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8.女騎士は死を覚悟する

 落ちてきた邪竜の頭に叩き込んだ拳は衝撃を浸透させて硬皮と頭蓋骨に守られた脳を潰した。器用に丁寧に殺し尽くした邪竜の頭を手で受け止め、魂の抜け殻でしかなくなったそれを捨て置く。

 そうしてラーヴァナは……正義は曲剣を月光に還して戦闘態勢を解いた。


『ふぅ……』


 危急の事態を乗り越えたと判断した正義。彼は二万の軍、その全員の無事を確認しようと振り返る。その際に視界の端に映り込んだ城……彼がこの世界で目覚めた時に居た玉座を擁する城、それが真っ二つになった無惨な光景を努めて見ない振りをした。


(遺跡って文化財……だったよな? 思いっきりぶっ壊しちゃったし……てか剣の威力が出過ぎなんだよっ。どうしよう……)


 悩み、考え……正義はあの邪竜が全部悪かった事にする。


(あのトカゲが悪い。この都市が滅んだのもアレが悪いんだし。俺が推定文化財を破壊しちゃったのは不問……だと良いなぁ……)


 しかしそう自らに言い聞かせてみても、根が真面目な正義はいくら朽ち果てていた廃都とはいえ破壊活動を行ってしまった罪悪感を拭いきる事が出来なかった。


 だから気付くのが遅れたのだろう。


『―――ん? ……気配が、無い……?』


 ここには二万人近い人間が集まっている。その数は生半可な物でなく、ただそこに在るだけで隠しきれない膨大な気配を発する筈。それなのに、その在るべき気配が無くなって……いや、無くなっていたと云うには語弊がある。

 正確には気配が弱くなっていた。それはまるで―――眠っているかのように。


『あ』


 正義は状況を理解した。


 気絶しているのである。


 あれだけ居た兵士が、2万人、一人残らず……気を失っていた。それは紛う事無く正義に原因が在った。


(も、もしかして……さっきの威圧のスキルの所為で―――)


 その通りであった。怒りに呼応し発動してしまった【羅刹王ノ覇気(バイラヴァ)】の影響があの竜以外にも届いてしまったのだ。

 直接向けられた訳では無い余波のような物であったが、兵士達が恐怖で失神するには十分過ぎる程の威力が備わっていた。邪竜が戦意喪失するような威圧だったのだ、然もありなん。


『た、大変だ……』


 邪竜の脅威で心折れ掛けていた時、命は助かったが駄目押しのように降り掛かったのがラーヴァナの威圧。その邪竜よりも遙かに怖ろしい威圧により、兵士達はそれはそれはもう無残な姿を晒してしまっていた。


「――――――」


 泡を吹いているのは当たり前。白目を剥く者、痙攣する者、譫言(うわごと)で命乞いを言い続ける者。それらはまだマシな方かもしれない。大多数の者は緊張からの解放による落差の所為か()()さえしてしまっている。大も小も関係無しの粗相。


『本当に大変だっ』


 慌てふためく正義。青い生体装甲に包まれた体から冷や汗が滲んだ気がした……ラーヴァナの肉体は発汗しないので勘違いではあるが、そう錯覚するのはそれ程までに自分がしでかした状況に混乱している証拠。


(ど、どうするっ? こんな状態で放っておく訳にはいかないぞ!)


 死屍累々……誰も死んではいないが、哀れに過ぎる状態になった兵士達。それを目の前にして正義はどうすれば良いのかわからず途方に暮れる。


(そ、そうだ! 俺が看護士さんに看て貰ったようにすれば……っ)


 思い返すベッドで横たわる自分の姿。


(……殆ど機械任せだったな)


 筋肉はおろか内臓さえ自力で動かない。だから排泄も全て管を通しての処理になっていた。当時はAIも優秀なのでその他面倒も完璧に処理してくれていた。


(当てにならん!!)


 あまりにも極端だった自分の病身に正義は頭を抱えたくなる。

 仮に、もし一人でこの倒れた兵の世話をするとして……これだけの人数だ。掛かる時間や労力を考えれば現実的では無い。

 いっそ無理矢理叩き起こして自分達の面倒は自分達で処理させた方が効率的である。……だが素晴らしいように思えるその案も、この惨状の原因たる自分が嬉々として採る訳にはいかない、そんな良心の痛みに正義は思い悩む。


 心中ではうんうん唸りながらも堂々と立つ魔王の姿をした正義。ゲームで演技(ロールプレイ)をした経験が無意味に生きている。そして良案はさっぱり出てこない。

 正義は仕方が無いと手近な兵士達から手を付けていこうかと考える。一端そう考えればそれが一番良い気がしてくる。ぼーっと眺めているより余程健全である。


『さて。如何した物か―――』


 “気付け”の方法はどんな物が有ったか……そんな風に意識を現実から逸らしていたからだろう。

 正義が()()に気付けたのは直前、瀬戸際だった。


「ッ!」


 白刃が正義の首元目掛けて迫っていた。


『―――ッ!? ……誰、だ?』


 振るわれた狂刃。睡蓮の意匠が刻まれた美しい長剣を、ラーヴァナは自らも一歩踏み込み長剣の柄を握る相手の手ごと掴んで止めた。

 魔王が巨体なのもあるが、彼が掴んだその手は……彼が怯むほど華奢で繊細だった。


『……少女?』

「手を離せ悪魔(デーモン)ッ!!」


 怯んで力が弱まった瞬間を見逃さず、長剣の担い手……黒髪の少女は擦り抜けるように正義の手を振り解くと一気に距離を取った。

 そうして正義の方はと云えば……戸惑いながらも少女から目が放せなくなっていた。


(何か……凄い)


