第三話 「アバター作成」
「それでは、まずアバターの作成を行います」
自分の顔は見えないけど、恐らく今は現実世界からそのまんまの容姿で、ここに落ちてきたのだろう。
「はい…」
「そんなに緊張しなくてもいいんですよ。ゲームなので存分に楽しんでください」
顔から緊張が伝わったのか、全力のフォローとばかりに笑顔でそんなことを言ってくれた。
「では、アバターの作成ですが、ただ今のあなたは、現実世界からそのままコピーされてここにいます」
やっぱそうだったか。
「お好きにアバターをカスタマイズしてくださいね」
そう言うと、俺の目の前に透明のタッチパネルが現れ、パーツごとに『顔』『目』『鼻』『口』『耳』『髪型』『顔の色』『顔の形』『肌の色』『身長』『アクセサリー』と項目があり、真っ先に『身長』を押す。
今は、157センチなので、試しにマックスまで上げてみる。
画面に丸いものがあり、最初は157と書いてある場所にあったので、右に行けば行くほど高くなり、左はその逆。
試しに一番右にやると___
「うわっ!たかっ!」
丸いヤツを右にやると、瞬時に自分の身長が高くなる。
300と書いてあるので、マックスは300センチらしい。
次に、左にやると小さくなり、100と書いてあるので、最小でも100センチなのだろう。
子供心が働いたのか、右にやったり、左にやったりして遊んでると、ふと視線の45°上から声がかかった。
「あの……楽しそうでなによりです」
ハッ!と我に返った俺は、みるみると頬が熱くなってく。
恥ずかしい……。
高校二年生ともなる俺が、こんな小学生がしそうなことを……。
恥ずかしい思いをして下を俯いている俺を、傍らで美少女がクスクス笑っている。
あ、そういえばこの子名前なんて言うんだろう。
「あの……名前なんて言うんですか?」
「あ、先に紹介するのを忘れていましたね」
彼女は宙に浮く椅子から降り、俺の方に歩み寄ってきた。
「私は、アシュリ・ノールと申します。気軽にアシュリとお呼びください」
「俺の名前は___」
「あ!ダメです!あとでチュートリアルで説明するのですが、このゲームで本名をフルネームで言うのは運営によって罰せられます。私も例外ではないので」
「でも、アシュリさんは?」
「さんはいりません。あとタメ語で構いませんよ」
「わかった。アシュリはいいの?」
素朴の疑問を口にした俺を見て、アシュリは「コホン」と咳払いをして、人差し指を立てて丁寧に説明してくれた。
「この『アシュリ・ノール』という名前は、ゲームの世界での名前なので大丈夫なのです。それが意味することは、私はこのゲームの遊び人なのです」
つまり、アシュリも現実世界で『身体』を有しているということなのか?
「はい、その通りです」
まるで俺の心を読み取ったかの如く、そう答えるアシュリを傍目に、俺は呆然と立ち尽くしていた。
てっきりこの子AIだと思っていた……。
でも、此処にいるっていうことは、運営の関係者か何かか?
いや、それ以外ありえない。
「こういうチュートリアルを説明する人って、基本AIとかを使うのだと思っていたけど、運営の方が直接説明するんですね」
「ん?私は運営とは直接関わっていませんよ」
ん?おかしい……此処はただのプレイヤーがいていい場所じゃない。
脳内の歯車がかち合わない俺を見て察したのか、アシュリは一言でこうまとめた。
「バイトです」
「バイト?」
「はい、バイトです」
「つまり、バイトでチュートリアルの説明等をやってるってことですか?」
「はい。厳密にいうとクエストなのですが、この場合はバイトです。先ほども言いましたが『運営とは直接関わっていませんよ』と私は言いましたよね、でも私は此処にいる」
『もう分かりましたよね?』と顔で訴えてくるアシュリだがもちろん理解できている。
「運営から依頼されているクエスト、つまりバイトということですよね」
「はい。その通りです。運営も最初はAIで初ログインのプレイヤーたちにチュートリアルを説明させていたのですが、予想していたよりも多くの同時初ログインのプレイヤーが多かったらしく、AI機能が全て停止してしまうという事件が発生したのです。そこでチュートリアルを既に終えてゲームをしていたプレイヤー達は強制ログアウトさせられて、一週間のメンテナンスが行われました。その時のゲームをしていたプレイヤーの数は78万人程だったと聞きました。その事件はゲームが実装されてから一週間に発生したので、初回購入の100万台を手に入れた方たちでしょう。このAIは一つのサーバーから何万人ものAIがいたので、あまりの高労働にそのサーバーがショートしてしまったのです」
俺の知らないところでそんなことが起こっていたなんて……。
そこで一旦、アシュリが喋りすぎて息が切れたのか何度か深呼吸越して説明に戻る。
