も欲しいかな。タルトはねオレンジとイチゴも食べたいな」

「お安い御用だよ」

 貴重種の星の卵から生まれた猿を独占出来て、オディロンはルンルン気分一杯、スキップせんばかりの上機嫌だ。

 

 上手くいってるのよね、ああ、木が邪魔になって見え難いわ、もうちょっともうちょっとだけ、と生垣に身を乗り出すうちに、前のめりになり過ぎてアデリーネは前に落ちそうになった。

「大丈夫?気になるからって前のめりになり過ぎよ」

「有難う、助かったわ」

 スカートを掴んで助けてくれた女性はポーラと名乗った。

「落ち着いてお茶でも飲まない?」

 主人達が飲む物よりも遥かに劣るが使用人の控えの場にも飲み物は用意されていた。

(そうだよね。ここでハラハラしててもしょうがないわ。帰ったらヴィヴィがベラベラしゃべってくれるだろうし)

 誘いに乗ることにした。

「凄く気になってるみたいだけど、お嬢様はこういう場所は初めてなの?」

「そうなの、だから気になっちゃって」

「ねぇ、この会話って…あんたアルトワ・ルカス語が話せる訳じゃないのよね?魔法?」

 問われてアデリーネは左腕に着けた細い腕輪を見せた。

 剣術修行で極北の地に赴いた時、世話になったのは人家ではなく地下に広がるコボルト達の世界だった。お陰で外は寒くとも地下世界は暖かく快適に過ごすことが出来た。

 ヴェガルド族の長ボーはダユーの友人で、一冬一緒に過ごすなら言葉が理解出来ねば不便だろうと、コボルトの魔法細工の腕輪をくれた。それで人間の言葉なら何語であろうと会話が可能になったのだ。

「えー、いいじゃん羨ましい。コボルトの魔法の腕輪なんて売ったら一財産だよ」

「だと思う」

 ボーは袋から無造作に取り出して、はいよッとばかりに渡して来たのだが、これを手に入れられるなら金貨を積む者は枚挙にいとまがないだろう。

「流石に主人の格が違うわ~」

「そんな…、お陰でまともな人間世界とは縁遠くなってるのよ私。快適ったって冬中地下世界で、小さなコボルト標準で作られた住居で過ごさないといけなかったし、お嬢様と一緒に帰省させてはもらえるけど、暖かい内はシェファルツの北の辺境で魔法修行だもの」

 本当は面白いことも多くて楽しいのだが、役得ばかりと話すと妬まれてしまうだろう。

「剣術修行は人間相手じゃないって訳よね。そりゃ大変だわ」

「そっ、妹や弟達の学費も稼がないといけないし、結婚どころか恋愛も諦めかけてるとこ」

「あんたんとこも!」

 強い共感を感じてポーラは興奮した。

「うちもよ~。親父の奴、母さんが亡くなってから再婚するのはいいけどさ、余所にも子供作っちゃって。現れたらお金の無心だよ。お給料悪くないのに貯められないの」

「うちは仲良いの、だからたくさん作っちゃうって感じ」

 互いに顔を見合わせて笑った。

「あたし達長女だね」

「だね!」

 気の合う仕事仲間とのお喋りは転生前もこちらでも楽しい。

「アデリーネのとこのお嬢様は本当に強いよね。あたしお嬢様の髪型のお直しで呼ばれた帰りでさ。お嬢様と一緒に吃驚しちゃった。一応騎士を志してんだけどさ、うちのお嬢様も。自信無くしてた」

「うん、お館でも何気なく触っただけでブロンズ像曲げちゃったり花瓶粉々にしちゃったりしてるのよ。奥様が貴重な物はお嬢様の近くに置かないようになさってるわ」

「剣聖になるってそういう素質が必要なんだね。お嬢様は先ず無理だわ」

「ねー。エルゥ様は小さい頃から身体が弱かったから、まさか病気が治ったと思ったら剣聖候補になるなんて、本当に何かの間違いとしか思えなかったのよ」

「ホントに~?信じられないわぁ」

 それは誰に言われても頷ける。未だに小さなお嬢様が剣聖候補だなんて何処かで信じられない自分がいる。

「処で話は変わるけど、聖ルカスの間諜がうちの国で暗躍してるって聞いてる?」

 頷いた。

「聖ルカスにとってはうちは目の上のたん瘤だから、これまでだってずっとそうだったけど、去年すみれの聖女が暗殺されてから一辺にそういう噂が増えちゃって、何が真実なのか解んない状態でさ」

