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95.老齢なる金狐と元気っ狐

 

 ◆◆◆


 もう子供ではない。だから夢見が悪かったぐらいで泣いて飛び起きるようなこともなければ不安に駆られて眠れなくなるようなこともない。


「……記憶が風化しないのは良い事ね。……恨みを絶やさないでおける」


 月明かりがまだ輝く未明。ロベリアは窓枠に座るようにして煙管(キセル)を燻らせる。懐かしい夢を見て早い内に目が覚めてしまった。

 宿の室内と外を風が行き来する。その風に乗ったロベリアの解いた髪が揺れる。


「……お父様の髪と鱗は翠色だったわね。私も一緒だったけど」


 毒の影響で色の変わった栗色の髪に指を通す。翡翠色の鱗がある腕を撫でるように髪が流れる。

 あの日浴びた毒、取り込んだ毒、……そして我が物とした毒。

 それによって変わった物と変わらない物。

 それを見ながらロベリアは月を見上げる。


「……タローマティ。お前は、私の手で、……殺す」


 それが例えこの国に大きな混乱を招くことになったとしても。


 ◆◆◆


 〈迷宮都市フロール〉に存在する暴力団(ギャング)は幾つかあるが、その中で一番に名の通っているのは“日照り雨”である。

 その主な稼ぎは色町――この都市では遊郭と呼称される――と金貸し、……そして『奴隷』である。

 “日照り雨”はその3つを主軸にこの都市で大きな勢力を築いている。

 どうしてこの3つに絞っているのか。それはこの暴力団(ギャング)には明確な目的が有り、それを遂行する為に自分達が打てる一番有効な手を使っているである。


 “狐の尾”。それがこの一団の本当の名であり、仲間から親分と呼ばれる『アザミ』がトップに立っている。

 この組織の実態は〈エリニア連邦国家〉に対して〈獣人国家フョルニル〉から放たれた諜報を主体とする“暗部”に属した組織である。……彼女達が祖国からこの普人(ヒューマン)が主体の国へ来た理由、それは至極単純なことである―――


 ――――――


「おはようアザミ。元気にしてたかしら?」

「……仕事柄朝がきついのは知ってはござりんしょう? 来るにしても昼頃にして欲しかったでありんす」


 ロベリアの軽い挨拶にそれを受けたアザミ……異国羽織を着た妙齢の美女は苦い表情をする。

 この場所は遊郭に在るとある高級宿――異国情緒のある青楼――の一室である。

 その部屋には早朝からゲザーをこき使ってここまで案内させたロベリアと、同行してきたセーギと彼に抱かれたマリーが居る。床は板敷きではなく、乾燥させた植物の葉と糸を編んで作られた畳を敷いた床であり、2人は靴を脱いでその畳の上に腰を下ろしている。ここまで来れば人目を気にすることは無いので2人はローブは脱ぎ、セーギは特に目立つことのない旅装姿に、ロベリアは黒いアオザイのような服を纏っている。

 セーギはこの和室のような部屋とアザミが身に纏う着物のような紅く華やかな民族衣装に興味を持ちつつ、互いに知己であるらしいロベリアとアザミの会話を静かに聞いている。


「ロベリア。ぬしは相変わらず身軽でありんすね。そこのお兄さん1人だけかえ? 他の連れはおりゃせんの?」


 脇息に肘を掛けてもたれ掛かる気怠げな空気をまとうアザミ。彼女は結い上げて簪を刺した金の髪を揺らし、セーギへ顔を向ける。金の瞳と縦に割れた瞳孔が彼の姿を映す。


「彼、セーギさん1人だけよ。あ、別に私の部下とかそんなのじゃないから。お互いに事情が有って、それでお互いに手を貸し合えるからこうして一緒に行動しているの。……もし彼に失礼な態度を取ったら怒るわよ?」


