マドモアゼルおじさん
マドモアゼル。フランス語で未婚の淑女を指す言葉。私の頭からこの言葉が離れないのには訳がある。
11月中旬、そろそろ冬の足音が聞こえてきそうなツンとした寒さの深夜。終電を逃してしまった私は片道10キロはある道のりをひたすらに歩いていた。いつもの街に入ったのはアパートまであと3キロほどのことであった。そこには小さな川が流れていて、春になると桜の隠れた名所として親しまれている。しかし今は秋の暮れ、それも深夜だ。川沿いの狭い道を歩く人といえば川沿いの住人か、私がしているように酔いを覚ますための遠回りをする人くらいだ。
マドモアゼルを聞いたのはその暗く狭い道をしばらく進んだところであった。
今が深夜あることを考慮しても、道端でマドモアゼルを連呼している人など変な人以外には考えられない。それも、感情と抑揚の入ったマドモアゼルであった。誰かに話しかけているのか、周りを見渡しても淑女どころか人影は声の主以外に見当たらない。
その声の主、マドモアゼルおじさんは灯りの灯る民家に向かってマドモアゼルを発していた。更に数歩、歩みを進めた私は目を疑った
マドモアゼルおじさんは右手で自身の股間を弄りながらマドモアゼルをしていたのである。この民家におじさんのマドモアゼルが居るのかは確かめようがない。だが、一つ確かなことがある。
マドモアゼルおじさんに関わってはいけない。
一気に酔いを覚ました私は、次第に小さくなるマドモアゼルを聞きながら帰路を急いだ。