稼いでもらうよ亡霊様達!~伯爵フレッドの村おこし
「俺をこのようなところへ閉じ込めおって……許さん……許さんぞ……簒奪者フレッド……真のマクナレン伯爵は……私だ……爵位を返せ……」
ゴドウィン兄上……こっちだって伯爵位なんてあんたに返したいよ。面倒ごとばっかりだし。あ~、あんたが生きて真っ当に領主やってればな~。
「フレッド……私を……誰だと思っているの……前マクナレン伯爵夫人たる私にこのような仕打ち……出しなさい……」
いや母上、あなたを閉じ込める決定したのがその前マクナレン伯爵たる父上なんで。だいたい亡霊になってるんだから出ようと思えば出られるのでは?鍵とか関係ないですよね?
といった具合に、所在する村の名を取って通称ノースグラン荘と呼ばれるウチの別荘の母屋には亡霊が出る。
神具販売のネズミ講詐欺に引っかかったうえ、結果的にその詐欺の片棒を担ぐこととなってしまい、爵位を剥奪された兄上と、昔から兄上にだけ激甘で、その事件に加担してしまった母上をそこに幽閉していたのだが、幽閉後、数ヶ月で2人は亡くなり、以降、亡霊が出るようになった、というわけだ。
念のために言っておくけど、幽閉と言っても牢獄のような部屋に閉じ込めたわけではなく、調度品はむしろ僕の屋敷より贅沢なものを揃え、窓は大きく採光も十分という快適な部屋に住まわせていた。
使用人についても料理人をはじめ一流の者たちを付けていたので、生活水準は幽閉以前とそう変わらなかったと思う。
脱走及び自殺防止のため、窓には金槌でも割れないほど分厚いガラスと鉄格子をはめ込ませたけど。
それでも、プライドの高い兄上は、自分が騙され、爵位を剥奪されたことを認められなかったのだろう。
部屋の壁にナイフで関係者への、というか主に僕への恨みごとを刻み、壁一面が埋め尽くされると、それでは足りず、今度は天上に恨み言を刻もうとして椅子の上に上がり……
足を滑らせ、母上の上に落っこちて2人は亡くなった。
いや、冗談を言っている訳じゃない。
もちろん目撃者がいたわけじゃないけど、現場の状況や遺体の損傷個所の調査などから、それ以外の結論が出ないんだよ。
当たり所が悪かった、というやつだね。
そして、このノースグラン荘に亡霊が出るようになって約半年。現在、この亡霊達に僕は悩まされている。
あ、別に亡霊達の呪いで不幸が起きているとかそういう類の悩みじゃないよ。
話は1ヶ月前に遡るんだけど。
*
その日、ノースグラン村での定期視察に訪れたのだが、僕を迎えた村長にどうも元気がない。
「なんだか元気がないね?何かあった?」
「はあ、その、伯爵様に一つご相談がありまして。ノースグラン荘のことで」
「え!?まさか村人が祟られたとか!?」
前回の視察で村長は『はあ?亡霊達の恨み言ですか?まあ、ちょっと変わった犬の遠吠えと思えば。別に実害もありませんし』と呑気に答えていたのだが。
「いえ、そうじゃないんで。実は最近、亡霊の噂を聞きつけて物見遊山に来る余所者が増えまして」
「あ……」
「屋敷の周辺で夜遅くまで騒ぐわ、持ってきた食事なんかのゴミは捨てるわ、そこら辺で用は足すわ、挙句には行きがけの駄賃とばかり農作物を盗んでいく被害まで出る始末で、困り果てておりまして」
「すまん!うちの身内のせいでホントすまん!早急に手を打つから!」
その後、自宅に戻る時間も惜しかったので(馬車で3日かかる)、このノースグラン荘敷地内にある離れに泊まり、問題解決手段の実行のため、しかるべき人物への手紙を書きあげて翌朝早馬で届けてもらった。
一晩で問題解決の手段なんか思いつくのか?と疑問に思われるかもしれない。
