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99.『黒』の胎動

 

「―――ディア、……ディアンサスが来てる? ……わかった、直ぐに行くわ。知らせてくれてありがとう」

「い、いえっ。当然の事をしたまでですっ」


 聖光教会。シータはその中に設けられている私室で今後の予定を立てていた時、修道女の1人が客人――ディアンサス――が来ていると報告を受け、彼女を出迎えることにした。

 最高位の“聖女”と言葉を交わしていることに緊張している修道女へ、その張本人たるシータは柔らかな笑顔を浮かべ礼を言う。それを受けた修道女は畏まりながら深い礼を見せると立ち去って行く。


 ここ最近、シータへの周囲からの印象に変化が表れてきている。

 曰わく。表情が優しくなり、以前より話し掛けやすくなった。

 曰わく。同じ立場であるルクミニー以外にも深い交流を持つ相手が増えている。

 曰わく。時折見せる笑顔が更に綺麗になった。その所為で余計に緊張(ドキドキ)する。


 曰わく。―――『好きな人』が出来たらしい。教会勤めの女性達の間では、シータ、それにルクミニーの両名にそんな相手が居るともっぱらの噂である。目撃証言も多数である。


 ……シータは最近彼女達に見られていることが多くなったと思いつつも、しかし自分がそんなに風に噂されているとは想像だにしていない。そもそも周囲から自分がどのように見られていたかなど気にしたことも無かったのだ。……もし面と向かって『好きな人』のことを尋ねられでもしたら狼狽えるのは目に見えているが……。


 ――――――


「いらっしゃい、ディア。今日はどうしたの?」

「……ちょっとね」


 何時も通りローブを着込んだディアンサスは出迎えてきたシータへ挨拶もそこそこに、招かれた客室へ足を踏み入れる。シータはディアンサスへ椅子に座るように促すが彼女はそれを遠慮する。そこまで長居する気は無かったのだ。

 ディアンサスはフードを外すと真剣な目をシータへ向ける。それを受けた彼女は友人を招いた時の緩い空気を、刃のような怜悧さを持つ物に変える。


「……何かあったの?」

「そうね。……本題から言わせてもらうわ。ルミーには後であんたから伝えて頂戴。今は都合が付かなかったみたいだから」


 現在ルミーはサクラと共に“封印の儀”への為の最終確認をしている最中である。故にディアンサスは偶々時間が空いていたシータにだけ先に話を通すことにしたのだ。

 ディアンサスはその本題を口にする。


「“封印の儀”、可能な限り早く終わらせて。それで私と一緒に〈エリニア〉へ向かって。なんなら私も儀式を手伝うわ」


 突然の申し出にシータは目を細める。


「理由は?」

「万が一に備えて、よ。あんただって向こうのこと気になってるでしょ。私達の力を貸せるなら、それは早い方が良い」


 ディアンサスは結んだ髪の毛先を弄り出す。そんな彼女へシータは答えを返す。


「……少し難しいわ。やって出来ないこともないけど……儀式は星の巡りを利用した特殊な魔法だから、時期をずらしたり手順を省略したりしたら何かしらの問題が出てくるわ。前回、ルミーが所持してる“聖杖デメテル”が一時的に使用不可になったのだってそれが原因だし」

「…………」

「でも」


 シータの紺碧の瞳が真っ直ぐに見詰める。


「それが必要なことなら―――万全を尽くすわ」


 力強い言葉。シータという少女は『使命』や『任務』を遂行することに関しての発言には絶対なる責任を負う。

 つまり彼女は早急に“封印の儀”を完遂させることを了承したことになる。


「……私から言っておいてなんだけど、本当に大丈夫なの? 儀式に関しちゃ私は門外漢だから勝手なことしか言ってない自覚はあるわよ」

「良いのよ。だって―――」


 片目を瞑って(ウインクをして)シータは微笑む。


「―――ディアが皆のことを考え想ってくれてる優しい人だって知ってるから」

「……はぁ?」


 突然のディアンサス自身の人柄へ言及に彼女は訝しげな目を向ける。そんな彼女にシータは言葉を続ける。


「ふふ。今回のこともそうでしょ? ディアは口では取っ付きにくいことばっかり言ってるけど、本当は何時だって皆のことを気遣ってくれてる。だったら私はそんな貴女の力になるわよ。……好きな人は助けたいもの」

