90.誓約
突然の事態にセーギとロベリアは静かに様子を伺う。マリーも流石に騒がしさの許容範囲を超えたのか目を覚ます。
先程セーギが声を掛けた酒場のマスターがカウンターから出てくる。彼は表面上臆した様子も見せずに物騒な一団に近付いて行く。そして前に出ていた一際嶮しい顔をした男と相対する。
「お客様。店内で武器を抜くのはご遠慮下さい。他のお客様の迷惑になります」
「ああ? ……気にすんな直ぐに終わる。おっさんは黙って見てろ」
「そう言うわけにはいきません。私はこの店をマムより任されているのです。ですので先ずは皆様方のご用向きをお聞かせ頂けませんか?」
「うるせえな……怪我したくなけりゃ退いてろって言ってんだろ?」
マスターの穏やかながら一歩も引くつもりも見せない態度に破落戸は次第に剣呑な空気をまとっていく。その様子を見ていたセーギは何時でも動けるように意識を向ける。今、間に入らないのはこの段階ではどんな事情があるのかわからないからだ。……ただマスターに武器を向けるならその瞬間に制圧する気では居る。どんな事情があろうと無関係な人を巻き込み傷付けるような行動に正当性は宿らない。
「―――あの一団……」
「知ってるのか? ロベリアさん」
「あれはこっちで幅を利かせているギャングよ。……つまりはまあ、私の同業者ね」
暴力団。確かにそうとしか見られない一団である。あの雰囲気で堅気は有り得ないだろう。そんな彼らがこうして姿を現わしたということは、つまり『そういう仕事』が関係していることになる。
これは血を見る結末になる。
「……どうする? 『探す手間』が省けたけど」
「もうちょっと様子を見ましょう。……それに私達が出るまでも無さそうだしね」
セーギ達以外にも直ぐに行動へ移れるようにしている者達も居る。
彼らは店員や他の客に危害が迫れば即座に動くだろう。鉱人の男は腕に力が込められ、森人の男は魔力を高め、小人の男はフォークやナイフを何時でも投擲出来るように手に持ち、普人の女は椅子を動かして自分とギャングへの動線を確保する。
冒険者の一団である彼らの戦気が身の内で高まっていく。
店内に張り詰めた空気が満ちる。それは静かに、だが確実にギャングへ狙いを定めて張り詰めていく。
「お客様。どうでしょうか、ここは穏便に―――」
「ちっ……、忠告はしたんだぜおっさん」
破落戸の苛立ちが限界に達した。
手に持った武器に力が入る。
そして遂に張り詰められた空気が―――
「―――『俺』に用があるんだろう? ああん?」
「あ?」
―――1人の男の手によって弾け、……戦端が開かれる。
酒場のマスターへ刃を向けようとした破落戸。その男の顔面が大きな手に鷲掴みにされる。
「っ!?」
「全く。人が良い気分で酒飲んでる時に―――」
破落戸の顔を掴み、軽々と持ち上げた“勇者”ヴァリス。その光景に呆気に取られたギャングの一団と酒場のマスター。
ヴァリスは凶悪な笑みを浮かべる。男を持ち上げる腕の筋肉が隆起する。
「―――水差すんじゃねえよッ!! 呆けがッ!!」
まるで小石でも投げるかのようにヴァリスは掴んだ男を振りかぶり、呆気に取られたままの一団に叩き付けた。
「がっ」「ぎゃっ」「うぉおおお!?」
叩き付けられ、ぶつかり、巻き込まれ、吹き飛ぶ。
ヴァリスが投げた男に巻き込まれながら一部の男達は開きっぱなしの扉から外へと叩き出される。
「て、てめえ!?」「兄貴ぃ!?」「こいつ!? や、やっちまえ!!」
「雑魚がっ!」
臨戦態勢に入ったギャング。そんな彼らにヴァリスは肉薄すると両手を突き出す。
振られた武器を余裕で掻い潜り、軽い動作で武器を持つ手を裏拳や手刀でいなす。たったそれだけで相手の骨がスナックでも割るように砕け、激痛により武器を手放す。そうしてガラ空きになった胴体に向かって手を伸ばし、胸倉を掴み上げると先の男のように持ち上げる。今度は片手に1人ずつ、2人同時に持ち上げている。
