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80.式典開幕

 中庭にセレネが出て来た。ラーヴァナの様子を見に来たのである。

 ラーヴァナはゆっくりと振り返りセレネを見る。彼女は静かに歩み寄ってくる。


「ラーヴァナ様。如何致しましたか? 何か気になることでも?」


 その質問にラーヴァナは思案する。答えるべきか黙っておくべきか。しかしセレネが持っている能力(スキル)“天啓”を思い出し、その効果が確かならこの状況でも明確な答えを聞けるかもしれないと判断した。


『聖女シータと聖女ルクミニーが現れない』


 セレネは広間がある方へ目を向け、そして顎に手を当てて考え込む。


「……確かに。御到着が少々遅いですね。こちらにも連絡がありませんでした」

『如何するべきだと貴様は考える?』

「……そうですね」


 セレネは考える。ラーヴァナがこうして自分にこれからのことを聞いてきた理由を。

 ラーヴァナは圧倒的な能力を持っている。それをあの日見た戦いの光景で知っている。そんな彼が見つけられていない。それを踏まえて考えると最低でも聖女達は城内はおろか城周辺にも居ないことになる。既に約束の時間は過ぎているにも関わらずだ。彼女達に何か問題が発生したと考えるのが妥当である。その上でラーヴァナは今後の行動方針をセレネに尋ねてきた。

 取るべき選択は大きく分けて2つ。聖女を捜索するか、このまま式典を予定通り執り行うことである。


「……シータ様とルクミニー様は“聖天戦乙女(アルテミス)”に列される教会の……いえ、人類最高戦力です。そんな彼女達に万が一があるとは考えがたいですが……その万が一が発生した? 彼女達が連絡も飛ばせないほどの異常事態? それに命の危険がある可能性は? それとも教会側で問題が発生してその処理に追われている? それなら教会側から報告が来ている筈、でもそれも無い。それとも道中で何か問題が起こりそれに巻き込まれたか解決の為に動いている? シータとルクミニー様ほどの能力があるなら都市に出るような暴漢程度は片手間で片付けられます。道中は今回の式典の警備の為に衛兵以外に警備兵が何時もの倍は動員されています。それなのに今も彼女達の所在は不明。つまり彼女達の手に余る問題が発生している? 仮にそのような事態が進行していた場合その危険度は如何ほどか? そんな事態がこの都市の中で? それは有り得ない。彼女達と事を構えるとなるとそれ相応の激しい結果が予想されます。現在の都市の様子を考えるならそんな事態が発生していないと断言出来ます。なら何故彼女達はここへ到着していないのか? 教会から報告が無いということは彼女達が出た時間は予定通りの筈。ならここへ到着するまでの道のりで行方不明に。……周囲の人々に気付かれず? ラーヴァナ様の知覚を掻い潜り場所さえ特定されず? ……そんな都合の良い場所はこの都市には存在しない。なら都市の外へ? それはそれで目立つ筈。それにそんな行動を起こされる前にシータ様かルクミニー様がこの城へ何か情報を伝える手段は幾らでも取れる。つまり知らせる時間も無かった。……一瞬で? 何もさせることなく一瞬で彼女達を行方不明に? それは如何なる手段を用いて? 薬や魔法で意識を奪う? それは不可能。彼女達ほどの能力があるなら例え薬物を致死量の百倍呷ってもきっと死ぬことはないし即効で行動不能になることも無い。魔法への耐性も同様。そもそもそんな悪意や害意が介在する行動を取る者が近くに居れば彼女達なら直ぐに気配に気付く。なら悪意や害意は無い? それらが介在せずに、騒ぎを起こさず、人々に気付かれることなく? 更にシータ様やルクミニー様のような超越者の抵抗さえ無意味に出来、それだけのことをして尚且つラーヴァナ様の知覚を擦り抜けることが出来る……」


