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20 覚悟の上で

 俺は自然に俯いた。もう何が何だか分からない。分からないのに、理解出来てしまう。


「……でも、前にあんたは現実(ここ)の記憶は戻らないって言ったじゃないか!」

「あれは半分嘘です。非現実(アークエデン)のメモリーカードは再構築後のアクセス権でもあります。『願いの結晶』を持つあなたには確実にアークエデンへ戻ってもらう必要がありました。中途半端に思い出して非現実(アークエデン)のメモリーカードが抜けたら困ります」


 風鳥さんは憐れむような声色で続けた。


「……もうあなたの役目は終わりました。あなたを利用しようとしたこと、ここに謝罪します。本当はこんなことをしている時間はありませんが……これはほんの罪滅ぼしです」


 彼女はそう言って俺の手を取り、部屋の隅で怯えるダークブラウンの少女を一瞥し、部屋を出て長い廊下を進んで行った。


「あなたの記憶を完全にしましょう。本来のあなたを……『アル』ではなく、『愛川(あいかわ) 瑠夏(るか)』を取り戻すのです」

「愛川……瑠夏……」


 風鳥さんの足が止まる。彼女は腰に携帯した大量の鍵の中からひとつを選び取って、真っ黒な金属の扉を開けた。


 部屋の中は暗かった。


 風鳥さんはソファに俺を誘導すると、そのまま隣に座った。彼女は長机の上の四角い箱をパカッと開き、カタカタと音を立てて指で叩き始めた。


 今度はソファの目の前の壁が光った。そこには作り物のような緑と青が広がっていて、どこかで見た事のあるような人達が楽しそうに談笑したり走り回ったりしていた。


 これは――――非現実(アークエデン)だ。


「もう気づきましたか? これは世界の再構築が起こる前、『アークエデン・オンライン』がただのVRゲームだった頃の写真です」


 彼女が箱をもう一度叩くと、眼前に広がる風景がまたガラリと変わった。


 凶暴なドラゴンとそれに立ち向かう四人の冒険者。うち三人には見覚えがありすぎた。


「姉さん……ペルシャ……これは……俺……?」

「その通りです。最後の一人は『シャム』。以前もあなた達はとても仲が良かった……運命とは数奇なものです」


 風鳥さんがもう一度箱を叩く。


 今度は人混みの中心で一人の女の子がニコニコと振る舞う写真だった。


 どこまでも透明な銀髪に宝石のような真っ赤な瞳。まるでマスコットのように笑顔を振りまく彼女を、俺はよく知っていた。


「フラム……。そうだ……お前は……」

「思い出してきましたか? もう少し進めましょうか」


 ◆◆◆


 それから何分経っただろう。実際には数時間経っていたかもしれない。それほど濃密な時間が流れた。


 写真は無限に存在しているかのように次へ、また次へと流れ続けた。どれも初めて見るはずなのに、全くそんな風には感じなかった。それどころか、次第にその写真がいつ撮られたものなのか、その時に何があったのかを、鮮明に思い出すようになっていった。


「もう十分です」


 俺は無意識にそう言った。心の焦りは消え、どこか開放感を感じていた。


「……そうですか。良かったです。正直本当に記憶が戻るか確証がありませんでしたから。それでは私はアークエデンに戻ります。全てが済んだらまたお会いしましょう」


 風鳥さんは安堵した様子で立ち上がった。そしてパソコンを閉じると、ソファの裏を通って退室しようとした。


「待ってください」


 俺が引き止めたのを聞いて、風鳥さんは不思議そうに立ち止まった。


 暗い部屋の中、静寂が一瞬場を支配した。


「まだ聞いてませんよ。なぜ……なぜみんな殺したんですか?」


 風鳥さんは即答した。


「本来死ぬ事でプレイヤーはリスポーンします。しかし再構築で世界(アークエデン)は『死』を『復活しない』ものとして定義しました。リスポーンするというプログラムは生きたままで。結果死ぬとプログラムに矛盾が生じ、システムの異常として検出されることで強制ログアウトされます。つまりこの方法が一番確実で、手っ取り早いのです」


 彼女の返答は淡々としすぎていた。それが少し気に触った。


「……ならどうして二年間も手をこまねいていたんです?」

「今は状況が違います。フラムはもはや神に等しい力を手に入れている。私の持っていた『アクセスキー』も奪われた。もうこうするしかないのです」


 俺は奥歯を噛んだ。強く拳を握りしめて、捻り出すように叫んだ。


「それが間違いなんだ!! 俺たちはあのままでよかったんだ……それをあんたがぶち壊した!!」


 風鳥さんは沈黙した。そうしてまた静寂が場を支配して、その後に弱々しい声が帰ってきた。


「……あなたには分からないでしょう。私たちは五万のプレイヤーの命の上に立っているんです。あなた達の幸せなんて知ったものか……!」

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