93.制服。そして邂逅
「では本題に入りましょうか」
「マジかよ……」
微笑みを絶やさないセレネの言葉に、ナーダ、そして声に出していないがサクラも戦く。
メスラの衝撃的なぶっ込みを意にも介さずセレネは話しを続けようと言うのだ。この状況で。
「先ずはガガナーダさんとサクラさん選んだ理由ですが……最たる理由は私と同年代だということですね」
セレネは説明を始める。ポーズを決めたまま背後に控えるメスラを一瞥することも無く。
「学園内で私の護衛について頂くことを考えれば、同じ学舎、同じ教室、同じ寮、……などと言った同じ環境で過ごして頂ける人物が好ましいです。一応あの学園は能力によって学舎を振り分けられたりもしますが、それでも年齢相応の学舎で勉学に励むことも可能です。星一つ毎に行われる『定期試験』や学期末にある『進級試験』を越えられる能力を有していれば何も問題はありません。……私はガガナーダさんとサクラさんなら十分に試験を突破できる能力があると判断しています」
年齢と能力。これによってセレネは護衛を決めたと言った。
ナーダはしかし、その説明に納得出来なかった。それはサクラも同様で、彼女はメスラを気にしつつもセレネに質問を投げ掛ける。
「あの、セ、セーちゃん。……さっきナーダが言ってたことを繰り返すことになるけど……お城の関係者でその条件に合う人は居なかったの? た、例えば兵士とか騎士の見習いさんみたいな」
サクラの疑問は当然の物だった。人材が厚い王都でさっきのセレネが言った条件に合致した者がナーダとサクラの2人しか居なかったと考えるのは些か厳しい。
だからセレネの答えは決まっている。
「ええ。勿論居ますよ。きっと募集を掛ければ十数人単位で立候補が出るでしょう」
「え? じゃ、じゃあどうして、私達を?」
「そうですね……それは―――」
セレネの瞳、その水色の瞳にどろりとした熱が籠もる。
―――しかし、直ぐに何時も通りの状態に戻る。それは正面で目が合い、その変化を見ていたナーダが気の所為だと思い、そのことを切り出す機会を無くしたほどの短い時間での変化であった。
セレネは優しげな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「―――安易に近い人物を起用すると私に……王族に取り入りたい貴族や、派閥争いなどで有利な位置に食い込みたいという、……政治的な思惑が深く絡んできます。私は現在の均衡を崩したくありません。今の〈アヨーディ王国〉は慎重な判断が求められますから」
メスラがポーズを決め直す。
「貴族同士の小競り合い、まじふぁっくです」
「ごめんなさいメスラ、今大事なお話しをしてるの」
「畏まりました我が君」
セレネに一蹴されたメスラは謎のポーズを止めると最初の時のように静かに控える。
最初から最後まで、メスラが無表情を崩すことは無かった。
「……だから私はナーダさんとサクラさんにこの護衛のお話しを持ってきたのです。貴族社会と直接的な繋がりを持たない貴方方を。……普通なら貴族の息が掛かっていない人物を私の護衛に任命するのは難しいですが、幸運にも私にはこのメスラを起用した前例があります」
セレネの言葉にメスラは恭しくお辞儀する。
「その前例と……そして『ラーヴァナ様との友好を示す』意味も合わせれば……私はこれ以上無い人選だと考えています」
「……兄ちゃんが関係あるのか?」
「ええ勿論です」
自信満々に言い切るセレネ。彼女の視線がナーダの額―――黒い角へと注がれる。
「ラーヴァナ様と同じく、『異形』を身に宿すナーダさんだからこそ、今回の護衛の重要性と価値が高まるのです」
「俺であるからこそ……」
「そうです。私は今回のことを機に本格的に『本格的な他種族との融和』を視野に入れて活動しようと考えています。現在の他国との情勢……特に普人とその他の種族との関係は御存知ですか?」
