77.信奉する者
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魔王ラーヴァナと友誼を結ぶ。これを自国の民衆に対して公の物とする為の式典。その準備と段取りはオーク軍勢と異界の魔王が討ち滅ぼされた翌日から進められていた。
歴史や神話において恐怖と絶望の象徴であると云われる魔王。それは悪徳の限りを極め神の頂に立ち【悪神】と成った。その恐怖は悪魔の脅威と共に無辜の人々に血の記憶として刻まれている。つまり魔王は悪神と同義。これが今まで全ての人々が持っていた認識。
しかし新たに現れた魔王は違った。
罪無き人々を守る為、迫り来る悪魔が率いるオークの軍勢を滅ぼした。それはこれまでの常識を粉々に壊す光景。
過去にどれだけの血と憎悪を撒き散らしたのか想像するだに恐ろしい強大な悪魔を、あの魔王は月光を纏い滅殺した。
その光景を民衆は今も覚えている。そして悪魔共を滅ぼしに行く前に魔王が発した言葉、それと共に深く胸に刻み込まれている。
そしてその光景を見ていた者は民衆だけではない。
あの日、あの時、この都市で最も貴き者達が住む場所からその光景を見ていた者が居た。
その者は魔王が発した言葉こそ聞くことは出来なかったが、それでもその魔王が悪魔の軍勢を聖女と協力して滅ぼし、遂には都市を守り救った光景を瞳に焼き付けていた。
だからこそ、クルルスの聖光教会が魔王ラーヴァナと友誼を結ぶと布告した……その前から行動を開始したのだ。あの人間を救う『偉大なる守護者』と成り得る凄まじき魔王と手を取り合う為に。
その者とは王族だった。だからこそその者は今の国王に強く申し出て今日に取り付けることが出来たのだ。
それがこの国の王族がこの式典に対して大きく協力した理由である。
その者はあの日、魔王の圧倒的な姿に心奪われた。
あの魔王がこの世界の、終焉に居たる未来を変えた者だと確信したのだ。
◆◆◆
セーギは人の姿ではなく異形の鬼である羅刹の姿に成っている。
今の彼は魔王ラーヴァナとして行動している。
現在ラーヴァナが居るのは、この〈城塞都市クルルス〉の中央に存在している〈アヨーディ王国〉の中枢『王城』である。その中でラーヴァナの為に開放された一室があり、彼はそこで時間が来るまで過ごしている。
2.5mはある巨躯。青い甲冑のような生体装甲。黄金の角。それは普段と変わらないが、ラーヴァナはその肩に掛けるように付けたマントを着ている。表は青で裏地は黒のマントである。今日この日の為に仕立てて貰った一品である。
ラーヴァナは姿見の前に立ち自分がそのマントを羽織った姿を見ている。それはラーヴァナの体格に合わせて特注されたその品はこうして見ているだけで良さがわかるほどの出来である。
『……成る程……』
出来が良くて格好良い。だからラーヴァナはマントを手で掴みながら大袈裟に腕を振ってみたり、――しかし腕を上に伸ばすと天井にぶつけるので微妙に様にならない動作になっていた。――その場で回るように振り返ってみたり、そんな風に無駄にマントをはためかせてみる。そして姿勢を作ると姿見に映る自分を鑑賞する。
『……良いんじゃないか? あ、剣。剣も出してみよう』
はしゃいでいる。この魔王の姿にマントを着たのがセーギの琴線に触れたのだ。
セーギには少しばかり格好を付けたがる節がある。そもそも前世でも仕事ではあったが『魔王』に成りきっていたのだから当然である。
戦闘中でもないのに繊月の曲剣を出現させると今度はそれを構えて姿見に映る自身を見る。
セーギは何かロマンを感じた。マントを着る前より強くなった気がする。あくまで気がするだけであるが。
『ふむ、悪くない。でもこれ鞘が無いからな。抜き身で持って行くわけには……』
ラーヴァナがそんな風に鞘を意識した瞬間である。剣が出現する時と同じ光が刀身に集っていく。
『え? まさか……』
光が収まる。すると曲剣の刀身にはそれを包む見事な鞘が生成されていた。
これにはラーヴァナも絶句する。この曲剣はゲームデータでは抜き身でしか実装されていなかった。一応武器は『鍛冶』や『製作』によって改造や機能拡張が可能であり、それで鞘なども作成は可能であった。
だがそもそもの話し、セーギの生前でこの曲剣を所持していたのは彼ただ1人である。改造や機能拡張など行われることがなかった武装である。つまり鞘など存在しないのだ。
