72.仲良きことは尊きかな
「あいつに料理をねー……」
ディアンサスは背もたれに身を預ける。そして今し方理由を説明したシータをその金の瞳で映す。シータは頬を赤く染め照れながらもきちんと伝えきった。その姿を見てディアンサスは呆れたような空気を出しながら、しかし馬鹿にはしない。
(よくやるわねー。ただの友達相手に)
……馬鹿にはしていないが勘違いで感心はしていた。
そうしているとディアンサスが注文していた料理が届いた。彼女は食べやすい位置に引き寄せると匙を持ってカリィを掬う。
「わかる分だけで良いのよね?」
「うん大丈夫よ。こっちが一方的に頼んだことだし」
「本当にありがとうございますディアンサス様」
「やめてよお礼なんて。まだ何もしてないわ」
ルミーの礼を適当に流すとディアンサスは料理を口にする。
「……ん……」
目を瞑り……意識を沈める。
味に集中しているディアンサスを固唾を呑んで見守る2人。もし彼女達の着ているローブに認識阻害が掛かっていなければフードを目深に被って顔を隠した者が3人で食事をしているという怪しい光景になっていた。しかし3人はそんなことに意識の一欠片も割いてはいなかった。
ディアンサスは咀嚼していた一口を飲み込む。
ゆくりと目を開き、そして匙でスープの中を軽く混ぜて立ち上る香りを感じる。
「……何かに書き取る? それか口頭だけでいいの?」
「え?」
ディアンサスはそう言うと器の縁に匙を立て掛けて手を離す。
「使ってる香辛料……とりあえず全部わかったわ」
「「 !? 」」
シータとルミーは驚愕で目を見開く。ディアンサスが口にした言葉がそれほど衝撃的だったのだ。
「じゃ、じゃあこれに……」
「ん」
他にも客は居るので言葉に出すのは良くないと判断したシータは紙片と筆記具をディアンサスへ差し出す。ディアンサスはそれを受け取ると紙の上にサラサラと香辛料の名前を書き連ねていく。その動きに淀みは無くあっという間に10以上の名称がそこには並んだ。
「……何だったら香り・辛み・苦みの特徴とかも書いておこうか?」
「あ、お願いします」
「ん。……香辛料以外の調味料は?」
「わ、わかるの?」
「ちょっとは」
「……お願いします」
「ん」
そうしてディアンサスは紙片の一面に香辛料の名や特徴、そして使われている調味料を書けるだけ書くとそれをシータに差し出す。
「はい。とりあえず香辛料14種に調味料6種」
「――――――」
シータは呆然としながら戻って来た紙片と筆記具を受け取る。そしてルミーと一緒に紙片に書かれている品目に目を通す。そして紙片から視線を上げて正面に座っているディアンサスを見る。
「……それで良いかしら?」
「――――――」
ディアンサスは何でもないようにそう言った。事実彼女は特に誇るでもなくこれを行った。
その瞬間、シータとルミーにはディアンサスがこれまでにないほど輝いて見えた。後光が差しているレベルである。
「ありがとうディアンサスさんっ!!」
シータは破顔すると飛び上がらんばかりに喜びを露わにする。予想外の喜びようにディアンサスはびっくりして肩を跳ねさせる。
「べ、別にそこまで感謝されるようなことでも無いわよ。私はただ使ってる材料がわかったから書いただけだし」
「そんなことはありません! ディアンサス様はとても凄いです!」
「そうよ! ああ、本当に嬉しいわ、ありがとうディアンサスさん!」
「あ、うん、……そう? それほどでも……」
諸手を挙げて称賛してくる2人。それだけ褒められるとディアンサスは流石に照れ臭くなる。そうしているとルミーがはたと気付く。
「あ。ねえシータちゃん、ディアンサス様にも手伝ってもらうのはどうでしょう?」
「……成る程」
「え……何よ?」
2人が何かを決めた様子にディアンサスは眉根を寄せる。
シータは居住まいを正すとディアンサスに今思い付いたことを話す。
「ねえディアンサスさん。もし、出来ればなんだけど……この料理を再現する時、一緒に作ってくれないかな?」
「一緒……私が?」
「そう。ディアンサスさんが一緒に料理をしてくれたら凄く心強いわ。だってこんなに詳しいもの」
「……でも私、そこまであんた達と親しいわけでも……」
「それでも私は貴女と一緒にしたいわ。……駄目、かな?」
「駄目って、そもそも私は……」
別に友人でもない。だからそこまで手伝う理由もない。だからディアンサスはシータの申し出を断ろうと思った。だが―――
(……あれ? 私、ちょっと残念な気持ちになってる? なんで?)
