隠して鬼が島に住まう
一人の男が自分の信念のため立ち上がった。世界を平和にするにはどうすればいいだろう?本当にこの国を変えるにはどうすればいいだろう?とそう思ったからだ。
その男はチャペルに行く間も惜しんで大学で自分の信念を完遂するために仲間を集めた。
はじめの人数は少なかったもの仲間の数は徐々に増えていき大勢の団体に。しかし、仲間達は決してその男のように思いは強くなかった。遊び半分で参加するものがほとんどでありその中には女性とランチ気分が味わえるというから参加する者も。男は大勢を引き連れ、ついに信念を実行した_______
ある島の定期運航フェリーの窓からは一面の青、雲ひとつない水平線。その中で夏鳥のつがいが船の方向に向かっていき繁殖のため島の方向とは逆で向かっていき、まるで島から逃げていくようであった。しかし、夏鳥とは反対に島へ行く者達がいた。学生たちだ。学生たちは10名ほどの文化人類学のサークルのメンバーだ。目的は研究であったものの実際はただの観光であった。その中でもこの島に向かうメンバーの中でまとめ役がいた。阿賀という学生だ。この阿賀は勉学に真面目に励む学生・・・ではない。阿賀の両親が厳格な考えを持つ親であったので阿賀が勉学に励む学生であることをこの歳になっても見せつけなければならないのだ。親と子は運命共同体である。たとえこのサークルが8割以上がお遊びサークル化したとしていても形だけでも活動していることを両親に伝えることは十分に有意義ではある。はじめ文化人類学サークルは3人だけの硬いサークルであったがこうなってしまった経緯は机だけの研究だけでは人が来ないおもった先代の先輩達が課外活動という名の元に部費を使って旅行もできるといって新入生を囲いだした。そのおかげで3人しかいなかったサークルが阿賀の世代には人まで10名ほどのサークルとなった。代償として文化人類学とは名ばかりの旅行サークルになってしまい今や現部長と副部長のみがレポートやレジュメを作っている状態にある。
船に乗っている学生達が持参する携帯電話や漫画やゲームボーイなどでそれぞれ暇をつぶしていると島が見えてきた。
「あれがそうかな」と阿賀はフェリーの中で窓から見える島を指差しして言う。
「そうらしいね」と島のパンフレットを見ていた眠たそうな目をこすり蒲原がメガネケースからメガネを掛けなおし島を見て言った。
___宜座島。それが彼らが行く島の名前であった。
宜座島は県から80km距離のある島で正式には宜座島村という。宜座島は自然豊かな島で野鳥観察や釣り、キャンプなどのアウトドアが一通り楽しめる島である。漁業も盛んに行われており初夏には真ダイやイナダ、アジなどが豊作だ。そんな自然豊かな島だが現地の人からテレビもラジオもなくこれ以上なく”自然豊かな島”と思われている。彼ら学生達にとっても自然豊かな島というだけで唐突にこの島に来たわけではない。彼らの県は都会ではないしむしろ大学から少し車を出せば田んぼが広がっておりこちらも宜座島に負けじと自然豊かなのだが、彼らが島に来たのは「あれから40年・・・犯人はここに潜んでいる!」という週刊誌に書かれていたことを中条というどこに行ってもトラブルをよく起こす先輩が面白がり、指名手配犯を捕まえに行こうと文化人類学サークルのメンバーに話したことがきっかけでこの島に行くという経緯である。しかし、このサークルの部長や副部長としては部費まで使ってこんな理由で島に行くのは反対であった。このサークルは文化人類学のための研究会であってゴシップのネタのために島に行くのはけしからんということで部長達この島にはこなかったのだ。現部長が2年の後期に途中から来なくなった幽霊部員1人を除き、島に行くことになったのは1回生の秋葉、阿賀、蒲原、味方、刈羽、3回生の中条、4回生の有門の7人。もちろんこの島に指名手配犯が潜んでいるということを信じている人はこのサークルで1人しかいない。結局のところいつもの旅行であったのだ。
蒲原は阿賀に一緒に飯でも食わないかと言い、そこである人を避けるように愚痴りあった。
「ホントに部長と副部長が来ればよかったんだよなぁ。残念だよ。」
「一応、研究のための旅行とは話したんだけどね」
「まぁ、しょうがないよな。先輩がいるし」
「そうねー。先輩と部長達がああいう状態だから仕方ないからね」