「す、好きぃっ!?」


 ディアンサスはシータの発言に顔を紅潮させて狼狽する。


「い、いきなり何言ってんのよあんたっ!?」

「 ? 何って、ディアが好きだって。……友達でしょ? 私達」

「……っ!? 馬っ鹿じゃないの!?」

「え。……ば、馬鹿? ……馬鹿って言われた……」


 本気で落ち込む。


「ちょっ、何でそんなに傷付いたみたいな顔をしてんのよっ!?」

「だ、だって……馬鹿って。……ディアは私のこと、嫌いだったの?」

「ぐっ!?」


 その言い方は卑怯だ。心細そうな表情をするシータを見てディアンサスはそう思った。

 ディアンサスは顔を真っ赤にし、眉根を止せ、喉の奥から絞り出すように、言葉を発する。


「……き、嫌いじゃないわよ」

「……本当? 私のこと好き?」

「ぐぅうう……っ!? 今のでわかりなさいよっ!」

「 ! 」


 落ち込んでいたシータはディアンサスのその言葉で一気に明るくなる。


「―――ディア!」

「っ!? ちょっ!? なに抱き付いてきてるのよっ!?」

「え? 嬉しくて?」


 身体能力を最大限に発揮した高速機動によってディアンサスを抱き締めたシータ。そんな彼女の体を引き剥がそうとディアンサスは両手で押すが……如何せん物理的な力に差があり過ぎる。この拘束(ハグ)から逃れるのは不可能である。


「あ、あんたっ! 距離感おかしいわよっ!? べたべたし過ぎっ!」

「 ? ルミーとは昔からよくこうしてるけど」

「普通はしないって言ってんのよっ!? あんたの中の友達ってどうなってんのよっ!?」


 友達が少ないシータ。ルミーに対しての物を基準とした彼女の友人像はその所為で距離感がかなり近い。……と言うより、これだけスキンシップが取れるような相手でないと友達認定出来ないというのが彼女に友達がいない真相である。―――“傾城傾国”の称号を持つ『彼女達』は容易に他者と触れ合うわけにはいかないというのも理由の一端ではある。もしも常人に対し素顔を晒したまま触れ合おうものならたちまち『魅惑』してしまう。

 幼少期、独りになったシータは義父であるジャナカに引き取られ、連れられた聖光教会でルミーと出会うまでまともな人間関係を築けなかった。元々他者と関わることが不得手だった彼女はそれで余計に拗らせたのだ。


「……友達……大事な人のことでしょ?」

「間違ってないけど……っ。ちょっとこれはなんか違う気がする……っ」


 友達を大事な人と言い切れるその精神は尊ぶべき物であるが……些か重い。

 ディアンサスは何とかこの状況から脱しようと思考を巡らせる。―――そんな時である。シータの部屋の扉が開かれたのは。


「―――シータちゃんが私以外の人と親しげに。……成長しましたね……っ」


 扉を開けて覗き込んできた人物。それは都合が付かずこの場に呼ばれなかった筈のルミーであった。彼女は感極まったように目を潤ませ口元を手で覆っている。シータはディアンサスを抱き締めたまま其方へ顔を向ける。


「ルミー。来れたんだ」

「ル、ルミー!? あんた何時からそこにっ!? ―――あっ! “結界”を使ったわね!」


 扉が開かれるまで接近に気付かなかった。その事実にディアンサスは驚き……そしてそれを成した術に気付いた。ルミーは結界で自身を覆って自分の気配を絶っていたのだ。

 気配絶ちの結界を解除したルミーは笑顔を浮かべる。それはとても良い笑顔である。


「何時からと聞かれたら……ディアちゃんが『シータのことが好き』とおっしゃった辺りから―――」

「言ってないしっ!? 過去を捏造してんじゃないわよっ!?」

「私の中であれは限りなく言っていたと判断しました。……ちなみに私のことは?」

「っ!? この……っ!?」


 弱いところを抉ってくるようなルミーの言にディアンサスは苦み走った表情をする。


「だ、だーかーらーっ! 嫌いじゃないって言ってんでしょうがっ!!」


 しかしそこで素直なのか素直じゃないのか、判断が難しい答えを返してしまうのがディアンサスという少女であった。


 ルミーは完全に部屋へと入り、扉が閉められる。彼女はしっかりとした足取りで2人の方へと歩む寄る。近付いてくる彼女の姿を見ながらディアンサスは頬を引き攣らせる。


「な、何よ?」

「……ディアちゃん」


 ルミーは両腕を広げる。


「私も混ざります」

「何でよっ!?」


 そしてシータに抱き締められているディアンサスを横側から抱くようにルミーは張り付く。あれよあれよと言う間に2人に愛でられる状態に陥っていた。


「暑苦しっ! 離れなさいっ!」

「わー、髪本当に綺麗。耳も長ーい」

「お肌も真っ白で素敵です」


 シータとルミーは感心しながらディアンサスの容姿を観察する。その視線は生温かい。完全に年下を愛でるそれである、―――そんな扱い方に我慢の限界が来たのかディアンサスは両腕を振り上げて拘束(ハグ)から脱出。戦闘態勢(ファイティングポーズ)に入りつつ距離を取る。