 ロベリアのその言葉にアザミは目を丸くする。その拍子に垂れるように寝ていた『狐耳』が起き上がり、ふんわりとした毛並みの『尻尾』も立ち上がる。


「……これはこれは……驚いた。ぬしが男の為に怒ると言ったのかや?」

「あら、何か不思議なことでも?」

「いやなに、ただぬしにも春が来たのかと、そう思っただけでありんす」


 気怠げな空気は何処へやら、アザミはロベリアへ好奇の目を向ける。その視線を払うようにロベリアは煙管(キセル)を持った手を振る。


「彼は私の友人よ。貴女が期待するような関係では無いわ」

「そうは言うがぬし、今まで対等に見るような男など居なかったじゃありんせんか。わっちのような年寄りはこんな話しに目が無いのは知っておりゃれ。……ただの友人ではないでのはござりんしょうか?」

「……それよりその話し方は本当にどうにかならないの? 聞きにくくてしょうが無いわ」


 アザミは婀娜っぽい笑みを浮かべ脇息に撓垂(しなだ)れ掛かる。大きく開いた襟元から白い肌と大きな胸の谷間が覗く。所作の一つ一つが異性の目を惹かせる為の技。そんな技が体に染み付き癖になっているアザミは白く長い指で張りのある唇をなぞる。


「あらあら、これでも客からは好評でありんすえ。変わらぬ日々に耳に慣れないあえぎや睦言は人を夢心地にさせ、燃え上がらせるのでありんす。わっちも偶に客を取る身、故にこれは常日頃からの習慣であるのを理解しておくれなんし」

「アザミ、貴女自分で年寄りなんて言いながらまだ客なんか取ってるの?」

「ふふふ、こんな婆でもまらを(いき)り立たせて相手を望む男も多いんさね。ぬしも男と寝るのを覚えれば独り寝の寂しさが理解出来るのではござりんせんか」

「……気持ちだけ受け取っておくわ」


 ロベリアは呆れたように肩を竦める。アザミは目を細めて自分の臍下あたりに指を這わす。


「寂しさを埋められて懐も温められる。なら後はわっちの胸三寸で相手を選べば良い……天職でありんす」


 ロベリアとアザミの会話を聞き流しながらセーギは少し懐かしい気持ちになる。

(ペオルも猥談とか好きだったなー……)

 前世の友人の所為で無駄に猥談への耐性が出来ているセーギは、自分達の話しが『本題』に入るまで静観していた。


 ――――――

 名:アザミ・リコリスレイザ

 種族:妖狐人

 性別:女

 年齢:118

 レベル:385

 スキル:白面金毛、闘氣、妖血術、吸精、法眼、空歩

 称号:先祖返り、獣の巫女、好色家、誑惑の獣

 ――――――


 普通の獣人(セルリアン)普人(ヒューマン)と同等かそれ以下の寿命しか持たない。その反面成長は早く、そして肉体の老化はゆっくりと進む。……しかし50歳にもなれば見てわかるほど年老いていく。

 それなのにアザミの外見はどう多く見繕っても30歳前後にしか見えない。

 アザミの美しさの絡繰りは能力(スキル)に在る“白面金毛”の肉体を美しく保つ力と、“吸精”による他者の生気を我が物とする力である。それによってアザミは高齢ながらも若さと美しさを保ち続けているのである。


「―――まあ世間話もここいらにいたしんす。……ゲザー」


 アザミはそう言うとロベリアとセーギの後ろで控えていたゲザーへ声を掛ける。ちなみに“勇者”ヴァリスによって痛め付けられた彼とその仲間達は既に薬や魔法による治療を受けて元気に仕事をしている。……こき使われているとも言う。


「はっ。何でしょう親分」

「この青楼に居るわっちの舎弟……いや取り繕う必要はありんせん。『百華』を別室へ呼んでおきんせ。揃ったらわっちがこの子らを連れて出向く」

「……客と居た場合は?」


 別に前日が休みだったわけでもない。だから普通に客を取って『寝ている』者も居る。


禿(かむろ)か裾持ちに後始末をさせておくれなんし。それでも手が足りんなら『あの子』が手を貸しんす」

「わかりました、何かあれば『若君』に頼みます。では失礼します」


 ゲザーは一度頭を下げると襖を開けて部屋から出て行く。

 特殊な獣の毛で作られた薄布が貼られた防音に優れる襖が締る。


「……さて、わっちの元に居る“百華”の戦士が集まる前に……簡単に現状を説明しておくでありんす。……そこな男っ振りの良いお兄さん。わっちらが居るこの国の情勢を知ってござりんせんか?」