「部長の先輩に対する態度って部長達だけじゃないよな。俺たちだって一つ年が上だからって気をつかってるだけだもんな。」
「なんていうか周囲に流されない人だからね。」
「はっきり言ってやれよ。空気が読めないって。言ったところで変わらない人なんだけどさ」
「そうだよねー。あーいう人って天然っていうかね」
「それがタチわりぃんだよ。毎回毎回めんどーなことに付き合わされたらしいしさ。」
「話を切るようで悪いんだけど有門さんってなんでついてきたんだろうね?」
「卒業旅行らしいよ」
「卒業旅行?毎回卒業旅行してる気がするよ。」
「今年も引き取り手が現れないって本人が言ってたよ。」
「今年も内定なしってわけか。」
「そうゆうこと。」
彼らが愚痴を言っているうちにいつの間にか船着き場が見えている。フェリーには年寄りの夫婦と他のメンバーが甲板に出ていて阿賀と蒲原以外は荷物をまとめ降りる準備をしていた。それに気づいた阿賀達も荷物をまとめ甲板に出ることにしたのである。
彼らは宜座島に無事到着し一行は全員船から降りる。船着き場に到着するや否や刈羽は阿賀を引き止め阿賀に話を切り出し、それの話を聞いた阿賀は中条に対してはらわたが煮えくり返るようだったが決して表情には出さなかった。
「なぁ、阿賀実は・・・中条先輩にカメラ渡したら海に落としちゃった。
これじゃ部長にレポートを送れない。どうしよう。」
「はあぁ・・・最近出たカメラ付き携帯電話って誰かもっているわけないか。」
「持ってたとしてもちゃんと写真にできるかどうかわかんないよ。」
「このことを蒲原に言ったらどうなるだろうなぁ・・・」
「しかたない。俺がカメラを学校までもっていってとってくるわ。たしかもう1台あったはず。元はと言えばあの先輩を信用したのが間違いだったし、蒲原には俺がカメラを学校に忘れたとだけ言っておいて」
「いいのか?ほかの人に取らせに行くって方法もなくはないぞ。」
「フェリーのフリーパス持ってるの俺だけだし、さすがにお金がもったいないよ。」
「まぁ、そうか。悪いな・・・とんぼ返りまでさせちゃってさ」
「いいや。いいんだよ。あっちでちょっとだけやりたいこともあるしさ。
じゃ、みんなには伝えておいてくれ」
そうして刈羽だけが船着き場に残り次の出航を待つ。蒲原達が阿賀を呼びかけていることに阿賀は気づき待たせるのも悪いと蒲原たちのもとに駆け出した。蒲原は阿賀に刈羽がなぜあそこに立っているのかと聞き阿賀は刈羽がカメラを大学に忘れたので取りに行くと伝えた。このとき阿賀は中条に対しての怒りを覚えながらも、阿賀は刈羽に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。蒲原はこう普段の刈羽の性格からして忘れ物をしないはずだと思い少し妙に気になっていたが、たまには刈羽にもそういうこともあるものだとも思いそれ以上阿賀に追求しなかった。
学生たちは海辺から丘に続く細い道をまっすぐ歩き宿に向かっていた。その道は石ころ道で雑草が道の隅から生えている。宿は中条が予約したらしく、中条は地図を両手で広げて宿まで案内するかのように歩いていた。阿賀はカメラの件でこの先輩が信用できず今日中に宿につけるのかが心配であったがいまさら自分から案内するのも億劫だと感じ惰性で中条の案内に従う。そうしてしばらく丘を登っていくうちに阿賀の心配とは裏腹にすんなりと宿についたのである。それもそのはず、そのまま丘にむかってまっすぐ歩いていけば宿にはつけるのだ。ついた宿は宿というよりは古い民家のようである。本当にここが宿であるのかが阿賀は疑わしく思ったが、この家の入口には3巾の暖簾がかかっていて「宜座庵」とかかれてここが間違いなく宿であることを表していた。そんな宿にも車を止める場所が用意されているようだ。車は1台しか停めていなかった。その車は白いバンで宜座庵と文字がコピーされて明らかに宿の主の車であった。一行は中条から宿の暖簾をくぐり宿の踏込に入り、靴を脱ぎ下駄箱に靴を入れた。そして一行は前室の入り受付のところまで近づいた受付には「いらっしゃいませ。ご用の際はこのベルを押してください」と書かれた卓上ベルがあり、中条がこれを押すと裏でシーツを干していた若い仲居がでてきた。一行の何人かはその仲居に見覚えがあったような気がした。
「すいませーん。予約した中条なんですけどぉお」
「・・・ご宿泊でしょうか?」
「はい!予約した中条なんですけどぉも。」
