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86.新たな仕事とお誘い

 お茶を飲みながらセーギとシータとルミーはこれからのことを話していた。


「―――これが〈エリニア連邦国家〉です」


 ルミーはテーブルに広げた地図を指差しながらセーギに説明する。〈エリニア連邦国家〉は〈アヨーディ王国〉の西側に隣接する国であり、国土はほぼ同じ位か僅かに〈アヨーディ王国〉の方が大きい。


「この〈エリニア連邦国家〉は〈アレークトー〉・〈ティーシポネー〉・〈メガイラ〉の3国からなる連邦国家です。セーギ様にはこの内の〈アレークトー〉へ向かって欲しいのです」

「……じゃあこの2国を越えていくことになるのか」


 〈エリニア連邦国家〉は楕円形の国土を縦に三分割したように別れている。

 東が〈メガイラ〉、中央が〈ティーシポネー〉、そして西に〈アレークトー〉。

 だからセーギが言ったように目的の国に行くには2国を越える必要がある。


「通行証とか身分証とかどうしようか? 一応時間があった時に〈冒険者ギルド〉で作ってもらった“認識票”があるけど」

「えっと……、それでも通れるけどセーギ君はまだ|銅〈カッパー〉クラス……10級だったよね? 昇級をしてる暇なんてなかったから仕方が無いけど。それだと入国審査の時にちょっと時間が掛かると思うの。|聖銀〈ミスリル〉以上の上位クラスなら優遇措置があるから早く通してくれるけど、多分余計な時間が掛かるわ。……だから教会から通行証を預かって来てるの」


 シータから差し出された金属製の板――前世での磁気カードに近い形態の物――をセーギは受け取る。その通行証にはヴィージャル教の聖印と共に文字が刻まれている。刻まれていたのは名前であり、それはセーギのよく知る者の名前であった。


「……司教のジャナカさんの名前はわかるけど、シータとルミーの連名もある」

「私とシータちゃんの名前が在れば普通よりも通りやすいと思います。ですので書かせて頂きました」

「有事の際に私やルミー……“聖天戦乙女(アルテミス)”の面々が国境を越えやすいようにしてるの」


 セーギはシータの若干得意気な表情にほっこりしながら通行証を見る。やはり聖光教会に所属している聖女、しかもその中で“聖天戦乙女(アルテミス)”の名を持つ者はVIP待遇のようだ。それだけ彼女達の能力と働きが世界的に重要であると見なされていることの証明……そう考えながら通行証を見ていてセーギはあることに気付く。


「……あれ? これを渡してくれたってことは、……2人は来られないの?」


 そもそも名前の入った通行証が無くとも、『本人』が居ればこんな署名は必要無いのである。それなのに2人はこれを受け渡しに来た。

 セーギの疑問は当たっていた。シータとルミーは目に見えて落ち込む。


「そ、そうなの……本当は付いていきたかったんだけど……」

「もうそろそろ“封印の儀”が行われるので……私達はその準備です」

「“封印の儀”……それって悪神の封印のやつだよね?」

「うん。そうよ」


 この〈城塞都市クルルス〉もそうであるが、“要地”と呼ばれる場所では定期的に“聖女”によって祈祷を捧げて『封印』を保っている。


「前回の“封印の儀”からもう星一つ移る時間が経つから……後二週間も日が無いの」


 この世界では一週間は8日であり、星一つは48日となっている。

 前回の“封印の儀”はセーギがこの世界にやって来る3日前に行われたので現在で31日目。


「それにサクラちゃんにも儀式の手順や使用する聖具に心構え、それらの必要なことを教えておきたいですし、私達が居るなら万が一も起きないですから」


 儀式は2日掛けて行われるので準備や当日のことを考えればもう16日も無いことになる。


 新米聖女であるサクラの教育を兼ねてシータとルミーはこの都市に残り“封印の儀”を執り行う。これは重要な勤めであり、“要地”に1人でも聖女が居れば儀式を行えるように備えて教導しておかなければいけない。


