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9.魔王敗北!

 青き鬼の魔王と聖騎士の少女による激しい戦いが在った。……ほぼほぼ少女、シータ・トゥイーディアが一方的に魔王に対して攻撃を仕掛けると云う状況ではあったが……

 最後に、シータは全身全霊を込めた現時点で放てる最大最強の攻撃を魔王へと炸裂させた。


 浄化の光が迸り、その輝きが廃都を包み込んだ後……だんだんと小さくなり消えていく。


 光が収まるのと決着が付いた事をシータが知るのは同時であった。

 ―――その結末はシータの予想を全て外す物だった。


『……気は済んだか?』

「――――――」


 シータは目を見開き魔王を見上げる。自分が起こした結果に驚愕するように、剣を突き出したままと云う戦士として致命的な隙を晒す体勢で。

 信じられない面持ちでシータは魔王を呆然と見る。


「な、なん……で……」


 これまで戦いでシータが繰り出した斬撃の全てが敵の急所を斬り裂き殺す物。それは最後に放った全力の一撃も例外で無く。

 殆ど全ての生物の急所たる心臓を見事に貫いていた。貫いているのである。突き出した刃は根元まで深く刺さり鋒は背中側へ完全に飛び出している。

 それなのに。


『シータと言ったか。君に少し話し……いや、頼み事か。それがある』


 魔王はシータの剣に心臓を貫かれたまま、揺るぎ無い姿でそこに立つ。そうして威厳に満ちた声で朗々と語り掛けた。


「――――――」


 シータは絶句する。全力を込めて心臓を穿ち、更には全力の浄化をも併せた一撃。それを受けた筈の魔王はしかし、一切の痛痒を感じていない様子で眼前に在り続ける。こんな一撃など、自分にとって取るに足らないとでも云うように。


「―――た……」


 自身が取る行動の全てが無意味であると見せ付けられ、普通の人間ならこの時点で心が折れてもおかしくはない。それだけ埒外の存在であるのが眼前に佇む魔王。

 だがシータは違った。


「……頼み、とは……何ですか」


 既に覚悟を決めている彼女は折れない。

 恐怖を感じても、希望など見えなくても、己の無力さを見せ付けられようとも。シータが膝を折る事は決して無い。

 青い輝きを宿す瞳はただ前を見据え、剣よりも鋭い意志を突き付ける。


(……私達“聖女”は、人間は元より悪魔にとっても特別な存在。……だからっ)


 悪魔(デーモン)は聖なる存在を邪に堕とし、それによって【悪神】の力を高める。それは聖女であるシータの身も例外では無く……だからこそ彼女はただで死ぬ訳にはいかなかった。少なくともシータはこの廃都に居る仲間であり、そして親友でもある少女の命だけは何としても救おうと誓っている。

 己の命一つでこの事態に終止符が打てるなら、シータは迷う事無くその選択をする。


(例えこの身が犠牲になっても……彼らは、あの娘だけはっ―――!)


 だから……魔王の次に起こした言動はシータにとって予想外であった。


『後始末を頼む』

「……へ?」


 青い手が刃を掴む。そして胸を貫く剣を一気に引き抜く。穴から多少ではあるが赤い血が噴き出し刀身を赤く濡らす。

 魔王は胸に空いた穴に頓着した様子も無く大仰な手振りで少女に声を掛ける。その姿はまさに威風堂々とした物。


『―――強き戦士よ!! どうやらこの勝負はお前の勝ちのようだな!!』


 そんな事を言い放ち、派手な動作で振り返ると……魔王は明後日の方へ駆け出す。


「……え?」

『剣聖シータよ!! 今度は違う形で出会おう!!』

「え?」


 呆気に取られるシータを置き去りに、凄まじい速度で走り去っていく魔王。しかも最低限周りに被害が出ないように速度を加減しての器用な疾走。それで魔王は一直線に駆け抜け廃都を囲む森の一角目掛けて一目散。


『さらばだ!!』


 別れの言葉。それを最後に魔王は森の中へ、山脈が存在する方角の森へ姿を消す。


「……? え? え? ……え?」


 残されたのは意識の無いおよそ二万の兵。そして事態に追い付けていない少女シータ。

 聖剣パドマーに付着していた魔王の鮮血が浄化の力によって蒸発し、その薄く透き通る刀身に輝きを戻す。

 いつの間にか太陽は中天から下り始め、正午を越えた事をその日差しで伝える。

 廃都に静寂が戻ってきた。


 ―――……聖女は魔王を撃退した!




 ◆◆◆




 麗しき剣聖に華麗に撃退された魔王ラーヴァナ……正義は森の奥へと進む。そして可能な限り自分の気配を絶つ。そうして誰にも追われず気取られていないと確信出来る場所まで来た時、彼はようやく立ち止まった。


『……ここなら、大丈夫か?』


 適当な倒木を見付けてこれ幸いと腰掛ける。座り込むのが魔王の巨体だ。その重量を受け止めた倒木は軋みを上げてこれを悲鳴とするが……折れも砕けもせずに見事重さに耐え抜いた。


『ふぅー……』


 一息吐くと正義は胸を押さえる。心臓を貫くように空けられた刺創があった箇所である。


『―――すんごい痛かったぁ……』


 そうして正義は咽び泣くような情けない声で泣き言を漏らす。その姿には魔王の威厳もへったくれも無かった。


(え、何? すんごい痛かったよアレ。よく死ななかったなこれ)


 魔王のスキル【夜天ノ不死鬼(アクシャルラ)】が発動して傷を癒やしている。宵闇のような黒い靄が負傷部位に取り巻き再生させていく……だがしかし、それもじわじわとしか進まず中々完治しない。