「綺麗だの何だのそれはあんたらもでしょうがっ!! ていうか私こんなことしに来たんじゃないわよっ!? いい加減にしなさいっ!?」


 髪を逆立て威嚇する様はまるで警戒を露わにする猫のようである。


「お、落ち着いてディア。怒らせたみたいね、ごめんなさい」

「私達、悪気があってしたのではないんです。……ただディアちゃんが可愛くて、つい……」


 2人は両手を上げ、怖くないよー、とばかりにアピールする。


「……ちっ。……もういいわよ」


 ディアンサスは適当に体を叩いて衣服の乱れを整える。


「まったく。“聖女”ってのはまともなのは居ないのかしら」

「 ? 」

シータ(あんた)は自覚無しかっ」


 心底わからないといった表情を見せるシータにディアンサスは(おのの)く。流石にルミーはシータよりも人付き合いの輪が広いので自身のスキンシップが些か過剰だったのは理解しているので、親友であるシータの様子を苦笑混じりの微笑みを浮かべて見ている。


「……そう言えば、ディアちゃんはどのような用でこちらへ? もし困り事があるのなら私も微力ながら手を貸しますが」


 ルミーがここへ来たのは本当についさっきである。なのでディアンサスがどんな用事で教会へ出向いたのかまだ把握出来ていないのだ。そんな彼女の質問に幾分か落ち着いたディアンサスは小さい溜息を吐く。


「そこは聞いてなかったのね……。そうね、折角こうして来てくれたんだし説明するわ。シータにはもう言ったけど―――」


 ――――――


「―――成る程。可能な限り早くセーギ様やロベリア様達と合流したい、そういうわけですね」


 “封印の儀”を早急に済ませ〈エリニア連邦国家〉へ共に向かって欲しい。ディアンサスから聞いた説明からルミーはそう理解した。そしてその理解は間違ってはいなかった。


「そうよ。儀式が終わればあんた達、自由に動きやすくなるでしょ。その時に一緒に向こうへ行ってほしいのよ」


 シータは了承した。だがシータは元々悪魔(デーモン)討伐の為に各地を飛び回ることが多い立場であった。ルミーのように儀式を取り仕切ったことは彼女と比較すると少ない。ならルミーの結論はシータと異になる可能性が多分にあったが―――