「がぁ」「ぐぇ」「っ」
「ハッハァアッ! 外で遊ぼうぜえ! 僕ちゃん達ぃいい!?」
店内に居た残りの男達全員を巻き込むようにヴァリスはそのまま突進する。
肉の盾。しかもそれはギャング達の仲間である。武器を突き付けるわけにもいかない。
それにヴァリスの動きは速い。その速さは相手に次の行動を許さないほどである。
「ほぉおおら、ぶっ飛べやあああああッ!!」
激突。何人居ようが関係無くヴァリスはその全てを外へと押し出した。
吹き飛ばされる破落戸達。外の道に投げ出されるように男達は転がり落ちる。激突、そして揉み合うように飛ばされた影響で手に持った武器に接触した彼らは傷を負いながら道で倒れている。
荒々しい。一連のヴァリスの行動を見た者達が一様に抱いた印象。そこに品性や穏便さは欠片も無く、ただただ力技でねじ伏せるといった気概を感じさせる。相手がどれだけ傷を負おうが関係無いといった様子である。
あまりに暴力的。教会に所属する“勇者”とは思えない血の気の多い行動。
「だけど……」
セーギはギャングを全員叩き出して外に飛び出ていったヴァリスを見送ると席から立ち上がる。それにロベリアも続く。セーギが歩み寄ったのは『ヴァリスの手によって安全な位置へ押しのけられていた酒場のマスター』だった。
「大丈夫ですかマスター?」
「え……、ええ、私は平気です」
あっという間に進んだ事態。先程まで平静を見せていたマスターだったが、やはり内心では平気では無かったのだろう、今は額に冷や汗をかいている。
ロベリアはセーギの傍に寄ると耳打ちする。
「あのヴァリスって男……店に被害が出ないように全員押し出したみたいね」
「やっぱりそうだよな」
荒々しく暴力的。しかしその行動で何かが壊れたり誰かが傷を負ったりはあのギャングに限定されている。店の者はおろか、店内の備品や床には傷一つ付けていない。
ヴァリスとかいう男。店内で品の無い振る舞いをしていた割にかなり理性的な行動をしている。
「まあお店に被害が出てないなら問題は無いか。……災難でしたね、この辺りではああ言うのはよくあるんですか?」
周囲では先程動く準備をしていた冒険者達が外の様子を見る為に扉付近に立ち、もしも再びギャングが来ることがあれば追い返すつもりで居る。ヴァリスと共に席に居た遊女達は一瞬で自分達の間から居なくなり、そして一気にギャング達を外に連れて飛び出していったのを見て目を白黒させている。能力差の所為でヴァリスの動きを全く捉えられなかったのだ。カウンターの端で座っていた1人が立ち上がると扉の方へ向けて歩いて行く。
セーギの問い掛けに酒場のマスターは首を横に振る。
「酒の席、言い争いや喧嘩は付き物ですが……今回のように大勢が押し掛けるようなことは」
「そうでしょうね。……そう言えばさっきの人達、『商品』が盗まれたとかどうだって―――」
「セーギさん」
ロベリアがセーギの肩を叩いて発言を止める。
首を回して振り返るとロベリアは口元に指を当てて沈黙を示す。彼女の視線は扉に向かっており、そこに集まっている者達の1人に注がれている。
「……マスター。料理、美味しかったです。また来ても良いですか?」
セーギは先の話題を切り上げるとマスターに料理の代金を渡す。そこにあるお金は少しばかり色が付けられている。
「お客様?」
「此方のお店で少しばかり興味が引かれる物があったので、今度来た時はゆっくりとお話しでも出来ればと」
セーギとロベリアは店から出る為に扉へ向かう。
そこではたった今、問題が起きていた。
「おいおい、嬢ちゃん。外は今危ない。ほとぼりが冷めるまで中に居てな」
「……でも」