それなのにラーヴァナの目の前には立派な鞘が存在している。それには意匠として羽衣を着た羅刹女と三日月が刻まれており全体は黄金に輝いている。
どうして鞘が出来たのか。それは不明ではあるが、出来た物は出来た物としてラーヴァナは受け入れた。
『何でもありだな。まあ良いか。……だが次はこれを何処に留めるか……ベルトが必要だな』
適当に収まりが良さそうな位置を模索する。
背中は論外。この剣は大型ではあるがラーヴァナの巨躯と比較すれば片手半剣ほどのサイズ比だ。ならば腰に付けるのが見栄えが良い。ラーヴァナは横に佩くかそれとも後ろ側に付けるか悩む。そうしてラーヴァナは横に佩くのが一番バランスが取れると剣を腰に当てながら確認する。
……すると剣の鞘が腰に張り付いた。
『ん? え? 付いた? くっついたのかこれ?』
ベルトも留め具も無しに鞘付きの繊月の曲剣は見事ラーヴァナの腰部分に張り付いた。原理は不明。式典に出るこの日以外では日の目を見ることは無さそうな機能である。何故ならラーヴァナからセーギの姿に戻れば剣は消えるのだから。鞘や装着を必要とする場面など格好付ける以外に存在しない。
『……まあ便利だし良いか』
ラーヴァナは姿見から視線を外すと部屋の中を見渡す。
広い部屋である。客人用だと招かれた時に説明を受けていたが、そういう客人用の部屋の中でも等級としては最上の部類に入りそうな場所である。この一ヶ所で幾つか部屋が設けられている。ラーヴァナが姿見で格好を確認していたのは寝室に該当する部屋で、扉を出れば談笑を楽しめるだろう居室があり、更にはシャワールームやトイレなども存在する。
ラーヴァナの部屋を見た感想は高級ホテルの一室、それを更に豪華絢爛にした物である。全ての部屋に実用出来る家具以外に景観を華やかにする為の調度品が並べられ、それらがこの客室の品格を高めている。
『こんな物かな』
一応の身嗜みを整えたセーギは扉を開けて――その巨体を器用に動かして扉を潜る。扉が広くなければ人間に戻る必要があった――この寝室から居室へ移動する。
『セーギ終わったの?』
『ああ。終わったよ』
居室にはマリーが居た。マリーはラーヴァナの足下に駆け寄る。
『わあ、セーギ格好良いね』
『ありがとう。マリーも御粧ししてるからな。俺も負けていられないよ』
ラーヴァナがそう言ったマリーの姿は何時もと少しだけ違う。
生えっぱなしにしていた黄金の毛、そのふんわり感はしっかり残しつつ毛先を切って整えられている。それによって今までに無い野生だけでは備わらない優雅さを感じられる。
首にはディアンサスが贈った銀のリボンが巻かれており、それに合わせるように赤い石のブローチが付けられている。ブローチを選ぶ時にマリーが『セーギの瞳の色』に近い物を希望したので赤い石にしたのだ。
そして頭には人で言う婦人用の頭飾りのような物が乗せられている。マリーの銀角は未だ成長途中で小さく目立ちにくい。ならばもっと頭を豪華にしようと、こうして角に引っ掛けるようにして付けるティアラが採用されたのだ。そちらは銀のフレームに青い石が散りばめられている。こっちの青は『ラーヴァナの装甲色』をなぞった物である。
『マリーも格好良くなったな。……ん? 綺麗? 可愛い? ……マリーはどう言われた方が嬉しいんだ?』
『全部嬉しいよ?』
『そっか。じゃあ全部だ!』
『ありがとう!』
マリーに雌雄は無い。ただ本人もセーギもどっちでも良いと考えているのであまり深く考えていない。適当である。フォーチュンムースは『どちらにでも成れる』ので、その時その時で好きな性別になっている。だから2人の考え方は結構デタラメな物であったが、的を射ていたことになる。
現在のマリーは無性であるが、成長していけばその内に性別を発現することになる。マリーの親の聖獣ディアンサスなどは雌に比重が寄っていた。それは過去に助けた森人の母子からの影響が強かったからであり、母親という物に憧れを抱いたからでもある。
『……まだ時間があるな』
居室にある据え置き時計に目を向ける。王城に置いてあるだけあってその時計は装飾で彩られており豪奢である。円盤には8つの宝石を嵌められた目盛りがあり、その目盛りを指し示す針が1本あるだけで作りだけはシンプルである。
