82.円天世界
式典は進行していく。
教会代表で司教ジャナカが魔王との友好を約束する。その後には国王が国を代表して同様に友好を約束した。その声は魔道具の拡声器を用いてこの都市内で聞かぬ者は皆無であると確信出来るほど、広く響き渡る。
王国と教会は友好を唱えた。なら最後に来るのは魔王である。
ラーヴァナは舞台の後ろから前へ踏み出す。只でさえ大きな偉容が前へ出ることでより一層人々の目に触れるようになる。
民衆は息を呑む。胸の奥に溜まった熱は今もまだ渦巻いている。それは陽の下で輝く魔王の姿を見てどんどんと強くなっていく。
「――――――」
国王や司教が人々へ向けて声を発した位置へ、今度は魔王が立つ。
黄金の角は天を向き、青い体は鈍く輝く。腰の左に差した月光の曲剣と右に差した『白銀の大角』が煌めく。
必然。民衆はざわめく。改めてあの異形の鬼がこうして彼らの前に現れ友好を宣言するという事態にどんな理由があり、その種類は数あれど、気が昂っていく。
彼らは今日、歴史的舞台に立ち、その生き証人に成るのである。その興奮が漏れ出しざわめきと化して城門前広場に広がって―――
『―――我が愛すべき命達よ。我が名はラーヴァナ。【真の魔王】である』
マントをはためかせながら広げた両腕。それと合わせるように発せられた一声。それにより広場からざわめきが消える。誰もが魔王の声と動きに意識を引き寄せられた。それは魔王が発する覇気による物だった。
たった一声。たった一つの動作。それにより誰も、この魔王を無視することが出来なくなった。
『〈アヨーディ王国〉の国王シャドル殿、そして聖光教会の司教ジャナカ殿。彼らの友好の言葉、我はそれに胸が震えるほどの喜びを覚えた』
銅色の瞳がゆっくりと左右へ流れる。そこに映る人々の顔をその目に焼き付けるように。
『我はその想いに応えたい。……しかし我は彼らと友好を結ぶ前に成せばならないことがある。それは今日、ここに集まったお前達に、我のことを伝えるということだ』
力強い声が響く。その声に込められた引力とも呼ぶべき『思い』は人々の意識を集める。民衆の目を一身に浴びて魔王は声を上げる。
『簡潔に言おう。―――我はこの世界が好きだ。……愛している』
突然の告白。それにより意識を向けるだけではなく、興味が強く湧く。
『我はこれまで死んだように生きていた。そこには希望も夢も、未来さえ無かった。我という存在は失意の中で消えようとしていた。無力であった。為す術が無かった。……嘆くことしか出来なかった』
強大な魔王である存在から出たとは思えない言葉。何かの冗談ではないのか? そう思われても仕方が無い言葉。しかしそこには一笑に付すにはあまりに込められた感情の熱が強かった。その熱はまるで人々の胸を刺すように焼く。
『そんな時だ。我がこの世界に辿り付いたのは。我はこの世界に来て、救われたのだ』
その言葉に嘘は無いと人々には何故かわかる。頭ではなく心で理解する。
『その思いはこの国で彼女達と出会ったことでより強くなった。この場に今は居ない彼女達のことだ』
魔王が彼女達と呼ぶとき、その声はひどく優しかった。その彼女達とは2人の聖女のことである。本来なら魔王と共に3人で舞台に立ち話すことになっていた。しかしそこに彼女達の姿は無い。
それでも魔王は己が役目を果たしていく。
『我は彼女達がこれまで身命を賭して守ってきたこの世界を―――我を救ったこの世界を守りたいと思った。だから我はあの時、この剣を握り戦場に立った』
腰の左部分に取り付けていた曲剣を鞘ごと掴み頭上へ掲げる。曲剣は陽光を浴びて輝き、人々へ月光を降り注ぐ。
『お前達には信じがたいことかもしれないな。我のような異形の存在がこうして大事な物が在り、それを守りたいと言うことを』