「わかりました。何とかしましょう」


 ルミーはディアンサスの要望に対して頼もしい答えを返した。


「……シータにも聞いたけど、本当に大丈夫なの? 儀式ってそんなに融通が利く物?」

「普通なら難しいですね。星の巡りを無視しての儀式は安定性に欠けますから。……なので『力技』でいきます」


 ルミーは懐からある物を取り出すと、それをディアンサスへ差し出す。


「これは……“聖具”?」

「そうです。私の持つ『聖杖(デメテル)』やシータちゃんが持つ『聖剣(パドマー)』と同じ物です」


 ディアンサスへと手渡された聖具、それは一冊の“本”だった。


「火の聖具、“聖典ウェスタ”。……それを貴女に贈ります」


 聖樹の枯れた枝葉を採取・加工して作られた頁を、天寿を全うした聖獣の革で装丁し綴じた本。

 ディアンサスはその表紙を開き頁を捲る。『聖典』と呼ばれるその中にはしかし、一文字たりとも言葉は記されてはいない。全ての頁が白紙である。

 一通り頁を捲ると、表紙を閉じる。その聖典の表紙には唯一記された文字、言葉が在る。


「……『聖火天則(リタ・ウェスタ)』。……良いの? 教会に所属してない私なんかに渡して。7つの聖具はそれぞれ然るべき聖女へ授けられる物でしょ」


 教会にとって“聖具”は最重要物品。それをこうして部外者であるディアンサスへ贈呈するのは事実、かなりの問題行動である。しかし―――


「大丈夫です」

「平気よ」


 それを渡したルミー、そして見ていたシータは特に気にした様子も無くあっけらかんとしている。


「……えらく楽観視してるじゃない。何か理由でもあるの?」


 その問いに答えたのはシータであった。彼女はディアンサスが手に持つ聖典を手で指し示す。


「その“ウェスタ”なんだけど……素質が無い、もしくは足りてないとね、只の聖典にしか見えないの」

「……只の聖典?」


 ディアンサスは再び表紙を開き、中を検める。―――やはりそこには何も記されていない。神の言葉も教説も、何も書かれてはいない。ただ白紙が続くだけ。


「どうですディアちゃん。そこに『本当は何も書かれていない』のが貴女にはわかりますよね」

「……何それ。あんたらにはここにヴィージャル教の有り難い言葉が載ってるように見えるっての?」


 ルミーは頷いて肯定する。

 シータとルミーには、“ウェスタ”の中を検めても『そう』としか見えないのである。


「それがディアちゃんが“ウェスタ”に選ばれた何よりの証拠。……貴女はその聖典の中身を自由にする権利を有しているのです」

「…………」


 ルミーの言葉。その内容がどれだけ常軌を逸しているのか理解出来ないディアンサスではない。

 聖典の中を自由にできる……つまり内容を編纂出来るということ。


「まあ実際に編纂するとなると他の聖具も必要になるから……実際には“聖杖”と同じで最上級の“魔法触媒”としての使い方が主になると思うわ」


 7つの聖具を使える聖女達が集まれば、文字通り聖光教会の全てを……ヴィージャル教を信奉する全ての人々を手中に収めることと同義になる。


「……面倒な物を押し付けたわね。……前にも言ったけど、私は教会所属になるつもりはないわよ」

「ええ。ディアちゃんはそれで良いと思います。これは私が勝手にしたこと。ですので何もお気になさらずその聖典を持っていてください」


 重い責任が発生する聖具。しかしシータやルミーはその責任は気にする必要は無いと言う。


「ただ……協力はして頂きます」

「協力? 『力技』がどうたらって言ってたこと?」

「はい。早期に“封印の儀”を完了させる。その為にディアちゃんにはその聖具の適応者として儀式に参加してほしいのです」

「……成る程。力技……つまりこの教会に居る“聖女”全員で、時期外れで安定を欠く儀式を無理矢理完遂させるってことね」


 “聖典ウェスタ”が燃え上がる。装丁から頁に至る全てが炎と化す。それはそのままディアンサスの右腕、その手首に巻き付く。


「……わかった。無理を言ったのはこっちよ。なら私も最大限、力を貸すわ」


 炎が収まる。炎が消えたディアンサスの手首には聖典の装丁に使われていた革と同素材の腕輪が巻き付いていた。その表面には揺れる炎を象った絵図が画かれている。

 武器や儀式の時に使用する『展開』状態から、力を行使しない『待機』状態へと移行した“聖典ウェスタ”を装備したディアンサスは、シータやルミーと共に“封印の儀”を執り行うことを決めた。


「儀式なんてさっさと終わらせて、あいつらの顔を拝みに行きましょう」


 ――――――


 星の巡りと合わせ定められ6日後となった“封印の儀”。

 彼女達は今日この日の晩から儀式に取り掛かり、そしてサクラへの教導も合わせて3日後に儀式を完了させることとなる。



 ◆◆◆


 広大な草原。西大陸、その南部の四分の一を占める〈ゲルダ大平原〉の中に〈獣人国家フョルニル〉は存在する。―――しかし国家とは言うが、その実態は数多の氏族を始まりとする『民族』――多様な形質を持つ獣人がその特徴ごとに別れ里や村を構成している――がひしめき合う他民族国家である。

 この国には“王家”という物は存在しない。便宜上“王”という肩書きは存在するが、その名は称号的な意味合いが強く、国を統べているわけではない。何故なら、獣人(セルリアン)にとって“王”とは『力の象徴』……純粋なる『戦闘力』によって決められているからだ。


 その選出方法は2年に1度、東西南北の四ヶ所で開かれる『武闘大会』で勝ち抜くことで、それにより4人の“王”が生まれる。そうして選出された“王”の役割は〈獣人国家フョルニル〉に代々伝わる国宝……霊獣の力が宿りし武具の守護にある。

 彼らはその役目を誇りとし、今日まで〈ゲルダ大平原〉で暮らしてきた。


 しかし7年に1度、中央で開かれる、4人の“王”が総当たり戦を行い絶対強者を決める武闘大会“獣王祭”である『事件』が起きた。

 飛び入りしてきた『ある人物』に4人の“王”がねじ伏せられたのだ。“獣王祭”の規定には『国宝である武具を装備しての戦闘』がある。……つまり“王”はあの武装を用いていたにも関わらず敗北を喫したことになる。