「……いや、俺は知らない」
「あ、私は、その……少しなら」
強くなることを重点に置いて日々を過ごしていたナーダよりも、座学が多いサクラの方がそのようなことに詳しかった。おふざけのお陰でサクラの緊張も幾分か緩和されている。
「確か……仲は悪くは無いですが、かといって凄く仲が良いわけではないって教えて貰いました。で、でも他国から来る他種族さんは多いですし、他種族同士での婚姻も普通にクルルスの中ではあるので……私は良好な関係を築けていると思ってます」
婚姻の時には、夫婦の道行きを祝福する為に聖光教会の修道士が招かれることは多い。サクラの意見はその教会に属する立場だからこそ見えた物である。
「その通りですサクラさん。一つだけ捕捉するなら―――その仲が良いに分類される普人国家に〈エリニア連邦国家〉は含まれていません」
「……そ、そうなんですか? あれ? でも、今は何処の国も戦争はしていない筈じゃ……」
「耳に聞こえる大きな争いはここ数十年は起こってはいません。……しかしだからと言って仲が良いとは限らないのです」
客室に満ちる茶の香り。それを吸い込む肺腑が重く感じる。
そんな重苦しさを何も感じていないかのようにセレネは紅茶の香りを楽しみ、そして一口飲む。
「……現在〈エリニア連邦国家〉と〈獣人国家フョルニル〉は冷戦状態と言って良いかもしれません」
「冷戦?」
「水面下で睨み合いを続けていると思っても相違ありません。……詳しく言うならこの2国は直接的な武力衝突が発生しないようにお互いを無視するような外交をしているのです。……どうぞ御2人も遠慮せず、お茶を貰ってください。もしかして紅茶は苦手だったかしら? それなら香草茶を御用意しますが」
「だ、大丈夫です。頂きます」
「ミルクと砂糖は?」
「……俺、貰って良いか?」
「私も、お願いします」
「ええ、どうぞ。メスラお出しして」
「はい、よろこんでー」
精製された白砂糖が入れられた砂糖壺。そして小さな乳差しをメスラは配膳台から持ち出してテーブルへ用意する。その所作はやはり上品であり、さっきまで奇行をしていた人物とは思えない。……ちょいちょい視線を向けて自身の仕事ぶりをアピールしてくるのは反応に困ったが、概ね仕事に手抜かりは無かった。
ナーダとサクラはそんな珍妙な人物であるメスラを気にしながらも、今まで手を付けていなかった紅茶、それにミルクと砂糖を足して飲む。
「……うまい」
「美味しい」
紅茶は美味しかった。それは口にしたナーダとサクラが驚くほど。
「御2人のお口に合ったようで良かったです。ね、メスラ」
「恐縮です」
メスラが煎れた紅茶の香りと味によってか、先程までの重苦しさが軽減される。
そしてセレネは表情を変える。そこに笑みは無い。ただ真っ直ぐに2人の方へ目を向ける。
「……兎にも角にも現在の種族間の情勢は、その根底に問題を残したまま今日まで続いています。ナーダさんとサクラさんにはその問題解消の一助になって頂きたいと愚考致しました。……誤魔化しは無しでいきましょうか。―――世間から白眼視され、不和の象徴とも言えるその『黒い角』をその身に持って生まれたナーダさん。貴方と私が共に行動することにより……対外的に大きな意味を持つことになります。……それはつまり、私の国ではこれほど他種族との融和が進んでいるのだと、例え悪魔の如き様相を持つ者であったとしても、と」
「…………」
ナーダはその発言に特に表情を変えない。ただ『納得』出来た。自分がこうして一国の代表とも言える立場に在る王女の護衛に選ばれることになったのか。……ただサクラだけはナーダが周囲から良くない目で見られてきた過去を掘り返された気持ちになって、少し表情を硬くする。