 アザミの吊り目で切れ長の目がセーギを映す。セーギはその視線を見詰め返し、答える為に口を開く。


「……この国は昔から〈獣人国家フョルニル〉と関係が悪く、過去には大きな戦争も有ったと聞いています。しかし戦争も延々と続けられる物でも無く、そして周囲に在る各国の介入もあり、ここ数十年ほどは冷戦……寧ろ極力関わり合わぬように互いを無視し合っている関係だと」


 セーギの発言を聞きながらアザミは賢い幼子を褒めるように首を縦に振る。


「まっことその通り。わっちの故郷とこの国の関係ははっきり言って悪い。フョルニルに住む同胞(はらから)はこの地を毛嫌いしておる。……それは何故かわかりんせんか? 道中でもちらほらと見たでござりんしょう」


 ふわり、とアザミの尻尾が揺れる。


「……捕らえた獣人(セルリアン)を、“奴隷”にしているから……」

「ふふふ……あ・た・り」


 アザミは笑う。しかしその瞳の奥は一切笑っていない。

 ―――セーギ達がこの〈迷宮都市フロール〉に辿り着くまで〈メガイラ〉を横断している。その間に見掛けたり通過した都市は幾つかある。

 その中でセーギは見た。どう考えても犯罪奴隷には見えない……枷を付けられ奴隷にされている者達の姿を。その奴隷の中では普人(ヒューマン)よりも獣人(セルリアン)の姿が目立った。

 武装した者達――セーギはこの国の冒険者であると判断した――が『所有』していることが多く、その『用途』は彼らの傷だらけの姿を見ればモンスターとの戦闘において壁ないしは前衛を強いられていると見て取れた。


「わっちら獣人はそこまで器用ではありんせんが体は頑丈でありんす。過去にこの国を統べていた時の王はわっちらが都合の良い『道具』に映ったんでござりんしょう」


 脇息に身を預けていたアザミが体を起こす。―――彼女の肉体が陽炎に包まれたように揺れる。


「道具。そう道具……ああ、本当に―――」


 姿が変わる。セーギの目に映っていたアザミの姿が変化する。


『―――忌々しい』


 羽織の下が蠢き、金色の体毛が全身を覆う。指先までその体毛に覆われると太い爪が生え、白い体毛が生えた鼻面が伸びて口が大きく裂ける。頭部が変化したことで簪が外れ長い金髪が広がり、並ぶ歯が鋭く伸びて長い舌が覗く。腰から生える尾が2本増えて3本になり背の後ろで揺れる。

 体格さえ一回り大きくなったその姿、まるで人型の狐。

 毛を逆立て、周囲へ瞬くような狐火を放出しながらアザミは喉の奥から唸りを上げる。


『ああぁ……、すまぬ。つい荒ぶって“変化”が解けてしまいんした。やはり寝起きは調子がいまいちでありんす』


 “妖術”による変化によって普通の獣人種(セルリアン)の姿になっていたアザミはこの場に居るセーギ達に謝罪すると、もう一度自身に変化を掛け直す。

 先の変化を巻き戻すようにアザミの姿が最初の美女に変わる。


「気味の悪い物を見せんした、許しておくれなんし」


 脇息に肘を付きながらそう言うアザミはしかし頭を下げることはせず、その視線をセーギへと向ける。その瞳の輝きは目の前の青年の心の内を照らし出す。

 ―――“変化”を解いたのは態とである。

 アザミはセーギを試しているのだ。 縁のある相手(ロベリア)が連れて来たからと言って無条件に信用するわけが無い。アザミは自分自身でセーギを見極めることにしたのだ。信じるに足る相手なのかどうか。


獣人(セルリアン)の中でも更に異質なわっちの姿。これを見せられたぬしは、さて、どんな反応を見せてくれる? 普人(ヒューマン)を基準に考える輩にはちいと刺激が強いかもしれぬな)


 ――――――

 妖狐人:迦楼羅(カルラ)と番となった仙狐の末裔。獣人(セルリアン)とは似て非なる一族であり、流れる血が時に先祖返りを起こす。

 ――――――


 人には無い大きな爪と牙を目の前にした『恐怖』か。異形を目の前にした『嫌悪』か。獣に近しい姿を侮る『侮蔑』か。


(そのどれかを欠片でも見せれば……わっちが信用することは―――)