 去年一昨年とアルトワ・ルカスではすみれの聖女の訃報が相次いだ。最初の訃報は老齢で病気であることは周知の事実だったから、悲しみはあったけれど衝撃はなかった。

 ところが新任のすみれの聖女が在任半年も経たずで暗殺されてしまったのだ。これはアルトワ・ルカス国中を震撼させた。

 そしてアルトワ・ルカスでは誰もが根拠もなく信じて疑わなかったのは、すみれの聖女を暗殺したのが聖ルカス皇国の仕業だとする説だ。

 この国の聖女は一流の魔法師でなければなれない。数ヶ月前に就任したとはいえ、易々と暗殺出来る相手ではない。しかも犠牲になったのはすみれだけでなく、彼女を守る護衛騎士二人を筆頭に警護隊士数名もすみれを守って命を落としていた。

 それだけのことが出来る魔法師を有するのは世界広しと謂えど聖ルカス皇国だけであろう、としか考えられなかったのだ。

 それに聖ルカスで起こっている皇位継承争いで、新大陸に逃れた元皇太子の一家が帰国した時、アルトワ・ルカス領内への彼らの上陸を許していた。その一件でグアルテルス帝の恨みを買っている。

 国境付近、特に聖ルカス皇国との国境警備は厳しさを増し、開戦直前の様に兵が動員され、一部は確かに元皇太子一家の支援に回されてはいたから、同時に聖女達を警護する警護隊や護衛騎士達の中からも戦歴のあるベテランが引き抜かれ、警護隊士が大量募集されることになったのだ。

 平穏な時であれば聖女を警護する隊士達は、身元も確かな有力者の推薦を受けた者達から資質を確認して選ばれる。だが一度国家間の問題が起こると途端に人員が足りなくなるのが常だった。

「この頃国内の不穏な噂をよく聞かされるようになったの。明後日から始まる選抜会でだって、聖ルカスが何か起こすんじゃないかって寄ればその話ばっかりよ」

「噂が噂を呼んでるんだ」

「だって、選抜会には伝説の剣聖ダユー様まで呼ばれてるじゃない?色々考えちゃうのよ皆。闘技場は街中にも大きいのがあるのに大平原に会場が作られて市民の観戦はご法度になったじゃない?」

 有名な年代物の闘技場だ。

「だってそれはトーナメント方式じゃないからだって聞いたよ」

「うん、でもそういう説明されたって、疑りたい人は疑る訳よ」

 陰謀論者は何処にだっているのだ。

「ああ、雰囲気悪い訳だ」

「だからダユー様に近いあんたなら、何か本当のこと知らないかな~?って」

 噂は人の口に上る程に様々に脚色されていくものだ。きっとポーラの耳には嘘も本当もごちゃ混ぜに入ってきているのだろう。

「ごめん、期待に応えられないわ。ダユー様はお喋りじゃないのよね。喋りたい時は喋るってだけで」

 突然饒舌になって昔話をしたりはするのだが。

「そっかー、残念。けど気にしないで。その内噂も消えてくだろうし」

 そう言って笑う顔に不安が垣間見えた。

 アデリーネは必死になって明るい話題を探した。

「あ、アレラーテって布地を色々扱ってるのよね」

「そうよ。国内で作られるのも自慢だけど、北からも南からも船で運ばれてくるの」

 アルトワ・ルカスは食道楽に着道楽のお国柄だったから、下々が使う様な布地でもお洒落なものが売られていると評判なのだ。

「いい布地屋を知ってたら教えて」

「いいよ。だったら明後日買い物の時間もらえそうかな?あたしお休みだから付き合ったげるよ」

「ホント?助かる。仕立て直し用のリボンとかもほしいの」

「お安い御用ですとも。いらっしゃいませアレラーテへ」

 ポーラは茶目っ気たっぷりに笑った。

 