 それを成したのは(よわい)15になったばかりの少女。これまで表に出ることが無かった無名の少女、……水色掛かった白銀の髪が美しい『狐人』の少女は飛び入りした“獣王祭”で己が武を示したのだ。彼女はそうして“武王”の称号を確かな実力を持って掻っ攫っていった。


 その少女の名はウスユキ・リコリスレイザ。

 彼女はその1年後に“聖女”の資質を見出され、そして直ぐに特級の戦闘力を評価され“聖天戦乙女(アルテミス)”へと列席されることとなる。


 そうして鮮烈に表舞台へと踊り出したウスユキ。―――そんな彼女が起こした『事件』はそれで終わることは無かった。それは〈獣人国家フョルニル〉に大きな波紋を起こし、“王”達に衝撃を与えた。


『“武王”にして“月狐聖舞”、『獣姫ウスユキ・リコリスレイザ』。彼女は国宝である5つの“霊獣武装”を盗みだし、〈エリニア連邦国家〉にて潜入して活動している元“百華”の頭領にして現御意見番“金色夜叉”『アザミ・リコリスレイザ』と以下、部下である3人の“百華”と共に本国から離反。その足取りを消す』


 ―――それはセーギがウスユキ達と出会う数十日前、星一つ巡る前に起きた事件であった。


 〈エリニア連邦国家〉と衝突を目前にした時期に発生したこの事件。ウスユキ、アザミ、両名は現在〈獣人国家フョルニル〉に於いて『裏切り者』として扱われ、見つけ次第その身柄を『手段を問わず』確保することになっている。


 ◆◆◆


 ―――ロベリアがディアンサスと連絡を取ってから5日後の夜。〈アレークトー〉に面した〈ゲルダ大平原〉では2千4百人に上る獣人(セルリアン)の戦士達が集結していた。

 彼らは来たるべき戦いに向け英気を養う為に見張り番を置いて睡眠を取っている。

 戦士達には男も女もない、完全なる混成軍である。力があれば、強さがあれば、誰もが戦士として戦場に立てる。彼ら彼女らはそうしてここに集結した者達なのである。


「……『武王』の足取りはまだ掴めないのか」


 そんな中でとりわけ大きな住居型テントが張られている。その中に居るのはこの場に居る戦士達を纏める戦士頭(せんしがしら)であるセルブスという虎人の獣人である。

 セルブスはランプの明かりが灯るテント内で座り込み、虎の尾を小刻みに揺らしながら、〈エリニア連邦国家〉の画かれた地図を見る目を鋭くさせる。そんな彼の傍に立つのは右腕とも呼ぶべき立場の猫人の男である。


「はっきり申しまして、彼女達に本気で逃げられると追い掛けるのはほぼ不可能です」

「クソッ。武王が居ればあの国に住む普人(ヒューマン)など物の数ではないというのに」

「無い物ねだりでしょう。やることは変わりません」

「……そうだな」


 セルブスは短剣を振り上げると地図に突き立てる。

 白刃が地図を貫通し、地面に深々と刺さる。


「俺達がすべきこと。……ああ、単純なことだ」


 火を前にして尚、セルブスの瞳孔は鋭く細められている。それは彼の内で渦巻く感情の強さ―――怒りという炎の方がより熱く、眩しい故のことだ。


「負ければ奪われる。弱いのは罪だ。……なら奴隷に堕とされた同胞は俺達の流儀に則れば自業自得。助かりたけりゃ自分の力で何とかすればいい」


 生粋の戦士たる獣人(セルリアン)。他種族よりも『強さ』を尊ぶ彼らは弱肉強食を主軸とした文化を築いている。故に敗者には厳しい……だが―――


「―――だが、自分のことを強いと、上位者だと勘違いした阿呆共をのさばらせるほど、俺達の心は広くねえんだよ」


 それでも、何時までも自分達を下に見られている現状を看過することなど出来る筈がない。セルブスは鋭い牙が生える口を歪ませ恐ろしい笑みを浮かべる。


「思い上がった彼奴らに……いったい自分がどんな猛獣の尾を踏んだのか知らしめてやろう」


 その言葉はここに集結した戦士達、その全ての声を代弁した物。

 負けた奴が悪い。奪われるのは当然のこと。……そうして気にも留めていなかった相手。

 しかし彼らは踏み込みすぎた。獣人(セルリアン)という種族全体を愚弄したのだ。


「……夜明けと共に攻め入る。ここまで来て寝過ごすような暢気者は……ストレリチア……『血河獣(メソニクス)』以外いないか」

「彼女もウスユキ様同様に消えましたね。確か『斬首兎(ギロチンラビット)』のリンドウ様と『狂餓鼬(ウルヴァリン)』のキンレン様も」


 獣人(セルリアン)の中でおいても異彩を放つ3人の『狂人』。リンドウ、キンレン、ストレリチア。彼女達が〈獣人国家フョルニル〉で起こした事件や珍事は数知れず、良くも悪くも名の通った者達である。