「そっかぁ……じゃあ仕方が無い、か……」


 セーギの心に何とも言えない気持ちが湧いてくる。

 出会いから色々とあった。剣を合わせ、共闘し、そして何気ない日々を過ごした。

 前世で言う一ヶ月ほどの期間。

 期間で見るとそう長くない関係だが、国を離れて別れることになると……やはり寂しい。

 しかしそうも言っていられない。お互いに『やるべきこと』が在り、絶対に成し遂げるという意志がある。「寂しくなるからやらない」と言うのは色々と駄目すぎる。


 それにこの場に居る3人の能力は規格外である。会おうと思えば自分の脚で走れば直ぐに会いに行ける。通常の手段なら手紙や通信魔道具を利用すれば連絡を取り合うことも可能だ。


「―――わかった。俺に任せてくれ。きっと良い報告を持ってくるよ」

「ありがとうございますセーギ様」

「……ありがとう、セーギ君」


 ルミーはテーブルに広げていた地図を丸めるとこれもセーギに渡す。道中で確認するのに便利であろうと初めから贈る為に持ってきた物であった。セーギはその地図を有り難く受け取ると、通行証と共に“魔法の道具袋”の中に仕舞っておく。


 そして話しはセーギが出国してからの話しになる。

 それは友人でありここまで共に来たマリーと、弟子にしたナーダのことであった。


「マリーは勿論連れて行くつもりだったけど、……問題は、ナーダのこと、だっけ?」

「そうよ」

「これは教会の要請ではありません。ですので断って頂いても大丈夫なのですが……」


 シータとルミーは居住まいを正すとセーギを見詰める。セーギもそんな彼女達を見詰め返す。


「……『国』からのお願いか……。俺、ナーダの師匠だから話しを通しておきたかったのかな?」


 そしてセーギは先程伝えられたことを口にする。


「ナーダを『王女様の護衛』にねー……」


 セーギは自分に頼まれた『仕事』と『これから』のことを慎重に考え始めた―――


 ◆◆◆


 協会内にある修練場にサクラの姿があった。


「―――【浄化(パージ)】」


 その力ある言葉と共にサクラの突き出した右手から光弾が出現する。

 光弾の大きさは掌で隠せる程度。それが手の先で静止している。


「このまま……留める……っ!」


 少しでも集中を切らすと光弾の輪郭がブレる。ブレが発生すればそこから力の損失(ロス)が発生する。それは『無駄』であり、最大限の効果を発揮できないことを意味する。

 求める結果は一切のブレが発生しない完全なる状態。

 サクラは光を映さない目を見開き、体を震わせながら光に意識を集中させ続ける。額に玉の汗が浮かんでくる。息が苦しくなる。

 小さな光弾。しかしサクラはそこに有りっ丈の力を注いでいる。全力を込めた【浄化(パージ)】を彼女は更に全力でこの場に押し留める。

 魔力と氣力、そして体力と集中力が急速に失われていく。


「……っぅあ……っ!」


 だから限界が直ぐそこまで迫る。

 右手の震えが激しくなり、その震えは膝にまでくる。全身から汗が噴き出る。

 それでもサクラは光弾を維持し続ける。

 限界がくる。

 だが彼女は踏み込む。限界の、その先へ。


 ―――光弾。……それが散る。

 光の粒子に変わったそれがサクラの手の先から飛散しそうになる。

 失敗? いや、違う。ここから、ここからである。


「―――っ!! 聖なる岩石よ、悪しき者を射貫く矢となれっ――【石の矢(ストーンアロー)聖纏(ハロスマイト)】!!」


 無骨な石の矢――肘から先程の長さの、槍の先のような形――が生成され、それに押し留めていた光の粒子が吸い込まれる。

 そして光をまとった石の矢が撃ち出された。サクラは低位の魔法【石の矢(ストーンアロー)】に【浄化(パージ)】の力を宿して発動したのだ。

 石の矢が飛んでいく先には標的として置かれた木偶人形がある。魔法が付与されているその人形は僅かに発光している。

