俺の彼女はとてもしっかりした生徒会長です
「私もあなたのことが好きよ」
夏の夜に起きた奇跡。俺こと服部雄太は、誰もがあこがれる1歳年上の生徒会長、角中沙紀に告白し成功した。
元々俺と角中先輩の関係は、生徒会に所属する俺の友人を介しての関係でしかなかったが、俺がちょくちょくしっかりしていないものだから、先輩に良く注意されていたのが始まりである。
制服をしっかり着なさい。挨拶をきちんとしなさい。目を見て話す。背筋をピンとはる。などなどまぁ口うるさく言われてしまった。
だけど、それが嫌ではなかった。怒る感じではなく、諭すように、俺のために注意してくれているのが、とても伝わった。
でも、それ以上の関係を望むようなことはなかった。あの人は完璧超人な生徒会長、俺はしがない一般の男。
しかしちょっとしたきっかけがあり、関係を深くすることになった。
「角中先輩? どうされました?」
俺が下校しようとすると、角中先輩が背中に壁を預けて天井を見ていた。
「あら? その声は……」
「え? 先輩?」
するとなぜか俺にどんどん近づいてきて、先輩の顔にピントが合わないところまで近づいてきた。
「あ、ああ、服部ね。ごめんなさい」
「ど、どうしたんですか?」
「ちょっとコンタクトレンズを落とした上に、走ってきた男子に踏まれちゃって……本当に何も見えないの。これくらい近づかないと、服部って判断ができないくらいにはね」
「そ、そうでしたか」
にしてもどアップすぎる、本当にキスをするレベルの距離だぞ。キス……、っていかんいかん、俺の汚い妄想で、先輩を汚すわけには! 消えろ煩悩!
「? 何をしてるの?」
「いえ、何でもありません。そのままじゃ危ないですよね。お送りしましょうか?」
「あら? いいの?」
「むしろいいんですか? 言っといてなんですけど、俺と一緒に歩いてて、先輩に迷惑が……」
「はぁ、もっと自分に自信を持ちなさいよ。 私が困っててそれをエスコートしてもらうのに、迷惑なわけないでしょ!」
「は、はい!」
いかん、いいことをしているのに、先輩のお説教がとんできた。いや、うれしいからいいけど。
「……誰でもいいわけじゃないわよ……。相手があなただから頼るのよ……」
「何か言いましたか?」
「ううん別に。じゃあエスコートお願いね」
すると先輩は手を差し出してくる。
「え?」
「手を引いてもらえるかしら?」
「ええ!」
「あら、私の手を触るのは嫌?」
「い、いえ、むしろ光栄です」
「そこまで大げさに言わなくても……」
「いえ、先輩は綺麗で、いい香りがして、すごくしっかりした俺の憧れの人です」
「…………」
ん? 今俺何言った? 何かすごいこといった気が。
「ありがとね。そう言って褒めてもらえるのは嬉しいわ……、じゃあお願い」
先輩が少し顔を赤くして嬉しそうにしてくれた。気持ち悪いとか思われなくて良かった。
そして俺は先輩を家までエスコートした、ちょっとした下校デートみたいで楽しかった。
その日をきっかけに俺は本当に先輩を好きになった。
完璧超人でしかなかった先輩をエスコートして、俺の言葉に照れたり、存在は大きいけど俺より少し身長が小さいこととか、全てが愛おしくなってきた。
「この前はありがとう。それでまたお願いしちゃうんだけど花火の日に一緒に出かけない?」
するとその後に、先輩からお誘いをいただいた。
「生徒会で、見回りをするんだけど、人手が足りないから、私と一緒に回るお手伝いをしてほしいの」
「あ、はい。もちろんです」
純粋なデートの誘いではなかったが、それで満足だった。
「あら、こんばんわ服部」
10分ほど早めに集合時間に来たのに、既に先輩は集合場所にいた。
「あ、待たせてすみません」
「いいのよ、それよりどうかしら? 見回りだけど、一応お祭りも楽しみたいから着てきちゃった」
「めちゃくちゃ似合ってます」
先輩は浴衣姿だった。
「あら、そんなにストレートに言ってくれるなんて思わなかったわ……、でもありがと。じゃあ行きましょ」
「あ」
ちょっと照れながら、俺の手を取ってくれる。とても自然に、先輩の綺麗な手で。
「あ、綺麗。あ、あっちのは面白い形!」
先輩は花火を見ている間、ちょっといつもよりはしゃいでいた。それは俺への信頼みたいでうれしかった。
「もう服部、どこを見ているの?」
俺は花火よりも、無邪気にはしゃぐ先輩を見ていた。振り向いたときにそれがばれてしまった。
「…………すいません」