「どいつもこいつも戦闘狂、獣性の濃い奴ばかり……。武王と金色夜叉はいったいどういう魔法を使って奴らを手懐けたのか」

「我々獣人(セルリアン)は魔法なんか使えませんよ。……まあその御2方は例外だったようですが」


 火を吹く、雷撃を放つ、風を纏う。そのような力を扱う部族確かに存在するが、それでも使えるのは単一属性のみ。武王(ウスユキ)金色夜叉(アザミ)のように“妖術”なる摩訶不思議な技はどんな鍛錬や修行を積んでも使うことは不可能なのである。


「……まあ実力で黙らせ言うことを聞かせているんだろうがな。……揃いも揃って何処に姿を眩ませたのか」


 戦いを目前にセルブスは一抹の不安を抱えることになった。


 ◆◆◆


 〈エリニア連邦国家〉、その東部〈アレークトー〉を統治するアレークトー王家。

 その王家の血を引く継承権第1位の王子であるシャナヴィ・バルグス・アレークトーは憂慮していた。


「―――国王よ、我が父よ。今からでも軍を退きましょう。この時代に人同士で争うことに何の意味があるのです」


 城内にある王の私室。そこでシャナヴィは父である国王、ベルザス・バルグス・エンドレア・アレークトーへ直訴していた。その内容は目前に迫った獣人(セルリアン)との戦争であった。彼は無表情で自分を見詰める父へ必死に言葉をぶつける。


「奴隷制度の全てが悪とは言いません。でなければ国民は罪を犯した者の処遇に不安を覚えることになります。……しかし、あの様な出所の知れぬ怪しい異端の“誓約(ゲッシュ)”を用いてまで彼ら……何の罪も犯していない獣人(セルリアン)達を縛る理由がありません。解放出来る者達は直ちに解放すべきです」


 シャナヴィは19歳に成る青年である。彼は6歳の頃から帝国にある〈ドラウプニル帝立学園〉へ通い現在は徒弟舎にまで進学、とある魔法使いの講師を師匠と仰ぎ、その人物の元で学んでいる立場となっている。

 そうして国元から長く離れて過ごしてきたシャナヴィはこの〈アレークトー〉、延いては〈エリニア連邦国家〉に蔓延る獣人奴隷――異端の“誓約(ゲッシュ)”を用いた奴隷制――に対して受け入れがたい感情を抱いていた。


「国王よ。これはこの国の未来を思っての言葉です。どうかお聞き入れください」


 数日前に帰国したシャナヴィ。彼がこうして戻って来たのは故国で戦争が起こると耳にしたからに他ならない。師匠に頭を下げて暇を頂き、長い道のりを経て急ぎ帰還したのである。


 先に言った通り彼は悪魔(デーモン)の脅威が今尚各地で発生するこの時代に、無用な諍いの種を撒き散らす獣人(セルリアン)に対しての処遇を問題視し、それを解消することが流れる血を止める最善手だと考えている。

 ―――傲慢だったシャナヴィの幼少期。獣人(セルリアン)を虐げることに疑問を持っていなかった彼は学園で出会った年下の少女、『犬人の従者を連れていた美しい少女』に情け容赦無い強力な顔面パンチを受けて目が覚めたのだ。

 そこから彼は学園で真面目に勉学に励む好青年へと成長した。そして将来、国元に帰り今ある悪習を改善しより良い国を創ることを目標に努力を重ねている最中なのである。その過程で婚約者であり共に学園に通う〈ティーシポネー〉王家である従姉妹との関係も良好になったのだからシャナヴィは自分を殴って目を覚まさしてくれた少女には深い感謝の念を抱いている。……殴られた当時は本気で死ぬかと思ったが今では良い思い出である。


「…………」


 そんな国の未来を憂う次代の統治者シャナヴィの言葉はしかし、沈黙を持って返される。そこにまともな反応は無く、それはこの話に興味が無いと言う以前にまるで頭に入っていないかのような状態に見える。