 ―――セーギは気まずそうに目を背けていた。


「……ん? ぬしよ、どうしたでありんす?」


 セーギから悪感情は感じられない。寧ろ長年数多くの人間を見てきたアザミにはセーギが今どんな感情を抱いているのか容易に察せられた。


「いや、その……大事な話しをしているのは重々承知なんですが……」


 目を背けるセーギ。彼はアザミに対して『気恥ずかしさ』を覚えていた。ロベリアは可笑しそうにニヤニヤと笑いながらその2人を見ている。

 必然、この時に何のしがらみも無かったマリーがセーギが気まずそうにしていた答えを口にした。


『狐のお姉さん、服脱げてるよ?』

「……ありゃ?」


 アザミは自分の体に視線を落とし間の抜けた声を出す。

 脱ぎやすい羽織の服が災いしてか、変化の影響でアザミの上半身が露出している。辛うじて肘に引っ掛かっているだけの状態である。

 真っ白な肌は元より、片手では到底収まらない大きな乳房や、くびれのある腰、更にその下はかなり際どい部分まで出そうになっている。

 そしてアザミは視線を上げてセーギを見る。相変わらず彼は目線をこちらへ向けようとはしていない。成る程、こうして理由がわかってセーギを見れば彼の顔が僅かながら紅潮しているのが見て取れる。


「ふむ」


 アザミはそれを見て何かを思い付いたのかもう一度“変化”を解く。

 両腕を頭の後ろで組んで自分の体を見せ付けるようにする。元の姿に成ると副乳になるのか、通常の乳房の下に2対ほどなだらか膨らみが出来ている。獣人(セルリアン)でも一部の特殊な者以外は戸惑うような代物。


『……ほーれお兄さん。わっちは普人(ヒューマン)では無いから恥ずかしくないでござりんすよ? ほれほれ』

「その理屈はおかしいっ!? 早く服を着直してくださいっ!」


 セーギは顔を背けたまま目瞑り、更に片手を上げてしっかりと視線を遮る。アザミはそれを見て狐の顔ながらその表情を笑みだとわかる物へと変える。


『おやぁ? もしかしてお兄さん。わっちの『人獣』の姿に欲情しているのでありんすか? 獣人以外でそんな初心(うぶ)い反応を見せる他種族はいなかったでござりんせんが。……下も見てみるでありんすか?』

「見ませんっ!?」


 セーギの反応にアザミが生き生きしてくる。帯で留めているお陰で裾に隠されている下半身をちらちらと見せに掛かる。

 マリーは基本的に全裸がデフォルトなので特に思うところが無い。アザミのやっていることと、セーギが恥ずかしそうに目を背けているのを不思議そうに眺めている。さっき指摘したのはただ単に人間が何時も着ている服がはだけていたからである。

 だからこの場に居るもう1人、ロベリアがアザミを窘める。途中まではロベリアも楽しそうに成り行きを見ていたのだが、セーギがアザミの女体で照れているのを見てモヤモヤしてきたのだ。


「……アザミ、そろそろセーギさんをからかうのは止めてあげたら? はしたないわよ」

『む。……いかぬな、少し楽しんでしまいんした』


 アザミは変化を解くと羽織の前をきっちりと閉じる。それでやっとセーギは一安心することが出来た。


「……ほーれ」


 しかしアザミは最後に人の姿で裾を捲り下半身をセーギに見せ付ける。肉付きの良い太股と、薄らと影が掛かっているが確かにその奥にある秘所までセーギの優秀な目で見ることが出来た。


「ぶっ!? 何やってるんですか!?」

「ふむ。別に獣にしか興奮しない変態持ちでも無いと。……はっはっはっはっ」

「…………」


 人の姿、獣の姿。その両方で自分を『1人の女性』として見てくれているセーギに、アザミはカラカラと気持ちの良い笑いを上げながら服の裾を直す。セーギは自分への変態扱いには物申したかったが、この方向性での話しでは自分に勝ち目は無いと早々に諦めることにした。