掲げた剣をゆっくりと下ろし、腰に戻す。
『それは仕方が無いことだ。我はこの世界においては恐ろしき存在だ。……だから我はお前達がそうして我を警戒することに文句など無い。寧ろ自衛の意識の高さを称賛する。最後に大切な物を守るのは何時だって己の意志なのだから』
肯定する。彼らの思いを。その言葉は力強くもありながら、全てを優しく包み込むような懐の広さを感じさせる声であった。
『我もそうしてきた。……我は『好きなようにしてきた』のだ。守りたい物を守り、それに危害を加えようとする物と相対し武器を取った』
魔王は少し振り返ると背後へ右腕を伸ばす。その腕に何かを乗せて向き直る。
『我には守りたい物がある。大事にしている思いがある。大切にしたい者が居る。……好きな物がある』
聖獣。魔王の腕には輝く黄金の聖獣、その幼体が抱きかかえられていた。
『この者は我が友、マリーゴールド。この者との友情は我が大切にしている一つである』
聖獣が身に付けた装飾が光り輝く。頭飾りに付いた青い宝石。その青が魔王と重なる。そして魔王は腰の右側に付けた白銀の大角を左手に掴むとそれが民衆へよく見えるように持ち上げる。その大角の輝きは人々の目に熱を帯びさせる。そこに強い魅了が込められたように彼らの目が集まる。
『……そしてこれも大切な物の一つ。我が『助けられなかった』、マリーゴールドの親の遺品である』
助けられなかったと聞き民衆は動揺する。この場にはあの魔王が戦っている姿をその目に見た者が多く居る。あの圧倒的な強さを持った存在が助けられなかったと言ったのが信じられなかった。あれだけ強ければ何でも出来ると無意識に思っていた。
『我は尊敬していた。彼の者を。故に生きていてほしかった。……しかしそれは叶わぬことだった。我が彼の者と出会った時、既にその命の輝きが尽きようとしていた。我が彼の者に出来ることはもう何も無かった』
その声には悲しみの色があった。目の色もその明度を落としているように見える。
魔王は異形である。しかし、こうして悲しみを感じている姿は不思議と、種の違いは無いと感じられた。
『失う事は辛く苦しい。それは我よりもきっとこの場に集まったお前達の方がよく知っているだろう。……その上でもう一つ知って欲しい』
魔王は聖獣を優しく、慈しむように抱く。手に持った大角を大切そうに額に当てる。
『我も大切な物が、好きな者が失われるのが辛いと、……そう思える存在であると。だからそれを守る為に武器を取る存在であると』
それは黙祷であった。魔王は天へ還った者を思い黙祷を捧げている。
額に当てていた大角が下ろされる。
『……我は友であるマリーゴールドが好きだ。この者の無邪気で明るく朗らかな気性に救われたことは多い』
魔王の銅色の瞳に火が灯る。
『我はこの都市が好きだ。ここは我が初めて人の世の熱を感じた場所。素直にここの街並みには感動した、綺麗だと。そして街の賑わいからは皆の意志と日々を生きる活力が感じられた』
魔王は後ろで自身の言葉を静かに聞いている国王へ向けて少し顔を向ける。
『この国の国王シャドル殿が好きだ。貴殿のことを尊敬している。彼の懐の深さと我にも物怖じしない胆力はこの国の頂点に立つ者としてこの上ない頼もしさを覚える』
次に向けたのは司教が居る場所。
『この都市の教会をまとめる司教ジャナカ殿が好きだ。彼には深く感謝している。素性も定かでは無く、寧ろ危険な存在だと判断すべき我を受け入れてくれた』
魔王は顔を上げる。そしてこの場に居ない者へこの声が届くようにと話す。
『聖女ルクミニーが好きだ。彼女との交流は貴重な体験だった。人付き合いが得意ではない我は彼女のお陰で人と関わるには積極性が必要だと知った』
