96.古き血を宿す妖狐
ウスユキの案内で別室に移動したセーギ達。そこには件の“百華”に属する3人の女性達が畳に腰を落ち着かせて待機していた。アザミはそんな彼女達の様子……『装い』を見て怪訝そうに片眉を上げる。
「どうしたぬしら? えらい準備万端ではござりんせんか」
アザミの言葉を肯定するように、そこに居た3人はそれぞれ何時でも戦が行えるような服装になっている。ウスユキが着ているような衣装に防具を装着し腰や背には武器を所持している。彼女達はアザミ達が部屋に入って来たのを見ると腰を上げる。
3人の中で初めにアザミの疑問に答えたのは、茶髪に兎耳の生えたスレンダーな女性だった。彼女は腰に佩いたシミターの柄に赤い体毛に包まれた手を添えながら、その愛らしい容貌によく似合う笑顔を浮かべる。
「それはねアザミ様。若様があたし達に完全装備で待機しておけって言ったからですよ。……漸くあたし達の力、戦士としての力を振るえる時が来たんですよね? 待ちくたびれましたよ」
次に口を開いたのは鼬に属する獣耳を生やした女性。彼女は乱雑に伸びているが柔らかそうなふさふさした茶と黒の色合いを持つ髪を、分厚い拳鍔を付けた手甲でガシガシと掻く。そして野性味のある仕草からは想像し難い穏やかな声を出す。
「リンドウの言う通り。こっちの仕事も嫌いじゃ無いけど……やっぱり戦場も恋しくなる。……あとお腹空いた……」
最後の3人目はぽやーっとした雰囲気を放ちながら、紐で腰に繋いだ大きな瓢箪から水を飲んでいる。背中に大型鉄槌と腰には10本もの片手用鉄槌を下げた、セーギと同程度の身長のある彼女は水を飲んで一息吐いたのか、艶のある暗褐色の髪の間から生える毛の無い黒っぽい獣耳をひくひくさせながら顔を上げる。
「ふぅ~~……。キンレンの言う通り私達、朝御飯前だものね~」
思い思いに喋る3人にアザミは苦笑いする。そしてウスユキに視線をやって、無言でどうにかしろと訴える。ウスユキは笑顔を浮かべると胸に手を当てて任せろと言わんばかりに彼女達3人の前に出る。
「やあ御三方、朝からご苦労さまっす! 色々と言いたいことがあると思うっすが今は先に紹介から済ませるっすよ!」
溌剌としたウスユキはそう言うと3人に背を向け、セーギ達に向かい合う。
「ではロベリア様! そしてお兄さんにモコモコちゃん! 彼女達3人が御婆様と私の2人を抜いた戦士団“狐の尾”の最高戦力っすよ! ロベリア様はもう御存知かもしれないっすけど改めて紹介するっす!」
ウスユキは1人1人手を差し向けて紹介していく。
「こっちの兎の可愛いお姉さんがリンドウさんで、私と御婆様が居ない時のまとめ役っす! そしてこちらの黒穴熊のワイルドなお姉さんがキンレンさん! そして最後にこのほんわかした河馬のお姉さんがストレリチアさんっす! 3人とも頼りになる戦士っすよ!」
その紹介を受けてセーギ達も自己紹介を返す。
「どうも、私はロベリアよ」
「初めまして。俺はセーギ・ラーマです」
『ボクはマリーゴールド』
ウスユキの言う通りロベリアのことは知っていた彼女達は、その見目の美しさと強者特有の洗練された佇まいに感嘆の声を漏らす。姿を隠していないロベリアはそこに立っているだけで人目を惹き付けるのだ。
「わー、アザミ様やウスユキの姐御並に綺麗な人って本当に居るんですね」
「……姐御が列席してる“聖天戦乙女”の人達も同じぐらい美人って聞いたけど?」
「顔だけで食べていけそうなぐらい綺麗ね~」
リンドウ、キンレン、ストレリチアは聞き及んでいたロベリアという人物を見ながら言葉を交わすと、その視線が次の人物へと目を向ける。
「……えっと……どうも」
リンドウ達に注目されたセーギは取り敢えず頭を下げる。
3人が3人共、セーギに対して強い興味を持った目を向けている。そして彼女達の内誰かが口を開こうとした時、ウスユキが彼女達とセーギの間を遮るように立つ。