「いやー、悪うござんした。悪乗りが過ぎたでありんす。……あ~、何だか30歳ぐらい若返った気分でありんす」

「アザミ貴女、獣人(セルリアン)なのに幾つまで生きるつもりよ……」

「若き雄と戯れ続ける限りわっちは生涯現役。祖先などはそれこそ千年は生きたという伝承が存在するでありんす」


 見るからに機嫌が良くなったアザミはニマニマと笑いながらセーギ達を見る。


「成る程成る程。……ロベリアは中々に面白い者達を連れて来たようでござりんすね。わっちもぬしらが気に入ったでありんす」


 アザミはそう言うと正座をして姿勢を正す。


「話の腰を折ってしまいんした。どうか許しんせ」

「……いえ。元はと言えば俺が変に意識してしまった所為ですし」

「セーギさんは悪くないわ。アザミがだらしなかったのが原因だもの」

「うむ年甲斐も無くはしゃいでしまったでありんす」


 先まで何処か人を食ったようなアザミの雰囲気が変わる。そこには年月を重ねた者特有の、深みのある空気を放つ女性が居た。それを前にセーギも浮ついた感情を流し、居住まいを正す。


「さて……、話しの続きに入らしてもらいんす」

「……お願いします」


 アザミは簪を拾い、髪を手早く纏め直す。


「……わっちの故郷とこの国の仲が悪いこと、そしてわっちの同胞が奴隷に堕とされているのは話したでござりんすね。ならわっちがこの国でしていることも……察しているのではござりんしょう? それかロベリアから既に聞いているか……」

「はい。……“誓約(ゲッシュ)”で縛られ奴隷にされた仲間を見つけ、……そして所有者(ルーラー)をフョルニルから来た自分達の誰かに移して仲間を故郷に帰している……自由にしている、そう聞きました」


 セーギの答えにアザミは頷く。


「そう。わっちはその任をフョルニルの“王”から託された『戦士団』のまとめ役でありんす。こうして遊女をしているのは金策の一環、仲間を取り戻すには大金が必要でありんすから」


 戦士の目になったアザミは畳に両手を着き、そして頭を下げる。


「―――ロベリア。それにお兄さんに小さな聖獣よ。こうしてこの場に来てくれたこと、戦士団“狐の尾”が頭領アザミ・リコリスレイザが深く、深く感謝を捧げるでありんす」


 ロベリアはその殊勝な態度のアザミに対して眉根を寄せる。


「アザミ。別に私達が来たからって全てが解決するとは限らないわよ? 私達には私達の目的があるのだから」

「それでも。……ぬしらがこれから行うことで助かる同胞が居るのは確実、……それに既に他国に流れた者も可能な限り保護してくれたでござりんしょう? ならわっちが頭を下げるのは最低限の礼でありんす。本当ならもっときちんとした礼を贈りたいでありんすが―――」


 アザミは頭を上げると、重苦しい息を吐く。


「―――あまり余裕が無いのが現状でありんす」

「…………」


 ロベリアの表情に嶮しさが増す。そんな彼女をセーギは横目で見る。アザミが言う『余裕が無い』理由。この場に居る者達は既に周知している。


「ふぅーー……」


 紫煙を吐く。長く、長く吐き出す。室内に赤紫色の煙が発する甘い臭いが立ち込める。吐き出したそれを掴むようにロベリアは手を上げる。


「……この国の上層部に、悪魔(デーモン)の影あり。そうでしょ? アザミ」


 ロベリアが言ったそれは真実だった。


「女の股座で果てた男という物は口が緩くなるでありんす。あとは後戯でもしながら(おだ)てて心に留めていることを言い易くすれば……」


 アザミ、そして彼女と繋がる遊女達はそうして得た情報を統合・精査して、この国の闇に触れていたのである。


「この迷宮都市に住むのはエリニアの国民だけではござりんせん。獣人(わっち)らと親しくしてくれる殿方も多かったでありんす。そんな彼らの善意も有効的に使わせて貰い……そしてロベリアが〈城塞都市クルルス〉で手に入れた悪魔(デーモン)の情報と合わせ、遂にわっちらは諸悪の根源に近付いた……」