「……国王?」


 シャナヴィは疑問を抱く。自分の父はこうも感情に乏しい男だったかと。確かに、自身が幼少の頃から獣人(セルリアン)に対してはまるで人以下の存在……対等には見ようとはしない価値観を有する男であったと記憶しているが、それでも無用な争いは好まない質であった筈。相容れないならば距離を取ることを選択するのがこのベルザスという男である。


(……何時からだ? 父上がこのような人道に悖ることをし始めたのは。―――いや、それだけでは無い。この〈エリニア〉全体がおかしくなってしまったのは……いったい何時から……)


 息苦しい。

 何か、自分はとんでもない場所へ足を踏み入れてしまったのではないかと、シャナヴィは言い知れぬ不安に襲われる。……そもそも不安を抱いていたのは帰国する前からだった。共に行きたがっていた婚約者を宥めて自分1人で帰ってきた時から、シャナヴィの言い知れぬ不安―――恐怖は始まっていたのである。


「―――戦は止めん。……去れ、シャナヴィ。お前とこれ以上交わす言葉は無い」

「国王っ!?」


 シャナヴィは詰め寄ろうとするが―――


「追い出せ」

『はっ』

「なっ!?」


 王族や一部の高級使用人以外は立ち入ることを許されない私室に異様な風体の者達が現れる。

 黒い装束に身を包んだ者達。顔まで隠すようなその装束は見覚えのある形状をしている。それもその筈、それは色が違うだけでその形はほぼ同系統と言える物であるからだ。


 シャナヴィはその者達に両脇から掴まれ、力尽くで部屋から引き摺り出されていく。―――彼らの纏う装束、それは『黒に染められた聖光教会信徒の装束』であった。


「離せっ!! クソっ!! な、何故っ!? 何故ですか父上っ!? 此奴らは、此奴らは……っ!? まさかっ! まさかそうなのかっ!?」


 ―――何と言うことは無い。〈エリニア連邦国家〉がおかしくなっていたのは昔からなのである。

 シャナヴィは悲壮な表情を浮かべながら引き摺られていく。抵抗しようにも自分を捕らえる彼ら―――“邪教徒”の者達の方が人数も多く、力尽くで抵抗しよう物なら無事では済まない。


「……事が済むまで地下牢に叩き込んでおけ」

「父上ぇええええ!!!」


 自分の父は悪魔に魅入られていた。そのことをシャナヴィは虚ろな瞳で自分を眺めるベルザスを見て……今の状況が既に致命的なまでに手遅れであると悟った。


 ◆◆◆


 輝く月光が街を照らす。


「……明日、か」


 セーギは宿の窓……戦争に向けて集結した『6千』の兵士などが近くで逗留している都市に存在する宿の中から空を見上げている。

 あと数時間もしない間に日が昇る。それはつまり戦争が始まることを意味する。

 近付く運命の時にセーギは胸の奥に言い様の無い何かを抱える。


『……セーギ』

「ん、どうした? もしかして起こした?」


 声を掛けてきたのはベッドの上で丸まっていたマリーだった。頭を上げて、窓近くに置いてある椅子に腰掛けるセーギへその黒目を向けている。


『ううん』


 セーギの申し訳なさそうな感情が込められた言葉にマリーは首を横に振って否定の意を返す。もともと獣の睡眠というの人ほど長くも深くもない。だからこうして心に気に掛かることがあれば目など簡単に開く。


『……セーギ、やっぱり怖い?』

「……何が?」

『戦争』

「…………」


 この世界で最もセーギと共に居る時間が長いマリーだからこそ知っていることがある。


『何時もより、辛そうだよ』

「……平気だよマリー。ほら、俺は強いから。戦争だって直ぐに終わらせて、皆無事に帰すから」

『じゃあどうして? ―――』


 セーギとだけ過ごしていた時は気にならなかった。それが普通だと思っていたから。……しかしセーギ以外の数多くの人々と過ごす内に、彼が抱える問題が浮き彫りになっていった。


『―――どうしてセーギは『眠らない』の?』

「――――――」


 その問いに、セーギは直ぐに答えを返せなかった。


『出会ってからずっとだよね? セーギ、ずっと起きてる』

「…………」


 セーギは目を瞑り、顔を上に上げる。それは口に出す言葉を静かに考えている所作。……そして心が決まった彼は目を開き、その薔薇色の瞳で真っ直ぐにマリーを見る。


「……マリーに嘘はつけないな」

『…………』

「そうだよ。俺はこっちに来てから眠ってない……いや、『眠れてない』」


 望んでそうなったわけではない。


「実のところ、昔から眠るのは苦手なんだ」


 動かない体。端から腐って死んでいく。


「眠るのは俺にとって苦痛でしかなかった。だって眠ると『現実に戻ってしまう』から」


 意識の消失と共に仮想空間から現実へ。

 電脳量子で作られた都合の良い体ではない。現実に存在する『生きているだけ』の肉体に回帰する。


「眠って起きれば、そこにあるのは死を先延ばしにするだけの腐りかけの自分の体があるだけ。……それが嫌で眠らないようになるのは直ぐだったよ。……まあ体調を心配したお医者さんに薬を入れられて強制的に眠らされたんだけど」