(もしかして“聖属性”に弱いとか? 確かにボスだった時も聖属性は弱点だったけど)


 一番痛かったのは光が炸裂した時だった。体内で焼夷弾でもバラ撒かれた気分である


『……“神経活性治療”の経験がなかったら絶対に悲鳴上げてた』


 正義は生前に受けた、動かない肉体を『強制的に活動可能状態に復元させる治療』であるところの通称神経活性治療を思いだしてげんなりする。あれは想像を絶する物だった。

 隕石(プロメテウス)から採取された金属、正式名は別に有るが2040年代では“エピメテウス”という呼称が一般化したその金属を触媒に開発された“量子転換式神経回路構築再生移植術”は一定の効果を得た。……だが当の乱麻正義の本人に対しては延命以上の効果は無く、主治医であった『先生』は申し訳無さそうに彼へ謝罪していた。―――それでも正義の体を使った人体実験染みた臨床試験は決して無駄では無く、その後大勢の人々が救う事に貢献したのだが……それはまた別の話し。


 そんな術式過程が途轍もなく痛かった。使えない神経をバラバラに分解して健康な状態へ再構成する。それが起こした痛みはあらゆる苦痛に慣れ始めてきた正義にとっても筆舌に尽くしがたい物だった。


『―――あ、治った。……はぁ、良かった』


 ようやく傷が完治したお陰で正義は体の底から安堵の息を吐き出す。生身の延長に在る生体装甲、それに空いた穴も心臓と同様にビキリと音を立てながら塞がった。


 安心して気を抜く正義。……そうして気を抜けば心の隅に押し込まれていた罪悪感が頭を出す。


『……あの娘に押し付けちゃったなぁ。悪いことしちゃったなー』


 正義は自分がしでかした所業……二万人に及ぶ兵士の意識を刈り取った惨状とその後始末をシータに押し付けて逃げ出した事に対して今更ながら深く後悔する。


『やっぱり俺も手伝った方が良かった気が……いや、でもまた何かの拍子でスキルが暴発するのも怖いし。……ぁああ~……正解がわからない~』


 頭を抱えて呻く鬼。外見はどれだけ厳つくとも中身は17歳の少年。どんな状況に在ろうと常に最善手を打てる事など出来る筈も無く……かと云ってそんな言い訳で後悔や罪悪感が消える訳でも無し。自分の心を誤魔化す事が出来ずに正義は実に心苦しい思いを味わう。


『―――てゆうか性能変わりすぎだ。一体全体どうしてこんなことに……前と一緒だったらこんなに困らなかった』


 〈NSO〉時代の魔王は確かに強かった。しかしステータス的に見ればそう飛び抜けた物では無かった。4ヶ月に一度の中型アップデートの際も多少の修正が入る事はあったが、それも全体のバランスを調整する理由であって戦闘力が激変するような修正は無かった。


『異世界。転生。……生身。ゲームのデータじゃなくて生物の能力(スキル)に変化した?』


 ゲームでの威圧系スキルの全てが能動発動型(アクティブ)だった。しかし今のスキルは肉体や精神に由る物と化したと正義は推測する。それはつまり、この身に宿るスキルは全て能動発動型(アクティブ)であり常態発動型(パッシブ)になったと云える。

 だからあの時、邪竜と相対した際に【羅刹王ノ覇気(バイラヴァ)】が感情の昂りに呼応して発動された。それはデータ管理されてON/OFFを行う仮想世界(ゲーム)とはまるで違う、現実(リアル)


『……でも、ゲームじゃないなら“レベル”って何だ? あと称号……いやそれよりも先ず“ステータス”なんて物自体そもそもおかしい。他の人もこういうのが見えたりするのか?』


 あの邪竜とシータは如何様にしてか正義の強さを程度に差は在れ見抜いていた。その事実から何かしらの個人情報を見通す術はこの世界に在ると想定出来る。


『情報が足りないな……』


 そうして正義は一人で考え……自分が取るべき行動、その方向性が多少見えてきた。


『なら当面の目標は―――』


 初めは生きている事実に驚いた。

 次に現実で動く肉体を得た事に狂喜した。

 そして邪竜の存在に嫌悪感を抱いた。

 その後直ぐにシータという騎士と剣を交わし―――また会おうなどと口走ってしまった。


 言う必要など無かった筈なのに。正義は気付けばあの言葉をシータに向けて声に出して伝えてしまっていた。まるで誰かと会話するのが楽しかったように。まるで別れを惜しむように。まるで―――


 まるで、出会ったばかりの少女に心惹かれたように。


『街を目指す』


 街を目指す。正義はフッと湧いてきたむず痒くなるような想像を脇に置くように当面の方針を口に出した。

 向かうべき方向性が見えれば後は実際に行動するのみ。正義は人が住む街へ向かう為にスキルの中から有用そうな物を試してみる事にした。


『……えーと、【人化】ってどんな感じかな? 電脳分身変更(アバターチェンジ)みたいにー……あ、いけそう?』


 豊富な経験と逞しい想像により正義は使い心地が変化したスキルを無事に発動させる事に成功。彼の肉体がスキル【人化】の効果によって変化していく。

 魔王ラーヴァナの頑強なる巨躯まるで液体化したように溶けて輪郭が曖昧になり、硬さや重量を失ったように縮んでいく。

 みるみると形が変わり……普通と云える人型へと固定されていく。


 ―――この【人化】がまた正義の悩みを増やす事になるとは……今の彼に知る由も無かった。

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