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12 すべて僕のこと

 部屋は無機質で広く、白と黒以外の色はほとんど存在しなかった。まるで寝たきりの人間をそこに収容しているかのようだ。


 おそるおそるベッドから降りる。ツン、と鉄の冷たい感触が素足を突き刺す。


 ここはどこなのだろう。単純な疑問と漠然とした不安が頭の中を支配していた。


「目が覚めましたか。アル」


 視線の先、そこには白衣を着た女性が佇んでいた。髪も瞳も黒く、この人物に覚えはない。


 覚えはないはずなのに、何故か知っている。


「スノーホワイトさん……?」

「ええ。見た目は違くても、声が同じでしょう? どうぞこちらへ、会ってもらいたい方がいます」


 彼女はニコリと笑うと、戸惑いを隠せずにいた俺の手を取って部屋から出た。そうして真っ白な廊下を少し歩いて、大きな扉の前で立ち止まった。


「きっと聞きたいことは山ほどあるでしょう。でも一度に話しても仕方ありません。かといって少しずつ話す時間ももうありません」


 彼女が扉を開けると、部屋から漏れた光が俺の目を突き刺した。思わず目を細め、そしてやっと光に慣れてきた頃、一人の少女が目に飛び込んできた。


 スノーホワイトさんと同じ黒髪黒目、これといって大した特徴もないただの女の子だった。


「アル、誰だか分かりますか?」

「……いえ」


 こんな地味な見た目の人間はあまり見た事がない。かといってこれはこれで珍しいので一目見たら忘れないだろう。


「そう。じゃあこっちに聞きましょう。星野(ほしの)、彼に見覚えはありますか?」

「……ない、と思います。誰なんですか……?」


 この声を聞いて、ふっと意識の糸が切れた様な感覚がした。


 これは、忘れようとしていた声だ。


 そして、ずっと探し求めていた声だ。


「姉さん」


 自然と涙がこぼれていた。


 ぽろぽろと、まんまるな雫となって。


「ね、姉さんって……いきなりなんですか」


 目の前の少女は少し身構えて、怯えるような仕草を見せた。


「……ダメでしたか。プランBに移行しましょう。面会は終わりです」


 スノーホワイトさんは俺の腕を掴み取ろうとした。俺は伸びてきた腕をバシッと跳ね飛ばし、ほとんど無意識的に少女の肩に飛びついた。


「姉さん!! ずっと……ずっと探してたんだ……! 姉さん、姿が変わっても俺たちはずっと家族だよ。さあ帰ろう――――」

「や、やめてっ! 触らないでっ!」


 姉さんは俺の腕を強く叩くと、部屋の隅まで後退してうずくまってしまった。


 彼女の目はこれ以上ないというくらい恐怖で満ちていた。俺はそれがどうにも寂しく、苦しく、とても受け入れられなかった。


「困ります。せっかく回復の兆しが見えてきていたのに……これで分かったでしょう。彼女はあなたのことなど覚えていませんよ。早く出てください」


 スノーホワイトさんは今度こそ俺の腕を強く掴み取ると、引きずり回すように部屋を出た。


 次の部屋にはまたしても大量のベッドが並んでいた。ところどころに空いているベッドがあるが、大部分のベッドの上には謎の物体を被った人間がゴロゴロと横たわっていた。


「彼女はペルシャです。と言ってもあなたには分からないでしょうけど……。ここにいる人間は皆、二年前から目を覚ましていません」


 彼女は横たわる少女の手を愛おしそうに握り、目を閉じた。


 顔は謎の物体をまるまる被っているせいで判別できないが……スノーホワイトさんと姉さんの例を見る限り、見た目は関係ないのだろう。


 この少女がペルシャだという確信はないが、どうしてか説得力を感じた。


「……二年前に、何があったんですか」


 これも無意識的に口にしていた。彼女の言うとおり、俺は未知を恐れるくせに、知りたいという欲求に抗うことが出来なかった。


「『世界の再構築』です。あなたの姉……現実では他人ですが。星野が『願いの結晶』と『アクセスキー』を手にしたことで、それは始まりました」


 彼女はペルシャだという少女の手をぎゅっと握りながら続けた。


「当時ログインしていた人間は元の記憶を失い、ログアウトも不可能になりました。彼らは作り物の世界に閉じ込められ、今も尚目覚めないままでいます。世界は()()()()()()()()()逆転したのです」

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