「……『邪教』。悪神を崇拝し、悪魔の力を我が物とせんと画策するいかれた集団。それを統べる存在―――」


 焼け付くような殺気。それがロベリアから漏れる。


「―――【醜穢なる邪霊(ダエーワ)】が1体『背教のタローマティ』。そいつが“神聖魔法”じゃない、邪法の“誓約”を編みだし、この国に流した」


 アザミはロベリアの内にある恨みを知っている。だから彼女から放たれる殺気を平然と受け止めながら首肯する。


「その通りでありんす。そしてロベリア、ぬしがこの国へ足を伸ばしたのは……確信が持てたからでござりんしょう? その悪魔(デーモン)がこの国に『居る』と」

「ええ。だから私はこうしてここへ来た」


 一瞬、一瞬だけロベリアは自分を見ているセーギへ視線を向ける。


「……アザミ。私は私の『好きなように』させて貰う。その際に起こり得る事態への対処は、申し訳無いけど丸ごと任せるわ」


 口角を吊り上げるようにアザミは笑みを見せる。


「勝手なことを……平時ならそう言うたでありせんが、今に置いてはなんとも心強い言葉でありんす」


 そうしてこの場に居る者達が意思の統一が図れた時である。部屋の中に置いてある呼び鈴が鳴ったのは。その呼び鈴は襖に防音を利かせているので部屋の出入り口に取り付けられた物である。

 その鈴の音を聞いたアザミはゲザーが仕事を済ましてここへ戻って来たのだと判断した。


「……ふむ、どうやら集まったようでござりんす」

「案外早かったわね。昨晩は仕事をしていた人もいたんでしょ?」

「“百華”は鍛えられた戦士。あの子らを参らせられる男は早々いないでありんす。……ちなみに参ったふりは幾らでも出来るでありんす」


 アザミが立ち上がるのに追従するようにロベリアも立ち上がり、最後にマリーを抱いたセーギも腰を上げる。獣人(セルリアン)の戦士である“百華”が集まっているという部屋へ移動する為だ。


「む」


 そうした時である。3人がその気配に気付いたのは。

 部屋の外、襖の前に居るのは若頭補佐のゲザーである。そして彼とは別に、この部屋へと近付いてくる者が居る。その足取りに迷い無く、感じ取れる相手の気配は研ぎ澄まされた戦士、練達のそれである。

 アザミはそれが誰かわかったようで肩を竦め、流し目をロベリアへ向ける。


「……どうやら『あの子』が来たようでござんす。……まあぬしが居ると聞けば飛んでくると思いんしたが……」

「あの子? それってゲザーが言っていた『若君』かしら」

「以前にもぬしはあの子と顔を合わせたことがありんしたが、……さてはて、ここ最近で様変わりしてしまいんしたから、見てもわかるかどうか……」


 部屋の外でゲザーの慌てる気配が届く。おそらく彼は今訪れた『若君』を制止しているのだろう。しかし『若君』は聞く耳を持たなかったようでゲザーを軽く押しのけると襖の前に立つ。

 呼び鈴がまた一度鳴る。そして薄く襖が開けられる。


「御婆様! ウスユキが来たっす!」


 蓮っ葉な言葉遣い、だが覇気のある声が襖の隙間から飛び込んでくる。そして声の主である『若君』は親分であるアザミの許しが出るのを待つこと無く、今度は完全に襖を開く。


「おはようございますお御婆様! そして客人方! 今朝は良い天気っすね! これは絶好の討ち入り日和っす! この国のあんちくしょう共を『召雷樹』の錆にしてやるっす!」