そして、もう1人の聖女へ。
『聖女シータが好きだ。彼女の誰かを守る為ならば身命を賭す強き覚悟と高潔な精神、そしてそんな苛烈とも言えそうな強さとは裏腹に深い慈愛を抱いた彼女が好きだ』
魔王は語った。己が好きな物を。
好きになる理由も、大事にしたい気持ちも、語ったその何もかもがこの場に居る人々と何も変わらなかった。
『他にも出会い、好きになった者達が居る。その誰もが我にとって掛け替えのない者達だ』
普通だった。……普通に何かを好きになり、守りたいと思う、……普通の『1人』の存在だった。
『ここに集まったお前達に改めて伝えよう。我はこの世界が好きだ。愛している』
舞台の端、あと一歩でも踏み出せば下へ落ちるであろうギリギリまで魔王は踏み出して立つ。
『我は今日ここで、好意を持ち尊敬している者達と友誼を結ぶ。……そして守る、守りたい。そう思う物の中には無論、この国も含まれている』
黄金の角が眩く光り、青い身体は鈍く輝く。腰にある月光の剣は勇ましく、マントは周囲を包み込むようにはためく。民衆の目に映るその姿。
彼らはその時に気付く。行進の時、彼の魔王の姿を見て胸に満ちた熱い気持ちの意味を。
『この世を生きる輝く命達よ、我は戦おう』
それは簡単な答えだった。彼らはもうこの魔王をただの怪物とは思えなくなっていた。
彼らは心奪われたのだ。この魔王に。
魔王は手に持った白銀の大角を高く掲げる。陽光を浴びて輝くそれはまるで闇を照らす篝火に見えた。
『邪悪なる神を滅ぼし、悪魔の脅威から、……『お前達が生きる』この世を守り救う為に、この真の魔王ラーヴァナが』
震える。
声が響く。
弾け、広がり、爆発するように声が上がる。
舞台が、広場が、城門が、街が―――大勢の民衆が発した歓声によって震える。
それはこの時、『魔王ラーヴァナ』が本当の意味でこの世界の住人となった瞬間であった。
◆◆◆
【天外領域】が崩壊していく。
水に満ちた世界。それが端から光の粒子と化して消えていく。
もしこの場にセーギが居たなら電脳量子の世界を思い出していただろう。まるで世界が再構成される前段階、分解が起きて0と1のデジタル情報になっているようだ。
「ルミー、平気?」
乱れた髪を手ぐしで……しかし様になる動作でシータは髪型を整えながら水面を歩く。それ以外で彼女の見た目に大した変化は無い。少しばかり動いたことで頬が紅潮しているだけである。
彼女は歩きながら剣を一振りして刀身に付着した水を完全に弾き飛ばすと鞘に収める
そんなシータの背後には仰向けになって水面に浮かぶ名無しの女が居る。その姿は酷い物だった。サイドテールにしていた髪はほどけて水に広がっている。着ているセーラー服は所々が破れて際どい部分しか隠せておらずまるで水着のようになっている。そして肉体は異様なことに人間の肉体と水の中間のような状態になって見る者に不安定な印象を与える。
「大丈夫ですシータちゃん。……流石にちょっと疲れました」
シータが歩いて向かうその先にはルミーの姿がある。ルミーの服装や髪に乱れた様子は無いが多少は疲労したのか息が少し上がっている。ルミーは杖に込められた自分の魔力を体内に回収すると懐に聖杖を仕舞う。
ルミーは戦闘中、一度も結界を解除することなく終わらせた。
戦いの途中で水人形は一時数千を超える数となった。ルミーはそれらが自分へ繰り出す攻撃を防ぎ切っただけではなく、同時にシータが剣閃を乱舞させる結界も維持していたのだ。超級とも言える2つの攻撃を遮断しきったルミーの防御能力はまさに絶対障壁と呼べるほどだった。
シータはルミーの疲労が大した物ではないと確認すると振り返ってジェーンドゥを見る。