「あ~美味しかったぁ」

 上品にホールのタルトを四つと軽食を平らげると、エルゥはようやく言葉を放つ為に口を使った。

 日暮れが近いというのに、ヴィヴィとオディロンの話は尽きる様子がない。

 エルゥは指でそっと突いてヴィヴィの気を引く。

「あ、お庭を歩いて来るの?」

 笑顔でエルゥは頷いた。

「じゃあわたくしも行くわ」

「良いのよ。一人で行けるわ。ヴィヴィはお喋りしてて」

 どちらも違う声でヴィヴィが発する。

 見渡すと庭園に人影は少なくなっていた。エルゥにしても予想以上に長居していた。

 ずっと待たせっ切りなアデリーネの様子を見に行くと、彼女は品の良い老婦人と和やかに話していた。エルゥには老婦人の姿が魔法での見せかけだと判った。

「あ、お嬢様」

 声が出なかったので片手を上げてアデリーネに応える。

(この人強い)

 剣の腕ではない。魔法師として超一流なのだ。恐らくも何も魔法合戦ならば負けるだろう。学んだ攻撃魔法を駆使しても剣が届く距離に近付かせてはもらえまい。

 だが彼女には危険な物を感じなかった。その自分の感覚を信じていいのか戸惑う。

 そしてもう一つ、彼女からは知人の匂いがした。こんな場所にいるとは思えない人物だ。

「こ、こここんにちは」

「こんにちは」

 アデリーネは交互に二人を見た。

(お嬢様が緊張してる。何か…危険があるのかしら?)

 しかし優しく朗らかに話す老婦人が到底悪い人には見えなかった。それとも魔法でそう見せかけられているのだろうか。

(私が信じるべきは…)

 エルゥの後ろにアデリーネは動いた。

「信頼関係が築かれているのね」

「わわわ、悪い、悪いこと、する、様には、思えない、けど」

「私の魔法を見抜いているのね。貴女は本当に優れた魔法師になるわ」

(やっぱり何かあるんだ)

 今更アデリーネの背筋が冷たくなる。

 彼女は何か目的があって自分に近付いてきたのだ。決して疲れてお喋りを楽しみたくなった老婦人ではない。

「警戒させてしまうなんて私もまだまだ未熟ね。元の姿だと仮面を着けないといけないから変身したの」

「そんな、こと…。あの…ミミミ、ミーシャ、の…」

「ミーシャの匂いがする?彼出稼ぎで私の護衛をしてるのよ」

「必要か?」

 お嬢様の口調が一瞬変った。

「ええ、鬱金の聖女としては必要なの」

(どぇぇぇぇ。マジーー?)

 アデリーネは声もなく卒倒しそうになる。

 アルトワ・ルカスから遠く、シェファルツ王国の一市民である彼女でさえ鬱金の聖女の名は聞こえている。それだけの実力者なのだ。

 納得したらしいエルゥは、振向いてアデリーネに頷いた。

「大丈夫」

 そして鬱金の隣に座るとアデリーネにも促した。

(ミーシャがアルトワ・ルカスにいるの?)

 冬の間ミーシャはダユーに雇われてエルゥの稽古相手になっていた。容赦なくエルゥに内臓を飛び散らさせ、ダユーの治癒魔法で蘇生される毎日だった。

「わ、私、に、御用?」

「ええ、お喋りしたいのよ。おばあちゃんは」

「嘘つき!」

「え?」

「あ、あな…た、おばあちゃんじゃないわ」

「有難う。ウィクトルと同じなのよ。年老いたくても老いることが出来ない。それは貴女もいずれ感じることになるわ。ご存知?ウィクトルとも貴女の先生のアドリアンとも私は友達なのよ」

「――ウィクトルお師匠様、の、居所、解かりますか?」

(お嬢様の吃音りが少ない)

 吃音が少ないのは心を開いている証拠だ。

「聖ルカスの追手から逃れる為に異界に逃げたみたい」

(え、マジ?そんなことって出来るの?流石ですウィクトル様)

 ファンタジーがSF要素を帯びて来る。

(この人達って人間だけど人外だわ)