実は、以前から温めていたアイデアが、この村で現在起きている問題を解決する手段にもなることに気付いたため、実行に移すことにしたまでだ。
正直、実行するかどうか迷っていたのだが、領民が困っているのに躊躇ってはいられない。
*
そして1ヶ月後の今日、この離れにお迎えしたのはこの御方
「で、実際に母屋の彼等をご覧になった感想はいかがですか?リチャード殿下」
「素晴らしいね!ここは『当たり』だ」
我が国の第三王子リチャード殿下だ。
1ヶ月前に出した手紙はこの殿下に宛てたものだった。
殿下の曽祖父にあたる先々王の寵姫であったアン姫が他国と通じていた罪でミルズ塔に幽閉され、亡くなった後でその塔に亡霊として出るようになったのは以前から有名な話だった。
そしてうちのノースグラン荘本邸と同じく、勝手に塔を訪れる見物人から周辺の環境を守ることに手を焼いていた殿下がキレて
「もういっそのこと観光地にしてしまえ!他の幽霊名所と合わせてオカルトツアーを組むぞ!」
と言い出してミルズ塔とその周辺の観光地化に動いていた。
僕は、その計画にうちのノースグラン荘も1枚噛ませていただけませんでしょうかと打診し、他の名所の視察などでお忙しい殿下に本日ようやっとお越しいただけたわけだ。
殿下は上機嫌で続けられた。
「いやあ、この離れまで呪詛の声がバンバン聞こえていたから期待はしていたけどこれほどとはね!これまで視察したなかでも最上級!」
「お褒めにあずかり光栄です……?」
いざ身内の亡霊を褒められると、どう返していいかわからない。
「部屋の窓が大きくて亡霊がよく見えるとこもいいね!」
窓の大きな部屋に幽閉したことがここにきて思わぬ功を奏してビックリだ。
「姿は鮮明に見えながら向こう側が透けて見えるあたり間違いなく本物だしね!しかもうちのアン姫なんかすすり泣くだけなのに、あんなにはっきり恨み言が聞こえるなんて。え?あのセリフ何パターンかあるの?毎日ランダムに変わる?ますます素晴らしい!」
という訳で僕は殿下からビジネスパートナーとしてご指名いただき、観光地化に必要な諸々を援助していただけることとなった。
*
それから更に3年後。
殿下の企画したツアーは当たり、ノースグラン荘の周辺は宿屋や屋台、居酒屋などで大繁盛し、以前のような不届きな見物人に対処するための警備員を常駐させたため治安も落ち着いた。
今日は弟のギデオンと一緒に馬車で村に定期視察に来たところだ。
「フレッド兄、知ってるかい。最近じゃあ、その日のゴドウィン兄たちの恨み言の内容で幸不幸を占う『呪詛占い』がツアー客の間で人気らしいぜ。ゴドウィン兄のセリフが『私の……神具を買え~』だった日のツアーの客には幸運が訪れるとかさ」
もちろん知っている。
「うん、その噂流したの僕だし」
「出所あんただったのかよ!」
「おかげで兄上が遺したインチキ神具がお土産として売れまくって大助かりだ」
「インチキって言っちゃったよこの人。そんなの売ってまた訴えられたりしないだろうな?」
「『※ご利益には個人差があります』って注意書き付けてるから問題ない」
「神具にその注意書きはアウトじゃないか!?」
「兄上が神具販売詐欺に引っかかったのは知れ渡っている。ご利益なんか期待されてないさ」
「ま、それもそうか」
選りによって亡霊を村おこしの目玉にしてしまったわけだが、馬車の窓から見える村人達の顔は明るく活き活きとしている。
これからも兄上と母上には頑張ってもらおう。彼等の遺した負債で迷惑しているんだから彼等が働いて返すのがスジってもんだよね。稼いでもらうよ亡霊様達。