「じゃあ皆の挨拶が済んだことですし、先ずは朝御飯でも頂きに行こうっす! 腹が減っては何とやらとも言うじゃないっすか!」
「……そうでありんすね、じゃあゲザーにでも言い付けて―――」
ウスユキの言葉にアザミは賛同しようとするが―――
「なーにを言ってるっすか御婆様! それだと装備万端にした意味が無いっすよ!」
「……何?」
ウスユキは担いでいる“召雷樹”を肩の上で揺らす。
「私達は獣人……戦士っす。なら腹が空いたなら……」
にやりと笑う。そのウスユキが見せた笑顔はセーギに向けられている。そして彼女は胸を張って堂々と言い放つ。
「『狩り』をするに決まってるじゃないっすか!」
◆◆◆
狩りをすると言ったウスユキ。そんな彼女に連れられ、青楼を後にしたセーギ達。やって来たのは〈迷宮都市フロール〉の外、南に下ると見えてくる小さな山と森であった。
「じゃあ早速狩っちゃおうっす!」
そんな森の手前で、人目を遮る為にロベリアと同じようにローブを着たウスユキは大刀の刃を光らせながら宣言すると―――
「行ってきまーす!!」「血が騒ぐ……っ」「沢山取るよ~」
瞬時にリンドウ、タンジー、ストレリチアの3名が森の深くへと駆け出していった。その目は爛爛と血走り、まさに餓えた獣のような有様であった。
そんな3人を見送るセーギ、マリー、ロベリア、ウスユキ、そしてアザミ。青楼に居た時とは打って変わりアザミは露出の少ない衣装に着替えて同行している。ゲザーは都市に残り、アザミ達が抜けた青楼の後始末――臨時休業とそれに付随する各種の問題ごとの整理――を任されている。
「いやー、やっぱり私達は体を動かしてこその種族っすね! 皆生き生きしてたっす! あっはっはっはっは!」
飛び出していった彼女達の『獣性』を感じて快活に笑うウスユキ。セーギはその様子を見て特に思う所は無かったが、他の面々は違っていた。
マリーは不思議そうにウスユキを眺め、ロベリアは目を細めて見詰め、アザミは小さく溜息を吐く。
「……ふぅ。……それは否定しなさんすが。……ウスユキ、まさか肉を食いたいが為だけに態々外に出向いたわけじゃござりんしょう」
アザミの言葉を受けてウスユキは振り返りながら向き直る。
「ん? あー……そうっすね。正直な話し、お肉はついでっす」
ウスユキの視線はセーギに向けられており、彼女は一歩セーギへ近付く。
「……ねえお兄さん。急で申し訳ないっすが……ちょっと私の頼みを聞いてくれないっすか?」
「頼み?」
「ええ。簡単な頼みっすよ。―――」
―――その一瞬である。セーギの眼前に白刃が突き付けられたのは。
「私と『勝負』をして欲しいっす」
その刃はウスユキが手に握る大刀“召雷樹”。見ただけで途轍もない斬れ味が宿っていると理解出来るそれを、しかしセーギはそれに目を向けることはなく、ただ真っ直ぐにウスユキを見詰める。
ウスユキは笑っている。目を細め、口角を吊り上げるその笑い方は彼女の婆様であるアザミにそっくりであった。
「お兄さんの姿を見た時から気になってたんす。……あのロベリア様が気を許している、『雄』のことが」
「……それで、勝負をして俺の実力を確かめたいと?」
「そうっす」
戦意の昂揚に伴いウスユキの肉体から白銀の闘氣が立ち昇り始める。
「さあ、お兄さん。受けてくれるっすか?」
「……わかった」
セーギはウスユキの申し出を承諾した。そして彼は他の面々に顔を向ける。ロベリア、マリー、アザミは頷いて2人が勝負することを受け入れる。
ウスユキは大刀を一端引く。そしてセーギからある程度の距離が空くように離れる。そんな彼女にセーギは勝負における決まりをどうするか聞く。
「……じゃあ勝敗はどうやって決めようか。どっちかが降参するまで?」
「そうっすね。それが良いと思うっす」
両者はローブを脱ぎ捨てる。
セーギは魔法の道具袋から長剣を抜き出し、ウスユキは大刀を構える。
「ロベリアさん。開始の合図を頼めますか?」
