19 ふたつの現実
意識は瞬間的に覚醒した。
いつの間にか体は横たわっていて、頭には何か変なものが取り付けられている。
俺はそれを取り外すと、急に瞳に差し込んできた光に思わず目を閉じた。
周囲が騒がしい。聞きなれない音に加えて、複数人の声がする。徐々に目を開けると、これ以上ないほど真っ白な天井と、俺を覗き込む何者かが目に飛び込んできた。
「うわっ、目覚めたぞ!?」
「風鳥さんの意識も覚醒しつつある……何かあったのか?」
彼らは白衣に身を包み、何やらあたふたとしていた。
見渡す限り白い部屋。機能性以外を排除したかのような、面白みの欠けらも無い空間。そして、俺の隣で寝ているこの女。
何もかもに見覚えがあった。
「――――ペルシャ……!!」
記憶がふつふつと蘇る。白衣の者たちの制止を振り切って扉を開け、全速力でペルシャの元まで駆けた。
どうして忘れていたんだ。こんな大事なことを、忘れちゃいけないことを、どうして。
長い廊下を突き抜け、一つ二つと扉を通り過ぎ、そして目的の扉に辿り着くと、勢いに任せてガラッと開けた。
「ペルシャ!!」
部屋中に敷き詰められた大量のベッドのひとつに、一人の少女が体を起こして呆然としていた。ダークブラウンのロングヘアーに少し明るい茶色の瞳。とてもペルシャには見えないのに、なぜだか彼女だと分かる。
「……だ、誰?」
彼女は俺を見るとビクビクとして身を引いた。徐々に感情が表に現れ、彼女の目は恐怖の色を浮かべた。
「……お、俺だよ。アルだって……なあペルシャ」
「無駄ですよ」
答えたのはペルシャではなく、俺の後ろに立った女だった。ペルシャは彼女を見た途端、小さく悲鳴を上げてベッドから転げ落ちた。
「い、いやっ、来ないでっ!? やだっ、死にたくないっ!」
錯乱したペルシャは部屋の隅まで逃げ込むと、かがみこんで頭を抱えた。体は遠目から見ても分かるほどにガクガクと震え、まるで小動物が天敵から身を守ろうとしているようだった。
「……なんで、なんで殺したんですか。風鳥さん」
俺はギッと歯を食いしばった。そして彼女を睨みつけた。
「あなたがみんな殺したんですか。こんな……こんな惨いことを……!」
「……惨い?」
風鳥さんが俺を睨み返す。彼女の持つえも言われぬ圧が俺を萎縮させた。
「確かに彼女はPTSDを発症しています。ログアウトしたことで記憶は失っていても、死の感覚は残るようですから。でも現代の医療なら克服できます。時間が経てば彼女は元の普通の女の子に戻れるでしょう」
風鳥さんは憐れむようにじっとペルシャを見つめていた。
「でもアークエデンの世界に閉じ込められたままなら、彼女は永遠に『ペルシャ』として生きなければなりません。さて、どちらが惨いのでしょうね」
彼女の言い方は俺の意見など求めていないように聞こえた。それでも俺はどうしても言い返したくなった。
「ペルシャは幸せだった! なんで……なんでそっとしておいてやらなかったんだ!?」
「……つまりあなた方はあちらの世界の方が良かったと?」
彼女の問いは鋭く俺の心を突き刺した。俺は一瞬戸惑って、そうだと答えた。そう答えないと負けたような気がした。
「そうですか。ですが諦めてください。私たちが背負う使命と責任の前ではそんなことはごくごく些細なことなのです」
風鳥さんは淡々と話すと、今度は俺に疑いの視線を向けた。
「ですが、あなたは本当に向こうの世界の方が良かったのですか? こちらの世界にはあなたの帰りを待ち望んでいる家族、友人がいます。会いたいとは思いませんか?」
俺は一瞬黙った。多分何を言っているのか理解できなかったのだと思う。
「……思うわけないだろ!? 俺はそんな奴らなんて知らないっ!」
「いいえ知っています。あなたは何もかも知っている。ここに最初に戻った時から、既にあなたの記憶は全て修復されています」
途端に風鳥さんの圧が強くなった。俺はたじろぎ、その圧に飲まれた。
「記憶とはメモリーカードのようなものです。再構築後、我々は現実のメモリーカードと非現実のメモリーカードをログイン・ログアウトする度に取り替えているのです。私は再構築の影響が少なかったのでどちらの記憶も保持することが出来ましたが、あなたは違った。だからあなたのプログラムに細工をして記憶を保持できるようにしました」
彼女の説明がすっと頭の中に入り込んで溶けていく。何を言っているのかまるで理解できないのに、なぜか腑に落ちてしまう。
「今あなたには現実と非現実の二つのメモリーカードが刺さっています。しかしあなたが認識できているのは非現実のメモリーカードだけ。今のあなたには私の言葉の節々に出てくる『単語』は理解できないでしょう。ですが私の『言いたいこと』は理解できているはずです」
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