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70.素直じゃない貴女

 ジゼルとムルメが一泣きして落ち着いた時であった。


「おーい、サリア先輩ー!」

「おや?」


 サリアは遠くから聞こえる声に耳を傾けた。それはナーダが自分を呼ぶ声だった。


「すまない、どうやら私が呼ばれているようだ。少し見てくるよ」


 そう言って立ち上がりサリアは声が聞こえた森の方へ足を向ける。その姿をジゼルとムルメは心配そうに見上げる。


「だ、大丈夫なのかよサリア姉」

「私も……一緒に……」


 2人と比べればましであるとはいえ『マム』が救った女性達全体で見ればサリアの症状は軽くはない。それでもナーダと率先して会話をしていられたのはジゼルとムルメという妹分が居たからに他ならない

 ムルメは13歳。ジゼルは10歳。そんな子が頑張っているのだ。二十歳目前の自分が彼女達を守らなければという一念で頑張っているのだ。だからサリアは何でもないというような笑顔を浮かべて妹分の2人に言葉を掛ける。


「大丈夫だよ。2人は私とガガナーダ君が戻ってきた時にすぐ食事が摂れるように準備していてくれないか?」


 そう言ってサリアはナーダが待っている少し離れた木の陰へ向かおうとして……歩みを止める。

 何故かナーダは木の陰から手だけを出して手招きしている。ゆらゆらと。


「な、何やってんだあいつ……」

「……何か……こわい……」

「…………」


 恐怖症とか関係無く不気味である。サリアは今の自分がジゼルとムルメに背を向けていて良かったと思っていた。今の彼女の顔はかなり引き攣っていた。今からあそこへ行くのかと考えたら腰が退ける。

 これまで都市の中を歩く時は男性を視界に極力入れないようにし、入ったとしても意識に拾わないようにしていた。それにお店は店員も客も女性中心の場所を探して利用している。だからギルドの受付は基本的に女性職員であるのはかなり有り難く思っている。

 そして『マム』に救われ男性恐怖症を発症していなかった、もしくは直ぐに治った『仲間』のことは凄く尊敬している。『マム』が出資して開店したお店で男女問わずに相手をするムルメの姉も尊敬の対象である。


(だ、だから頑張るのよサリア! 私は彼女達のお姉ちゃんなのよ!)


 これまで頼りになるところを見せてきたサリアはこのぐらいで屈するようなことはしない。それに相手はあの女の子みたいな顔をした少年なのだ。普通の男性らしい男性を相手にすることを考えればかなりましである。

 そうして力強く……力みすぎて固いぐらいであるがサリアはしっかりとナーダが陰に居るであろう木の場所まで辿り着く。

 そこでサリアは直ぐに覗き込む前にナーダに気付かれないよう静かに深呼吸する。

 心の準備を整える。

 サリアは然るべき準備を済ませると意を決してナーダの姿をその目で見られるように一歩を踏み出す。


「ガガナーダ君、いったいどうしたんだい? もしかして何か問題が―――」


 木の陰を覗き込み、サリアは驚愕で目を見開く。


「……よう」


 そこに立っていたナーダは少し拗ねたような表情をしてサリアを出迎えた。


「―――ガ、ガガナーダ君……そ、それは?」

「…………」


 ナーダが身に付けている『それ』を見てサリアは混乱しながら指し示す。

 それに対してナーダは覚悟を決めたように口を開く。


「……これなら」

「え?」

「これなら、ちょっとは、一緒に居やすいか? サリア先輩」

「……あ……」


 サリアはどうしてナーダがそんな物を身に付けているのかその言葉で理解した。それと同時に胸の奥に温かい物が湧き上がるのを感じた。


「う、うん……多分……大、丈夫」

「……そうか。……じゃあ行こうか」


 そう言ってナーダは歩き出す。そうすれば木の陰から出ることになり、彼の姿は今もサリアのことが心配でこちらへ視線を向けているジゼルとムルメの目にも映ることとなる。

 ジゼルとムルメもその表情を驚愕に染める。その表情は姉分であるサリアとよく似ていた。

 〈ホワイトアキレア〉の3人。彼女達が見たことで驚いた物。


 ナーダはその少女然とした顔、それによく似合う『白くて可愛いリボン』を髪に結んでいた。


 ◆◆◆


 セーギとディアンサスは来た時のように飛行と疾走を駆使して〈城塞都市クルルス〉まで帰還した。そして早朝とは違って人が多くなっており、その人目を遮る為にディアンサスはローブを着てフードを被っている。その状態で門を潜り都市の中を歩く。2人は道の端を歩きながら雑談に興じている。


