22 涼しい風に当たりたい
「私の自室です。と言っても何もありませんが。もう家には帰れないのでここで暮らしているのです」
彼女がそう紹介した部屋は、人間が住むのに最低限必要なものしか揃っていないという印象だった。簡素な机にベッド、真っ白で殺風景な空間。
まるで、刑務所を彷彿とさせた。
「刑務所のようだと思いましたか? ふふ、あながち間違っていませんよ。私は世間では極悪人ですから。どうぞそちらへ」
彼女はソファに座るよう促すと、湯沸かし器のスイッチを入れて、棚から紅茶のパックを取りだした。そして角砂糖の容器を引っ張り出し、湯が沸くと同時にカップにお湯を注いでティーパックを放り込むと、自分のカップに角砂糖をドバドバと入れた。
「私はいつも糖分が足りないので五個は入れますが……あなたはそんなにいりませんよね」
彼女は相当甘党のようだ。頭を使うのには糖分を使うらしいので、もしかしたら仕事柄そうなのかもしれない。
カップをふたつソファの前のテーブルにことりと置くと、風鳥さんはテーブルの横側のひとりがけソファに座って一息ついた。
「さて……何からお話しましょうか。まずは……どうして『再構築』は起きたのか、でしょうかね」
彼女は机の上の紅茶を一口飲んだ。それにつられて俺も一口飲むが、あまりの甘さに少しむせ返った。彼女は気にする様子も見せず話し始めた。
「あなたの姉……アークエデンでは『ステラ』という名前でしたが。彼女が『願いの結晶』と『アクセスキー』を手にしたことで『再構築』が起こったと、以前説明しましたね。しかし疑問に思いませんでしたか? 私がそんなもの作るはずがありません。そんな力を持つものなんて、そもそも私には作れません」
彼女は一呼吸置いて、今度は俺が理解したのをしっかりと見届けた後に続きを切り出した。
「あれらはフラムが作り出したものです。私たち運営の目を盗んで……。ステラもそれらがなんなのか知らなかったのでしょう。フラムの口車に乗せられて……彼女は願ってしまった」
『姉さん』の笑顔が一瞬頭の中いっぱいに広がった。そして、『ステラ』との思い出も蘇った。
たとえゲームとはいえ、俺たちは家族のように親しかった。
一緒にいろんな冒険をした。強大な敵にも共に立ち向かった。何気ない会話を交わして、時には少し喧嘩して、でも次の日には何事もなく仲直りして。それでも俺たちは『ゲーム仲間』の関係を保っていた。あいつはいつでも楽しそうだった。
「こんな幸せが、永遠に続けばいいと」
その言葉を聞いて、すごく複雑な気持ちになった。
「そんな願い事で再構築が……?」
「『願いの結晶』は正確には、願いに沿うように世界を再構築する力を持つのです。結果として我々はアークエデンを現実と錯覚し、あの世界に閉じ込められた。幸せは永遠になったのです」
彼女はもう一口紅茶を口に運んだ。よく見れば彼女の体は痩せ細っていて、顔も少しやつれていた。この仕事を続ける上でのストレスが彼女を蝕んでいたのだろうか。
「ステラは再構築後も記憶を持っていたようですね。彼女はすぐに自殺しました。きっと罪の意識に耐えられなかったのでしょう。その時の死の感覚が今もまだ消えていない……。だいぶ良くなっては来ているのですが」
「じ、自殺?」
俺は驚愕した。
「姉さんは常世送りにあったはず……自殺なんて」
「死体は消えるでしょう。原理は常世送りと同じですよ」
風鳥さんは平然としていて、そのまま続けた。
「本来はステラ……こっちでは星野でしたね。彼女に『願いの結晶』と『アクセスキー』を使って世界を元通りにしてもらおうと考えていましたが……彼女のアークエデンでの記憶は何をやっても戻りませんでした。かつての戦友であり、弟でもあったあなたに会わせても、ね」
彼女はもう一度カップを手に取り、そして紅茶を飲み干した。最後に残った砂糖の濃い甘さをものともせず。
「う、嘘です。だって俺には姉さんと過ごした記憶が……」
「ただの記憶の補完ですよ。試しに思い出してみればどうですか?」
彼女は語気を強めた。俺自身も必死になって思い返していた。
「ね、姉さんと毎晩一緒にご飯を食べて」
「それで?」
「それで……そ、それで……」
「……………」
嘘だろ。これしか思い出せないのか?
俺はなんて薄情なやつなんだ。二年の月日が……フラムとペルシャと過ごした時間が、姉さんとの記憶を消してしまったのか?
「な、なんで……」
「存在しないからですよ。そんな記憶。中途半端な再構築は各々が疑問に思わないぐらいの最低限の記憶しか補完できなかった。逆に言えば、完全な再構築が起これば……もはや誰も世界に疑問を持たないでしょう」
「面白い」「続きが読みたい」
と思った方は
ブックマーク
★★★★★
をよろしくお願いします!