「……ええ、良いわよ」
「わっちはこの聖獣の幼子に危害が及ばぬよう見ていんす」
このような事態になるのが予想出来ていたのかロベリアとアザミに動揺は無い。
「セーギさん。ウスユキも……準備は良いかしら?」
「何時でも」
「いけるっす」
「そう……わっかたわ」
臨戦態勢に入るセーギとウスユキ。両者の戦意が張り詰められた弓弦のように力を蓄えていく。そうして限界まで蓄えられた力が―――
「始め」
―――ロベリアの開始の合図で炸裂する。
「どっせぇええええええええいっ!!」
一片の容赦無くウスユキの大刀がセーギの首元へ振るわれる。当たれば人の首など容易く跳ね飛ぶ斬撃が空気を斬り裂きながら迫り来る。
「ふっ」
セーギは魔力と氣力を纏わせた長剣で大刀を受け流しながら後方へ下がり、致死の一撃を回避する。
笑みを浮かべるウスユキの獣眼が爛爛と輝く。それと同時に彼女から濃密な殺気が漂い、それを受けたセーギは自分の精神を平時の穏やかな自分から勇者と相対していた魔王の時の物に切り替えている。
ウスユキは笑みを浮かべながら殺気を振りまく。それはまさに戦闘狂とも呼べる姿。そんな彼女の攻撃は止まらない。白銀の闘氣を纏った彼女は全身に恐るべき力を込め、セーギに向かって突貫してくる。首が駄目なら腕を。足を。腹を。胸を。縦横無尽に振るわれる凶悪なる刃はその一撃一撃が人体に触れれば爆散する威力が込められている。
「―――ッ!」
―――しかしその攻撃の全てがセーギには届いていない。
音さえ置き去りする速度で地面を抉りながら駆け回り、刃が荒れ狂う。森の外縁から遙かに離れた草原に移り変わっていくが、その間にセーギの体に触れた攻撃は皆無である。
ロベリア達を森の外縁に置き去りにして激化する攻防。
添えるように差し出された剣の腹に軌道を変えられる。特殊な歩法により攻撃の呼吸をずらされる。時には大刀の刃に身を預けているように見える紙一重の間隔で回避する。
それを可能にするのはセーギの圧倒的な身体能力と、その少しでも加減を誤れば彼方に自身を撃ち出してしまいそうなほどの力を制御する技量。
「アハッ!」
それを見せ付けられる形になったウスユキは―――しかし笑みを崩さない。むしろ笑みをより深める。しかしこのままだと決定打に欠けると判断したのかウスユキはセーギとの間合いを離すように大地を蹴って遠ざかる。
―――しかしセーギは離された距離をウスユキが用いた時間の半分以下で詰める。
「次はこっちから行こうか」
「早っ!?」
これまで守りでしか振るわれていなかったセーギの長剣。その刃が今度はウスユキの身へ迫る。その間合いは既に大刀の内側、彼女が攻勢に出るには武器の大きさが災いしてか分が悪い距離。もしこのまま大刀で応戦しようとすれば確実に自身の体勢を崩し、致命的な隙を晒すことになる。
―――だからウスユキは選ぶ。大刀以外での戦闘手段を。
「『羅水甲盾』ッ!!」
「 ! 」
セーギの一刀。それが防がれる。
本気の一撃ではなかった。しかしそれでも、防御をすればその上から相手を吹き飛ばせるだけの力は込めたつもりであった。……防いだのは突然セーギの眼前に出現した謎の大きな『盾』。ウスユキの大刀を持つ右手とは別に、セーギへ向けて突き出された左手の前に大盾が出現している。
セーギはそれを魔法による防御……ルミーが行使する“聖壁”に近い物かと考え―――しかしそれとは全くの別物であると直ぐに理解する。目の前にある盾は魔法によって生み出された物ではない。正真正銘の武装である。
黒と青に光る、鱗と骨によって構成された“甲羅”のような大盾。“召喚”により己の『影の中』から手元に出現させたそれによって攻撃を防いだウスユキは口角を吊り上げる。
セーギは剣を引き、油断無く構えながら自分の一撃を完全に防がれた原因を考える。
(……単純に硬いだけじゃない。衝撃吸収? それとは少し違う手応え……ならこれは)