「ちょっ、若君!?」


 入室早々物騒なことをのたまう若君に、後ろで泡を食うゲザー。その様子を見てアザミは呆れたように息を吐いてかぶりを振る。


「……ウスユキ、ちと気が早いでござりんし。もっと落ち着きを持ちなんせ」

「そんなっ、御婆様! 折角可愛い子孫が来たんですから喜んでくださいっす!」

「ぬしがこっちに来てから殆ど毎日顔を見てるじゃござりんせんか。その所為で最近しつこくなったでありんす」

「星一つも経たずに飽きるなんて酷いっす! ほらほら御婆様そっくりの美人な女子(おなご)っすよ! 若くして“百華筆頭”になった自慢の子孫っすよ!」

「己で言ってたら世話がのうござんす」


 ウスユキと呼ばれる少女は薄く水色が掛かった銀髪をまるで角髪(みずら)のように顔の両側で輪にするように束ねている。その頭部にはアザミと同じ狐の耳が生え、腰からは1本の尾が伸びている。その身には髪色と合わせたのか水色で刺繍が施された白い旗袍(チャイナドレス)を着ている。身長はロベリアよりも頭半個分ほど高く、180近い長身である。

 そんな彼女は『物騒』の体現のような物を肩に担いでいる。

 槍の柄の穂先に刀剣の刃を取り付けたような武器『大刀』。それはウスユキの長身よりもさらに長く、大きかった。全長は2m以上ありその中で刃は肩から指先までの長さ、60㎝強は占めている。そして刃には青い竜が刻印されている。

 巨刃槍『召雷樹』を担いだウスユキはそのアザミによく似た、しかしまだ幼さの目立つ美しい顔を部屋の中に居たロベリアへ向ける。そうすると金の瞳を輝かせ、わかりやすいぐらいに表情を溌剌とさせる。


「ロベリア様! お久しぶりでございます! ウスユキを覚えているっすか!」

「……ええ、その綺麗な髪を見て思い出したわ。……久し振りねウスユキ。元気そうね」

「勿論っす! このウスユキ、元気と腕っ節だけが取り柄っすから! ロベリア様から預かったこの“召雷樹”もきちんと使いこなしているっすよ! ―――あ、もし必要ならお返しするっすが?」


 大刀を肩から少し浮かしてウスユキが尋ねるが、ロベリアは首を横に振る。


「いいわ別に。……相性が良くなかったのでしょうね。それは私とは合わなかったわ。だからそれは今後もウスユキが持っておくと良いわ」

「そうですか……、ん、わかったっす! 不精このウスユキがこれからもこの“召雷樹”を使って敵を打ちのめしてやるっすよ!」


 そう言ってウスユキは胸を張り、ロベリアやアザミに負けず劣らずの大きな胸を叩く。

 ウスユキは本当にロベリアと話しを出来て嬉しそうにしている。セーギはウスユキという少女の態度から、彼女はロベリアのことを慕っていると理解した。


「……はぁ。男をまだ知らん元引き籠もりが調子の良いことを……。ウスユキ、こっちに来なんせ。客人にぬしを紹介する」


 アザミはロベリアに首ったけのウスユキを手招きする。ウスユキは特に抵抗することも無く「はい御婆様!」と返事をするとアザミの隣へ立つ。


「あー……、後で他の“百華”の子らと纏めて紹介するつもりでござりんしたが、……この子はウスユキ。“狐の尾”では若頭の立場で働かせてありんす」

「どうもっす! ウスユキ・リコリスレイザっす!」

「……とは言ってもこっちに来たのはつい最近。それまではロベリアも承知の通りフョルニルで暮らしてたでありんす」

高祖母(おおばあ)ちゃんと曾祖母(ひいおばあ)ちゃんのお世話をしてたっす! 私は出来た孫っすから! あ、高祖母ちゃんはもう3年ぐらい前に大往生したっすが曾祖母ちゃんの方はまだまだ元気っすよ!」

「……ん? 曾祖母さんは生きていて、高祖母さんは亡くなっている? あれ、じゃあアザミさんはウスユキさんにとってどんな血縁に?」


 セーギは首を傾げる。いまいちウスユキとアザミの関係……ウスユキという少女がアザミにとって子孫のどの位置に当たるのかわからなかったのだ。

 その時、初めてウスユキがセーギのことを真っ直ぐ視界に収めた。―――一瞬、ほんの一瞬だけセーギのことを観察するような目を向けたが、直ぐに溌剌とした雰囲気となって口を開く。