―――だからセレネが頭を下げてきたことに2人は目を丸くする。
「……申し訳ありません。この話しが御2人の気持ちを害する物であると知っていて言いました。……何故なら、この話しを受けて頂くという事は、ナーダさんが矢面に立たされることが半ば確定していますから。それはつまり、ナーダさんが傷付く可能性が僅かにでも在ることを意味します」
悪魔に似た角を持つ。そんな人物がどんな目で見られ、どんな扱いを受けるのか。それをナーダはこれまでの人生において、その身をもって知ってきた。
だから今回の護衛という役目は、辛い思いを味わうかもしれない。
「……どうでしょう。この話しを聞いて、お気持ちは変わりましたか? もしそうであるなら、この話しは断って頂いて構いません。私が無理に提案したこと……御2人の気持ちを無視して推し進める気は一切無いのですから」
だからセレネはナーダ達の気持ちを重んじる言葉を口にする。
「ナーダさん。サクラさん。まだ時間はあります。今、答えを出すのが難しいのであるなら、後日改めてでも―――」
「―――俺は受ける」
しかしナーダはこの瞬間にはっきりと答えを返した。
「元々、何か事情があるってわかってて受けた話しだ。今更答えを翻す気は無い。サクラはどうだ?」
「……私は、ナーダが良いのなら。だから大丈夫だよ」
サクラもナーダに同意する。2人とも、最初に出した答えを変えないことを選んだのだ。―――それにセレネは安堵し、表情に微笑みが戻る。
「ありがとうございます。ナーダさん。サクラさん」
「だから別に礼はいいって……。俺はただ、兄ちゃんばっかりに頑張らせるのに気が引けてただけだよ。セレネ王女様が言ったその、種族の融和? って話しは、俺にとっては渡りに船だ」
『魔王の姿』のセーギが民衆に広く知れ渡ったお陰で、以前よりもナーダに対して向けられていた目が変わった。……受け入れられてきたのだ。ナーダという、黒い角を持つ少年の存在を。
ナーダの瞳が燃えるように輝く。
「だからその護衛の件、俺達の力で問題が無いのら……俺に否は無い」
「私も、ナーダが……ナーダのような子が過ごしやすくなる『毎日』の一助になるなら。……護衛が出来る自信はあんまり無いですけど、頑張ります」
ナーダとサクラの前向きな返答を聞き、セレネはまた頭を下げる。
「お話しを受けてくれた御2人の気持ち、有り難く頂戴致します。……よろしくお願いします、ナーダさん、サクラさん」
「ああ、よろしく。セレネ王女様」
「よろしくお願いします、セーちゃん……ね、ねえ、やっぱり私だけこの呼び方をしてるの変だよね? 絶対に変だよね?」
自分以外セレネを様付けで呼んでいる。その事実にサクラはおどおどする。
―――セレネはニヤリと笑う。
「あら、それもそうですね。……ではナーダさんにも私のことをセーちゃんと呼んで頂きましょうか」
「はっ!? ……い、いやだよ。もっと他に呼び方は無いのかよっ」
「いえいえ。こういう物は呼び方を統一してこそ意味があるのです」
「あ、あんたは普通に俺達のこと呼んでるじゃん」
セレネは両手を合わせ小首を傾げる。そしてとても晴れやかな笑顔を浮かべる。
「では私、御2人のことをこれから『サクラちゃん』『ナーダちゃん』と呼ばせて頂きます! これならお揃いですね!」
「何で俺もっ!?」
「僭越ながらこのメスラめも。……ナーダちゃん、サクラちゃん。いえーい、よ・ろ・し・くー。私のことはメスラちゃん。もしくはメスラたんでお願いします」
「よ、よろしくお願いします。メスラちゃん?」
「いや待てサクラ。普通に返事をするな。俺の呼び方が確定するだろ……っ」
「素晴らしい。これからよろしくお願いしますサクラちゃん。さあ、ナーダちゃんも私のことを遠慮無くメスラちゃんと―――」