「ねえジェーンドゥ。『降参』したってことは……ここから出してくれるのよね?」
その質問にジェーンドゥは顔を少し持ち上げてシータへ目を向ける。
「出すわよー……。流石の私様達もここまで消耗させられるとどうにもならないわー」
わかりやすいほどにジェーンドゥは疲れた様子を見せる。そうしている間に領域はどんどん崩れていき、周囲数㎞もないほどまで狭まっている。
シータはジェーンドゥの返事を聞くと満足そうに頷く。
「ん。わかった」
「…………」
「どうしたの? まだ何かあるの?」
ジェーンドゥは少し迷う素振りを見せたが、それでも気になったのか口を開く。
「……私様達を殺さないのかしら? 今なら止めを刺せるわよ。最初はあれだけ私様達を殺すって息巻いていたじゃない」
その発言を聞いたシータとルミーは顔を見合わせる。その2人の顔に浮かんでいる表情は同じだった。
「……だって、ねえルミー」
「ええ。シータちゃん」
2人は苦笑していた。
「ジェーンドゥ。私達は貴女を殺さないわ」
「私達はこのまま貴女を放置して向こうへ帰ります」
「……何故か聞いても?」
シータは肩を竦めてから髪留めを自分の黒い髪に留め直す。ルミーも激しい戦闘が終わったので髪留めを付ける。
「だって貴女、『本気』で戦ってなかったじゃない」
「手を抜いていた……わけでは無いでしょう。しかし明らかにこの戦いは貴女の『本当の戦い方』では無かったように見受けられました」
「ジェーンドゥの戦い方って1人じゃなくて最低『もう1人誰か』が一緒に居て成立する戦い方に感じたわ」
「攻撃の威力は十分に乗っていたと思いますが……積極性はそこまでなかったように感じました。もしも貴女が『本当の戦い方』をしていれば勝負はわからなかったと思います」
「大丈夫よ。ルミーは私が守るから。私達が2人揃って倒せない相手なんていないわ」
「……そうですね。……あ。なら今度セーギ様とシータちゃんが模擬戦する時は私もご一緒して良いですか? 私達2人でセーギ様と戦ってみましょう」
「む、むぅー……それは、もうちょっと……待って欲しい、かな……」
「ふふ。一対一で勝ちたいんですね」
「……剣で負け続けるのだけは……納得しかねるわ」
シータとルミーの答え、そして脇道に逸れた雑談。
最初の殺伐とした空気は完全に霧散している。
そんな2人の様子に今度はジェーンドゥが苦笑する。
「……はぁ~~……予想の遙か上をいかれてしまったわ私様達……」
そしてジェーンドゥは輪郭が揺らいでいる両腕を天に伸ばす。
「妹様ー! こっちは終わりましたわー! 疲れたから私様達の顔を見せ合いましょー!」
突然の大声。シータとルミーはぎょっとしてジェーンドゥを見る。
そしてその声を発端に、領域に大きな変化が訪れる。
その変化を見たシータとルミーはジェーンドゥの大声を聞いた時よりも強く驚き目を見開く。その視線は天へと向けられている。
――天にもう一つの世界が出現していた――
それはもう一つの【天外領域】だった。
構成する物質は違えど、それは此方と同質の領域だった。
天に出現した領域は『植物』の世界だった。
それはまるで鏡写しのように、天地を逆さまにした植物の【天外領域】がこの水の【天外領域】の上に出現していた。
更にその植物の【天外領域】はこちらと同じように崩壊寸前のような有様で、身体に悪そうな赤紫の毒煙と、熱いでは済まない赤く輝く炎に巻かれている。
「姉様ぁーーーー!」
そしてその世界から水の双子の姉とそっくりな外見の、……植物の双子の妹が姉よりも大きな声で叫んでいる。