 セレネは下がっていた頭を上げる。そして水色の瞳がラーヴァナに向けられる。


「……ラーヴァナ様」

『何だ?』


 ラーヴァナはシータとルクミニーの捜索を優先するなら今すぐにでもこの場から飛び出して行動する気でいる。セレネの口から漏れていた思考に耳を傾ければ、ラーヴァナが思っていたよりも大きな問題が発生しているとわかったからだ。だから彼はセレネが出したであろう結論を聞く為に静かに目を合わせる。


「シータ様とルクミニー様の行方ですが―――」


 セレネは真顔で言い放つ。


「―――捜索は無しでお願いします」

『……何?』


 聞き間違いかと思ったラーヴァナは反射的に言葉を返す。


「ラーヴァナ様には聖女様2人のことは放置して、そのまま式典に出席して頂きたく」


 聞き間違いでは無かった。セレネがラーヴァナに提示したことはシータとルミーの捜索はせずにこのまま式典を始めて予定通り進行させることだった。


「シータ様とルクミニー様が居ないことで今回の式典での効果が半減はするかもしれません。それに関しては後日にでも別の席を設け、改めてラーヴァナ様と聖女様方の交流が深いことを民へお披露目しましょう。ですので今回の式典は最悪ラーヴァナ様と私達王国が親密であることを周囲へ知らしめることが出来ればと考えます」


 セレナの話しを聞いたラーヴァナは声を発する。その声は普段よりも重く、聞く者の心臓を握り潰すような圧力を与える。


『……危険に見舞われている可能性がある2人を放置しておけと? 貴様はそう言うのか?』

「そういうことになります」


 ラーヴァナが放つ重圧の中で、それでもセレナは顔を色を変えることなく毅然と言葉を返す。


『…………』


 今漏れ出した重圧はラーヴァナの感情が揺れたことで出てしまった物だ。焦り。苛立ち。シータとルミーの身を案じるが故に感情が大きく動き、威圧(プレッシャー)が限りなく薄まった状態で漏れたのだ。だがそんな些細な圧力でさえ、常人には息さえ苦しくなり立つことさえ辛くなるのである。

 セレネはそんな重圧に屈することなくラーヴァナへ自分の考えを言い切った。それはつまりそれだけの『覚悟』が彼女に備わっていたことになる。

 ラーヴァナが大切に思っている2人。危険に見舞われている可能性が高い彼女達を放置して、それでもラーヴァナには予定通り式典に参加してほしいと。それをセレネはこの重圧に退かず、言い切った。


『ふぅうう……』


 ラーヴァナは荒れ始めていた心を落ち着かせる。

 それと共に溢れ出していた重圧が収まっていく。そして完全に重圧が消えるとラーヴァナはセレナへ静かに問い掛ける。


『……何故、そうした方が良いのか、聞かせて貰えるか?』


 セレネは深く頭を下げる。重圧から解き放たれた彼女は顔を真っ青にし、服の下の見えない場所は大量にかいた冷や汗で濡れていた。


「ラーヴァナ様の仰るとおりに」


 それでもセレナが次に顔を上げた時、そこには何時もの澄ました表情が出来ていた。


 ◆◆◆


 式典では魔王ラーヴァナとアヨーディ王国と聖光教会の3つが確かな友好を結ぶ姿を見せることになっている。

 式典は行進(パレード)から始まる。

 この国の王族を初め、教会の司教や聖女、そして魔王ラーヴァナ。彼らは騎竜が牽く竜車に乗って北の大通りを南下しながら進んでいく。そして目的地である城門前広場に向かうことになっている。


 彼らを乗せる竜車は巨大で、セーギの前世にあった大型バス2台を横に並べたほどのサイズがある。そこに施された装飾はどれも素晴らしく、アヨーディ王国の象徴も勿論刻まれている。

 その巨大な竜車を通常よりも一回り大きい巨躯をほこり、角も猛々しく枝分かれし4つの切っ先が天を向く鬣を生やした騎竜――騎竜の上位種個体:(キング)――を中心に5頭の騎竜で牽く。

 行進する大通りや城門前広場には人が近付きすぎないようそこ仕切る木製の簡易防壁が置かれ柵としている。そしてその柵を乗り越える者がいないように警備兵や騎士が各所に立って監視している。