「予約ですか・・・ちょっと確認しますね。・・・すいません。予約名簿にお客様の名簿はないみたいなんですけども・・・」
「はぁ?!!・・・確かに予約しましたよ!おかしいなー。
そちらの手違いとかじゃないですよね!?」
「すいません。すぐに予約の電話が入ったらメモしますし、その可能性はないんじゃないかと」
「あー。んー・・・とにかく今日泊まれるんですよねぇ!?」
「大変申し訳ありません。本日結構部屋が埋まってしまいまして。
まぁ人数次第によっては部屋の確保が難しいかもしれません。
失礼ですが本日お越しのお客様何名でしょうか?」
「6人です!男が4人、女2人、1人はあとから来ますけどもね!」
「そうしますと、今開いてるお部屋が2部屋でして。1部屋たりないんですけど。
もしよろしければ他のお客様に交渉してみますが」
「そうしてもらえますか!こっちはそっちの手違いで困ってるんでぇ!」
そうして若い仲居は他の客に電話をかけ部屋をゆずってくれる人を探し、しばらく電話をつづけた。電話の様子から他の客からは応対をしてくれる者がいなかったが、ついに10件目で部屋の都合をつけてくれる客が現れたらしい。中条は気が立っていたものの若い仲居がかしこまった態度で中条にこう切り出した。
「お客様、大変おまたせしてしました。実はただいま他のお客様に部屋を譲ってもらえるかと伺いましたが、残念ながら譲ってもらえる方はおりませんでした。大変申し訳ありません。」
「じゃあどうしたらいいんですか?この島の宿ってここしかないですよね?この島で
野宿しろっていうんですか!?冗談じゃない!」
「実は先ほどお伺いいたしましたところお客様の中にですね。相部屋でも結構ならと言う男性のお客様がおりまして深夜1時頃までこの部屋を開けるそうです。その部屋は通常料金の半額にいたしますがいかがいたしましょうか?」
「普通ならありえないですけどねぇ!もうそれでいいです!誰がそこに泊まるかを相談するので待ってください!」
中条は不服ながらも若い仲居が言った旨を一行に伝えその部屋に誰が泊まるかを決めることになった。まず、相部屋の客は男性ということで味方と秋葉は除かれた。次に蒲原は刈羽がカメラを忘れたのだから刈羽に責任はあるということで、刈羽が相部屋に泊まるべきだと言う。このことに阿賀は刈羽にまた申し訳ない気持ちがあったがこの場が収まることを優先に考えた。刈羽が相部屋になることには問題なく話がすすんだが、このことに蒲原は中条が口を出さないのにも少しの違和感を感じた。最後にもう1人相部屋に泊まらなければならなかったが、相部屋の泊まる人が刈羽になったことで必然的に中条自ら相部屋に泊まることに立候補することになった。一行は仲居から鍵をもらいそれぞれの部屋に向かった。宿は2階建てで東館と西館に別れていて東棟は男部屋、西棟が女部屋となっていた。阿賀と蒲原は東棟1階にあり阿賀達が部屋に着くと玄関で靴を脱ぎ船旅の疲れを取るために畳に横になりこの他愛もない話をしていた。そしてふと阿賀が蒲原にこの宿の不可解な点について話した。
「でさ、先輩の話になるんだけどさ。ちょっと気になるんだよねー。」
「予約とったのにとってなかったって話か?アレは絶対に先輩の確認不足じゃん
あそこまでモノができない人だとは思わなかった」
「いや、それもそうじゃないんだ。この前、たまたま先輩の横にいてさ。先輩から
一応、宿泊代を問い合わせてくれって言われてさ。その時に自分はまちがいなく
中条で予約したものなんですがって言ったんだ。で、男の人がでてきてさ、中条様、先日はご予約ありがとうございます。本日はどんな御用でしょうかといったんだ。」
「確かに変だな。でも、最初だからフロー通りに対応しただけなんじゃない?」
「いやそれはないんだ。料金に問い合わせたらあっちのほうから泊まる人数と料金の確認をしてきたんだ。予約はたしかにされていた。」
「妙に気になるな」
「あと、満屋は満室だって言っていたけれど、ここまで来るまでに人に合わなかったね。」
「そういえばそうだな。」
「あの受付の女の人って何度も何度も電話をしていたようだけど、そんなに宿は広くない。」
「何回も切られてようやくつながったんだと思うけど。」
「可能性としてはあるけど、受付の様子から見るに別の人に電話しているようだった。とにかくこの宿変なことが多いよ。」