鉱人の男は手を掲げて目の前の少女を押し留めている。150を僅かしか超えていない背丈の彼女はセーギやロベリアのようにフードを被っており顔は後ろからでは窺えない。
それでも彼女が『少女』だとわかったのは、腰つきや腕や脚などの素肌を晒している部分、それに高く鈴の音を転がすような声の響きからである。
フードを被った少女は頻りに外を気にしている。彼女の視線が行くところはヴァリスである。彼はその長く逞しい四肢を振るってギャングを次々に叩きのめしていく。
セーギは少女の後ろから声を掛ける。
「大丈夫だよ」
「え?」
「彼は強い。心配しなくても直ぐに終わらせて帰ってくるよ」
「あ、あの……」
突然顔を隠した男に声を掛けられ少女は警戒を露わにしている。周りから見ればどっちもどっちの見た目だが……。
セーギの横からロベリアは姿を現わして少女に声を掛ける。
「恐がらなくても良いわよお嬢さん」
ロベリアが外を指差す。その先には道で倒れる大勢の男達が居る。少女の瞳が指先に誘われるようにその光景を目に映す。
その少女の瞳に込められた彼らに対する、警戒、恐怖、諦観、……そして打ち倒された姿を見たことによる安堵。それらをロベリアは余す所なく見抜いた。
「『今は』貴女に用は無いの」
「っ」
「私達は外で倒れている人達に用があるの。だから、ね? 貴女は自由にしていると良いわ」
ロベリアは最後に少女の耳元でそう囁くとセーギの手を引いて店の端に移動していく。
少女は離れていった2人を警戒しながら見ていたが、今はそれを気にしていても仕方が無いと考え再び外に目を向ける。
死屍累々。死んではいないがそう表現するのが適当な光景が外に広がっていた。
男達は呻き声を上げて地に倒れ伏している。誰もが殴打による酷い怪我を負い、その痛みに喘いでいる。
その光景を作り上げた男、ヴァリス。彼は退屈そうに溜息を吐くと地面に倒れている男を足蹴にする。
「気合い入れて店に来たと思ったら……この程度かよ。しょうもねえ」
頬に付いていた返り血を適当に服で拭いながら店に戻ってくる。頬だけではなく手脚や衣服にも所々に返り血が付いていて、それを見てヴァリスは不機嫌そうな顔を浮かべる。
「……あ? 何見てやがんだ? 見せ物じゃねえぞ呆けっ」
「……すまないな。店に危害が出るといけないのでこうして見届けていた。気を悪くしたなら謝ろう」
「けっ……そうかよ」
ヴァリスは入り口付近で屯していた冒険者達に噛む付くように声を上げたが、その中から森人の男が一歩出て事情を説明すると納得したのか興味を失う。
冒険者の一団はヴァリスの通る道を空ける。その間をヴァリスはズカズカと歩いて通る。
そしてヴァリスはフードを被った少女の前で立ち止まると嶮しい目を向ける。
「おいコラ、てめえ何勝手に席を立ってやがる」
「……あ……」
「あっちで座って飯食ってろって言っただろうが、ああん?」
「ご、ごめんなさい」
「呆けがっ、自分の立場わかってんのか? おうコラ?」
「あ、あわ、はぅうう」
フード越しに頭を掴むと前後左右に振り回す。
会話の内容。ヴァリスの少女に対しての遠慮の無さ。それらから周囲の者達はこの2人が知り合いであることを理解する。
席を別にして自分は遊女を囲って乱痴気騒ぎ、その間は少女を離れた場所で1人ひっそりと過ごさせる。
端から見ればヴァリスのやっていることはかなり『アレ』である。
「ちっ……、飲み直すか……んあ?」
荒っぽく少女の頭から手を離すとヴァリスはさっきまで自分が居たテーブルに目を向け……そこに居る遊女達が顔を青くして引き攣った表情を向けていることに気付く。
「ああ? ……あ。あー、あー、……はいはいはい」
最初は訝しげにしていたヴァリスも、自分の格好を見直して気付く。自身は傷を負っていないが、その身には血が多く付いていた。それに外からは今も叩きのめした男達の呻き声が響いてくる。