確証を得る為にセーギは間を置かずに再び長剣の一撃を、今度はウスユキを狙うのではなく大盾に目掛けて叩き込む。―――やはりその一撃も完全に防がれる。
「無駄っす! “羅水甲盾”の守りは何者にも貫くことは出来ないっす!」
ウスユキは大盾“羅水甲盾”に身を隠しながら大刀を振り回す。その反撃をセーギは長剣で受け流そうとして―――失敗する。ウスユキの繰り出した刃に『力負け』をし、受け流しきれずにセーギは咄嗟に身を捻って回避する。
(……成る程)
セーギは足に力を込めて後方に退く。先程よりも多く力を込めていたにも関わらず、セーギの力が少なく……『弱くなっている』。
「その盾の力は……相手の『弱体化』か」
「正解っす! ―――そしてこれだけじゃないっすよ! 『焔翼爪』ッ!」
“羅水甲盾”の能力を見抜き、対策を取ろうとしたセーギ。しかしウスユキはその対策を取らせる前に次の手を打つ。
―――ウスユキの姿が陽炎のように揺らぎ、セーギの眼前から消える。
「これは……幻? ―――っ!」
背後に回り込んでいたウスユキの大刀による振り下ろしを長剣を掲げて受け止める。その移動速度は姿を見失っていたことを考えても、先程よりも早くなっている。
「危うげ無く防ぐっすね!」
大刀を受け止めた剣が軋む。どれだけ強化していようと武器の基礎能力に差がありすぎる。その弊害でセーギが持つ武器が悲鳴を上げる。
「……なら、これならどうっすか!」
ウスユキは中段蹴りを放つ。彼女の長い脚、そこには朱い脚甲“焔翼爪”が装着されている。その足部には鋭い鉤爪が備わり、その蹴り脚の速度に比例するように激しい炎を纏ってセーギに迫る。当たれば爪で裂かれ、炎で焼き焦がし、深い傷を刻む攻撃。
セーギはその爪を避けるように、手で防いで受け止めようと片手を伸ばす。―――しかしそれも失敗する。『蹴りが防御を擦り抜けた』。
「的中っす!」
「ぐ……っ」
朱い鉤爪、その先端がセーギの腹部に突き刺さる。それと同時に傷口から炎が上がり、肉を燃やして焦がし、血を沸かして爆ぜさせる。
「っ!? 硬っ!? お兄さんのお腹硬っ!? ちょっとしか刺さんないっす!」
「……ああ。自慢の頑丈な身体だからな!」
セーギは頭上で受け止めていた大刀を弾くと、その剣で自身の腹に突き刺さるウスユキの脚甲に包まれた足を弾き飛ばす為に振る。だが事前に察知していたウスユキは脚を引き戻すと、再び陽炎のように姿を消してセーギの攻撃を回避する。
(―――傷は……深くは無い。問題無く戦える。……だがあの脚甲の能力……『実体と幻影を切り替える力』が厄介だ)
セーギは自己治癒能力で治りにくい腹の傷を徐々に塞ぎながら、“焔翼爪”の力――実体を幻に、幻を実体にする能力――に眉根を寄せる。
「『金剛双手』」
姿を消していたウスユキがさっきまで立っていたセーギの正面に再び現れる。
突き出される大刀の刃。それに対してセーギは回避を選択し、半身になって大刀をやり過ごそうとする。心臓を狙うように放たれた大刀は目標を失い、セーギの体の直ぐ傍を通過する。長剣を振り上げていたセーギはその隙を狙い反撃を繰り出す。―――そしてウスユキの両腕に『白い手甲』が装着されていることに気付き、……大刀が羽のように翻り、大盾が振り抜かれる。
大刀と大盾がまるで重さなど無い羽毛のようにウスユキの手の中で舞い踊る。……しかしそれを防ぐセーギの腕には大地を砕くかのような重さが掛かる。
「―――っ! これはっ!」
セーギは急遽攻撃の刃を守備に転じ、ウスユキが繰り出す2つの質量兵器と化した大刀と大盾を防いで受ける。
一撃一撃の重さが先程までの比ではない。セーギが弱体化しているのを差し引いても、明らかにウスユキの膂力が上昇している。それに伴い攻撃を防ぐのに使っている長剣からの悲鳴が大きくなる。……ウスユキの力だけではなく、大刀と大盾の頑強さも上昇している。
(あの手甲の能力は『強化』―――だけじゃないっ?)
