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17/32

17 良いとか悪いとか相対的なもので

 その時はよく理解できなかった。


 エルフが全員死んだらしい。


 そんな話を真に受けて信じるやつなんて居ない。


「……落ち着いてください。何があったんですか?」

「わかっ、分からないですぅ。私はただっ、報告を受けてっ、伝えなくちゃって」


 彼女は慌てふためいてほとんど発狂しているに近かった。あまりに不憫なので、ペルシャとともに彼女の肩を持ち上げて室内のソファまで運んだ。


「とりあえず落ち着いてください。ほらお水飲んで」


 俺はコップに水を汲んで差し出した。フラムは難しい顔をしたままだし、ペルシャは少し硬直してしまっている。


 受付嬢は少しずつ水を飲み込むと、先程よりは落ち着いた様子になった。


「それで……何があったんです?」

「……け、今朝は上層部が騒がしかったんです。昨日のうちにエルフの里へ派遣した人員が帰ってきていたようで……」


 彼女は必死に言葉を紡いでいくように話した。


「帰ってきた人達はみんな怯えきった表情でした。私は嫌な予感がして……その後、この報告を受けました」


 受付嬢はカタカタと震え、コップの中の水が小刻みに揺れていた。


 なんとも信ぴょう性の薄い話だ。しかしここ数日で連続大量殺人が起きているからか、どうにも本当っぽくも聞こえる。


 チラリとペルシャの方を見ると、彼女はブツブツと独り言を言いながら虚ろな目をしていた。


 もし本当にエルフがみな死んだのなら、彼女のショックは計り知れないだろう。


「……確かめないと。何かの間違いでしょうし」


 ペルシャのためにも、俺は信じたくなかった。


「……少年、覚悟はしておくんだ」

「分かってるよ」


 俺は身支度をしようと立ち上がった。しばらく固まって動かなかったペルシャも、足取りは重いが着いてきた。


 エルフの里へ向かう道中、重苦しい空気が三人を支配していた。空はどんよりと曇って暗く、今にも雨が降り出しそうに湿気の混じった嫌な風が頬を撫でた。


 まるで、フラムと出会ったあの日のようだった。


 里の入口へ到着すると、辺り一帯は不気味な程に静かだった。


 まるで誰も住んでいないかのように、そしてどの生物も立ち入るのを躊躇しているかのように、里からは一切の音がしなかった。


「……母様」


 ペルシャは一人で駆けだした。俺たちもその後を追って走り出す。


 ペルシャは自分の故郷で土地勘があるのか、素早く前をぐんぐん進んでいって、とうとう森の木々と暗さに紛れて姿を消してしまった。


 それから数分して、俺とフラムは開けた場所に出た。中央には見覚えのある巨大な樹木がそびえ立ち、精巧な石細工が里を整然と形作っている。


「……最悪だな」


 俺は地面に落ちていた短剣を拾った。目線をあげれば、死者が生前に身につけていたであろう武器や装飾品がそこら中に散乱していた。


 人は死んでしばらくすると消滅する。まるで常世(とこよ)送りのように。この世界から、跡形もなく。


 死が常世送りと違うのは、死体がしばらく残るということと、原因と結果が存在するということだ。


 恐らくここへ派遣された者は死体の山を見たのだろう。街とエルフの里を行き来するのは少なくとも三時間弱はかかる。それだけの時間があれば死体は消える。


「全員広場に集まってたのか? それに血もない……また毒殺か」


 遺留品は広場に集中していた。あまりに不自然な量だ。


「……フラム、生き残りを探してくれないか。俺はペルシャを探しに行く」


 フラムは俺の言うことに素直に従って、周囲の家一軒一軒を調べ始めた。


 俺はペルシャの足跡を追った。彼女の長い足による大きな歩幅で、全力で地面を蹴った跡が明瞭に残っていた。


 俺たちよりも早くこの広場の惨状を見たのだろう。足跡は住宅に向かうでも、大樹の中へ向かうでもなく、森の中へと続いていた。

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