71.味の探求
◆◆◆
昼食を済ませたナーダと〈ホワイトアキレア〉の面々。ナーダは彼女達を連れてある場所まで案内した。そこにあった物を見て彼女達は一様に難しい表情を浮かべる。
「倒したから一応報告しておこうと思って」
「……これを……ガガナーダ君1人で? ……全部?」
「そうだ」
サリアが信じられないという面持ちでそこにある物を見る。
「嘘だろ……」
「凄い」
ジゼルとムルメも呆然とそれを見る。
ナーダが案内して彼女達に見せた物、それは昼前に仕留め尽くした赤狂いの小鬼の死骸、それを集めて積んだ場所であった。
3人共このモンスターがどれだけ危険な存在か知っている。ギルドから依頼を受けていたのがこのモンスターの討伐だったからである。
しかしこれを一目見て情報と差違があることに気付く。
ギルドからは出没した赤狂いの小鬼は3体と聞いていた。それなのに彼女達の目の前には10体以上の死骸が存在している。
3体だけなら問題無く処理できる自身があった。作戦や罠を駆使すれば危険なモンスターが相手でも優位に戦いを運べる。だからこそ彼女達はこの依頼を受けたのだ。
……だがしかし、この数は流石に予想外であり、そして無謀な戦力差であった。もし知らずに遭遇していたら危地に陥っていた可能性が高い。―――最悪誰かが殿の役目を買って出て他の者を逃がす必要があった。その殿の命がどうなるかは……語らずとも決まっている。
「どうする? もう少し依頼を続けるのか?」
「あ、……そ、そうだね。これは……少し、調査が必要かも、しれない」
ナーダ静かなの問いにサリアは深刻な表情で肯定する。
3体だけなら問題無かった。10体以上は手に余り危険だった。ならそれ以上は? これだけで終わりなのか? もしもっと数が潜んでいたら? もし赤狂いの小鬼より脅威度の高いモンスターがいたら?
冒険者として、力を持つ者として、ある程度の情報は手に入れなくてはいけない。サリアはそう判断した。だから迅速に行動へ移るべきである。
「だが、その前に……」
サリアはその前に聞いておかなくてはいけないことを尋ねる。この危険なモンスター、赤狂いの小鬼の群れを単身で仕留めたナーダという少年に。
「ガガナーダ君。君は……本当はどれだけ……強いのかな?」
ナーダの首元で光る銅製の認識票、そこには10級を表わす刻印がある。サリアはナーダの実際の強さは駆け出しに収まる物ではないと予想していたがこれは余りに予想外である。この戦果はただの銀クラスの冒険者では不可能である。
そこから導かれる答えは、ナーダが金クラス以上の戦闘力を有していることの証明である。
「そこはまあ……今は気にしなくていいんじゃないか? サリア先輩」
「それは……」
ナーダはそう言うが、サリアはどうしても身構え警戒してしまう。それは彼女だけでなくジゼルとムルメも強く警戒している。
男が恐い。だからその恐怖を克服したい。その為に接しやすそうな男性を探した。〈ホワイトアキレア〉の彼女達は何か問題が発生しても自分達で対処が出来るように低位の男性を選んだ。
しかし蓋を開けてみれば少年は単騎で彼女達全員を制圧出来る戦闘力を有していた。
これではナーダがもし無体なことを働けば彼女達は碌な抵抗が出来ずに毒牙に掛かることになる。
ナーダの性根がどうあれその恐怖は常に在り続ける。
だからこそ彼女達はナーダに対してどうしても身構え警戒せざるを得ない。
「……はぁ……」
「……っ、な、何だ!?、何だよっ!?」
ナーダは疲れたような溜息をこぼす。それにジゼルは噛み付くがその威嚇も最初の時と比べる威勢が無い。犬耳も彼女の不安を表わすように緊張で震えている。ムルメはそんなジゼルの手を握り支えるようにしている。