 そして着弾。石の矢は人形に当たった瞬間に爆散する。

 標的は土煙の向こう側にその姿を消す。


「……はぁ、はぁ……はぁ……」


 サクラは今にも膝を着きそうな脚に力を込めて立ち続ける。それは彼女自身が起こした事象、その結果を確かめる為である。

 土煙が晴れる。人形の影が出てくる。その姿は―――


「―――あ」


 人形の胸部は大きくへこみ、修練場の地面に倒れ伏していた。


「や、やった」


 これは試験であった。

 あの木偶人形にはルミーによって守護結界を施されていた。その防御力は高く、この守りを越えられなければ敵にダメージを与えられないと言ったのだ。――その想定された敵の防御力はあの“赤獅子”の首領であるレグルス、その者が守りに徹した時の物を基準にした。

 この結果が意味するところはつまり、サクラがあの日一矢報いることも出来なかった遙か格上の相手、その防御を限定的ながら越えられる力を手に入れたということである。


「やったぁ……ぁぁ……ふぁ? あれぇ……?」


 ―――しかし限界を越えた反動が来た。

 “反響定位”で脳裏に描いていた世界が霞む。平衡感覚が狂う。

 立っていられなくなったサクラの体はゆっくりと背中から地面に倒れるように傾いていく。

 受け身を取る体力すら残っていない。このままでは倒れる。


「―――お疲れ様ですサクラさん。素晴らしい一撃でした」

「……ぇ……?」


 しかしサクラは倒れなかった。

 サクラの体を背後から支える者が居たからだ。たった今までその存在に気付けなかったのは魔法行使の集中で周りへの注意が疎かになっていた為である。

 サクラは虚ろな瞳を背後に居る人物へ向ける。


「あ、ありがとう……ございます」

「いいえ。……あ、ご自身で立つのはもう少し息を整えてからで宜しいかと。……ええ本当に素晴らしかったです。“収斂”の役割を果たす“土属性”であっても難度の高い『魔法の複合』、それを行うなんて……並の集中力では出来ません」

「……そ、そんな……私なんて、まだまだです……」


 サクラは助けてくれた声の主の言う通りに自分の調子を戻すことを優先する。限界を越えて集中を維持していた反動で頭が酸欠でも起こしたかのようにクラクラするのだ。

 息を整えながらもサクラはある程度回復してきた“反響定位”で自分の背後に立って支えてくれている相手が誰なのか音で視る。


 性別は女性。背は自分よりも高く160近くある。それに付随するスタイルは言わずもがな均整が取れた美しい流線を描いている。胸の大きさは背中に当たるそれで大きめの部類に入るのがわかる。そんな肉感的な肢体に仕立ての良い衣服をまとっている。

 それらの情報からサクラは背後に居る女性を自分よりも年上の人だと判断する。彼女はどうやら初めの方からサクラの修行を見ていたようで、サクラの達成した結果を手放しで称賛している。


「あの、本当にありがとうございます。もう自分で立てそうです」

「本当ですか? 無理はしては駄目ですよ?」

「はい大丈夫です……どうでしょう」

「……うん……大丈夫そうですね。良かったです」


 サクラは自分の脚で立つと振り返り、後ろに居た女性と向き直る。


「あの、……失礼ですが貴女は……?」


 サクラは心底申し訳無そうに女性が誰なのかを尋ねる。相手は自分を知っているようなのに、自分が相手を知らない状況に罪悪感が湧いているのだ。

 しかし女性は気を悪くした風など一切無く微笑む。


「ああ、申し遅れました。こうして顔を合わせるのは初めてでしたねサクラさん。私の名は―――」


 知らない女性。その筈なのに、サクラは彼女のことを何処かで知っている気がする。

 貧民街(スラム)の片隅で生きていた頃では聞く機会など巡ってはこなかったと断言出来る。これはそういう類いの……声だけではなく、その立ち姿や振る舞いから感じられる、……彼女という人間の高貴さが感じられていた。