阿賀がそう言うと蒲原と有門は何も言わず沈黙を保った。海辺の近い宿であったのでざあざあと波の音だけが聞こえていた。その沈黙を破るかのようにノックをせず中条が入ってきた。
「遅せぇ!」
「えぇえ・・・!なんで勝手に入ってくるんすか・・・」
「俺が作ったしおり見た?2時には海にいくことになってんだよ」
「見てないンすけど・・・そんなのあったっけ?阿賀?」
「たしかにあったけど、自由行動だと思ってましたわ。」
「違う、自由行動じゃない!女子達ももう宿の前でまってるんだ。ほら行くぞ」
阿賀達は気乗りはしなかったが、中条に付き合わされ、しかたなく海に行くことになった。
結局、中条のはからいにより宿には荷物を置いただけで船着き場から少し遠く離れたところの浜辺で遊ぶことになってしまった。女子達は水着をもってきたらしい。男子といえば中条以外は水着もなくただ気まずくぼーとしている。することもないので阿賀は砂浜でしゃがみ、阿賀の目線は泳ぐ味方に向いていた。阿賀がしばらくそうしていると中条がうざったらしくからんできた。すると快晴であった天気は陰りを見せ始めてきた。
「なぁなぁ!阿賀阿賀、好きなやついるだろぉう。誰だ?」
「先輩には教えたくないッスよー」
「オレわかるんだよ。味方だろ。お前、高校ンときクラス一緒だってなぁあ!」
「受験でしたしほとんど話してないッスけどね」
「それでもさ。それでもさ。気になりはするだろぉう」
「気になりません」
「あっ図星だ。否定する時に顔がこっち向いてなかったもん。もう今日の夜告っちゃえよ」
「嫌です」
「行けるって大丈夫だって」
「絶対に嫌です」
「そういや今日船乗る時におれと味方で話をしてたときこの島にきてある人にあることある告白したいっていってたな。もうこれって気があるってことなんじゃね?」
「告白が恋愛ってわけでもないッスよー」
「告れよ」
「味方なんて好きでもなんでもないですから!」
阿賀がそう大きな声で言い切ったとき中条は多少は悪いと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。曇った空から雨がぽつぽつと降りはじめ、味方達は海から沖の方にゆっくりと上がってくる。今日の天気予報は誰も見ていない。一行は雨宿りするところもないまま晴れを待っていたが、雨がひどくなり宿に戻ることを阿賀は提案し帰ることになった。その帰る道すがら、阿賀は自分が中条に言ったことに対してまるで味方になっているようでたまらなく怖くなったと思った。理屈では味方が沖に上がり始めいたので聞こえるはずがないとは頭の中で言い訳をしているものの感情はそうではなかった。丘を登りきり宿のまえについたとたんあたりが一瞬青白く光る。その後に大きな音がなり始めた。阿賀は偶然の一致であるもののこれが不幸の前兆ではないか?これから悪いことが起こり始めるのではないかと少し考えはじめたのであった。
阿賀が部屋に戻るともうすでに赤い服を着た有門の姿がそこにあった。阿賀はそこに居る有門の姿を少し見た後、時計を見た。時刻の針は17時半を指していた。部屋の机の上にあったクリップボードにはA4の紙が挟んであり、その紙には18時ごろには部屋に夕食が運ばれてくると書いてあった。阿賀と蒲原は夕食になるまで雑談をし夕食が運ばれてくると会食をした。その後、テレビもラジオもつながらない環境で蒲原と話題も尽きてきて娯楽という娯楽がなくなったので阿賀は中条先輩に煽られたことを気にしながら島を出る前に買ってきた恋愛雑誌を持ってきた。蒲原は持ってきたエアガンのカタログを読んでいた。有門はというと何もしゃべらずにずっと本を読んでいた。そうして各々が時間を潰しているうちに時計は10時を回った。特にすることもないので机を片付け畳の上に床を敷いた。阿賀が目をつむる頃には外の天気は海にいたころよりも悪くなっていき、大風が吹き雷がとまらず大雨となっていった。その時阿賀は少し刈羽のことが心配であった。この天候ではもう島に来ることも戻ることもできないからだ。夕食をとった後、とりあえず刈羽に携帯電話で連絡しようとしたがここは県外で圏外。こちらから連絡ができるならとっくに着信がこちらに来てるはずだ。なら、こういった和室の部屋にはたいていは備え付けの固定電話があるはずだが、あるはずのもなかった。阿賀は仲居が電話していることを思い出しそれを借りて刈羽に連絡をつけようと思い、2階を降り1階の受付まで行く。