「―――普通の森人(エルフ)の人達って髪の色は緑っぽい色なの?」

「そうよ。だから私のこれは特殊なの」


 フードの内側から覗く暁色の髪をディアンサスは指で摘まんでセーギに見せる。それは中天にある太陽の光を浴びて煌めく。それは聖獣によって救われた証であると同時に家族の愛の証でもある。生きる為に足掻き、出逢いに恵まれたからこそディアンサスはこうして生きている。暁色の髪はそんな彼女の象徴でもある。


「へー……、でも本当に綺麗だよねディアンサスさ……ディアンサスの髪」

「自慢の髪よ」


 長い髪は手入れに手間が掛かる。それは異世界も変わりはなく、セーギの周囲の女性は少なからずヘアケアに気を使っている。―――ただ魂の位階が上昇するに伴い肉体強度に変化が訪れるので強ければ強いほど外部から受けるダメージに耐性が出来るので髪の傷みも防がれる。だからセーギの居た世界ほど手入れに時間を掛けているわけではない。

 ちなみにセーギがディアンサスを呼び捨てにしているのは本人からそう要求されたからである。セーギはそのことに内心かなり喜びを感じた。それはつまり2人の仲が深まったことを意味するからである。……発言は『さん付け気持ち悪いから呼び捨てにしなさいよ』と中々に辛辣でセーギはちょっとだけ傷付いた。


 髪を褒められて得意気にニンマリと笑みを浮かべるディアンサス。そんあ彼女を見てセーギは癒やされる。こうして話しているとディアンサスは機嫌がわかりやすく、基本的に親切で面倒見が良いことがわかる。

 セーギは彼女自身や森人(エルフ)の話しを聞いて思ったことがありそれを尋ねる。


「そういえばディアンサスは森人(エルフ)の皆と親しくなれたの? 前に家族以外にも友人に料理を振る舞ってるって話しを聞いたけど」

「そうね、……直ぐには無理だったけど年下の子とかは早かったわよ。根が素直だしね。同年代も1回徹底的に力の差を見せてやったら大人しくなったし。その後は普通に友達とかも出来たわ。まあ別に森人(エルフ)も頭の固い奴ばっかりじゃないってことよ。……年寄りは何時までも口うるさいけど……」


 幼少期は色々とあったようだが現在は良好な関係を築けるに至ったらしい。それを知れたセーギは安心し、それと同時にディアンサスを尊敬する。

 ディアンサスは自身の力で周囲の目を変えたのだ。それを成し遂げたのは並大抵のことではない。


「格好良いなあ……」


 それは自然と出た言葉であった。


「何よ急に」

「あ」


 セーギの言葉にディアンサスは怪訝そうな顔を向ける。それでセーギは自分が口にした言葉に気付いた。女の子相手に格好良いというのはどうなのか? と思ったが、それでも彼がディアンサスに対して格好良いと思ったのは本当なので正直に答えることにした。


「いや、ディアンサスのその生き方? そういう自分の中に在る大切な物を貫く姿勢が凄いっていうか、その……そう、俺にはそれが凄く……格好良いと思ったんだよ」

「…………」

「だからディアンサスのこと、尊敬してる」


 セーギの真っ直ぐな称賛。それに対してディアンサスは―――


「そ、そう?」


 ―――満更でもないような素振りを見せる。しかしそう手放しで褒められるのは少し恥ずかしいのか、そんな彼女の内心を表わすように摘まんだ髪先をくりくりと弄る。

 そしてディアンサスはセーギから顔を背ける。フードがあるので彼女の顔はセーギの位置から窺えなくなる。その状態でディアンサスは口を開く。


「あー……、わ、私も、あんたのこと……悪くないと思ってるわ」

「 ! 」


 セーギは感動した。以前は『仲良し小好しする気は無い』と言っていたディアンサスがそう言ってくれたのだ。その事実に無性に嬉しくなる。


「……ディアンサス、この前にした話しなんだけど」

「何?」


 顔は向けてくれない。でも話しにはきちんと耳を傾けてくれているのがわかったセーギは本題を切り出す。それは以前も一度ディアンサスにした話しである。その時は素気なく断られたが、それでもセーギはもう一度ディアンサスに対してそれを求める。


「その……友達になってくれませんか? 俺と」

「――――――」


 ディアンサスの歩みが止まる。

 セーギはそんな彼女より一歩だけ先へ進み、向き合うように立ち止まる。フードを被っているのと顔を俯かせている所為でディアンサスの表情はわからない。


「やっぱり俺、ディアンサスと友達になりたいんだ」

「…………」

「……駄目、かな?」


 セーギは不安になる。顔が見えなくて表情がわからないこともそうだが、これは以前にも一度断られたことである。もし不愉快だと思われたらどうしよう、そういう不安がセーギの心に顔を出す。