「……恐がらなくていい……って言葉で言ってもしょうがねえよな」
ナーダはモンスターの死骸に近付いて剥ぎ取りを始める。
「俺は先輩達が調査を続けるにしても退くにしても……無事に帰られるように努めるだけ」
小鬼種共通で討伐証明になる右耳を削ぎながら淡々と話す。
「調査が必要なら俺がやっとくし……もし俺と居るのが苦痛なら先に帰っても大丈夫だ」
危険な怪物である赤狂いの小鬼。その討伐証明部位だけを詰めた袋をナーダはサリアに投げ渡す。
「……だから判断は先輩達に任せるよ」
「…………」
サリアは自分達に今後の判断を委ねてきた少年を見詰める。
自分達よりも桁違いに強い少年。いくら年下だといっても彼ほど強ければどうしても恐怖が顔を出す。普段の彼女達ならここでナーダと解散し帰還を選択した筈である。
しかしサリアが出した結論は違った。
「……ムルメ。ジゼル。……悪いけど……私達もガガナーダ君と共に調査をしよう」
「サリア姉」
「サリアお姉ちゃん」
「彼にだけ任せるわけにはいかないよ。山の調査は私達が引き受けた仕事だし、しかも形式的には私達の方が上位者になる。……格好悪いことは出来ないよ」
サリアは不安そうな2人を勇気付けるように肩を叩く。
「それに、何時までも『傷』を抱えたまま生きるのは辛いじゃないか」
「…………」
「……うん」
ジゼルは犬耳を垂らしておりムルメは表情が強張っているが、それでも2人は神妙に頷く。そんな2人の様子に、サリアが勇気づけられる。
そしてサリアは今まで静かに結論を待ってくれていたナーダに向き直る。
「……そういうことだけど、私達も一緒に行っても良いかな?」
ナーダは首を縦に振る。
「俺は先輩達の意思を尊重するよ」
「……ありがとう」
事情を抱えながらも両者は共に行動することを決めた。
恐怖はある。警戒はある。しかしそれだけではない感情も確かにある。サリアは目の前の少年をもっと信頼しようと思った。だから彼が『男』であっても頑張って歩み寄れるのだ。それに―――
「しかしガガナーダ君。君……」
「何だよ?」
「いや、その……」
サリアはナーダの頭に付けている物を見る。
「……似合ってるね」
風でゆらゆらと揺れる可愛い白いリボンを。
「……うっせぇ」
ナーダは渋い表情をする。そしてサリアから後ろに居るジゼルとムルメへ視線を向ける。ジゼルは難しい表情をしているがそこまで恐がっておらず、ムルメは理由は不明だがナーダのリボン姿を見て強く頷いている。
―――男が恐いという〈ホワイトアキレア〉の面々。そんな彼女達の為に先程から生き恥を晒し続けている少年の優しさ。それを無駄にしたくないという気持ちが彼女達にはあった。
目尻は鋭さがあるが瞳は大きく全体的に丸い……だが男だ。
赤みが掛かった黒髪も男にしては長めであり肩程まで伸びており、風を受けてさらさらと揺れる……だが男だ。
声は変声前で高く中性的だ。聞きようによっては女の子にも思える……だが男だ。
白いリボンが黒い髪と褐色の肌によく似合っている……だが男だ。
あんまり見られると恥ずかしいようだ。顔が僅かに紅潮している……だが男だ。
ムルメより背は高いがサリアやジゼルより低い……だが男だ。
これからこの子と山の調査に向かう……だが男だ。
現在の〈クラム山〉は先程赤狂いの小鬼というモンスターが出没したようにかなり危険な状態であることが予想される……だが男だ。
『マム』が出資しているお店の名は〈女神の吐息〉である……だが男だ。
「―――おい、先輩達。何考えてんだ」
……だが男だ。
「……い、いや別に、なにも?」
「ばっ!? あたしは変なことなんか考えてねえぞっ!?」
「……あり? ……むしろ……」
思考が変な方向へ飛んでいた〈ホワイトアキレア〉にナーダはじとっとした視線を向ける。