双子の妹は双子の姉と同じく自分の身体を維持し切れていない。半分植物のような姿になっている。彼女は地に倒れ伏したまま両腕を大きく振っている。その呼び声は双子の姉よりも大きく響いてくる。
「……空に地面がある」
「不思議ですねー」
「あ。あれってディアとロベリアかな?」
「そうですね。やっぱり向こうも同じように囚われていたみたいですね」
2つの世界が上下逆さまに重なるという不可思議空間。しかしそれも時間が経つと変化していく。
地震のように大きく世界が揺らぐ。
すると一瞬で2つの世界が『完全に重なった』。
「わっ」「きゃっ」
「っ」「うえっ」
水と植物の【天外領域】が一つに混じる。
それに合わせてシータ、ルミーとロベリア、ディアンサスが『同じ地面』に並ぶ。しかしあまりに突然に変化が起こったので4人は驚きの声を漏らす。だがそこは超越者たる4人。一瞬で持ち直すと互いの状況とこの領域の変化に意識を向ける。足場は4人が余裕を持って立てる広さの結界をルミーが足元に発生させた。
「2人も無事だったみたいね」
「ディアちゃん大丈夫でしたか?」
「何? 貴女ディアちゃんって呼ばれているの?」
「は、はぁっ? 何か悪い……っ?」
「いいえ、可愛いなあって思っただけよ。……私も呼んで良いかしら?」
「……ロベリアに呼ばれると子供扱いされてるみたいで嫌よ」
「本当に不思議な場所ね」
「……つまりこれがこの場所の『本当の姿』なんでしょうか」
疲労はあれど怪我も無く切り抜けた4人は【天外領域】を見渡す。そこは崩壊が進んでいるが、それでもまだ広い空間は残っている。周囲一里四方程度だけになった世界を見る。
そして誰が言ったのか、もしかしたらそれは全員が言ったのかもしれない。自然と出て来た言葉が静かに響く。
「綺麗……」
そこは美しい場所だった。
透き通った水が満ちる世界。そこには色取り取りの草花が咲き誇り、場所によっては大きな樹木さえ伸びている。そして一際巨大な樹木からはまるで滝のように清廉な水が溢れて流れ落ちる。
落ちた水の衝撃で花が散る。その花弁は水飛沫と共に宙に舞い上がると、その一枚一枚が空中で一輪の花と化す。咲いた花はそのまま水面に落ちると漂いながら周囲へ広がっていく。
天を見上げればそこには別々の【天外領域】だった時とは違い『青空』が広がっている。
しかし空も只の空ではなかった。そこには大小様々な球体の水、そして同じように球体状になった花を咲かせた植物が浮かびながら漂っている。
水と植物が調和し、童話に出てくる情景の一頁を混ぜたような幻想的な風景。
端から崩壊していきながらも圧倒的な美麗さを魅せる【天外領域】。その中心、4人から離れた場所にこの世界の主たる双子が居た。
仰向けに横たわる姉の上に重なるように妹が乗り顔を近づけ言葉を交わしている。
「ああぁ。やっぱり妹様を見れば心が癒やされるわ。明媚な森の中に居るよう」
「ああぁ。やっぱり姉様を見れば心が癒やされるわ。清廉な湖の中に浸るよう」
頬を紅潮させ息を荒げながら2人は互いの崩れそうな顔や輪郭が朧気な体を艶めかしく撫でる。そうしていくと崩れていた筈の互いの体が元の形を取り戻していく。それに合わせて衣服や髪型も復元されていく。
「どうして妹様はこんなにも可愛いのかしら?」
「どうして姉様はこんなにも綺麗なのかしら?」
表面上は完全復活した2人は、そのままお互いに相手の頬を両手で包むように触れ、顔を近づける。その近さは鼻先が付きそうな程である。
「「それはきっと私様達が美しいから」」
お互いにとって目の前に居る相手、そして相手が見る自分の姿がこの世で最も美しく愛らしいと思っている。
「…………」
その明らかに家族愛を越えた「何か」を見させられた4人は何とも言い難い表情をする。ロベリアは理解があるのか苦笑して肩を竦めている。他3人は顔を赤くし、各々目を手で覆ったり顔を背けたり表情を引き攣らせたりしている。