「もう、私ばかり見て……、何? いいムードだからキスでもしてほしいのかしら?」
「……はい……」
「え?」
先輩は冗談のつもりだったのだろうが。俺はつい本心を答えてしまった。
そう、これは恋人のデートではない。あくまでも先輩と後輩のお出かけでしかない。
「……私達は恋人じゃないから……それはできないわよ……」
それは今までの俺と先輩の関係。この関係すら壊れる可能性はある。でも言わなければならない。
「好きなんです。とても美人で何でもできるだけじゃなくて、実は可愛いところも、ちょっと俺をからかってくるところも、先輩の全てが愛おしいんです」
「…………ありがとう…………、素敵な告白がもらえてうれしいわ。私もあなたのことが好きみたい」
こうして、俺と先輩は彼氏彼女の関係になった。まさに奇跡だった。
いろいろなきっかけがあって、この幸運にあやかることができた。
「先輩、それでは」
それからも清いお付き合いを続けて、最後に先輩の家まで俺が先輩を送るというのが日課になっていた。
先輩は付き合ってからより可愛らしくなっていって、俺が女子と話しているのを見るだけで、ちょっと機嫌が悪くなったり、経験豊富かと思ったら、割とピュアだったりと、実にいろいろな発見があった。
「すいませんね。今日は時間が遅くなってしまって」
「いいのよ。両親は今日はいないから。遅くても怒られないわ。そうじゃなきゃ、私が途中で時間をちゃんと言うわ」
「あ、そうなんですか」
「ええ、ちょっとでも服部と一緒に過ごしたかったもの」
今日もそんな可愛い先輩とデートを終えて、無事に家まで送り届けたのだが、先輩が家に1人か……。
いやいや、俺と先輩は清いお付き合いをするんだ。こっちから上がっていいですかと聞くわけにはいかない。
「じゃあおやすみなさい」
さっと挨拶をして、帰路につこうとした。
「…………」
しかし先輩が返事をしてくれない。どうしたのかな。
「ねぇ、服部、ちょっと上がっていかない? いつも送ってもらってるし、お茶くらい出すわ」
まさかのあちらから? 断る理由などなかった。
「お、お邪魔します……」
俺は意識が曖昧なまま、先輩の家の先輩の部屋にお邪魔していた。まさにいろいろな意味出始めてあがる彼女の家だ。緊張しすぎでやばい。
「好きなところに座って待ってて頂戴。紅茶とコーヒーと緑茶はどれがいいかしら?」
「あ、じゃあ紅茶で……」
「じゃあ待っててね」
そして先輩が部屋を出て行ったので、俺が先輩の部屋に1人きりになる。
……これはどうすればいい? 好きなところに座ってくれといわれても、ベッドは座れないし、勉強机も座りづらい。床すら綺麗で座りづらい。
とは言ってもどこにも座らないのはいかんし……、仕方ないので床に腰を下ろす。
ここはいつも先輩が過ごす部屋……、それを意識するとまた緊張がすごい。
「はいどうぞ。レモンティーだけどいいかしら?」
「あ、はい、おかまいなく」
カランと音を立てて、グラスが置かれた。
「ではいただきます」
とにかく緊張でからからだったので、冷たい紅茶が心地よい。
「服部はコーヒーは嫌い?」
「いえ、普通に飲みますけど」
「ブラック?」
「ええ」
「私もブラックが好きよ。今度いい喫茶店があるから、一緒にコーヒーを飲みに行きましょう」
次のデートの話まで決まってくる。俺と先輩に次があることが何よりも嬉しい。
「…………」
レモンティーを飲む俺を先輩がじーっと見てくる。
「どうされました?」
「ううん、あなたとこうして同じ部屋でこうしてお茶を飲む関係になるなんて、初めて会った頃は思いもしなかったわ」
「俺もです。俺と先輩の関係は俺が生徒会にいたわけでもなかったから、遠かったはずですもんね」
「もっとあなたがだらしなくなかったら、私もあなたに構うことがなくて、関係が近くなることもなかったのにね」
「俺がだらしなくてよかったです」
「こーら、調子乗らない。今はだらしなくないんだから、しっかりすること」
「はーい。でも本当に夢みたいです。俺にとって、先輩は理想の人でした。そんな人が俺の恋人なんて……」
「もう……、バカ」
すると先輩は俺の正面から俺の横に座る位置を変えた。
体が触れる距離だ。俺のわき腹辺りに先輩の肩が当たる。
「あのー先輩」
「何?」
そういうと今度は俺の肩に先輩が自分の頭をこつんと当てて、俺を上目遣いで見てくる。もうその仕草の1つ1つがあざといのに愛おしくて。
「すいません……」