「……本当に大丈夫かよ……」
さっきまでとは違う不安を抱えたナーダは1人溜息をこぼした。あと、何故か無性にサクラへ拳骨を落としたくなった。
◆◆◆
シータとルミーは共だって外出していた。セーギが出掛けているのは人伝で既に聞き及んでいたので早々に2人だけで外出する予定を組み立てることが出来たのだ。
そうして彼女達が来たのは先日食事をした異国料理店〈女神の吐息〉である。
2人は席に着くと前回食べた物とは別の『カリィ』を注文して口にしている。
「どうですかシータちゃん、わかりますか?」
「……2……いや4……むぅ~……。駄目、5つぐらいしかわからないわ」
シータとルミー、2人で違う種類のカリィを注文して食べている。シータは時折ルミーの物も口にしながら頭を抱えている。
「やっぱり、厳しいですか?」
「うう~……複雑よ、これ……。香辛料が幾つ使われてるかは大体でわかるけど……個別に種類を判断するのは難しいわ」
「私は3つもわかりません」
彼女達がこの店に来てしているのはカリィに使われている香辛料を調べることである。
どうして彼女達はこんなことをしているのか? それはセーギがこの店の味を気に入っていると言っていたからである。
その言葉を覚えていた2人は行動を開始した。彼が好きだと言っていた味を自分の手で作る。その為にこここへ来た。
シータはこのカリィの味を模倣しようと画策し、ルミーは店の者に直接尋ねるという手段に出た。
結果はどっちも失敗に終わりそうになっている。
最初にルミーが店の料理人に配合は無理でも使用している香辛料を教えてくれないかと交渉したが拒否された。
そして次策はシータが自身の舌で使用している香辛料を探り当てることであった……だがこれも失敗。あまりにも配合が複雑すぎて料理に馴れた彼女でも判別が出来なかったのだ。
「そもそも一つの料理にここまで香辛料を使うなんて……始めて見たのよ」
「……本当に何処の料理なんでしょうか」
2人で首を傾げ、むー……、と悩む。美味しい料理なのだが匙を持つ手があまり動いていない。味を探るのに集中し過ぎて食べるのが疎かになっている。
そんな2人を不審に思った……心配になったのか店員がテーブルに近付く。
そうして声を掛けてきたのはあの若い女性の店員だった。
「……あの、お客様……大丈夫ですか? もしや料理に何か……」
「あ、ごめんなさい違うの。ただ使ってる香辛料が気になってて……」
「お料理はとても美味しいです」
自分達の様子が店の迷惑になったかもしれないと思ったシータとルミーは店員に謝る。それを聞いた若い店員は納得した様子を見せる。先程ルミーが厨房の料理人に何事かを聞きに行っていたのを見ていたのだ。
「あー……、すいません。マムからは使用している材料は『きぎょうひみつ』だと言われているので」
「マム? それって店長さん?」
「あの方ですか?」
シータとルミーが視線を向けたのは最初にこの店に来た時にテーブルへ案内してくれたあのふくよかな女性だった。誰のことかわかった若い店員はそれを否定する。彼女は他所から雇った人であると。それに厨房に居る料理人も違うとついでに教えてくれた。
「マムはこの店のメニューを決めて出資を済ませると「後は自由にして良い」と言って他所の国へ行ってしまいました。そして出て行く際に材料や調合は『きぎょうひみつ』にするようにと。ですので知る方法はマム本人から聞くか自力で……味覚で判別するかだけかと」
若い店員からそう聞いたシータとルミーは再び難しい顔をする。たった今自力では難しいと判断したばかりである。
シータは小さく溜息をこぼすと若い店員へ向き直る。
「……迷惑を掛けたようでごめんなさい、ええと、貴女は」