しかし、受付にはひと気がなく受付の台には道具が”なにもなかった”メモも卓上ベルも案内板も何もなかったのだ。阿賀がため息をついたとき何かが破裂するような大きな音がなった。阿賀はその音に驚きはしたが雷の音であると思い、自分の部屋がある1階の東館のほうへもどった。ドアノブをひねると少し重たく、そこを開け部屋に戻ると蒲原はおらず居るのは有門だけであった。阿賀は有門が普段とは違うことに気づく。有門はいつも赤い服を着ていたが別の赤の色が上塗りされている。有門の首元は赤くなっており指で強く握られた跡のようなものがあった。有門に息はなかったのだ。
中条は退屈であった。本来であれば誰かがいるはずのこの部屋は自分の失態によりなくなってしまったからである。自分はやることなす事がすべて裏目に出てしまい、中条はため息をつき今まで自分が行動してきたことを思い返した。まずはこのサークルに入ったときのこと。その時は新入生歓迎会のときに部費で旅行に行けると卒業した先輩から誘われただけで研究して何か成果をだしてやろうという考えなんてなかった。ただ、研究なんて名ばかりのお遊びのサークルでなんとなく楽しそうだなと思っただけだった。入ってすぐに研究なんてやらずにだらだらと仲間内で麻雀やパチスロを打ったり風俗の雑誌を読む日が続き、しまいに1年の後期になるころには女遊びが度を越していて学校にも来なくなっていった。現在の部長や副部長は中条のそんな態度を見てそのころから毛嫌いするようになっていった。中条が単位が取れずに学校に来はじめ3年に上がれるかどうかという時期であった。就職氷河期で中小企業にやっとの思いで就職できた先輩の姿を見て少しは真面目に研究をしてみようかと考えてみたりもした。今回の旅行も実は指名手配が40年前にこの島に潜伏している後輩たちを釣ってみたがネタが滑ってしまっただけだ。本当は中条は昔からこの島には鬼が住まうということでなぜ鬼がでてくるのか?その時の島の風土は?ということを調べるという目的でこの島に来ただけだった。この島に来る前に宜座島について少しだけ大学の図書館で調べようとしたが資料は宜座島の観光パンフレットぐらいで体系的に宜座島についてまとめたものがなかった。なので実際に行って調べようかとしたが後輩たちの様子を見る限りでは乗る気ではないらしい。中条はまたひとつため息をついた。大学に入った途端に就職氷河期が来るし大学に入っても勉強にはついていけないし人間関係はうまく行かない。中条はこの状況を退屈だと思い、またそれは自分ではどうすることもできないものであった。
中条は億劫な感情を切り替えるためになにか別なことを思い出してみた。そうだこの宿には不可解なことが多すぎる。たとえばあの若い仲居・・・どこかで見た記憶がある。たしか大学内で・・・どこだったかは忘れたがレアキャラだったことは間違いないはずだ。いや、それもそうだが古ぼけたこんな民家みたいな宿に自分くらいの若い仲居がいるとは思えない。この宿を予約するとき電話をかけたがその時は年を食った男が電話に出たはずだ。その時に確かに予約をした。部屋が満室?そんなことはありえない。駐車場は宿用の車だけだし、この島に人気なスポットなんてものはないのでこの宿に泊まるのは物好きなヤツしかいない。現に宿の内外にはひと気が感じられなかった。あれこれ考えるうちにノックが聞こえた。時計の針は18時を指していた。夕食の時間だ。中条はドアまで向かいあの仲居が夕食を運んでくるだろうと思い文句の1つや2つ言うつもりだったがドアを開けるとそこには誰もいなかった。部屋の横には夕食の膳だけが床に置いてあり、膳の上には割り箸と親椀、平椀、高椀、汁椀がありそれぞれの椀にはすべて蓋がされてあった。中条は挨拶もかわさずに夕食を床に置いていく仲居に怒りを覚えるというよりかは白けていた。しょうがなくその膳を両手でこぼさずに部屋まで持っていき夕箸を割り夕食を食べようと親椀の蓋を開けた。するとそこには炊いた米ではなく白くうごめくものがあった。中条はそれをつまんでみてそれがなにかを確かめ、すぐにその正体に気づき箸を落とした。紙魚とうじであった。中条は嫌な感じがしたが確かめられずにはいられなくなり、素早い手付きでほかの椀の蓋も開けてみた。平椀にはヤギのような目玉が2つ、高椀にはが古びた爪のようなもの、そして汁物には熱した赤黒いどろどろした汁状のものが入っていた。
