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85.学園の女帝

 

 ◆◆◆


 〈アヨーディ王国〉が国土を持つ西大陸。その西大陸を〈ゼントラー海〉で隔てて存在する東大陸。その東大陸には両方の大陸を合わせて見ても最も大きな領土と勢力を持つ国が存在する。

 その国の名は〈ヴァルトラウト帝国〉。首都は中央部に存在する〈帝都グンター〉。


 〈帝都グンター〉にはこの世界で最も大きく最も高い教育を施す“学園”が存在している。

 この学園は他国からも広く学生を募集しており、初等舎・中等舎・高等舎・徒弟舎などの区分があり、それら全てを合わせた学生在籍数は6千人を超え、教師数も5百を超えている。

 一番下の初等舎は6歳から入学資格を与えられ、自身の能力によっては年齢に拘らずに中等舎や高等舎から入学することも可能である。――知友を得るという観点から見れば同年代が集まる学舎に入るのが一般的であり、飛び級のようなことをする者は希である――この学園での教育は多岐に渡り、生徒は在籍中に様々な分野の知識や技能を習熟していくことになる。


 知識を貯め、知恵を磨き、見識を深める。骨子を知り、肉体を育み、技を身に付ける。

 こうした高い能力を手に入れた人材を多く抱えることによって帝国は強大な国力を持つに至ったと言っても過言ではない。全員が全員、帝国に属する者達というわけではないが、通っている帝国臣民が5分の3を占めることを考えれば……将来的な国力が約束されているような物である。


 〈ドラウプニル帝立学園〉はまさに帝国の繁栄と強大さの証と言えよう。


 ――――――


 学園での学舎における就学年数は初等舎から順に4年・3年・3年・4年となっている。そして年齢の目安は、初等舎が6~10歳。中等舎が11~13歳。高等舎が14~16歳。徒弟舎がそれ以上という風になっている。年齢はあくまで目安なのでこれに合わない学生も勿論存在している。


 そんな学園、その高等舎には〈ドラウプニル帝立学園〉始まって以来の“天才”が在籍している。

 15歳にしてその能力は高等舎はおろか徒弟舎ですら対等な者は存在せず、既に学園に在籍している理由が親から命じられた『人脈を広げる為』のみに絞られている。……しかし彼女はその類い希なる能力の高さと美貌でこの学園の衆目を独占している。自分から動かずとも周りが勝手に集まりお近づきになろうと努力する立場である。


 黒のブレザーに赤のスカーフ。学園の制服であるそれを着た少女は学園寮から学び舎に至るまでの道を歩いて行く。アッシュブロンドの髪をポニーテールにし、揺れる髪の内側は鮮やかな緑色をしている。


「アネモネ様だわ」「今日も麗しいわぁ」「この間の実技も満点だったらしいぞ」「流石我が校きっての才媛」「大したものですね」「め、目が合ったわっ、アネモネ様と目がっ」「違うわよ私と目が合ったのよ」


 身長は150㎝と小柄だがそれと不釣り合いな大きな胸をしている。しかしそこに下品さは皆無であり、彼女が身に纏う雰囲気がそれを高貴な天上の美に押し上げている。


 彼女―――アネモネ・ダラニ・ボレアスは自分を遠巻きに見ている同じ学び舎の生徒達に挨拶をする。


「おはよう皆さん。今日は良い青空ね」

「っ!!?」


 そのたった一言で生徒達に緊張が走る。


 その目はまるで有り得ない物を見たかのように見開かれている。

 事実、生徒達はこれまで想像だにしていなかった事態に遭遇したのだ。

 そんな生徒達の様子を気にすることもなくアネモネは悠々と歩いて行く。通り過ぎていく時になってやっと正気に戻った彼らは「お、おはようございます!!」「御機嫌ようアネモネ様!」「本当に今日は良いお天気です」と挨拶を返した。


 アネモネは赤紫の瞳、猫のような印象を受ける吊り目で生徒達を一瞥するともう返事をすることもなく歩き去って行く。

 そのアネモネの後ろ姿を生徒達は呆然と見送っていた。


 ――――――


「アネモネお嬢様~~!」


 1人でこの学園にある大きな学舎へ向かっていたアネモネの後を追うようにしてきたのはメイド服姿の少女だった。アネモネ同年代で同学舎、しかしメイドの少女は年相応で普通な身長と体型をしており、2人が並ぶとアネモネの小柄さと胸の大きさが際立つ。肩口で切揃えた明るい茶色の髪。その頭の上には大きめな犬耳が生え、輪郭に沿うように垂れている。

 獣人種(セルリアン)の犬人、キオネ・ベロニカ。アネモネの従者である彼女は駆け寄る勢いのままアネモネの隣りに辿り着く。キオネはアネモネから隣りに立つことを許されている数少ない人物でもある。