攻撃を受けるセーギの長剣。そこに込めていた魔力と氣力が“羅水甲盾”による弱体化とは別の要因で減っていく。
(……強化した己と打ち合った相手の魔力と氣力を強制的に『散らしている』っ)
セーギが強化の為に長剣の内部に形成していた魔力と氣力が、手甲“金剛双手”によって破壊され、空間を舞い散る。
「『厳地鳴動』!」
ウスユキの胴体に黄色い竜が象られた『竜鱗鎧』が現れ、それに付随して彼女の額から一対の角――光り輝く竜の角――が生える。
―――その鎧と角が現れた途端、周囲一帯の力の流れがウスユキに掌握される。大地や空間から鎧と角を核として力が集まっていく。散らされていたセーギの魔力と氣力がその流れと共にウスユキに『吸収』され……全身の装備へと『繋がる』。
竜鱗鎧“厳地鳴動”が個々に別れていた装備の力を一つに集約する。
「準備完了っ!……『召雷樹』!」
そして最後の武装、大刀“召雷樹”が雷光を纏い―――ウスユキに集った力の全てが『活性化』する。これにより最初の時とは比較にならない力がウスユキの身に宿り、白銀の闘氣と混ざり合う。
強大な力を手にしたウスユキがセーギをさらに苛烈に攻め立てる。
「……っ」
「どうっすか! これが10年以上の研鑽によって手に入れた力! 獣人に伝わる国宝! 霊獣が宿りし武装の全てを掌握した果てに至った境地っす!」
“羅水甲盾”による頑強な守りと敵の弱体化。
“焔翼爪”による炎と素早さに陽炎の如き虚実。
“金剛双手”による身体機能強化と敵の力へ干渉しての霧散。
“厳地鳴動”による外部の力能の掌握・吸収と供給。
“召雷樹”による雷撃と己が持つ力の全てを活性化させる能力。
ウスユキの獣眼が鋭さを増す。全身に纏ったそれらの武装を使いこなす彼女の動きはまさに舞を踊る『獣の姫』。
「さあ、さあ、さあ! 今の私はかなり最強っすよ!」
「確かに……強い」
セーギの持つ長剣、それに遂に罅が入る。このまま武器が砕ければセーギは無手でこの鋼の暴風と立ち向かわなければいけなくなる。
限界が近い武器。それを振るいながらセーギは苛烈に攻め立ててくるウスユキへ声を掛ける。
「……ウスユキさん。聞きたいことがある」
「何っすか! 答えられることなら答えてあげるっすよ!」
雷を纏う大刀を避け、轟音を立てて振り抜かれる大盾を剣で滑らせ、発火する蹴りが体に触れた瞬間に皮膚の表面で受け流し、体の芯に響く剛力は身を震わせて散らし、奪われていく氣力・魔力をそれ以上の量の力を身の内から汲み取ることで補う。セーギの体から迸る闘氣は武装によって強化されているウスユキと遜色が無い……いや、それ以上の輝きを放ちながら相対する。それを見たウスユキは冷たい汗をかく。
(まさか、もう対応されてっ!? 早過ぎる!? ……でもっ―――)
ウスユキは内心で動揺しながらもそれを表には出さない。……むしろこうして戦っている相手が強者であることに彼女は喜びさえ感じている。その感情は笑みとして面に浮かんでいる。
そんな彼女にセーギは笑みで応える。
「……ウスユキさん、まだ『全力』を出してないだろ?」
「―――っ!」
ぞくりと、ウスユキの腹の奥が疼く。
大刀と長剣がかち合い、セーギとウスユキは弾かれるように互いに後方へ跳ね飛ぶ。
そしてまた距離を取って2人は向かい合う。
「―――へえ。まさかバレるとは思ってもいなかったっす。……どうしてわかったっすか?」
水色掛かった銀の尻尾が揺れる。これまでの激しい戦闘でも一切乱れていないその見事な毛並みにセーギは少しだけ気を持って行かれそうになるが、それを振り払って質問に答える。
「俺、戦闘経験だけは山ほどあるから。だから戦ってる相手が何か奥の手を秘めているかどうかが『勘』でわかるんだ。……ウスユキさんからはそんな『何か』を隠してる気配がした」
「……流石っすね」
ウスユキは大刀を肩に担ぎ小首を傾げる。