何かの冗談のつもりか?こんな凝った嫌がらせをするのは誰だ?少なくともあの嫌な仲居ではないな。どんなにむかつくヤツでもオレは客だ。客として振る舞わなければならない。きっと薄ら気持ち悪い蒲原がやったに違いない。きっとそうだ。そうでなければおかしい。頭の中でとてつもない嫌悪をいだきながら中条は膳の上にあった椀の蓋をすべて閉め膳を元の場所に戻した。膳を元の場所に戻すと中条は畳に横になりそのまま眠った。中条が眠っている間、隣の部屋からキィキィときしむような音がわずかだが鳴っていた。中条はその音に気がついたか気が付かぬか寝ぼけてぼやぼやとした意識の中でまたキィキィと音が鳴りつづけていた。中条はさきほどの膳のこともあったが、その音が妙に気になった。その音の正体を確かめるため靴を履き、その音が聞こえる隣の部屋のドアまで向かった。あの仲居は満室だと言っていたがそんなはずはないと思い、ノックをするのを少しためらったが一応人がいたら悪いと小心で中条はノックをした。人がいるかどうかの反応を待っている間、横を向いて奇妙なことに気がついた。自分の部屋のドアの横には膳がない。そのことに少し嫌な感じがした。中条は反応はないことを確認しそのドアを開けた。鍵はかかっていなかった。部屋を開けると真っ暗であった。この宿の照明は引き紐スイッチとなっていて暗い中引き紐を探さなければならなかった。中条は昼頃に蒲原の部屋に行った時に部屋の間取りはどこもいっしょだと思ったのでこの部屋も照明の位置は同じテーブルの上にある。そう思いテーブルに行くとそこに照明はなく代わりにあったものはなにやら人影であった。中条はそれを見ても暗闇で目が慣れていないためしばらく立ち尽くしていた。それはテーブルの上にゆらゆらと浮いていた。それは中条の部屋でキィキィ鳴っていた音の正体であった。それは中条が探していた引けばぴかっと光る引き紐であった。しかし、それが引き紐であることを理解するのにしばらくの時間がかかった。理解するとしりもちをつきあふあふと震え上がり何か言葉を発しようとしたが暗闇の中に消えまたなにか別の言葉を発しようとし、さまざまな恐怖を言語に何度も何度も変換しようとするがついには落ち着かず改めてそんなはずはないそんなはずはないとその引き紐を恐る恐る触れた。その瞬間、ぴかっと光り、稲妻のような速さでその様態が明らかになったのである。後からゴロゴロと音がなり始め、またぴかぴかと光り始め雷が何度か鳴った。その光を用いてそれ(・・)を説明するならそれは初老の男で藍染の服を着ており胸元に宜座庵という文字がかかれていた。その男は目がなく手の指と足の指がすべて剥がれされていて何度も何度も腹を刃物のようなもので刺され打たれおびただしい乾いた血がテーブルの上で染まっていた。まるで拷問でもされたかのようである。目や刺された場所にうじがうごめいており畳の上にもそれがいる。中条はそれに対する解決策は思考よりも考えよりも何より行動に表す。
「考えない考えない靴は履かないこの部屋から出るこの部屋から出るこの部屋から出たとにかくみんなに伝えないと伝えないと指名手配犯指名手配犯けーさつけーさつヤバイヤバイかあじかたのへやは右」
中条は自分の考えが自分でわかるように言葉に出して暗示をかけ行動に現われるようにした。急いで駆け出し、味方と秋葉がいる2階の西館へ駆け出した。このことを阿賀や蒲原に言っても信じてもらえない。味方と秋葉ならなんとかなるかもしれないと思い西館へ駆け出し、味方と秋葉がいると信じて部屋を開けた。その部屋は電気がついていた. 中条は馴染みの顔に一瞬安心をしたが彼女らがそれ(・・)になっていることに気づきすぐにその部屋を出て階段に駆け出した。味方の部屋は1階の西館であったが今の中条は思考が滅茶苦茶になっていて1階も2階もわからなかった自分を責めもしたが、そんなことよりも今見た光景がさらに中条を困惑させる。馴染みの顔が今日来るはずもなかった自分と同じサークルのメンバーであったからだ。自分でも信じてはいなかったがまさか本当に指名手配犯がこの島に潜伏していて殺人を行ったのか?いやなんのために?考えはぐちゃぐちゃであったがあることに気づいてしまいその足を止めてしまう。ある恐るべき仮説を思いついてしまった。