「……本当にお前を拾ってから碌なことがねえ……」
「ひうっ……ぅぅぅ……」
少女の頭にヴァリスは手刀を落とす。ビシっと音が出そうな勢いの……だがかなり手加減されたそれを食らった少女は頭を押さえてすすり泣くような声を上げる。
ヴァリスはそんな少女を無視すると懐から小袋――財布を取り出すとそれを遊女の方へ投げ渡す。
「おら、受け取れ」
「きゃっ……え?」
それを咄嗟に受け止めた遊女の1人はその財布の重さに面食らう。
「そっから店の支払いして……残りはてめえらで分けろ。俺は白けたからもう帰る」
「え? え、え……えっ!? ……えええ~~~っ!?」
遊女は財布の中にある十数枚はある金貨、そしてそれより価値の高い聖銀製の硬貨などを見て驚きの声を上げる。
都市に住む一般の者が星一つ約1ヶ月)で稼げる金貨の数が1・2枚ぐらいだと知ればこの金額が目を見張る物だと容易に理解出来る。セーギの前世で言うなら数百万から一千万円近い金銭を簡単に投げ渡したことになるのだ。
「……行くぞタルラ、ボサッとしてたら置いてくぞ。……他に行く場所があるんなら止めやしねえが?」
「っ……い、行く。付いて……行く」
タルラと呼ばれたフードの少女は歩き出したヴァリスの後を追いかける。
「……けっ。……おうマスター、迷惑掛けたな」
「い、いえ……又のご来店をお待ちしております」
ヴァリスはタマラが付い来ているのを一瞥すると最後に酒場のマスターに一声掛けてから大股で歩き去って行く。その後ろをタマラは小走りで追い掛けていく。
店から出て行く2人。それを見送る冒険者達とセーギ達。
「…………」
「……じゃあセーギさん、私達は外に転がっている彼らとお話しをしましょうか。……あの2人のことは、後回しにしましょう」
『キュゥ』
「……わかった」
セーギはヴァリスとタルラの姿を薔薇色に輝く瞳で見ていたが、ロベリアの言葉を聞いて返事を返す。セーギの足元にはマリーが来て鳴いている。ほとぼりが冷めるまで邪魔にならないように店の端に居たのだ。
セーギは一端ヴァリスとタルラの2人のことを記憶の片隅に置くと、ロベリアとマリーと共に店外で倒れ伏している男達へ歩み寄って行った。
――――――
名:ヴァリス・ヴァナラ・ハリヤ
種族:普人
性別:男
年齢:22
レベル:458
スキル:勇者、強靱なる生命、魔氣武闘、剛力、剛体、操勁、雷撃、拐棍術、命令権
称号:英雄、勇者、猴仙の勇、所有者
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勇者:勇者とは希望なり。絶望という闇を照らす光なり。
猴仙の勇:猿人族の成人の儀を乗り越え、その身に雷の神通力を宿した証。
所有者:【誓約】を刻まれた者への命令権を得る。対象:タルラ・アルカイド
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名:タルラ・アルカイド
種族:熊人
性別:女
年齢:15
レベル:218
スキル:強力、頑強、斧術、体術、【誓約】
称号:奴隷、復讐者
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【誓約】:以下5つの【刻印】によって心身に刻まれる束縛。
【呪】:権利者の命令に従う。
【委】:行動・五感・魔氣・生理機能。
【叛】:痛覚増大・肉体傷害・精神傷害。
【解】:〈復讐の魔窟〉を踏破。
【主】:ヴァリス・ヴァナラ・ハリヤを所有者(暫定)とする。
奴隷:物を言う道具。その扱いは所持者に委ねられる。
復讐者:奪われた者は忘れぬ。何時かその牙と爪を憎き相手に突き立てる為に―――