「いや、呼ばねえし呼ばせねえよっ!?」
メスラはソファの背に手を置くと身を乗り出して、自分の主であるセレネの顔を覗き込む。
「―――困りましたセレネ様。ナーダちゃんのこの御様子では『あれ』を受け取って貰えないかもしれません」
「まあ、確かにそれは困りますね」
セレネは、あらあらどうしましょう、といった様子で頬に手を当てて困り顔を作る。
「な、何だよ? 何を企んでやがるっ」
話しの流れが怪しい。ナーダは何か、言いようのない身の危険を感じ始めてきた。このままここに居ると碌な目に遭わないだろう予感がしてきた。
―――セレネは困り顔から一転、にっこりと笑みを見せる。
「企んでいるだなんて、そんな、……メスラ」
「はい、セレネ様」
「『あれ』を持ってきてください」
「任せてくださないな」
そう言うとメスラは足早に客室内にある別室へ姿を消す。
―――そして十数秒も経たずにメスラは戻ってきた。その手にはラック、服を4着吊したラックを掴み、押して運んでいる。
セレネはメスラが近くまで運んできたそれを手で示す。
「―――これが学園で私達が着ることになっている『制服』となります」
「これが?」
黒のブレザー。中に着る白のブラウスに赤のスカーフ。そしてブレザーと同じデザインのスカート。
〈ドラウプニル帝立学園〉の制服が4人分、ラックには吊されていた。
「どうでしょうか。学園ではこれを着て過ごして頂くことになりますが……気に入ってくれましたか?」
落ち着いた色合いの制服。しかし校章や飾緒で装飾されたこの制服は決して地味ではない。気品さえ感じさせる一品である。
それを視たサクラは感嘆する。
「素敵です。あ、あの、可愛いと思います」
「ふふふ、私も可愛いと思っていました。お揃いですね」
女性陣には好評な制服。―――しかしナーダはそれを眉根を寄せ、難しい顔で見ている。
「………」
「あら、どうしましたか? ナーダちゃん」
「……制服、これで全部なのか?」
「そうですね。私、メスラ、サクラちゃん……そしてナーダちゃんの分で“4人分”になります」
「……そうか。……じゃあ見間違いか? これ―――」
ナーダは指差す。制服を一着ずつ、確かめるように。
そして4着とも確認し終わると手を下ろし、セレネへ目を向ける。そのナーダの顔に感情は無い。ただ目の前の現実が受け入れがたく、その過程で感情を押し殺した故の無表情である。
「―――これ、俺の男物に重ねて……『女物』も有るんだけど?」
何故かナーダの分の制服、その陰に隠れるように『女性用の制服』が存在した。だからと言って他の3人には逆に男物のズボンが付いているわけでもない。
ナーダにだけ男物・女物の2種類ある。
「ご覧の通りです」
「下着も御用意していますよ。採寸にも自信がある私、良き仕事です」
「……………………は?」
―――波乱の学園生活が迫ってきていた。
◆◆◆
シータとルミーはディアンサスの家でお茶をご馳走になっていた。
「私はあまりお料理は得意では無いので判断が付かないのですが……シータちゃんとディアちゃんから見て今の進捗はどの程度でしょうか?」
3人で試作を重ねた末に完成したカリィの香りが台所から彼女達がテーブルを囲む居間にまで届いている。換気によって幾分か減衰しているが、特徴的なその香りは屋内の中に漂っている。
「んー……私はもう殆ど完成してる気がするんだけど。……ディアはどう?」
小さく切り分けられた甘芋のタルトを食べながらシータはディアンサスへ目を向ける。
「そうね……まあ、あの店の味にはなったわね。全く同じ味っていうのは設備や細かい材料に違いが出るから土台無理だから、この辺りが可能な範囲での再現ね」
ディアンサスは自分お手製のタルトを味わいながら、カリィの作成を達成したことを伝える。それを受けてシータとルミーは笑顔を浮かべ喜びを見せる。これでセーギに美味しい料理を振る舞えると思ったからだ。