正直早く帰りたい。それなのに何でこんな濡れ場のような光景を見させられないといけないのか。一番精神的に大人であるロベリアがとりあえず話しを進めることにした。
「……あの、ジェーンドゥ? 私達、そろそろ帰りたいんだけど」
その声を聞いた双子は同時に顔を向けてくる。
「ああ、妹様の顔を見ていたら忘れてしまってたわ」「姉様の顔を見ていたら興味が薄れていたわ」「そうよね私様達は負けてしまったのだから言うことは聞かないと」「ではニルヴァーナに接続しましょうか姉様」「そうしましょう」
双子は片手を繋いで立ち上がり聖女達へ向き合う。そして優雅な一礼を見せる。
「今回は中々楽しめたわ聖女の皆さん」「貴女達がこれほど強かったのは嬉しい誤算です」「あの子に良い土産話が出来たわ」「帰ったらお茶会ね」
双子がそう言うと聖女達の背後で変化が起きる。
水中から2本の木が飛び出す。鮮やかな花々で彩られたそれの頂点が絡み合うとアーチ状に形を変え、そのアーチの中にまるでカーテンでも垂らしたように水のヴェールが掛かる。
完成したのは植物と水の門であった。
通り道に相当している水のヴェールはこの空間が崩壊している時に出ている光の粒子と酷似した発光をしている。おそらく元の世界へ繋がっているのであろうそこへ双子は手で指し示す
「そこを通れば帰られるわ」「お忘れ物は御座いませんか?」「出る時は足元にお気を付けください」「お疲れ様でした」
からかいを含んだ双子の言葉。それを聞きながら4人は共通の疑問を抱いていた。だからそれを聞く為にシータが双子の方を向いて問い掛ける
「……ねえ双子さん。貴女達が私達にもう敵対する意志も害意も無いのはわかるんだけど。……どうしてこんなことをしたの? 正直私、貴女達がそこまで悪い人には見えないのだけど。『本気』じゃなかったのもそうだけど、私達の足止めだけが目的なら戦う必要は無かったでしょ? だってこの場所に閉じ込めて貴女達は逃げに徹したら少なくとも1日は私達を拘束出来た筈よね?」
「「…………」」
その通りである。実際に双子は戦う必要は無かった。
聖女達とぶつかることはせず、領域内で逃走だけをしていたなら双子は力を温存しつつ長時間聖女達を【天外領域】内部に拘束することが出来た。しかし実際に双子が取った行動は彼女達と正面切って戦闘することだった。それは無謀とまでは言わないが『足止め』という任から見れば要らぬリスクを抱えた行動である。現に双子はそれが原因でこうして倒されたのだから。
それに双子は本当の戦い方をしていない。
水の【天外領域】は最初から全てを水で沈めていれば有利な状況になっていた。流石のシータも水中での行動には少なくない制限が掛かる。仮にルミーが結界を作りその内に魔法で空気を発生させて呼吸が可能な状況を作ったとしても、自由とはほど遠い状態であるのに変わりない。むしろ使用する魔力が増えて負担が増加する。双子の姉は“水”という、万物を沈めて何もかもを無力化する、その特性を全く活用していなかった。
植物の【天外領域】はあまりに普通過ぎた。ロベリアとディアンサスは種族や能力の関係で植物に造詣が深い。あれだけ植物を自由自在に操れるのならもっと凶悪な種類を発生させれば良かったのだ。それなのに双子の妹が取った戦い方は『植物』の多様性と生命力を全く活用していなかった。植物の中には燃えない木も毒に冒されない草花も存在するのである。
「「ふふふ」」
双子は互いの頬を寄せ合うようにしながら聖女達に微笑みを向ける。
「「……理由が知りたいの?」」