「いやー良い質問っすねお兄さん! 私はアザミお婆ちゃんの仍孫(じょうそん)になるっす!」

「……じょうそん?」


 セーギが困り顔をしているのをロベリアは苦笑して見ている。彼女はセーギの戸惑いがよく理解出来ているようであった。だから代わりにわかりやすく説明をした。


「セーギさん。つまりウスユキにとってアザミは、曾祖母の曾祖母、そしてその人の『母親』になる人なのよ。初めて聞いたらびっくりするのも不思議では無いわ」

「曾祖母さんの曾祖母さんの母親? ……じゃあウスユキさんは7代後の子孫になるから、8代目に当たるってこと?」

『すごーい』

「そうっす! だから私にとって御婆様はもう殆ど祖霊みたいな扱いっす! ありがたや、ありがたや……」

「わっちはまだ現役でありんす、勝手に殺さんでなんし」


 アザミは自分に対して拝みだしたウスユキに苦い表情を向けて手を振る。ウスユキも別に本気でしていたわけでは無かったので直ぐに拝むのを止めて笑顔でアザミを見ている。その気安さのあるやり取りで、両者の間には確かに外見以外の繋がりがあることを感じられた。


「ウスユキ。紹介が終わったらさっさと往んせ。他の子らも、もう待たせてござりんしょ」

「そうだったっす! じゃあお客人方どうぞこちらへ! このウスユキが皆さんを案内するっす!」


 元気を絵に描いたようなウスユキ。アザミとよく似た容姿をしているのに、そこには女性の色気、妖艶さを感じさせる物が殆ど無い。武器を担いでいるのも大きな要因ではあるが、その身に纏う『覇気』と研ぎ澄まされた立ち居振る舞いがウスユキを女性的な魅力はあれど、1人の『戦士』として周囲に知らしめている。


 ――――――

 名:ウスユキ・リコリスレイザ

 種族:迦楼羅天狗(ジャンパヴァティ)

 性別:女

 年齢:17

 レベル:465

 スキル:仙術、武王、浄化、英雄覇気、天眼、月影の踊り手、無垢なる祈り

 称号:先祖返り、白銀の獣姫、英雄、武王、聖女、傾城傾国、霊獣を統べし者、神聖なる乙女

 ――――――


 獣人(セルリアン)の中でも特級の戦士であるウスユキは首に掛けてある“聖印”を胸の上で揺らしながら意気揚々と部屋から出て行く。その彼女の後を廊下で空気になっていたゲザーが慌てて追い掛けていく。


「……じゃあわっちらも出向きんす」

「そうね。早く話しを終わらせて、私達のやるべきことを始めましょうか」


 アザミとロベリアが連れ立って部屋を出て行く。

 それを見送り、最後まで部屋に残っていたセーギも、彼女達の後を追うように歩き出す。


「……俺達のやるべきこと、か」

『どうしたの? 大丈夫?』

「……そうだな……ちょっと不安かな」


 腕の中に居るマリーの気遣いに、セーギは小さく弱音をこぼす。そして障子越しに差し込む朝日に照らされた廊下を進む。


獣人国家(フョルニル)人間国家(エリニア)の戦争、それに対しての武力介入」


 これからやるべきこと。放ってはおけないこと。そして―――


「―――この国を俺が『統一支配』する」


 ―――セーギは世界を救う前に、国を背負う必要に迫られている。

 それを前にしてセーギは少しだけ、見通しの難しい現状に不安を抱いているのだ。


「さて、これからどうなるかな。……俺なんて戦うぐらいしか出来ることなんてないのに」

『大丈夫だよ、セーギなら』

「……そうかな?」

『そうだよ。だってセーギが困ってたらボクや、それに皆が手伝うよ。きっとたくさん力を貸してくれるよ。だから心配しなくても平気だよ』


 マリーの真っ直ぐな励ましにセーギは気が楽になった。


「……そうか、そうだよな。……わかった。ありがとうマリー」


 気が楽になったセーギにマリーは満足げに頷く。


『皆で一緒に『悪だくみ』』

「……はは、確かに。これからするのは悪だくみだな」


 これからセーギが行うことは『国盗り』である。その計画を立てることが悪だくみで無いと言うなら何と言う。

 セーギは別室へ向かいながら、普段はしないようなあくどい笑み、……だが下手くそなそれを浮かべる。


「何ともまあ、―――魔王らしい仕事になりそうだ」


 ◆◆◆

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