そんな友人達のわかりやすい反応を見ながらディアンサスは、魔法で冷やしたアイスティーを飲みながら彼女達に目を向ける。
「……で、どうする? 完成は完成だけど……あくまでこれはお店の味でしかないわ。はっきり言ってあれをそのまま振る舞うのって店に行って食べるのと大差無いわよ?」
ディアンサスの発言で2人は、はっと気付いた様子を見せる。
「……それもそうかも」
「完成させることしか頭に在りませんでした」
「まああいつならそれでも『美味しい』って喜んで食べてくれると思うけど。前にシータが作ってあげてた料理だってそんな感じで食べてたし」
そもそもセーギが好き嫌いをしているところを見たことが無い。色んな物を美味しい美味しいと言いながら沢山食べている。こうして3人が作った物だという理由だけでも喜んで食べる可能性が高い。
「……これ以上何か手を加える余地があるのですか? この料理には」
「余地って言うか、どんな料理でも応用は幾らでも利く物よ。……ほら、このお菓子だって『甘芋』も『タルト』も、別にお菓子にしか使えない材料ってわけじゃないでしょ? 味付けや付け合わせを工夫したら料理の一品に変えられるわ。ならこの『カリィ』だって同じことよ」
お店の味を再現したカリィ、これにもう一工夫する。
「……どうしたら良いのかしら? 確かにこのスープの形に拘る必要も無さそうだけど」
しかしその案が思い浮かばない。下手なアレンジは持ち味を崩すことになる。応用が利くと言っても、相性というのは存在するのである。
「シータとルミーは何か知らないの? セーギが他に好きな料理とか。別に食材とかでも良いけど。それを組み合わせてあいつに振る舞ってあげるってのも良いんじゃない?」
「セーギ様の好きな食べ物ですか……お肉はよく食べている気がします。他は……」
考え込むルミー。何でもよく食べるセーギの好みは判断し難いが、しかしそれでも、好んで食べている物が存在する筈である。
「……一緒に外食したのはあの時だけだし……じゃあその時に食べてた物……」
必然、思考はあの時〈女神の吐息〉で食事をした時にまで遡る。
あそこで頼んでいた料理。そこに使われていた材料。鳥肉も豚肉も、特に珍しい物でも無い。魚介や茸もそうである。
―――そこでルミーはあることに気付く。それはセーギがカリィを食べていた時のことである。
「……そう言えばセーギ様、カリィを食べる時、『パンに付けて食べるの“も”好き』……と言っていました」
「パンと食べるのも好き―――セーギ君の故郷では他の物と合わせて食べる?」
あの日の会話としては何の違和感も無い言葉。……口にしたセーギに自覚があったかどうか不明だが、しかしその言葉には別の意味も含まれていた。
「パン以外になると……麺類? ……それもよく食べてたけど特別好きってわけでも無いよね」
「あいつ他に何か食べてなかったの?」
「……あ」
ルミーが声をもらす。あの日、セーギが食べていた物の一つを思い出したのだ。
「……確かセーギ様は……『お米』を食べていました」
お米。シータとディアンサスがその食材のことを思い出す。
「……お米って大陸東部の〈アルグ湿原〉の特産品だよね?」
「森人の国、オルトシアーでもちょっと出回ってたわ。見つかったのが〈アルグ湿原〉ってだけで以外と何処でも育つわよ。主食にしてる国もあるみたいだし」
「小人がそうだった気がする。……でも、そうか、カリィとお米か……うん、悪くない気がする」
「そうね。……でもあれだって品種によって特徴が結構違うからカリィと相性が良い物を探すとなると面倒ね。こっちじゃ一般的に食べられている食べ物じゃないし」
「粘りがあるのは止めた方が良さそう。カリィと合わせたらベシャベシャになりそうだし」