 その声は確か式典で聞いたような―――


「―――そうですね、とりあえずセーちゃんと呼んでくれませんか?」

「セ、セーちゃんですか?」

「はい」

「で、でも、そんな……」


 しかし彼女はそんな高貴さなど何処吹く風といったように親しみやすい呼称を口にする。

 それに対してサクラは当然戸惑う。相手がどう言おうと既に貴族に類する身の上であることを察しているのだ。そんな状態で急に親しくするなど畏れ多いと感じているのだ。

 そんなサクラの感情を理解してなのか、セ何某(なにがし)はコロコロと笑うと手を差し出す。


「そう固くならないでください。だって私達、年齢に違いは無いんですよ?」

「……え、……ええええっ!?」


 サクラの脳裏に過ぎるのは『絶対に嘘だっ』といった感情だった。だって発育が違いすぎる。身長は頭一個分近くは離れているし何より、胸やお尻の起伏の大きさが違いすぎる。サクラの手が無意識に自分の胸に向かってしまったのを誰が責められようか。

 その手をセ何某は両手で優しく包むように握る。


「周りの人と比べて確かに成長は早かったですが……これでも12歳、同い年です。もっと砕けた態度で構いません」


 セ何某は悪戯が成功したような、ちょっと意地の悪い笑顔でサクラを見ている。


「あ、あの、セ、セーちゃんさん?」

「……っ! ……ふ……っ! くふっ……何で、すか? その呼、び方……ふふっ」


 緊張が抜けきっていない所為で変な呼び方になっている。

 それがツボに入ったのかセ何某は笑いを堪えようとして失敗している。

 それが無性に気恥ずかしくなったサクラは顔を赤くして言葉を続ける。


「……セーちゃんは、その、どうして、ここに?」


 セ何某という人物は根っからの貴族に見える。そんな人物がどうして教会の、一部の者しか利用しない修練場に足を運んでいるのか。その質問にセ何某は「ああ」と今気付いたかのような声を上げる。


「それはですね、サクラさんに会いに来たのですよ」

「私に、ですか?」

「ええ。その為にここまで足を運びました」

「それは……私に何か御用が?」


 これまでの人生で貴族の人と接点など持ったことがなかったサクラは、彼女のような人物が自分のような者にいったいどんな用が有って来たのか理解出来なかった。

 セ何某はサクラの手を握ったまま穏やかに笑う。


「そうですね、用件というのは……お願いしたいことが有るのです。……そしてそれは少しばかりサクラさんのお時間を頂くことになります」

「お願い……私に?」

「ええ。それに貴女だけではなく、……ガガナーダさんにも」

「……ナーダも? あの、ナーダは色々何でも出来る子だからわかりますけど……私なんかにもお願いしたいことっていったい……?」

「御2人だからこそ、頼みたいのです。……ああ、期日は2・3週間ほど先になるのでサクラさんが“封印の儀”を体験した後でも全然構いません。ですので―――」


 サクラとナーダ。2人に頼みたいこと。


「―――サクラさん。ガガナーダさんと共に私と『帝立学園』に入学してくれませんか?」

「――――――」


 それはまさに青天の霹靂。

 直ぐにはそれを理解出来なかった。しかし、じわじわとその意味が頭の中に染み込んでいく。

 セ何某は微笑むと、その握っていた手を離す。


「返事はそうですね……10日以内に頂けると助かります。貴女の先生であるルクミニー様かガガナーダさんの師であるラーヴァナ様のどちらかにお伝えして貰えれば」

「へ? あ、あの……っ」


 それだけ言うとセ何某は修練場の出入り口まで歩いて行く。

 扉に手を掛けると彼女は一度止まり、そして振り返る。


「最後に1つだけ。……私は御2人と学園に通いたいと思っています。なので色の良い返事が頂けるのを期待しています」


 それを最後にセ何某は修練場から立ち去った。

 ただ1人残されたサクラは混乱したまま閉じられた扉を眺め、ぽつりと声をもらす。


「……ど、どうしよう……」


 残念ながらこの場に答えを返してくれる者は誰も居なかった。

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