「……お兄さんの言う通りっす。……そうっすね、出し惜しみは無しにするっすよ」
ウスユキはそう言うと、深く、深く、お辞儀をする。
「……『あの姿』はあんまり好きじゃないっすけど……」
竜の角と銀の髪によって彼女の顔が隠され、その状態で朗々と言葉を紡ぐ。
「―――獣人最強『武王』にして聖光教会所属『聖天戦乙女』。……そして神の鳥『迦楼羅』と番し千年を生きた妖狐『天狐』が産み落とした『迦楼羅天狗』の末裔―――」
ウスユキの体毛がざわめく。
輪郭が徐々に小さくなり、長身だった肉体が160を少し越えた程度の大きさにまで縮み、起伏のあった女性らしい体型が全く逆のスレンダーな物へと変わる。それに合わせるように武装も縮小し彼女の体に見合った大きさになる。
……そしてウスユキは顔を上げ―――
『獣姫ウスユキ・リコリスレイザ』
―――『人獣』となった己が姿をセーギへ向ける。
薄く水色掛かった体毛に包まれた『人型の妖狐』。伸びた鼻面と裂けたように大きくなった口、そこに生えた鋭い牙、衣服や武装の下の肉体も様変わりしている。普通の人間から見れば怪物に近い容姿―――だが、それでも彼女は美しかった。
ウスユキは獣人の姿の時よりも小柄になったが、より太くしなやかに発達した大腿部に力を込め、大刀と大盾を構える。
『正真正銘これが私の本気。……さあ、お兄さん。いざ尋常に……勝負っ!』
格段に能力が上昇したウスユキ。今の彼女は特級の武装も合わせて考えればその強さは悪魔さえ一刀に斬り伏せる。
そんな圧倒的な力を宿したウスユキは地面を蹴り出してセーギへと―――
「【獅子王人神】」
―――駆け出した瞬間、ウスユキは胸の中央に衝撃を受けて吹き飛ばされる。
『―――か……っ!?』
最初は何が起こったのかウスユキには理解出来なかった。
セーギの突き出した左手……それがウスユキの激しい攻めも、堅固な守りも、その全てを掻い潜り、彼女の胸の中央に炸裂したのだ。その一撃はウスユキがこれまでの人生で体感したことが無いほどに強力な打撃……体術であった。
――――――
【獅子王人神】:不死の魔王を徒手空拳により滅ぼした神威の権化。
――――――
(いったい何が―――っ!?)
内臓を揺さぶられる衝撃によってウスユキの思考に空白が出来る。
それでも彼女が咄嗟に手に握る大刀を振り抜けたのは体に染み付いた『武』が在ったから。
雷が迸り、炎が絡み付き、鋭さを増した刃。それが追撃の為に前進してきていたセーギへの牽制となった。防御不可の陽炎は彼から踏み入る一歩を奪ったのだ。
『ぐっ!』
態勢を整えたウスユキは歯を食いしばり、獣に近づいたことで強化された五感を用いてセーギの一挙手一投足へ意識を向ける。
―――その五感の全てが、目前で剣を振り上げて自分を見下ろすセーギの存在を捉えた。
『なっ!?』
そしてセーギの持つ長剣が、ウスユキにはまるで『大陸を割断する巨大な斧』に感じた。
「……【荒轟戦撃の戦士】」
ウスユキは咄嗟に大盾を頭上に掲げ、さらにその下から大刀を持つ腕も添え、全身を使いセーギの放った長剣の一撃を受け止める。
『ぎっ!?』
受け止めた瞬間、ウスユキは自身が感じたセーギの攻撃の想像が間違っていなかったと知る。
“羅水甲盾”には相手への『弱体化』のみだけではなく、衝撃を吸収して攻撃を無力化する『障壁』の効果も在る。……しかしウスユキは自分の両腕が攻撃を受け止めた瞬間に千切れ飛んでしまったのでは、と思ってしまうほどの衝撃を感じた。
ウスユキの肉体を通過した衝撃は足元へと拡散し、草原を大きく陥没させて砕く。それでも消費しきれなかった衝撃はそのまま空気さえも揺らし、突風となって吹き荒れる。
――――――
【荒轟戦撃の戦士】:幾千幾万の堕ちた戦士を己が武のみで討ち滅ぼした神威の権化。
――――――
並の者ならこの一撃で絶命したであろう。……しかしウスユキは耐えた。そして彼女は自分に勝機が巡ってきたことを知る。
(剣が……っ!)