「プロスペロは置いていったけれどね。異界に飛び込むことで追手の目から隠したのよ」

「プウちゃん!何処にいるか分かりますか?」

 ぶっきらぼうに見せて優しさを隠せなくて、何度も命懸けでエルゥを助けてくれた年下の少年。血の見るのだけは苦手で、だからエルゥは彼を助ける為に剣士になろうとしたのだ。

(私、とっても強くなったよプウちゃん。頑張ったんだから)

「いいえ、私にも解るのはそこまでよ」

 だが鬱金の答えはエルゥを失望させた。

「彼と再び会うまでに剣聖になりなさい。でないと彼が背負っている物から彼を救う手助けにはなれないわ」

「プウちゃんが、背負う物…ですか?」

 強い魔力を持った孤児の少年、としかエルゥは彼を知らない。彼は血の繋がりのある人に会ってみたかっただけなのに、それが彼をブルー・ナ・ノウスを追放される結果に導いてしまった。

「それは何…?」

「私の口から告げることではないわ。再会したらお聞きなさい」

「はい…」

「でねエルゥさん。貴女、聖女になる気はない?」

 いきなり明るい口調で鬱金は勧誘した。

(え~~、そんなこと許されるんですか!)

 園遊会の席だというのに、素手で大理石の彫刻を粉々にした女なのだエルゥは。

「わわわ、わた、わた、し、シェファルツの…」

 エルゥもすっかり狼狽えてしまっている。

「平気よ、外国人だってたくさん色付きの聖女になってるわ。聖女はまだだけど貴女ならなれるかも。どう?私が指導してあげてよ?」

「けけけ、結構こけっこう、こここ、結構です」

 狼狽えて訳の分からぬことを口走っている。

(お嬢様色んな才能有り過ぎ!恐ろしい子⁉)

「そうなの?人生長いから貴女の選択肢に入れておいて。いつでも私の下を訪ねて頂戴ね」

「どど…どうして、私を?」

「ダユーがね、貴女のことを鋼だって」

 その評はエルゥにとってかなり不本意だった。ダユーは乙女として有難くない評判ばかりを自分にする。いつか拳で話し合いたい相手だ。

「恐ろしい程の困難をすんなり受け入れて、乗り越える精神力を持ってる人間だって絶賛してたわ」

(確かにダユー様的には絶賛だわね)

 彼女の性格を考えてアデリーネは納得する。

「貴女がディートヘルム・ベルゲマンの素質を受継いでいるかもしれないっていうのは青田買いかしら?」

「父様の?」

「貴女のお父様は稀に見る有能な政治家よ。経済のことだって明るい。宰相が変わってから瞬く間にシェファルツの経済が活性化したし、シェファルツの旧弊を一掃しつつある。あの才能が百年も経たずに終わってしまうなんて、世界にとっての損失よ」

 最愛の父を諸国に名高い鬱金の聖女に絶賛されてエルゥはホクホクした。

「自慢の父です」

 そう胸を張るエルゥには眩しい物が感じられた。

(でもやっぱりそれは青田買い間違いなしです聖女様。お嬢様にはお館様の様な自制心が欠落してます)

 普段大人しいのは大抵のことがどうでもいいからだ。気に入らなければ最短方法で問題を解決しようとするのをアデリーネは知っている。

 陽がすっかり暮れて式場は片付けも終わり、仄明るいランタンが点され始めた。お仕着せを着せられたゴーレムが、等間隔で並んだ柱にランタンを掛けていく。

「もっとお喋りしたいけど、私も長居してしまったわ。今度は場所を改めてゆっくりお喋りしましょう」

 老婦人はすっくりと立ち上がった。

「お話し出来て楽しかったわ。またお会いしましょう」

 女達の会話の妨げにならない様に、離れた場所で待つオディロンとヴィヴィの姿がランタンに照らし出される。

「お待たせしてごめんなさい」

 ヴィヴィが代弁する。

「大した時間じゃないよ。あれは…鬱金の君だね」

「ご存知?」

「化けてても子供の頃とても世話になったから分かるよ。行こうか、送るよ」

 オディロンはエルゥの手を取った。

 元の姿を取り戻した庭園は本来の香りを放ち、無言で歩く一行を包み込んでいた。

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