「……どうした? キオネ」


 アネモネはキオネを目だけで見上げる。


「ど、どうしたってアネモネお嬢様、それは私の台詞でございます。いったいどうなされたんですか?」

「……俺が? どうしただと? 何のことかわからないな」

「ちょ、お嬢様っ!? 口調! そんな男性みたいな口調は駄目だって何時も言ってるじゃないですか!?」

「今はキオネしか居ないだろ。なら俺がどういう言葉遣いで話そうが自由だ。それに俺の“風絶”の範囲内に誰かが入り込めば直ぐに探知出来るし会話だって外に漏れないようにも出来る。……何の問題も無い」


 アネモネは素知らぬ顔で言い切る。それにキオネは肩を下げて項垂れる。


「問題大有りですよ~~……。アネモネお嬢様は栄えあるボレアス家の次期当主なんですよ? それにこの帝立学園の首席で更に“聖天戦乙女(アルテミス)”の称号も戴いてる聖女様じゃないですかあ。それなのにこんな……外見詐欺です~~~……!」

「ふん。……そんな物、勝手に付いてきた肩書きでしかない。俺はそのどれにも興味が無い」


 キオネの嘆きを無視してアネモネは立ち止まる。

 そして人差し指を立てて天を指差す。


「俺が望む物はただ一つ。“最強”の称号だ」


 最強。そう言ったアネモネの目は遙か先を見据えている。


「最強って……アネモネお嬢様に勝てる人なんて……以前共闘した“剣聖”様ぐらいじゃないですかあ。それ以上の強さなんて当主様も奥方様も望んでいませんよお……。それより素敵な殿方を探しませんか? アネモネお嬢様の実力なら好きな勇者様を選べますよ」


 勇者。その単語を聞いて目に見えてアネモネの機嫌が悪くなる。


「キオネ。悪いが俺はあんな軟弱者共、……俺の肩書き以上に興味が無い」

「な、軟弱……。勇者様で駄目なら相手がいないじゃないですか……」

「あれに股を開くことを考えただけで怖気が走る。『もうマジむり(かっこ)迫真(かっことじ)』と言うやつだな……」

「言い過ぎですよ!? 勇者様方はそこまで酷い方じゃないですから!? あと変な言葉も使っちゃ駄目です品がありません! 何処で覚えてくるんですか!?」


 アネモネは肩を竦めると近付いて来た学舎へ歩を進める。


「知らん。……ふとした瞬間に『脳裏を過ぎる』だけだ。俺だってこの知識の出所が何なのか知りたいぐらいだ」


 この言葉遣いも、謎の言葉も……“最強”に拘る理由も、アネモネ自身何も知らない。

 生まれ付きそうであったとしか言えないのだ。外面ぐらいは取り繕えるが、こうして気を許した相手の前だと男口調で話し、時折誰にも意味が通じない言葉を使う。そして……異常なまでに強さを追い求める。

 アネモネは自分の大きな胸に手を当てて言葉を続ける。


「知りたいが……だが俺はこれで良いと思っている。何故ならこれが偽ることなき『俺自身』であるからだ」


 堂々と言い放つその言葉に一片の迷いも無い。自信に満ち溢れている。


 キオネはそんなアネモネの我が道を突き進みような生き方に振り回され続けてきた。驚いてひっくり返ったり、危険な目に遭って泣いたりしたことは数知れずある。

 それ故にキオネは自分はアネモネの従者に相応しく無いのではないかと何時も悩んでいる。

 キオネ自身もボレアス家が直々に選定してアネモネに付けることを決めた専属従者であり、その能力は勿論優秀な部類に入る。だがしかし、キオネの強さは精々ただの一流レベルでしかない。

 アネモネの言葉遣いを改めさせることは出来ず、危険だと言われている悪魔に対して躊躇無く戦いを挑むことを止められず、果ては婚約相手を全く探そうとしない……帝国でも名のある貴族のボレアス家の令嬢にあるまじき振る舞い。


 だからキオネは、他のもっと優秀な者を従者に付けた方が良いのではないか? と考え、実際に何度か自分と他の従者を変えたことがある。

 ……しかしキオネはこうして今もアネモネの専属の立場に付いている。それが意味することは―――


「―――だからキオネ。お前は小難しいことは考えず、俺の進む道に付いてこい。何故ならお前は俺の専属なんだからな。わかったな?」


 アネモネ自身がキオネを従者に望んだからに他ならない。相性が良かったのか、それとも他の従者よりも面倒が少なかったからか、……どんな理由であれアネモネはキオネ以外の従者を長く付けることは無かった。誰もが10日も経たずに外れ、結局はキオネが元の鞘に収まることになったのだ。

 言うことも聴かず、無茶ばかりし、強くなることに明け暮れる。他者を省みることなど殆ど無く、ただただ己の道を邁進する。アネモネという少女はそんな自分勝手な振る舞いをする一面がある。