いまはそんなことをするべきではないとは思いつつも恐怖心と好奇心には勝てずまたゆっくりと階段の方向とは逆の方向に歩き出し2階にある東棟と西棟の部屋を中条はすべて確認した。2階のすべての部屋に客がいた。1階もおそらく同じような客がいるのだろう。そうあの仲居の言う通りこの宿は満室であったのだ。中条が目の前にあったことに整理がつきサークルのメンバーにすべての真実を打ち明けようと階段までの道を精一杯駆け抜け、やっとの思いで階段までついた。今までの中条の人生の中でこんなに精一杯走ったのは初めてである。小中高と運動部に入ったことがなく体つきもひょろひょろであった中条が疲れと怯えによってシャツをぐっしゃり濡らして走っていくことは女遊び以外人生の中で1度たりともなかったのだ。走り抜ける余裕がなくなってきたので息切れをおこし、階段をゆっくりと降りていく最中に中条はこんなことを思う。自分は信頼がないかもしれないし突然こんな真実を言っても自分の今までの言動からして信じてもらえないかもしれない。でも真実が明らかになるたびに自分が言っていることが本当になり、自分が最期に勇気を出しておこなった行動で初めて人の役に立てる。そう思いつつも疲れとショックによって意識は朦朧とし階段に転び落ちてしまった。中条が目を覚めるといつの間にか宿の部屋に戻っていた。その宿の部屋は自分の衣服やゴミが乱雑に置いてありここがまちがいなく自分の部屋だということに気づきひとまず安堵した。畳の上には尿と汗が染み渡っていて自分を恥じニヤリと笑う。中条はとりあえず畳の上にぐしゃぐしゃになった白いシャツに着替えようと変えようとした。しかし、持参した白いシャツは大きな黒いシミのようなようなものがついていてまるで自分のものではないかのような・・・いや、そんなことはない。このシミはいつぞやの日にコーヒーでも少しこぼしたのだろうとそう思い時刻を見た。時刻は深夜1時を回っていた。畳の上に寝てしまい少し腰がいなくなったのでテーブルを隅に置き、布団を敷いて寝ようと思い布団がある引き出しを開けるとこの部屋のもうひとりの客がいた。その客は血で濡れたなにかのキャラクターのぬいぐるみを持っていて股を広げてしゃがんでいる。中条がこの部屋を相部屋だということを思い出すと中条は思い切り叫んだ
「この島には鬼が住んでいる!この島には鬼があああああああああああああああ」
「ようやくロクでもないお前にも居場所を見つけられたな」
その客がそう言うとあたりが一瞬光りだし大きな音がなった。
___かくして鬼が島に住まうのであった。
味方は時間帯に明確な殺意を持って中条を殺そうと思っていたのであった。しかし、目の前には仰向けになった中条が確実に死んでいる。これはどういうことでしょうか。この日のために刈羽と協力し刈羽をわざととんぼ返りさせ中条が眠ったところを殺そうと思ったのにそいつはもうすでに紐のようなもので首を締められたような跡があった。味方が自分であればそんなもったいないことはしない。こいつはもっと苦しめて死なせなければならない、こいつはもっともっと苦しめてやらなければ・・・こいつが死ぬ理由はウチにひどいことをしただけじゃない。こいつはウチ以外にもちょっかいをかけ人の尊厳を貶めた。善人が人を殺すには物事が複雑に絡み合わなければ殺さない殺せない。こいつはあらゆる物事を複雑にぶちまけた。その報いがこれだ。死んでいるにも関わらずもってきた道具で中条の四肢を切り刻み頭をえぐり、男の尊厳を汚したがぴくりとも言動に表せなくなったモノを見て味方は白けてしまった。もう自分の部屋がある1階の西棟に戻ろうとすると階段でばったりと秋葉に会った。秋葉は緑のジャージを着ていてところどころに赤い斑点のようなものがある。まだその斑点はついてからまだ間もないものであった。味方は秋葉に問いかける。
「あれはリンナちゃんがやったの?」
「誰がやったなんて関係ないです!あいつはああならなければいけないです。」
「そうだ・・・ね。今日ここに泊まったのはそのため」
秋葉がやらなければ自分がやっていたし秋葉や自分がやらなくても誰かがやっていた。自分達にはやり通さなければならない信念がある。彼女達にとってその信念はどんなやり方であってもやり抜かなければならなかったのだ。が、殺害対象は死亡してしまった。もう彼女らがやれることはなくなってしまった。中上の死によって彼女らの恋も・・・彼女らの使命もなにもかも全部終わってしまった。仲間とともに鬼退治に出たはいいが、鬼はすでに退治されていたのである。この鬼退治には帰りの船は用意されていない。用意されているのは想い人と一緒に三途の川を渡るための船だけである。味方が自室に戻るとそこに三途の川の案内人がいた。その案内人は真っ赤な服を着た女の血を吸う鬼であった。そいつは味方”達”にこう言った
