プロローグ
離婚した夫が亡くなったという連絡が届いたが陽菜乃は葬儀に列席しなかった。
向こうの両親は出席して欲しそうだったが、モラハラで何度も浮気を重ねた男などもう自分の人生に関わらせたくなかった。
自分には家族運がないのだろうと思う。
両親は成人前に交通事故で亡くなった。一人っ子の陽菜乃に兄弟はなく、天涯孤独で寂しかったところに付け入られる形でモラハラ夫と一緒になった。
恐らくストレスによる三度の流産の後に離婚。仕事を辞めないで良かったと思った瞬間だった。
それからはワザと忙しい部署を希望して、休日は本を友に過ごした。
(本はいいわ)
金曜の夜、大型書店の新刊コーナーで思わず本の匂いを肺一杯吸い込む。
(さあ、買うわよ!)
BLの新刊コーナーで鼻息を荒げる女は珍しくもない光景である。
今週は好きな作家の本が四冊も出ているのだ。しかも三連休。だからこそ超特急で仕事を仕上げて残業を避け、休日出勤を頼みかける上司から逃れて書店に直行した。
(この後TLコーナーにも寄ってぇ~、アルコールとおつまみも買い込んでぇ)
嵩張るビールは明日届く様に宅配注文してある。心はもう本漬けの休日に飛んでいる。
最寄りの駅前には大きな酒屋があるのが部屋を決めた決め手だった。有難いことにレジで頼めば宅配もしてくれる。そうして持ち切れない分を頼んでも両手は一杯だ。
だが陽菜乃にとっては心地好い重さでしかない。
(ゆっくりお風呂入って世俗の垢を落としてぇ、胃に何か入れたらぁ、キンキンに冷えたズブロッカのぉ、チーズに生ハム、ポテチのぉ)
ぐふふ、と周囲を凍らせる笑顔で駅前の信号を渡ろうとした時である。
もうすぐ赤に変わる重い荷物を持って待たされるのはごめんだ。速足で充分間に合うはずだったのに横断歩道の途中でぐにゅ、と足元が揺らいだ。
(?)
色こそ見慣れたアスファルトの色をしていたが、足元の周辺に質感の違う部分があった。
それでも青に変わってすぐに発進する車はない。
そのはずだった。
ガシャンガリガリ
トラックが民家の塀に当たり車体が塀を擦る大きな音に振り向いた。
(逃げなきゃ)
空間が歪んだ。
踏み出した先に地面はなかった。