「……はぁ……、はい。わかりましたアネモネお嬢様」


 しかしキオネはそんなアネモネのことが嫌いではなかった。


「私、キオネはこれからも精一杯アネモネお嬢様の従者を務めさせて頂きます」


 圧倒的な能力を身に宿すこの“学園の女帝”が好きだった。自分とは違う、表舞台で脚光を浴びる選ばれし彼女のことが。


 キオネの態度に満足したのかアネモネは力強く頷くと、その小さな体の小さな脚をいっぱいいっぱい動かして歩き出す。そんな彼女の隣をキオネは並んで歩く。


 学舎の入り口を潜る前にアネモネは聞き忘れていたことを思い出す。


「―――そう言えばキオネ。さっきのことだが、……いったい俺の何が気になったんだ?」

「あ、そうでした」


 キオネも忘れていたらしく、はっとして一瞬だけ耳が立つ。


「それは先の『挨拶』のことです」

「……挨拶がどうした?」


 アネモネは不思議そうに首を傾げる。幼気な顔立ちの彼女にはその仕草がよく似合った。


「だってアネモネお嬢様……、普段なら他の人に声を掛けられても言葉なんて返さず軽く手だけ上げるか、酷い時は無視だったじゃないですか? それなのに今日は自分からなんて……」

「……そうだったか?」

「む、無自覚ですか、そうですか……」


 他者に関心が薄い人物だったのだアネモネという少女は。

 キオネは自分が唯一心当たりのあることを口にする。


「……やっぱり、今朝届いた『報告』が理由ですか………? 〈アヨーディ王国〉の王都で発生した悪魔(デーモン)襲来時に“聖天戦乙女アルテミス”の方達が貢献していたとかで、もしかしてそれで機嫌が良いのかと……。ほら、アネモネお嬢様って強い人が好きじゃないですか。以前のことでお気に掛けていた剣聖様のことも報告にありましたし」

「……ああ……」

「しかし星一つ進まない間に向こうは沢山事件が起こっていますね。邪竜討伐、王都上空で発生した謎の(ゲート)、悪魔が率いるオークの軍勢、……そして【醜穢なる邪霊(ダエーワ)】の一角を討滅。……これ、どれか一つでもかなり大きな出来事、で……す……よ……?」


 キオネの言葉尻が窄む。


「……ア、ネモネ……お嬢様……?」


 キオネが驚愕の面持ちで見ているのはアネモネの顔だった。

 そこに浮かんでいた表情があまりに信じられなくて、言葉が上手く口から出なくなっていた。

 それに気付いたのかアネモネは、何時の間にか目元を濡らしていた『何か』を拭ういながらキオネに目を向ける。


「……どうした? 俺の顔に何か付いていたか?」

「あ、……い、いえ……あの、あれ? ……気の所為? でも……」


 その時にはもうキオネが驚愕したアネモネの表情は無くなっていた。今アネモネの顔に浮かんでいる表情は何時もの不遜な表情である。

 まるで先程までの光景が夢だったかのような気持ちになる。


「変な奴だな。……ほら行くぞ。今日は魔法薬の授業があるが、それは苦手だ。手伝え」

「ちょ、ちょっとアネモネお嬢様っ、待って下さい……っ!」


 アネモネはキオネを置いていくようにさっさと歩いて学舎の中に入っていく。

 そんな時、アネモネの心の中にはある一つの事が強く残っていた。

 それは今朝伝えられた情報の中にあった、つまり先程のキオネが言っていた〈アヨーディ王国〉で起こっていた事件に関係する物。その時の戦いで聖女と共に強大な力を見せ付けた『異形の鬼』の存在。


(……青い鬼の魔王。……名前は……そう、……名前は―――)


 何故かその鬼の名を聞いた時、アネモネの心がこれまでのに無いほど熱くなった。それは15年の人生で初めて感じた熱。だからアネモネはその鬼の名を口に出す。

 その言葉は自分以外の誰にも届かない、小さな声だった。


「正義」


 しかし、アネモネから出た名前は……聞いていた物とも言おうとしていた物とも違った。

 それに一番驚いていたのはアネモネ自身だった。


(……? ……せい、ぎ? ……え? ……ち、違う、聞いていた名は……ラーヴァナだ)


 知らない名前。知らない誰か。

 アネモネは自分の口を覆うように手を持ってくる。


「……っ……あ……」


 そして気付く。自分が今、どんな表情を浮かべていたのか。

 先程、キオネが自分のどんな表情を見ていたのか。


 ―――笑っていた。目に涙を浮かべ、自分は笑っていたのだ。


「っ!? ……っ……。……ふぅぅー……何だと言うんだ……いったい」


 アネモネはまた目元を拭うと歩き出す。その踏み出した一歩はさっきまでよりも早く、まるで何かを振り切るようだった。

 学舎内の廊下を靴を打ち鳴らしながら進んでいく。

 その時に、ふと、アネモネは窓から見える景色を見る。


「……こんなに、……綺麗だったか? 青空は」


 上を見上げたアネモネの瞳に映るのは『青空』。それは挨拶をした時にも、無意識に口に出していた空色だった。

 アネモネが見たその『青色』は、どうしようもなく美しかった。―――胸が切なくなるほど。


 ◆◆◆


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