今までこの世界で時計を見たことがなかったラーヴァナは最初にこれを見た時は興味津々で観察した。前世の時計は時間の目盛りが12なのが基本だったからだ。
8つの目盛りはヴィージャル教の星を表わしているようで、その8つとは主神と7体の天使というわけである。頂点にある星は主神であり他の7つの星と比べ立派に装飾されている。
この世界の時計は1周で1日という進み方をしている。
そうしてこの時計で現在の時刻を確認する。前世の24時間――セーギの体感ではこの〈円天世界ニルヴァーナ〉の1日は前世の24時間と合わない――を無理矢理当て嵌めて考えると現在の時刻は朝の7時ぐらいである。
『迎えが来るまであと少しかな』
ラーヴァナは窓際まで移動すると外を眺める。その足下にマリーが来たので片腕で抱き上げる。
『……最初に城へ来た時は一番高い屋根の上に乗ったんだよな』
あれは許可を取っていなかったので不法侵入である。その時はシータも居たので勿論彼女も不法侵入である。しかし誰も気付いていなかったので罪に問われることはない。バレなければ犯罪ではないというのを地で行ったラーヴァナである。
『わぁー。やっぱり凄いねえ』
マリーが感嘆の声を上げる。
窓から見える風景はそれだけ感動出来る物だったのだ。
城は尖塔を除くと6階建て構造になっておりラーヴァナ達が居る客室は5階部分に存在している。城の土台自体が高く丘の上に作られたようになっており、更にその高い場所から外を眺めると城の中庭や城壁は勿論のこと都市の街並みを見ることさえ出来る。大通りの賑わいさえしっかりとその目に映るのだ。
『本当にお祭り騒ぎだな』
魔王である自身が国や教会と友誼を結ぶ。その式典があるからこその賑わいである。
民衆には未だに魔王ラーヴァナに対して不信感を抱いている者も大勢居る。だからこの式典はそんな民衆の不信感、つまり恐怖や不安を取り除く為に行われる国儀なのである。
『こんな大々的にしてくれるなんて……この国の王様には感謝しないと』
こういう式典では、その規模がそのまま迎える相手への重要度に直結している。用意までの期限は短かったが、それでもその期限内で取れる全力でこの式典の準備は成された。本来はもっと期限を延ばして有力な貴族や他国からの賓客を招く予定だったのだが、この式典を開くことを国王に直訴した者が可能な限り早く友好を示す方が良いと迫ったのである。
そうして無理をした所為でかなり問題もあったようだが、政に明るくないセーギにはこれでも十分に豪華な催しであると感じている。
(……式典の前にこの城に集まった人と食事会があるんだよな。王様達とは前日にも顔を合わせているからそこまで心配は無いけど……問題は『あの子』だよな……)
少しばかりこれからのことを思って悩んでいた時である。
この客室の外から扉をノックする音が響いてきた。そのノックの後にこの城で雑事をこなしている女中が声を掛けてくる。
――ラーヴァナ様、セレネ様がお迎えに上がりました――
それはラーヴァナに対して客人が来たことを伝える物だった。
そしてここへ来たらしい『セレネ』という人物をラーヴァナはよく知っている。だから彼は少しばかり疲れたように息を吐き、そして声を掛ける。『魔王ラーヴァナ』のイメージは崩さないように尊大な態度で。
『問題無い。開いている』
――それでは。失礼します――
メイドが扉を開き、そして道を譲る。
「失礼致しますラーヴァナ様、そしてマリーゴールド様。セレネでございます」
そうして開いた扉の向こうから現れたのは女の子であった。
歳は12。薄らと茶色掛かったブルネットの長髪を綺麗に編んでまとめている。年齢の割に大人びており同年代のナーダやサクラよりも発育が良く、歳を知らずに見れば10代後半にさえ見える。その女性として恵まれた肢体を青い花を刺繍した華やかな白いドレスで覆っている。利発そうな端整な顔立ちは人を惹き付ける魅力を持っており、水色の瞳は真っ直ぐにラーヴァナの姿を映している。
『ああ。おはようセレネ王女』
『おはよー』
「おはよう御座います」
娘の名はセレネ・ディールラ・グリッド・アヨーディ。この〈アヨーディ王国〉を治める国王の末子で正真正銘のお姫様であり、ラーヴァナが問題を感じていた『あの子』である。
セレネが部屋へ入ると付き人であろうメイドの女性も一礼してから入室し扉を閉める。