 少女と言ったがその姿は成人と呼んでも差し支えないようにも見える。身長こそ魔王と比較すればかなり差があり小さく感じるが、実際は160㎝後半と女性である事を考えれば上背。

 艶めく黒い長髪が風に揺れる。

 露出の少ない白い修道服と白銀の鎧に包まれたその肢体はそれ越しでも魅惑的であると見て取れる。におい立つ女体を少女は持っている。


「……悪魔ッ」


 青い瞳は油断無く正義を睨み付ける。

 少女の容姿は息を呑むほどに美しい。壊れ物のような幼子の愛らしさと全てを斬り裂く怜悧な美しさ、相反するような美を兼ね備えた少女はしかし……その相貌を怒りと戦意で染めて吼える。


「その気配……()()()()の正体はお前ですね!」

『……ああ』


 倒れた兵士達を背にして鬼へ剣を向ける白銀の騎士。そんな光景を前に正義は理解した。

 この少女こそが、真に人間の味方である存在なのだろうと。

 そして同時に正義は察する。現在置かれている状況と少女の発言から―――自らの『立ち位置』を。


「皆を守るその為に……お前はここで斬り捨てるッ!」

『……成る程』


 この惨状を引き起こし、兵士達に危害を加えた存在。

 甲冑のような青い生体装甲に覆われた巨躯。天を衝く金の双角。全てを睥睨するレンズのような銅色の目。その不気味な光沢の中で輝く二十の視覚器官。

 圧倒的な“覇”の気配を身に纏う青い鬼。


 何処からどう見ても尋常では無い鬼。少女はこの恐ろしき存在が自分達の敵であると至極当然に判断したのであった。


『……ちなみに話しを訊く気は?』

「己を()()悪魔の言葉など信じません!」

『……そうか』


 少女が口にしたその言葉は明らかに正義の隠蔽を把握している物。それを受けて正義は彼女の前でこれ以上ステータスを偽装し続けるのは無駄であり不誠実だと判断、腹を割って話し合いを行う為に隠蔽を解く事を決めた。

 だが知る由も無い。少女の瞳には正義の偽装までは見通せていたが、その更に奥……魔王としての()()()()までは見抜けていなかった事に。


『ではこれで―――』

「ひ……ッ!?」

『―――ん?』


 真っ青になる少女の顔。それを訝しげに見る魔王。


 手に持った剣、その刃が手の震えによって鋒がぶれる。脚が震えて立つと云う事さえ覚束なくなり、歯の根は合わず、息は乱れ、昼間なのに瞳孔が開く。

 恐怖に震える少女。そこにさっきまで在った怜悧さは無かった。


「そ、そんな……うそ……」

『…………』


 何故? そんな気持ちでいっぱいになる正義だったが……また遅れながら気付く。


(もしかして……偽装の意味、あった?)


 気付いた所で既に遅く、少女は心を決めてしまう。


「―――ここが……私の死に場所」


 心を決めた……と云うより覚悟を決めてしまった。

 青を通り越して白くなってしまった顔。しかしその表情にさっきまで怯えは見えず。恐怖によって震えていた体も歯の根も焦点も、その全てを意志の力で撥ね除けた。

 何という精神力。その姿正に真の騎士。弱きを守護し、強大な敵へ立ち向かう美しき光その物。


『…………』


 そんな少女の生き様を見せ付けられた正義は……気まずさに逃げ出したくなっていた。


(い、今から……今からこの人に言うの? 俺は無実って?)


 人付き合いなどMMOでしか経験の無かった乱麻正義。ほぼ身内付き合いで完結してきた少年にそれはかなりハードルが高かった。なけなしの人付き合いさえ自身のリアルを悟られるのが心苦しくて、浅く留めるように心掛けていた程。よって乱麻正義はコミュニケーション能力は多少の難が在ると言わざるをえない。

 落ち着いた環境、穏やかな日常なら問題無かった。だが現実は非情。正義は自分にこんな複雑な状況を乗り切れる程に達者な話術を持っているなど自惚れていない。


「―――私はただでは死なないっ……覚悟しなさい『魔王』!!」


 正義は思った―――「こっちに来て一度も落ち着けてないな」と、今更な事を。

 現実逃避かもしれなかった。


『……ぉぉ』


 正義は目の前で閃光の如く斬り掛かってきた少女を前に小さく呻く。誰の耳にも届かない小さな呻き声。……少しだけ、この世の不条理さを感じた。

 悲痛な覚悟を胸に、少女は魔王に向かって光の刃を振るう。


(……き、きっと落ち着いたら……話しを聞いてくれる……筈……)


 少女と魔王の視線が交錯し―――正義の脳裏に情報が流れ込む。



 ――――――


 名:シータ・トゥイーディア

 種族:ヒューマン

 性別:女

 年齢:17

 レベル:598

 スキル:家事、猛進、魔氣金剛、剣聖、浄化、思考加速、英雄覇気、慧眼、光華の泡沫、無垢なる祈り

 称号:聖女、英雄、剣聖、傾城傾国、献身者、アヨーディ式戦闘術・極伝、神聖なる乙女


 ――――――



 スキル【十天慧眼(マハダシャアクシ)】が発動して正義に少女、シータの能力情報(ステータス)を開示したのであった。


(あ、〈NSO〉のトッププレイヤーより強いやこの娘。はっはっはー……うそぉ……)


 いよいよ現実逃避の向こう側に行きかけた正義。その瞳に映るあれやこれやを見なかった事にしたい誘惑に駆られるが……そんな事で現実が逃がしてくれる筈も無く。

 魔王からは逃げられなかった。別の意味で。

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