 どれだけ電脳量子の世界に適応しようと、人間は現実の肉体を持つ生き物。無理をすることで降り掛かる過負荷からは逃げることが出来ない。

 ―――なら、こうして健康な、完全な肉体を手にした今でも眠らない理由は?


「……だからかな。こうして元気な体になってからも……眠ると……目覚めると……またあの時に戻りそうな、そんな気になるんだ。……生命維持装置がなければ呼吸はおろか心臓さえ碌に動かせない、生きてるだけだったあの頃に」


 都合の良い現実は時に『夢』を見ているかのような気持ちに陥らせる。

 仮初めの想いが築く世界の中に居るような気持ちに。

 そして、夢とは覚める物である。


「……俺はそんな自分の体が嫌いだった。……俺はそんな自分の体に帰らなければいけない現実が怖かった」


 醜くしか生きられない自分の体に嫌悪した。そんな本当の意味で解放されることは無い現実に恐怖した。


「こっちで楽しいこと、嬉しいこと、そんな良い思い出が増える度に……幸せを感じれば感じるほど……どうしようもなく眠るのが出来なくなったんだ」


 光の下で影が濃くなるように、セーギの中にある『嫌悪』と『恐怖』、その2つの感情が彼という心の全てを黒で呑み込むように大きく広がっていく。


 ―――だが、それでも完全に黒に沈むことはない。


 彼の手には光があった。


「……それでも、……あの日……あの時、俺はこの世界で―――」


 この世界で生き続ける。

 歩き続ける為の力。生まれ変わった自分にとって掛け替えのない『光』。


 ―――胸の奥が刺すように痛んだ。


「―――っ」

『セーギっ?』


 突如胸を押さえて顔を歪めたセーギにマリーは駆け出す。


「大丈夫……っ! 大丈夫、だからっ!」


 それをセーギは手を突き出して押し留める。マリーはベッドから降りた時点で立ち止まると心配そうに彼を見上げる。


「この体は丈夫だから……だから……これは単なる気の所為だ」

『でも……』


 戦争が近付くにつれ、セーギの調子がおかしくなっている。

 そもそもウスユキとの勝負も、彼は普段ならしないような“能力(スキル)”の上位解放を使用した。【獅子王人神(ナラシンハ)】も【荒轟戦撃の戦士(パナシュラーマ)】も、常に自身の肉体を強化している能力(スキル)である。それなのに彼は力ある言葉による発声で多く力を引き出せる手段を用いた。

 それも全て、確実な勝利を掴むため。


「……俺には皆が付いてる。だから……心配事なんて何一つ無い」

『……セーギ』


 嘘は無い。―――それがマリーには悲しかった。セーギは本気で自身の不調を『心配事だと考えていない』。それは彼にとっての心配事とは他者に降り掛かる物だという認識の照明であった。

 だからセーギは周囲にあるそれを、払い、救う為に、こうして自分にとって何の特になるのかもわからないこの世界の事情に手を貸しているのだ。


「……ほら。マリーももう寝た方が良いよ。大丈夫。戦争なんて直ぐに終わらせて、用事を済ませたらまた皆でのんびり過ごせば良いんだよ」


 皆で。

 それは確かにそうであろう。セーギは皆が笑顔になれるような、自分が好感を持った相手が何の不安も抱かない日々が過ごせるようにと願い、〈クルルス〉で過ごしてきたのだから。

 ―――しかしその皆に、セーギ自身は含まれているのか?


『……うん。わかった。……セーギも、無理はしたら駄目だよ?』

「無理なんてしてないよ。調子自体は良いから、何の問題も無い」

『ん』

「おやすみマリー。良い夢を」


 答えの出ぬまま時間は進む。


 誰にも明確な先が見えぬままその時が迫る。


 いずれ太陽は昇る。


 そして……黒がその深さをより濃くする。不滅の黒が胎動し、目覚めの時を待ち続ける。―――忌まわしき化け物が世界へ躍り出る、その時を。

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