「すぐに好きな奴に合わせてやるよ。その前に俺に味あわせてくれ」
かくして”鬼ヶ島”に住まうのであった。
蒲原は自分のルームメイトが帰ってくるのをずっと待ち続けていた。その間、ニューナンブM60をウエスで磨き銃の手入れをしていた。しかし、待てども待てども同居人は帰ってこなかった。蒲原は我慢できずこの部屋を出ようかと思ったがあまりにも危険すぎるとこの部屋に踏みとどまることを決めた。なにせこの部屋の外は敵だらけである。部屋の外には具体的には誰かはわからないが奴らの仲間がいて銃で殺されてしまう。学生の活動だがなんだか知らないがそんなことに巻き込まれるのはまっぴらだと、まったくもって遊び半分気持ち半分で若さに見を任せて行動するのは御免被りたいと蒲原は思っていた。ただ、蒲原は阿賀の気持ちもわからないでもないとも思っていた。今の世の中、国際情勢からして何が起こるかわからない。アメリカは泥沼化した戦争が起きている中で従軍米軍の基地を置いたことにより国民の不安を煽ってしまうということは間違いない。阿賀は敬虔なカトリック信者でそういったことに怒りを覚えてしまいやすく、また行動力のある人間であった。しかし、蒲原は阿賀とは違いそれ以上の行動を起こす権限や権利はないのである。自分は秩序を守る立場にある人間だ。だからこそ蒲原はこの部屋でずっと阿賀を待ち続けていたのである。阿賀を待ってから何十分いや何時間たっただろうか。阿賀は一向にこない。蒲原は阿賀がもうこの部屋に戻ってこないことを悟った。蒲原には迷いがあった。この部屋を出るか出ないか。出なければ正義が失われ、出てしまえば殺される可能性があったがうまくいけば捕まえることができる。非常に分の悪い掛けであるが、蒲原には通さなければならない正義があった。そして部屋から出ることを決めた。蒲原は隙間を作っていたクローゼットの引き戸をゆっくりと押し出し、身を出しドアの前に立ちチェーンロックを外した。その後ゆっくりとドアを開ける。そこには阿賀がいた、蒲原の目の前に。しまったと思った。即座に蒲原はホルスターから銃をとろうとしたが手に持っていたペンで蒲原の右手を突き刺された。阿賀は蒲原の左腕をつかみホルスターに入った拳銃を奪い、ついていたスパイラルコードを1回自分の手首に巻きつけている。安全装置を外しハンマーを起こし蒲原の左腕に打ち込まれた。1発目。その後、ハンマーを起こし右腕にも打ち込まれ、2発目。蒲原はうめきながら両腕に力が入らなくなり、うずくまった。その姿を見るや阿賀はすかさずハンマーを起こし、トリガーを引いたが弾は出なかった。蒲原は両腕から血が溢れ出し苦しみながらも最期の力を振り絞ってこう言った。
「はぁ・・・はぁ・・・あっ・・・はぁ・・・教えてやるよ。
あとの3発は他の奴にくれてやったよ。」
それに阿賀は何も言わず蒲原を押し倒し馬乗りになって顔を殴打し続けた。何度も何度も。疲れ切った阿賀は蒲原の表情が真っ青になったのを見て自室を跡にしてどこかに消えてしまった。蒲原は確実に死亡した。もう生き返るということはありえない。
ある本があった。これはその本の冒頭である。
”宜座島学生失踪事件。あれから20年以上経ってしまった。事件の内容はこうだ。県内の大学生グループ7人が旅行中に失踪してしまった事件だ。かつて私はマスメディアによって私が犯人にされてしまったが、ここではっきりと明記しておく。確かに私はあのグループの一員であったが、ある事情によりあの島から戻ることになった。よって私が
犯人であることなどありえない。むしろ、私はあのときの真実を解き明かしたいと考えている。願わくば彼らがまだ生きていることを祈る”
本の最後にはこう書いてあった。
”これはまるでかくれんぼのよう。しかし鬼が子をみつけるのではなくたくさんの子達が鬼を見つけるのだ。残念ながらここに子はいないようだ。かつてはいたがその人は子鬼となってしまったのだ。これを書いている私でさえ鬼なのだ。どうかこの我らの子らよ真実を見つけ出してほしい。”
真実は隠して鬼が島に住まう。