 準備が出来た大通りや広場。その周りには大勢の人々が集まっている。男も女も老いも若きも関係無い。この式典が進行する場所を埋め尽くすかのような人の群れ。

 彼らは今日この日、この場で執り行われる光景を見る為に集まってきたのだ。



 ――――――



 そして遂に式典が開催される。

 周囲からは楽団による天まで届くような華やかな音色が鳴り響く。


 騎竜に乗った全身甲冑の騎士達。彼らは柵の内側、大通りの端から城へ向かって走っていく。

 長い槍を掲げ、それに付けられた大きな旗をなびかせながら騎竜を走らせる。

 旗に描かれた象徴は3種類。

 アヨーディ王国の『黒い王冠を守るよう翼で抱く黄金の鷲』。

 ヴィージャル教の『7つの星と1つの巨星が輝く円天』。

 そして誰も目にしたことの無かった最後の象徴。


 ―――月輪と鬼の角、それと重なるように描かれた篝火―――


 それは魔王ラーヴァナ、そしてセーギの内に宿る力を象徴した旗だった。

 旗を持った騎士が道の端から広場の手前まで等間隔に並んでいく。

 騎士は立ち止まると手に持った旗を高々と掲げる。


 騎士によって掲げられた旗がはためく道が完成する。

 大勢の民衆と旗持ちの騎士が見守る中、遂に式典の主役が現れる。

 楽団が奏でる旋律が雄大さを増していく。


 王を冠する騎竜が中心となり、5頭の騎竜が巨大な竜車を牽いてくる。

 その車上には国王から始まり、王妃、そして2人の王子と王女、聖光教会の司教、護衛の王国騎士や聖騎士(パラディン)が乗っている。

 そしてその中で一際偉容を見せる者が1人。


 青い鬼。圧倒的な巨躯をほこる羅刹の王が車上にその身を落ち着かせている。

 黄金の角は陽を浴びて輝き、生体装甲は頑強さと重さを感じさせる青に光る。その太く逞し左腕には手に乗せて抱えるように聖獣の子を連れている。その聖獣は黄金の体毛に銀の斑紋を持ち、頭部には青い宝石を散りばめた銀の飾りを付けている。


 何者よりも目を引くその姿。人々はその魔王の姿に息を呑む。

 しかし騎士は動じない。掲げられた旗は下がらず、堂々とはためく。

 鳴り響く音色は佳境に入る。彼ら楽団も騎士同様己の役目を果たす為に楽器を奏で続ける。


 式典の主役達を乗せた竜車は剛健な騎竜に牽かれながら民衆が見守る大通りを進んでいく。その力強い足取りは舞台を目指して進んでいく。

 民衆はその姿を見送っていく。あの日、魔王ラーヴァナが悪魔の軍勢を討つ光景を見ていた者は鼓動が早くなり鳥肌が立つのを感じた。胸の奥に熱い物が満ちていく。


 ――――――


 そうして竜車は広場まで辿り付く。騎竜は城門まで進むとハーネスを外され、門の傍に待機していた兵の手により城内にある厩舎へ連れて行かれる。

 そして竜車に幾人かの兵が近付くと車輪を固定する。車輪が動かなくなったのを確認すると彼らも周囲へ散って他の作業へ向かう。

 車上の柵の一部、民衆が集めっている方向の柵が外向きに倒れるように開いていく。それが開ききると竜車に乗っていた主役達の立ち姿が民衆の目にしっかりと見えるようになる。

 この竜車は車輪を固定すれば舞台へ転用できる作りとなっていた。

 旗持ちの騎士達は一部の者達だけ舞台の左右に展開する。残りの騎士は道を北上して立ち去っていく。それに合わせて大通りに設置していた簡易防壁も撤去される。そして楽団が演奏していた音楽もそれらが終わると合わせるように締めに入り……止まる。

 この場にある視線の全てが舞台に注がれる。


 ―――ここに魔王ラーヴァナ、アヨーディ王国、聖光教会の友好を結ぶ式典が始まる。


 ◆◆◆


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