セーギが持つ長剣。その刀身が根元から砕け散ったのだ。
ウスユキは歯を食いしばり、感覚が殆ど消えてしまった腕に再度力を込める。それでも足りない感覚は“召雷樹”による『活性化』で復元し、“焔翼爪”の『虚実』で神経を誤魔化し、“厳地鳴動”による『繋ぐ』特性で損傷を全身に散らして重傷を軽傷へと変化させる。そして彼女は体を弓のようにしならせ、大刀の切っ先をセーギへ向ける。
『っ……これ―――』
そして空間を穿つような刃が放たれる。
『―――でェエエエエアアアアアアアッ!!』
武装の全てが輝きながら力を解放する。全能力を行使した極限の一撃。対人で用いるにはあまりにも過剰な威力が込められたその一撃がセーギへと迫る。
時間を微塵に刻んだ刹那。それがこの一撃が到達する時間。声など間に合う筈も無いその時間の中で、ウスユキは確かに聞いた。
―――それでも勝つのは俺だ―――
視界が黒に埋め尽くされる。
それはウスユキの頭がセーギに掴まれたから。彼の掌で視界を埋め尽くされた彼女は自分が宙に浮かされたことを感じ取る。そして―――
決着の一撃は轟音と共に炸裂する。
陥没した草原に再度叩き付けられる衝撃。それを起こしたのはセーギであり、その発生源は持ち上げられ、そのまま後頭部を草原に振り下ろされたウスユキ―――ではなかった。
『――――――』
衝撃の発生源はセーギの『拳』だった。ウスユキの頭を掴んで地面に叩き付ける直前に、セーギは手を離して彼女の顔の傍スレスレに握り拳を叩き込んだのだ。
仰向けに倒れながら呆然とするウスユキと、彼女に馬乗りになって拳を突き出した体勢のままのセーギ。セーギはその体勢のままウスユキに問い掛ける。
「……どうだ? まだ続けるか? 俺はどっちでも良いよ」
それは勝負の行方を尋ねる物。その言葉がウスユキの頭の奥に染み込んでいく。
『……ぁ』
何時の間にかウスユキが身に纏っていた武装の全てが消失……影の中に還っていた。
白い旗袍に身を包んだ起伏の無い華奢な妖狐が、体毛に包まれた自分の手を上へと伸ばし、そしてセーギの頬にゆっくりと触れる。彼は頬に毛に包まれた指先と手入れされた爪先、そして肉球と体温を感じる。ウスユキのさせたいようにさせるセーギの様子を見て、彼女は小さく息をもらし、焦点を定める。
『……参りました』
ウスユキはそう言いながら手を下ろした。セーギはウスユキの『降参』を聞くと笑みを向ける。
「そっか。……それで、どうかな? 俺の実力はウスユキさんの御目に適ったかな」
『……うん。十分』
ウスユキは目を閉じて顔の傍にあるセーギの腕へ頬を擦り寄せる。ふわふわした毛並みを腕に感じながらセーギは高めていた戦意を収めていく。
そしてウスユキは呟くように言葉を発する。
『……負け、か』
故郷では真の姿に成るまでもなかった。それなのに今、全ての力を見せた筈なのに地に伏せる結果となった。その事実にウスユキは少し、自身へ向けた失意を発する。
『……ロベリア様は理想の女性だった。何時か彼女のような強い人に成りたいって思ってた』
「…………」
独白のようなウスユキの言葉をセーギは静かに聞く。
『弱かったから。……だからあの日、私が5歳の時に、御婆様に連れられて里に来たロベリア様の姿はすごく……鮮烈だった』
閉じていた目を開く。濡れたような輝きを見せる金の瞳が、勝負が着いたセーギとウスユキの元へと近付いてくるロベリア達の姿を映し出す。
『あの人のように、私も……自分を、自分の思いを貫く強さが欲しかったから』
視線がロベリアからセーギへと移る。
『……私は、強くなれたのかな。あの人と……ロベリア様と一緒に戦えるぐらいに……強く』
そこまで聞くとセーギは地面に叩き込んでいた手を抜く。その腕に触れていたウスユキの感触が離れる。そして土に汚れているのとは逆の手を差し出すとセーギはウスユキの手を取って起き上がらせる。
『……?』
人獣と成って小さくなったウスユキとセーギは目を合わせる。
「……俺の目にはウスユキさんは立派な戦士に見えたよ。鍛え抜かれた、百戦錬磨の戦士に。……獣人最強の“武王”なんだろう? ならウスユキさんはこれからも胸を張って自分の強さを証明していけば良いんだよ」
優しい笑みを浮かべ、セーギは繋いだままの手を握手に変える。
『強さを、証明……』
セーギは前世で『魔王ラーヴァナ』として不敗を貫いてきた。それはつまり勝ち続けたことで強さを証明してきたことに他ならない。……しかしそれはあくまで遊戯の話。だからこそセーギは現実で、本物の戦士として生きてきたウスユキや他の者達に敬意を抱いている。
「少なくとも俺は、これからからの戦いでウスユキさんが共に戦ってくれるなら……すごく心強いって思ってる」