「ラーヴァナ様。大したもてなしも出来ず申し訳ありません」
『そんなことは無い。我は今のもてなしで十分以上に満足している。感謝しているセレネ王女』
「……勿体なきお言葉、光栄の至りです」
『そこまで謙るな。流浪の身である我と国を預かる一族の貴様とでは考えるまでも無く貴様の方が敬われる立場だ』
「申し訳ありませんラーヴァナ様。もし不快なお気持ちになったのなら今すぐにでも改めましょう」
『……不快という程ではない。ただ出来るならもう少し我への対応を下げて貰おう』
「……誠心誠意で努めます」
セレネはラーヴァナへ深く頭を下げる。この国の王家に仕える使用人が居るのに、そんなことは知らぬとばかりにセレネはラーヴァナに対してこのような謙る態度を見せる。しかし付き人のメイドは慌てない。何故ならもう先日の時点で慣れたからである。
セレネこそがラーヴァナと手を取り合うことを強く押し進めた人物である。
つまり今日という日に式典に漕ぎ着けたのはセレネの行動による物である。
『友誼を結ぶというなら我と貴様は少なくとも対等に近い立場になる。ならそれ以上の礼は不要だ』
「対等などと……身に余る光栄でございます」
少しばかりラーヴァナは頭を抱えたい気持ちになる。
他の王族、セレネの家族である彼らは一定の敬意と警戒は持ちつつ適度な距離感を取ってくれていた。それはセレネも同様であったが、こうして余人がいない場所で顔を合わせると跪かんばかりの態度を取るのだ。これがラーヴァナには悩みの種になっている。
『どうしたのセ……ラーヴァナ? 疲れたの?』
『そんなことは無い』
“言霊”で感情を読み取れるマリーはラーヴァナのが内心でセレネに対し気疲れしているのを見抜く。
「お疲れ? それは大変ですっ、今すぐにでも治癒士か薬の用意を」
『よせ。我は疲労とは無縁だ』
セレネのそういう態度が気疲れの原因である。
ラーヴァナは背後にある時計の針をその広い視野で確認する。
『そろそろ移動した方が良いのではないか? その為に迎えに態々来てくれたのだろう?』
「……その通りです」
『では行こう。人を待たせるのは性に合わん』
「お優しいラーヴァナ様。貴方様の仰るとおりに」
重い。肉体は頑強で体力は無尽に近いラーヴァナが疲れを感じる。
強く注意をすれば改めてくれるかもしれないが、見ている限り好きでやっているようなのでラーヴァナとしてはその気持ちを無碍にするのは気が引けるのである。それに、セレネの態度で何か害が発生しているわけではない。
セレネのこの態度もあくまでラーヴァナと私的に会っているか、それかこうして余人が居ない場合だけである。彼女は外面を作るのが抜群に上手い。『ラーヴァナとそれ以外』に対しての態度を明確に使い分けている。その中ではマリーと付き人を例外として扱っているようでこうしてこの場に2名が居てもラーヴァナに謙った態度を取る。
「ではラーヴァナ様。不肖私めが案内を勤めさせて頂きます」
『……ああ、頼もう』
ラーヴァナは内心で、自分は子供らしい子供の方が好きなんだなと思い至り、セレネにはもう少しだけでも良いから子供らしい態度になってはくれないかと悩んだ。
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名:セレネ・ディールラ・グリッド・アヨーディ
種族:普人
性別:女
年齢:12
レベル:58
スキル:【Delete】、早熟、初級魔法、思考加速、天啓
称号:アヨーディ国の王女、献身者、【羅刹覇王の信奉者】
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【Delete】:既に失われたスキル。彼女はもう【unknown】によって【unknown】を観測することは2度と無い。
早熟:成長速度が速い。全盛に至るのが早くその期間も長い。
天啓:【unknown】の消失に伴い【unknown】が失われた為、そのスキルの残骸が再構成された物。彼女は直感を超越した予知を手にする。任意発動は不可能であり、これはその名の通り天からの啓示である。
【羅刹覇王の信奉者】:青き魔王こそが世界救済の守護者……神であると信仰を捧げる者
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