3.やさしい背中の作り方
むくり、とちえこさんが起き上がった気配がした。
「あれ、起きました?」
僕はベッドに背中を預けて、本を読んでいた。返事がないので振り返ってみると、ちえこさんが泣いていた。
「ちょっ…!どうしたんですか!?どこか痛いんですか!?」
ぎょっとして手を伸ばすと、それより早くちえこさんの両手が僕の頭を反対側に戻した。ぐぎ。
…なんか今変な音しましたけど!?
「いますごい顔してるからみないで」
「そ、そうはいっても、なにがどうしていきなり泣いたのか気になるじゃないですか。ぐっすり寝てたのに…」
「あきちゃん、くっついていい?」
無視ですか。
ていうかどうしたんですかいきなり!
そんな…そんな律儀にきかなくてもいいですよなんか照れるじゃないですか!
…とは言えるはずもなく。しかしこっちを向くなと言われている故僕は動けない。
おろおろとしていると、肩甲骨のあたりでぽす、と音がした。
う
うわああなんか!なんか背中があったかい!
一気に心音がはやくなる。と、後ろからするりと両手がのびてきた。僕のお腹のあたりをぎゅっとする。
嗚呼
顔まで、熱くなってきた
「…うん、年上なのにみっともないとこ見せてごめん」
「一年しか違わないじゃないですか。…ホント、どーしたんですか」
ずっと鼻をすすって、間をあけてからちえこさんはぼそっと言った。
「…怖い夢…みちゃって…」
…どっか痛くないならいいんですけど。
なんとなく、なんでさっき謝られたかわかった気がした。
「寝るまでホラーアニメ観てたからじゃないですか。あんなに怖がるなら観なきゃいいじゃないですか」
「…お父さんとお母さんがいなくなった日の夢よ」
ぎくりと背中が強張った。背中にくっついているちえこさんにはバレバレだったらしく、「いーよ。そんな気にしなくて」と言われてしまった。
「そのあとね、あきちゃんもいなくなっちゃうの」
「…はい?」
僕が?
「ん、夢でね。」
呼んでも返事してくれないし。こっち見てくれないし。どんどんずんずん先に進んじゃってさ。
そんで、どっか行っちゃったの。
「だからさっき無視しました。勝手にお返し。八つ当たり。ごめん」
僕を抱きしめる手に力がこもる。
僕はそれを無理矢理引き離した。くるりとからだごと向きを変える。
ちえこさんは、また泣きそうで、痛そうな顔をしていた。
前、図書室で同じ顔を見た。長くてきれいな髪に隠れて不安を抱えるちえこさんの顔。
前は前髪が目の上で切りそろえられていたけど、今は分けられてるから、余計よくわかる眉間のしわ。
ぎゅーっと抱きしめた。体にすっぽりちえこさんをいれて。
「…こっちみないでっていったのに」
「うん、ごめんなさい」
そんな強がり言わなくていいんですよ
泣いたっていいんです
僕どこにも行きませんから
そんな気の利いた事言えなくて、だからかわりにもっと強く抱きしめた。