「カリィにとろみを付けるのもありかもしれないわよ。そうすれば粘りの多い米でも余分なべた付きは出ないだろうし。……でもやっぱり粘りの少ない品種の方が相性は良いかもね」
気付いたこと、知っていること、思い出したことを口に出して伝え合う。
セーギに振る舞う料理、それが形を帯びていく。
ディアンサスは椅子から立ち上がると、凝り固まった筋を伸ばすように手を組んで腕を高く上げる。
「んんー……ふぅ……。じゃあ今から使えそうな米を見に市場にでも行きましょうか。……でもその前に―――」
―――玄関のノッカーが叩かれる音が響く。
「―――お客さんが来たみたいね」
玄関先に近付いて来ていた人の気配に気が付いていた3人。
シータとルミーも椅子から立ち上がる。
「ねえディア。もし私達、お邪魔になるのなら今日はもう帰るけど……」
「ああ、良いの良いの気にしないで。私の所に来る客なんてどうせロベリアの子分か孤児院関係だけだし。ちょっと話しをしたら直ぐ終わるからそこで待ってて」
ディアンサスはそう言うと途中に掛けてあるローブを掴んで着ると、シータとルミーを居間に残して出て行く。
玄関まで歩きながら、ディアンサスは疑問に思っていた。
(……2人にはああ言ったけど、誰か訪ねて来るなんてあんまり無いのよね。……さて、いったい誰なのかしらこの客は)
もう一度、今度は控えめにノックされる。
「はいはい、今出るわよー」
フードを被り、ディアンサスは扉を少しだけ開けて顔を出す。
玄関前に立っていた人物はディアンサスが顔を出したのを見て笑顔を向ける。
「こんにちはぁ。お時間宜しいですかぁ?」
「……どちらさん? こっちも暇じゃないから、用があるなら簡潔に言って」
身に覚えの無い相手。だからディアンサスは誰何しつつ用件を尋ねる。身内と他人の線引きがはっきりしている彼女は訪問者へ鋭い目を向ける。……それに相手の『服装』を見たディアンサスはかなり訝しげな色を瞳に宿している。
それを受けて訪問者は申し訳無そうに眉を下げる
「あらごめんなさい、でも直ぐに終わるわぁ。……少~しお尋ねしたいことがあってぇ」
「何?」
何か伺いたい事があると言った訪問者。その内容を聞く為にディアンサスは扉を開けて玄関先に出る。そうすると家の中にあった香気が外へと流れる。
「……あぁ、やっぱり……この香り」
訪問客―――黒と赤の場違いな格好を身に纏った妖しい魅力を放つ麗人。長手袋に包まれた手を自身の頬に這わせる。紫色のボブヘアーが揺れ、その頭部には牛のような角と耳が生えている。豊満な肢体、その臀部からは艶のある尖った尻尾が生えて彼女の感情を反映するように動く。
そして紫色に輝く瞳がディアンサスを映す。
「ねぇ、とぉっても綺麗なお嬢さん。……もしかして、こちらで『カリィ』を作ってるの? 近くを歩いていたらこの香りが風に乗ってきてたからぁ」
「……それが? 何か問題でも?」
ディアンサスの警戒が引き上がる。
目の前の訪問者。彼女はフードに掛けられている“認識阻害”の魔法を易々と突破した。容姿まで正確に見抜けたのなら相手の強さはかなりのレベル……魂の位階は300以上は確実にある。
そんな謎の人物の登場にディアンサスが身構えたのも無理はない。居間に居たシータとルミーも表の空気が変化したのを感じ取っていたのかローブを着た状態で玄関先が視界に入る位置へ出て来ていた。
「あら? あらあらぁ? ここは格好良くて可愛くて綺麗な子が沢山居るのねぇ。お姉さんびっくりよ~」
しかし彼女達のそんな警戒も何処吹く風。訪問者はおっとり喋りながらとても機嫌が良さそうにニコニコと笑っている。
「あ、ごめんなさい私ったらぁ。美人さんを見るとついついそっちに興味が移っちゃうのぉ。……じゃあ遅ればせながら」