何故か断りの言葉が途中で詰まる。まるで言いたくないかのように。
ディアンサスは自分の前に座るシータとルミーを見る。
彼女達と出会って半月程度。その間にあった交流は数えるほどだけ。関係でいうなら殆ど他人と変わりない。
それなのに、こうして席を共にするのは悪くなかった。それはきっとシータとルミーが真っ直ぐに思いや気持ちを伝えてくれるから。それが心地よかったのだ。
考え込むディアンサス。そんな彼女をシータは不思議そうな目を向ける。
「シータちゃん、あと一押しですっ」
「 ? ……何が?」
「…………」
ルミーが発破を掛けるがシータはわからなかったようで首を傾げる。ルミーは、ああ、そうだった。私の友達はこんな子でした、と若干諦めににも似た表情を浮かべる。
シータはどうして自分がディアンサスと一緒に何かをしたいのかと思ったのか理解していない。先日セーギへの『思い』を自覚したことでその方面が成長したと思ったが……まるで成長していなかった。
「……シータちゃんちょっと耳を貸してください」
「え? うん」
そうして2人はごにょごにょと内緒話を始める。
――ですから――どうして?――こういう時は――でも急にそんな――良いんですっ――そんな……恥ずかしい――そこを堪えて――それでどうすれば――だからこう言って――そうなの?――そうなんです――
そんな風に話しをしているシータとルミー。それを見ているディアンサスはまるで仲間外れにされた気がして拗ねる。
そう、不機嫌になった。ディアンサスはそんな自分の気持ちに驚く。
(あの輪に入れてほしいって思った? 私が? ……それって……)
「ディアンサスさん」
「っ……何?」
自分の気持ちに戸惑っているディアンサスにシータが声を掛ける。ルミーはシータを応援するように両手を組んで祈るような形にしている。
「えっとね……その」
シータは顔を紅潮させ両手を意味も無くもじもじさせる。かなり緊張しているようで、それがディアンサス自身にも届いてくるようで彼女も柄にもなく緊張してくる。
そしてシータが口を開く。
「私は……あの、ディアンサスさんと……もっと、仲良くなりたいなって……」
「――――――」
「……どう、かな? 私達、お友達に……なれないかな?」
恥ずかしがりながらも絞り出したようなその言葉。それにディアンサスは頭の奥を金槌で殴られたような衝撃を感じた。シータの怜悧で凜とした雰囲気は何処かへ飛んで行ってしまっている。というより普段から格好を付けているわけでもないのでこれが素であるといえば素である。ルミーは常々シータに対して外見と雰囲気が内面と乖離していると思っている。無自覚外面詐欺である。
自分より年上である筈のシータ、そんな彼女の裏の無いおねがいにディアンサスは頭がくらくらしそうになる。正直可愛いと思った。これで今まで友達が出来ていなかったとは詐欺ではないか? なんて考えも浮かんでいた。
「……はぁ……わかった、わかったわよ。……一緒にでも何でもしてあげるわよ」
何だか今日一日でかなり疲れていたディアンサスはシータの要望を受け入れることにした。
「……本当?」
「ああ、もうっ。本当よ本当! だからそんな目で見ないでよ!」
不安そうな目を向けられたディアンサスはそれを振り払うように手を差し出す。
「ほらっ! ……改めて、私はディアンサス・ラーダよ」
「―――うんっ、よろしくね! 私はシータ・トゥイーディアよ!」
差し出された手をシータは嬉しそうに握り返す。そして童女のようなあどけない笑顔を浮かべる。
「私のことは好きな呼び方……呼び捨てでも構わな―――」
「わかったわ! ディア!」
「……そうきたか」
「あれ、駄目だった? マリーちゃんはそう呼んでたよね?」
「……それで良いわ」
「そう? 良かった! ……あ、ねえねえルミー! 私友達が出来たわ! 本当に友達が出来たわ!」
見守っていたルミーはうんうんと頷いている。後押しをした甲斐があった。でも友達が出来たぐらいでそこまで感動されても困る。
「良かったですねシータちゃん。私もシータちゃんに新しいお友達が出来て嬉しいです」
「ルミーもディアとお友達になりましょうよ! それが良いわ!」
良いことを思い付いたとばかりにシータはルミーにそう勧める。
「私も、ですか? ……もし私も良いのなら……確かに嬉しいですが……」
ルミーは窺うようにディアンサスに目を向ける。ルミーのそれもシータに負けず劣らずな目であり、それを見たディアンサスは、あー、もー、と諦観が入った気の抜けた声を出す。
「2人3人も変わらないわよ、あんたの好きにしなさいよ」
「ではお言葉に甘えまして。……よろしくお願いしますディアちゃん」
好きにさせたら可愛い呼ばれ方をされた。
「……好きに呼べとは言ったけど……ああっもうっ! 良いわよその呼び方で! あんたもそんな目で見ないでよ!」
言葉遣いはあれだがディアンサスは押しに弱かった……というより好意に弱かった。こうも純粋に仲良くなりたいと迫られると断り切れなくなる。麒麟との出会いで気持ちが緩みディアンサスは少し素直になった。そしてその後にセーギと友達になったことが彼女のガードを緩めている要因である。
「あ、ねえねえディア。私の名前も呼んでくれないかな? 私のことも好きな呼び方で良いよ」
「そういえば名前は尋ねられたことはありますが実際に呼んで貰ったことは無かった気がします。ではどうぞディアちゃん、私のこともお好きに呼んで頂ければ」
「急に元気良くなり過ぎよあんたら!?」
「呼んでくれないの? 駄目?」
「強要するわけにはいけませんよね。寂しいですが仕方ありません」
「……呼ぶわよ!? 呼べば良いんでしょ!? ……シータ! ルミー! ほらどう!? これで満足!?」
文句を言いながらも何だかんだと受け入れてくれるディアンサス。そんな彼女をシータとルミーは、可愛いなー、なんて思いながら眺めていた。
こうして偶然この店に集まった3人は友達になった。
変に構いたがる2人にディアンサスは辟易とする―――しかし再び口にし始めたカリィはどうしてか、一口目の時よりも美味しく感じられた。
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