その微笑みは都市を滅ぼすという目的でやって来た者とは思えない、……とても優しい物だった。
天使のような微笑みで双子は、かわいいかわいい聖女達を見る。
「それはね……貴女達に『期待』してるから」「不甲斐ない子だったら殺そうと思ってた」「でも貴女達は私様達の期待を遙かに上回った」「だから最後に1つだけ、特別に教えてあげましょう」「この世界で起きる変革を」
その時、聖女達は我が目を疑う光景を目にする。
そんな彼女達の様子に双子は心底楽しそうに笑みを深める。悪戯を仕掛け、それが成功し、可愛い反応を返す幼子。それを見る親のような微笑み。
「「“巨星”が輝く時が来る。我らはその日まで愛しい生命達に試煉を課し続けましょう。私様達は貴女達なら乗り越えられると信じているわ」」
―――双子はその背に輝く純白の翼を広げた―――
「「さあ帰りなさい、聖女達よ。そして目に焼き付けなさい。闇を引き裂く光景を」」
その言葉と共に領域が光に包まれる。
聖女達が何か行動を取る前に、門の方が動き出して彼女達を強制的に潜らせる。そんな中で彼女達の内、シータとルミーだけは翼を生やした双子の姿に強く反応している。
「ま、待って!?」
「御2人はまさかっ」
それに双子は取り合わない。この領域から解放される聖女達に笑顔で手を振って見送る。
「「また会いましょう。神の箱庭で」」
聖女達は【天外領域】から元の場所へと帰っていった。それを見送った双子は崩壊していく世界で最後まで微笑みを浮かべていた。
◆◆◆
【天外領域】が完全崩壊する。そうして領域の境界が消えた時、その向こう側に広がる光景が姿を現わす。
暗黒の海の中で輝く星々が漂い惑う無間の世界。
それは宇宙だった。
崩壊した【天外領域】。そこから途方も無い距離が隔たる場所で光る美しき一つの星。
星の名は〈ニルヴァーナ〉
ニルヴァーナは最も偉大な神が座する地であり、その星に付き従うように7つの星が巡り惑う。
8つの星々の集まり、この惑星系こそが〈円天世界ニルヴァーナ〉。
――――――
双子は〈ニルヴァーナ〉を見る。【天外領域】が崩壊したことにより彼女達は自身の『生誕の地』へ戻っている。
「見てアムルタート妹様。とても懐かしい光だわ。……あの日から幾星霜経たのかしら」
水の“万物の根源”のみで構成されし青い星オフィエル。
その星に立つは【不滅の聖霊】が1体『ハルワタート』
「そうですねハルワタート姉様。人間がまだ建国などしておらず小さな集落で生活していた頃、それよりも前なのは確かです」
木の“万物の根源”のみで構成されし緑の星ベトール。
そこに立つは【不滅の聖霊】が1体『アムルタート』
「でもまさか……私様達が見落としていたなんて……ちょっと悔しいわアムルタート妹様」
「あの子から聞いていたというのに、自分の未熟を恥じるばかりですハルワタート姉様」
星と星。途方も無い距離が隔たる2つの星。双子はまるでそんな距離が存在しないかの如く会話を成立させる。
「そういえ約束した時間、勝手にずらしてやったけど……虫ケラは最期にどんな顔を浮かべていたのかしら? ねえアムルタート妹様」
「気になりますねハルワタート姉様。でもここからではどのみち拝めませんでした。見えたのは光だけ。精々情けない表情を浮かべていたら面白いのだけど」
創星神によって生み出されし比翼の天使は笑う。
「でも、何度見てもあの光は素敵ねアムルタート妹様」
「そうですねハルワタート姉様。あれは見蕩れます」
〈ニルヴァーナ〉を見て笑う。先程あの星で起きた『現象』を思い起こして笑う。
『私様達よりも……あの光は、美しい』
比翼の天使。彼女達は〈ニルヴァーナ〉で輝いた1つの“極光”を胸の奥に刻みつけた。
◆◆◆




