2.美味しいマシュマロの作り方
「マシュマロ焼いて、ビスケットにはさんだやつが食べたい」
「……はい?」
ベッドに寝ころんでなにかを読んでいた僕の彼女は、唐突に呟いた。
食べればいいじゃないですか、と言うとちえこさんは口を尖らせる。
「それがねアキちゃん、ビスケットはあったのにマシュマロが売ってなかったのよ。きっと、この本読んでる人みんなが私と同じこと考えて、ビスケットとマシュマロ買ったんだわ」
僕は無言でちえこさんが読んでいる本を取り上げた。漫画だ。
開かれていたページでは、三人の男たちがキャンプファイヤーでマシュマロを焼いてビスケットにはさんで食べていた。
「……」
なんていうか。
いつものことといえば、まあそうなんだけど。
ちえこさんは本が好きだ。ゲームもするしテレビもよく見る。それはいい。僕だって本は好きだ。
ただ、
「…それはあれですか、僕にマシュマロ作ってっていう催促だって受け取ればいいんですか」
「んーん、食べたいなーって。それだけ」
ちえこさんがこちらから視線を外さない。わぁあ…すごい笑顔。このやりとりもいつものことだ。はいはい、と小さくため息をつきつつ漫画を返す。
マシュマロは作ったことがない。この間人参のブランマンジェを作ったときの残りのゼラチンを探しに台所に立った。
ちえこさんがひとりで暮らしているマンションだから、台所はそんなに広くない。
調味料なんかも、始めて来たときはなにもなかった。部屋に備え付けの冷蔵庫は、小さなジュースやゼリーがちんまりと居座っているだけで、栄養がとれそうなものは一切なかった。食べたいものを食べたい時に食べる生活をしていたらしい。
それ以来、僕はずっとちえこさんにご飯を作り続けている。
「本とか読んでてね、美味しそうなものが出てくると、急にそれが食べたくなったりしない?」
「それはわからないこともないですね」
鍋を探しながら相槌をついた。
『カニの食べられない所みたいな味がするサブレ』やら、『マガモ胸肉のグリエ 塩漬けレモンとソースアンディーブ添え』やら、今までもいろんなものを催促された。
(結局カニの形のサブレとローストビーフのレモン添えを作った)
真栄田にも、お前は彼女に甘すぎると言われたことがある。
わざわざバイト後に毎日飯を作りに行くって、どんだけ彼女のこと好きなんだよ、とも言われたっけ。
当たり前だ。
好きでもない奴にここまでしねーよばぁか。
脳内で真栄田に言い返してみた。いつ言われたかも忘れちゃったけど。あの時は恥ずかしくてなにも言えなかったけど。
「好きです」なんて滅多に言えないからせめて行動で示そうと思ってとか
毎日合いたいからとか
僕が作ったもの食べて幸せそうにするちえこさんの笑顔が好きだからとか
…だめだ。今も言えそうにない。恥ずかしい。
理由なんて煮詰めていけばどれも「好きだから」になってしまう。
ああもう!
ちえこさん以上に乙女思考な自分なんか嫌いだ!