「お気になさらずお客様。私はこちらで働かせて頂いていますミル・マイナと申します」
若い店員ミル・マイナは薄い青紫色の長髪を緩く編んだ髪型にしている頭を小さく下げる。
「ミルさんですか。今日はありがとうございました」
「私からも。本日は色々とこちらのお店に御迷惑をお掛けしました」
「いえ、滅相も無いです。私もお力になれず―――」
そうしてシータとルミーも頭を下げた時、この店に新たに来店してきた者が現れた。
「1人。いけるかしら?」
現れた人物はローブを着てフードを目深に被っていた。そのローブは認識阻害の魔法が掛けられた一品であった。
シータとルミーはその高い能力で認識阻害を抵抗出来る。だからその人物が誰なのか一目でわかった。何より特徴的なその暁色の髪を見間違う筈も無い。
「あ」
「……あれ? あんた達……」
入店してきたのはディアンサスであった。
――――――
「何? この料理に使ってる香辛料が知りたいの?」
「そうなの」
「わかりますか? ディアンサス様」
「……まあ食べてみないことには……ね」
顔見知りということで同席した3人。どうやら始めてこの店に来たらしいディアンサスはシータとルミーにこの店のお勧めを聞くと2人が何故この場に居るのか理由を尋ねた。
ディアンサスの注文が終わるとシータとルミーにこの店で出している料理の味、その秘密が知りたいと聞かされ今に至る。
ルミーはディアンサスが料理が趣味であることを前に聞いていた。だから彼女に一縷の望みを掛けたのである。それに対してディアンサスはとりあえず自分の注文が届いて味を見てからであると言って、店員から届けられた水を飲んで一息を吐く。そして水差しからお代わりを注ぐとまた冷たい水で喉を潤す。
シータはそんな疲れた様子のディアンサスを見てあることに気付く。
一緒に出掛けていたらしいセーギの姿が見当たらない。
「……そういえばセーギ君は? 確かディアンサスさんと一緒って」
「ボフォッ!?」
「きゃあっ!? 大丈夫!?」
「ハ、ハンカチをっ」
口に含んだ水をぶち撒けたディアンサス。カップで跳ね返った水が彼女の顔を思いっ切り濡らす。それに慌てたシータとルミーは席から立ってディアンサスの傍へ行こうとした。
「まっ、ゲホッ!?……待って、ゴホッ!? ゴホッ!? ……だい、大丈夫だからっ、ゲホッ!?」
見るからに大丈夫ではない。
しかしディアンサスは鋭い目を向けて2人の助けを止める。だが涙になっているのでその鋭さも頼りない物になっている。
シータとルミーは心配するが、本人からそう強く言われればそれに従うしかない。
それに相手が自分達に匹敵する身体能力を備えているのも判断材料になっている。彼女達は強いので肺まで水が入ろうが肺胞が幾つか破裂しようが少しぐらいなら平気である。
そうしてディアンサスが落ち着くのを待つ。彼女は水を飲んでた時とは違う理由で疲れた様子を見せる。その後に不機嫌そうな顔でさっきの質問に答える。
「……セーギならもう別れたわよ。……今何をしてるかまでは知らないわ」
逃げてきたから知らない。セーギは今もディアンサスを探している。
「そう……」
ここに来ないことがわかってシータとルミーは少し残念そうな、でも安心した様子を見せる。会えないのは寂しいが今はセーギに対内緒でここへ来て味を調べている。だから来られないことに安心したのだ。
ディアンサスはそんな2人の姿を怪訝そうに見る。
「何よ、あいつに何か用があったの?」
シータとルミーは視線を交わして理由を正直に言うかどうかを目で会話する。
一瞬にも満たない時間。それで彼女達はやり取りを終えるとディアンサスへ向き直る。2人は正直にディアンサスへ言うことに決めたのである。
「その……実はセーギ君に―――」
――――――