俺は先輩の肩に手をまわして俺に抱き寄せた。
「謝らなくていいって言ったでしょ。服部」
「でも先輩が嫌かもしれませんし」
「私は自分が触れるのが良くて触れられるのが駄目みたいな考えは持ってないわ。大丈夫よ、大好きな男の子に触れられて嬉しいに決まってるじゃない」
「……はい」
「もっと自分に自信を持って。そうすれば言葉にしなくてもこれくらいは分かると思うわ」
そして甘えるように俺の胸に頭を手をおいて擦り寄ってきた。
「先輩……好きです」
その仕草に俺の抱き寄せる腕にも自然と力が入る。
「私も同じよ」
「もっともっと一緒にいたいです」
「ええ、私も同じよ。でも最近あなたモテるようになったから、私が独占できるかしら」
「先輩……俺は先輩しか見えてないんですよ、ずっと憧れだっていったじゃないですか」
先輩のおかげで、俺は当たり前のことが当たり前のようにできるようになって、なぜかクラス長とかもやりはじめたので、女子とも以前より話せるようになったのだが、それを見て先輩が時々やきもきしていたりすることがある、それは可愛くていいのだが、そう言う風に先輩に言われるのは嫌だ。
「ごめんなさい。でも、あなたが違う女の子と一緒にいると不安なの。私はこれまで彼氏がいたことがないから、どの程度なら大丈夫か分からなくて。私を見てくれないのって思っちゃうの」
ぎゅっ!
「きゃっ、は、服部」
俺は先輩を正面から抱きしめた。
「何度も言わせないでください。俺には先輩しか見えていません」
そっと耳元でそうささやく。
「…………証拠を見せてくれるかしら?」
「えっ。証拠ですか?」
俺としては今それをやった感じなのだが。これ以上何をすればよろしいのか?
「ん……」
「!?」
すると先輩はそっと瞳を閉じた。
は? え? それはつまりそういうことか? 俺でも分かる、そうしろってことだよな! え。いいのかまじか?
「せ、先輩、失礼します」
緊張で手が震えながらも、俺は先輩の顔を両手でそっと上に向けさせる。
卵のようにぷるぷるで、白い肌に、長いまつげ。始めて会ったときからずっと恋焦がれてきた存在。
付き合うようになってからも、まだ憧れの存在であることには変わりない彼女が、俺の目の前で無防備な姿を見せている。
「ん……んっ……」
口でそっと付くように、唇を重ねる。
俺の体自身が心臓になってしまったかのように、または心臓が体中にあるように、全身が脈を打つような感覚にとらわれた。
俺はもちろんだが、先輩も少し震えている。
「はぁ……」
数秒か、あるいは数分か、ありえないだろうが数時間だろうが、そんな時間を感じて唇を離して、少し余韻に浸っていた。
「ど、どうですか……。これなら証拠として十分でしょう」
意識がしっかりしてから、先輩に声をかけた。
「うーん」
人差し指を唇にあてて、考える仕草をするが、とても笑顔である。これは大丈夫だろう。
「70点かしら?」
「ええ!」
俺は予想外の答えにびっくりしてしまう。
「も、もしかして、俺が何か間違えましたか!」
俺はめちゃくちゃ気持ちよかったが、先輩にとってはそうではなかったと?
「間違えるって何かしら?」
「俺のマナー違反があったとか! 順序が違うとか! ああ、すいません、やり直しはできますか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
「もう1回お願いします。とりあえず先輩には目を閉じてもらって……」
「くすくす。違うわ。あなたのキスは上手だったわよ」
「へ?」
「違うの。キスだけじゃ足りてないっていうだけ……」
「あ……」
その日の俺が先輩の家から帰ることができたのは次の日の朝であった。
「ごめんなさい。こんな時間まで」
「いいえ、大丈夫です」
「服部、愛してるわ」
「俺もです。俺もっと頑張ります。先輩の横に立っても恥ずかしくないように、先輩と一緒に歩いていけるように、先輩に頼ってもらえるように」
「……ふふ、嬉しいわ。無理はしてほしくないけど、期待して待ってるわね」
そして俺は先輩の家を後にした。
先輩と恋人になって浮かれていたけど、1つ階段を上ってからは少し落ち着いた気持ちというか、決意のようなものが生まれていた。
先輩は何でもできる人。ならその横に立つ俺は、少なくとも先輩と同じくらいにならなくてはいけない。
俺は先輩に並べるようになる。まずはそのために今日から努力していこうと誓うのであった。