そう言うとセーギは握手した手を離すと同時に視線をウスユキから違う方へ向ける。彼が顔を向けたのはこの場に辿り着いたロベリアだった。ロベリアはウスユキへ目を向け口を開く。
「ウスユキ」
『……ロベリア様……』
ロベリアはウスユキの傍に寄ると、その毛並みの良い頭を撫でる。
「本当に見違えたわ。……強くなったのね」
『……本当ですか?』
「ええ、嘘じゃ無いわ。純粋な近接戦ならもう貴方の方が強いんじゃないかしら」
周囲に残る戦いの痕を見ながらロベリアは苦笑する。実力を確かめるのが題目の勝負だったが、この惨状が物語るように明らかにやり過ぎである。そんな惨状を作った片割れであるウスユキの頭を、ロベリアはぽんぽんと2度3度叩いてから撫でるのを止める。
「……頼りにしても良いかしら。貴方の事」
『 ! 』
「これから宜しくね、ウスユキ」
『……ぁ……は、はいっ!』
理想の相手に頼りにされ、ウスユキは瞳を輝かせて力強く首を縦に振る。垂れていた尻尾も忙しなくぶんぶんと振られている。
「セーギさんもお疲れ様。怪我はどうかしら?」
「ああ、もう治ったよ」
「なら良かった。ウスユキも大した怪我は無いようだし」
セーギ、ウスユキ共に目立った傷も残らずに、無事に勝負は終わった。
ロベリアに遅れてマリーを引き連れたアザミが合流する。
「……お兄さん……セーギ殿はわっちが思っていたよりも強き武人でござりんす。勝負を見ていて驚いたでありんす」
「アザミさん」
アザミはウスユキの傍に寄り、背中に手を添える。その手つきは頑張った子を労る家族のそれであった。
「……良う勝負でござりんしたウスユキ。ぬしは自慢の家族でありんす」
『御婆様……』
そしてウスユキの健闘を称えると、アザミは口角を上げて笑みを作り、セーギへ顔を向ける。
「さて、セーギ殿」
「……どうしました?」
アザミの笑み。その微妙に意地悪な雰囲気を醸し出すそれにセーギはちょっとだけ身構える。青楼での一件もあってセーギはアザミという女性を若干警戒している。
―――ただ、その警戒はあまり意味を成さなかったが……
「いや、なに。このウスユキ、……わっちの家族の『男子』は強かったでありんしょう」
「ええ。強かったです……よ?」
さらっと返答してしまったが、セーギはアザミの発言に違和感を覚えた。
(……今なんて言った?)
セーギが混乱しているのがわかったのかアザミは意地の悪い笑みをより深める。
「……アザミさん」
「はいな」
「ウスユキさん……男の子?」
セーギの核心を突いた発言。それを受けたアザミは今度はウスユキの胸を叩く。
「あら、セーギ殿はこの真っ平らな胸に女の乳房が引っ付いているとでも思いんしたか? むしろ『物』が引っ付いてるのは股座でありんす」
『ちょ、御婆様っ』
真っ平らと言ったが僅かに胸部は膨らんでいる。……しかし服の間から見える体毛を見るにそれが人獣化した影響で首から肩周りに生えたもふもふの毛皮であるのがわかる。次にセーギの視線が向かったのはウスユキの脚の間だが……。
『ぅひっ!? そ、そんな見ないで……っ』
ウスユキは腰を引き、下げた手で視線を遮るように脚の間を隠す。さらに内股に成ったウスユキはそのままじりじりと動いてロベリアの背後へ身を隠すようにする。
必然、セーギはロベリアを見る。アザミの発言、ウスユキの反応、その真意を探る為に。
「まあ私も『この子の髪を見て思い出せた』ぐらいだし」
肩を竦めながらそう言うロベリア。遠回しだが、それは殆ど答えを言っているのと同義だった。彼女の言に続くようにアザミも口を開く。
「……先祖の血か、迦楼羅と番えたと伝えられる天狐は『雄』だったらしいでありんす。……古来より妖狐とは美女に化けて精気を吸う存在と言われているでありんしたから……より血が濃く目覚めていたウスユキはその特性が強く出ていたようでありんす。……あ、一応わっちは生粋の雌でありんすよ」
「え?」
絶句するセーギを見てアザミはからからと笑う。
「かっかっかっか! まあこの子は心は女子ゆえ、そう接して上げると良いでありんす。幼い頃に引き籠もっていたのもそれが原因でありんす。ロベリアと顔を合わせて前向きにはなりんしたが……根っこは引っ込み思案の抜けない、蓮っ葉な喋りじゃござりんせんと人とまともに話せん、逸物の小さい童のままよ」
『……ぅぅ……』
妖術を使って女性に化けていたウスユキ。彼女は正体である『雄の妖狐』の姿のまま恥ずかしそうに顔を伏せる。その仕草は完全に女の子のそれであり―――
「……わ、わかりました」
―――それを見たセーギは混乱で笑顔を引き攣らせながらも、取り敢えず頷くことは出来た。




