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29 ハッピーエンドになればいい

『次のニュースです。五万人もの人々、その全員が昏睡状態から開放された『奇跡の生還』から一ヶ月。今も被害者達は心に重い傷を――――』


 画面の中のニュースキャスターが神妙な面持ちで台本を読み上げる。


 俺はバターの溶けたトーストを少しかじり、ぼんやりとそれを眺めていた。


瑠夏(るか)、学校に遅れるわよ」


 母さんに催促されて、俺は鞄を肩にかけて家を出た。


 あれからもう一ヶ月。政府はアークエデンの被害者に対し、様々な救済措置を施した。


 俺は二週間前から再び高校に通い始めていた。健康状態に異常の無い者は、本人が望むのであれば迅速な社会復帰を許可されていた。


 逆に言えば健康状態に異常のある者たち……心に深い傷を持った者たちは、今も更生施設から出られないままでいる。


 一限のチャイムが鳴る。俺は教室の端っこの、あからさまに一つ付け足された席に座った。教室はまだ賑やかだが、俺が教室へ入った途端に少しだけ静かになった。


 五分遅れで現れた教師が点呼を取る。スムーズに生徒の名前を読み上げる中、最後の俺だけは少しどもった。


「えーっと、愛川(あいかわ)?」

「……はい」


 別に苦痛という訳ではなかった。


 俺は九月の半ばに転入してきた設定だ。既に高校二年の夏は終わり、基本的な友人関係が構築された中での転入生という立場は、様々な考慮を抜きにしてもアウェーな状況だ。


 しかし問題なのはそんな些細なことではない。


 一番の問題は、『奇跡の生還』がまだ記憶に新しいということだ。


 この時期に転入してくる生徒。同じ十七歳とは思えない顔つき。


 このクラスの誰一人として俺がアークエデンの被害者だと知らないのに、全員がそうだと分かっている。


 俺自身も彼らとどう接すれば良いのかよく分からなかった。同じ高校二年生でも、俺はもう十九歳。


 ここ二年間の流行りも、スポーツも、ファッションも、芸能も、エンタメも、ゲームも、アニメも、俺は何一つ分からない。


 共通の話題がないものだから、特にクラスメイトと話すこともなかった。


 無駄に長い授業が六限分終わり、俺は学校を出た。そのまま家には帰らず、電車に乗って数駅移動し、夕暮れの街を歩いた。


 都心の中央、巨大な施設に足を運ぶ。受付のお姉さんは俺を見るとあっ、と声を上げニコリと笑った。


「今日もですか?」

「ええ、まあ……」


 彼女は首から下げる通行証を俺に手渡した。


「広間にいらっしゃいますよ」

「あぁ、ありがとうございます」


 俺は紐を首にかけ、左の扉を開けた。


 柔らかな色と緑の調和。都心とは思えぬ温かみ溢れる空間がそこにあった。


 巨大な広間と大きなテレビ、生活するに不自由のないものが全て揃った場所。この施設に住む人達はみな笑顔を浮かべ、和気あいあいと過ごしていた。


 ここはアークエデンの被害者のための更生施設だ。


「毎日来てるんですね」


 そこから少し離れたところに白衣を着た見慣れた女性がいた。彼女も通行証を首からぶら下げ、白衣のポケットに手を突っ込んで彼らを眺めていた。


「あなたこそ。苦しくなったりしませんか?」

「それこそあなたこそ、ですよ。風鳥(かざとり)さん」


 おれは少し背の高い風鳥さんの顔を見上げた。彼女はひとつも表情を変えず、ぼんやりと眺めたまま応える。


「私は罪の意識を忘れないために来てるんです。彼らの貴重な二年間を奪ってしまった。それだけでなく、心の傷まで負わせてしまったのですから」


 俺は少し複雑な気持ちになった。どう声をかけたらいいのか少し悩んで、思いのままを伝えることにした。


「風鳥さんのおかげでみんな助かったんです。あなたがいなかったら俺たちは……」

「そう思っているのはあなただけです。私と並んで唯一どちらの世界の記憶も持ち合わせているのですから。世間的には私は大罪人です。連日ニュースに記者にひっぱりだこですよ」


 少しの間沈黙が続いた。なんともないおしゃべりと小さな笑い声が広間に響いていた。


「見てください。彼女たち……見覚えがありますよね。『星野(ほしの)』と『鈴原(すずはら)』です」


 風鳥さんは広間の片隅で楽しそうに話す女子二人組を指さした。


「姉さんとペルシャ……だいぶ良さそうですね」

「ほとんど回復した星野の影響を強く受けているのでしょう。ゲーム内でも仲が良かっただけあって、こちらでも気が合うようです。まあ、その記憶ももうありませんが……」


 風鳥さんはこの日初めて表情を変えた。ほっと安心したような、少し悲しそうな、そんな微妙な表情だった。


 記憶の抹消は二年以上前の、アークエデンがただのゲームに過ぎなかった頃の記憶にまで及んでいるようだった。被害者の中にはもはや誰一人としてアークエデン・オンラインの存在を覚えている人物はいない。俺と風鳥さんを除いて。


 彼女たちをじっと見つめていると、二人はこちらに気づいたのか少し動揺した。それでも二人は席を立つと、俺たちの元まで駆け寄ってきた。


「風鳥さん、その、ありがとうございました。二年もかかっちゃいましたけど……あなたが励ましてくれたおかげで、今私とっても元気です!」


 姉さんがにぱっと明るい笑顔で微笑んで、風鳥さんに深々と頭を下げた。彼女の後ろで怯えていたペルシャも、ちょっとだけ頭を下げて震える声で続いた。


「あ、あの……ごめんなさいっ……前は……怖がって……逃げちゃって……」


 風鳥さんはたじろぎ、何を言おうか悩んでいる様子だった。結局彼女は優しく微笑んで、二人の体を抱き寄せた。


「良かった。本当に……」


 風鳥さんの声はちょっとだけ涙ぐんでいるように聞こえた。彼女は急いで身を翻すと出口の扉に向かって歩いていった。


「えっ、どこに行くんですか?」

「仕事ですよ。『()()()』に戻ります」


 彼女は振り返らず、茶化すように誤魔化して去っていった。俺たち三人はちょっと気まずい雰囲気に残されて、俺も急ぎ足で帰ろうとした。


「あ、あの!」


 姉さんが俺を呼び止めた。振り返ると、姉さんとペルシャは俺の目をじっと見つめていた。


「さっき二人で話してたんです。私たち……もしかしてどこかで……」

「…………!!」


 瞬間、脳裏にアークエデンの世界が広がった。再構築よりも前、四人で何度も何度も遊んだこと。再構築の後、姉さんと過ごした偽りの記憶。そしてフラムとペルシャと過ごした三ヶ月の楽しい日々。


 どれも鮮明に思い出せた。目に涙が込み上げてくるのを必死にこらえて、俺は息をつまらせながら応えた。


「いや……きっと……人違い、ですよ……」


 俺は逃げるように扉を開けた。


 受付のお姉さんはぎょっとした目で俺を見ていた。


 涙が溢れて止まらなかった。

明日は最終二話更新です!


ここまでお付き合いしてくださった皆様、ぜひ明日もお付き合い下さい!


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