訪問者は優雅に一礼する。
「この都市で開いている異国料理店〈女神の吐息〉を始めとしたお店の責任者をしている者よぉ。最近まで他の国を観光してたんだけどぉ、クルルスの話しを聞いて今日帰ってきたのよぉ。……そしてこの辺りを歩いていたら知ってる料理の香りがしてきてつい玄関を叩いてしまったの~」
シータとルミーは相手のその発言にはっとする。
「あのお店の……責任者?」
「もしかして……“マム”様でしょうか?」
「あら、もしかしてお店の子に聞いていたのぉ? ええ、その通りよぉ。私は可愛い可愛いあの子達から『マム』と呼ばれている人物で相違ないわ~」
「……へぇー……あんたが……」
ディアンサスは警戒を緩める。少なくとも相手が正体不明の人物でないことだけはわかったからだ。
「……で、マムさんだっけ? もしかして用件ってカリィのこと? あの料理の配合は秘密って話しだったし、それを再現した私達に文句でも言いに来たわけ?」
「いえいえそんなぁ……、自力で再現したのなら私から何か文句を言うことなんて無いわよぉ。素直に凄いと思っているわ~。……難しかったでしょ? あの料理。私の『故郷』でも一から作るとなると面倒な料理だったのよ~」
「じゃあこのレシピは自由にして良いわけね?」
「どうぞどうぞ~」
レシピの所有者から太鼓判を押されたことでシータとルミーは内心で安堵する。おそらく貴重であるレシピを再現して、それを実際に作っていることに僅かながら引け目のような物があったのだ。
シータとルミーも玄関先へと出てくるとマムへと顔を向ける。
「あの、……カリィは友人に振る舞うつもりでレシピを再現したので……」
「私達自身にこれを外に漏らすようなことをするつもりはありません」
「そうなの? じゃあお店の子達も安心ね~。あのお店のオリジナリティは損なわれないってことだもの~」
―――そうした他愛も無い話しをしていた時である。マムが、「あ」と気が付いたように声を上げる。そして3人へ尋ねる。
「そうそう、私、貴女達を“見て”気付いたことがあったのぉ。だからちょっと聞きたいことがあるのだけど良いかしら~?」
マムの聞きたいこと。特に断る理由も無いので3人はそれを聞く事にした。
「ありがとう~。えっとじゃあ聞くわねぇ。―――……貴女達、『聖女』さんよねぇ? 3人とも」
「……そうですよ。それがどうか致しましたか?」
特に驚きは無い。マムは彼女達が着ているローブの認識阻害を抜いてきたのだ。それなら名前と姿が広く知れ渡っているシータやルミーを見て、そのことに気が付くのは自然である。……それにディアンサスも只ならぬ気配を持った人物である。それもシータやルミーと同質の気配。並んでいるところを見ればディアンサスも聖女であると考えるのは不思議ではない。
マムにとっても今の言葉はただの確認の意味しかなかった。彼女の本題はその後だった。
―――雰囲気が変わる。マムからおっとりした雰囲気が鳴りを潜め、代わりに焦燥のような物が増していく。
「じゃあ貴女達がぁ……『ラーヴァナ』と共に、悪魔と戦った子達、なのね? ……もしかして、プライベートでも……『彼』とは知り合いなのかしら?」
「…………」
何か、予感のような物があった。3人はそれを強く感じていた。
「ねえ、どうかしら? 知ってる? 知ってるのよね?」
気が付けば……マムの表情には微笑みだけではない物が浮かんでいた。
それは、その抑えきれない感情はマムの体を震わせていた。
「……彼、彼は―――」
―――マムは、涙ぐんでいた。それは彼女の感情の表れ。
「―――『正義ちゃん』……乱麻正義は……元気、なの?」
不安、恐怖、期待、希望。それに胸を詰まらせたペオルは、目の前の聖女達へ縋るように、『死に別れた筈の友人』のことを尋ねた。
◆◆◆