「そして、一週間が経過して、既にチュートリアルを終えているプレイヤーはログインできたのですが、初ログインの人たちはまだチュートリアルを受けれなかったのです。それにも理由があって、運営の人たちはある程度のAIの復帰はでき、サーバーも一つから五つに増やしたのですが、それでも安全のためにと、強制ログアウトの直後に公式から『緊急:チュートリアル案内人求む。チュートリアルのマニュアルを至急作成するのでできる人は一週間後にログインできるように本サーバーを開くので、その時にゲーム内で簡単な試験を行う。報酬もしっかり用意する』と、えらい急いだ文だったのですが、そのようなメールがチュートリアルを終えているプレイヤー全員に送られてきたのです。もちろんお詫びのメールも送られてきました。そして私は試験を受け、合格していま此処にいるのです」
全部言い切った彼女の方は上下に揺れていて顔も少し火照っている。
「わざわざ説明ありがとう。でも、なんでチュートリアルも案内人になる試験を受けたの?」
「ゲーム内でのお金が必要だったからです。このバイトはなんとなく高報酬だと思って……予想的中でした」
それなら俺も納得ができる。
「この世界でお金はとても重要なモノになりますので」
そりゃあ、現実世界のどこの国に行っても同じことだ。
「ちなみに、普通のバイトなら冒険者ギルド内のクエスト一覧が壁に貼り付けられている一番奥にバイトの募集のスペースがあるのですが、今回はすごい大規模で大人数の方が受けるため、全てエアースクリーンで行われました。エアースクリーンはアバター作成の時に使ったスクリーンと一緒で、右手首についているリングについているボタンを押すことによって映し出され処理されているのです。普通のクエストとかもわざわざ冒険者ギルドに行かないでエアースクリーンで受注できればいいのですが、運営のこだわりなのですかね」
確かに、アシュリの言っていることはごもっともだ。
まあ、でも俺は冒険者ギルドに行ってクエストとかを受注するほうが雰囲気はあっていい気がする。
「ですので、同じプレイヤーなので何もともあれよろしくお願いします」
そう言うとアシュリは、笑顔で俺に右手を差し伸べてきたので、俺も右手でその右手を握る。
アシュリの手はほんのり暖かくて、柔らかくスベスベしていて……っていうか初めて同世代の女の子と手繋いだかも。
繋いだって言い方にも少し誤解が生まれてしまうけど、ように、初めて手と手をドッキングさせた……?
表現って難しいな。
だって、『繋いだ』って言葉を使うのは、恋人関係を指しているイメージがあるし、『握手』については、握手ってそもそもその行動自体に意味があって、手と手が繋がれたっていう抽象的な部分には触れてないから……あー、もう分からない。
ブンブン頭を振って一人頭を悩ませている俺を他所に、アシュリは不思議そうな顔で俺の所動を観察していたらしいが、俺はまだその考えに耽っていた。
あ、分かった。
初めて同世代の女の子の手の平の感触を味わえたかも。
これだ。
これならさっき言った全てを踏まえているから伝わるはずだ。
ちょっとエロいけど。
「私、たくさんのプレイヤーを案内してきましたが、名前を聞かれるのはこれが初めてです」
「そうなんですか」
俺はどうでもいいことを考えていたので、とっさの判断でそんな回答になってしまった。
「他のプレイヤー達は私のことを色々教えてくれえる『道具』としか見ていなく、あなたは私を『一人の人間』として見てくれたので、名前を聞いてくれたのですね。あなたは人を気遣えるいいお方なのですね」
そんなこそばゆいことを言われた俺だが、はたして俺は人を気遣えるいい人なのだろうか。
「そうかな……」
「そうですよ!このゲームをするにあたって、あなたはとてもいい仲間に出会える、そんな気が私にはします」
「ありがとう。そう言われると俺も、なんか勇気が湧いてくるよ」
そんなこんなでアバターの作成は完了したので(ほとんど現実世界の姿から変えてない。身長を10センチほど高くしたのはここだけの話)続いてゲームのチュートリアルへと移る。
あ、ちなみに性別は現実世界のまま変更はできないらしい。
「それではチュートリアルを……の前に名前の設定をお願いします」
そう言われると、エアースクリーンにキーボードが現れる。
「名前は、ひらがな、カタカナ、漢字、英語を使用することができます」
そう説明され『トウ』と打ったら、『使用可能な名前です』と出たので案外使われていない名前なんだなと安堵の息が漏れる。
「名前は決めてしまえば変更はできないのですが、そのお名前でよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「でしたら、画面右上の決定ボタンを押してください」
画面中央に『トウ』と表示されてる画面をもう一度確認して、決定ボタンを押す。
すると画面が切り替わり、チュートリアルと画面に表示される。
チュートリアルは誰もが通る道。
みんなここから始まっていく。
さて、このゲームを最高に満喫してやりますよ!
そう心に決め、ウキウキした気持ちのままチュートリアルが始まった。