 でも、もしかしたら……受け入れてくれるかもしれない。そんな期待をセーギは強く持っている。だから彼はこうして再びディアンサスに友達になることを求めた。

 フードから覗く煌めく髪が揺れる。


「……ぃ……」


 小さな声。それがフードの奥からこぼれる。

 か細いそれをセーギは聞き漏らさないよう目の前の彼女を見詰め耳を澄ませる。


「……いいわよ……友達……なっても」

「――――――」


 セーギの頭の中にその言葉がゆっくりと染み込んでいく。

 僅かに上げた顔。そこから覗くディアンサスの美しい顔は赤く染まり、視線も揺れて定まらない。しかし彼女が口にした言葉に聞き間違いの余地は無かった。彼女の照れで潤んだ視線は何度かセーギのところで止まり、また泳ぐといったことを繰り返している。


「……本当に?」

「……うん」


 セーギは自分を指差してディアンサスに尋ねる。


「俺、ディアンサスと友達になれた?」

「……っ! ……だからそう言ってるでしょっ!」

「 ! 」


 理解する。目の前の少女と自分は友達になれたということを。セーギは良い笑顔を浮かべて一歩を踏み出し、ディアンサスの手を握る。


「よろしくディアンサス!」

「な、なによっ。……なにそんなに喜んでるのよ意味わかんないっ!」


 ディアンサスは恥ずかしそうに、でも嫌がる素振りは見せない。ただ照れているだけ。セーギも少し照れ臭くなったのか顔を赤くして困ったように笑う。


「あ、いや……やっぱり嬉しくて……あはは……」


 そんな子供みたいな仕草をするセーギにディアンサスは苦笑する。そんなに嬉しそうにしてくれるとこっちも悪くない気持ちになる。でもそれを正直に言うのは何だか癪だったディアンサスは苦笑を意地悪な笑みに変えてセーギを見る。少しだけからかいたくなったのだ。


「全く、それだけ喜ぶなんてどれだけ私のことが好きだったのよセーギは」


 何てことは無いからかい。少しばかり笑い合って終わると思っていた言葉。


「……え?」


 それなのにセーギは呆然として顔を真っ赤にしディアンサスの顔を見詰めている。


「あ、え、あれ?」


 予想していなかったセーギの反応にディアンサスは困惑し、顔が茹だりそうに熱くなり―――


「な、何照れてるのよ!? こんなのただの冗談、言葉の綾みたいなもんでしょ!?」

「ぅえ!? ご、ごめん!?」


 ―――自分から有耶無耶にすることにした。

 そうすると今度は繋がれた手に意識が集中してしまう。そこから自分の熱が相手に伝わりそうで……それがいやに恥ずかしく思えてディアンサスは頬が引き攣る。


「てゆうか! い、何時まで手を握ってんのよあんたは!?」

「はいすいませんっ!?」

「それに近いっ!? こっち見んな変態!?」

「そこまで!? 変態じゃないよ!?」


 手を離して弾かれたように2人は一歩分だけ距離を取る。

 ディアンサスは繋いでいた手を胸に抱えるようにしてセーギをまるで威嚇するように睨み付ける。感情の昂りに呼応してか目の端から火の粉が散る。


「ちょ、ちょっと格好良いからって調子に乗るんじゃないわよ!? この私と簡単に友達になれると思ったら大間違いだから!?」

「え!? 今さっき友達になったって」

「言ってない!? 言ってないから!? セーギの聞き間違いよ!? 私と友達になりたければこの私を倒してからにしなさいっ!?」

「ええええっ!!?」


 2人のやり取りが変な方向へ行く。お互いにさっきの恥ずかしさが尾を引いているので妙にテンションが高くなっている。頭が沸いているとも言う。

 周囲の人々は「喧嘩か?」と目を向けるが、そこに居るのが男と女であるのがわかると「なんだ痴話喧嘩か」と立ち去ろうとし、やっぱり面白そうだと足を止める。

 白熱してきたセーギとディアンサスはそれにまだ気付かない。


「ほら掛かってきなさい!? あんたみたいな軟派な優男、私が灰にしてやるわ!?」

「何言ってんの!?」


 そんな沸いた頭でするやり取りに中身は無い。ディアンサス自身自分が何を言っているのか理解していない。適当に喋っているから。だからかセーギの方がいち早く周囲の状況へ目を向ける余裕が戻る。


「……あ……」

「さあどうしたのよ!? 来なさいよセーギ!? 武器なんて捨てて掛かってきなさい!?」

「武器なんて持ってないから!? ……そうじゃなくてディアンサス! 周り! 周り!」

「はぇ?」


 ディアンサスが周囲へ目を向けるとそこには知らぬ間に見物人が集まっていた。聞こえてくる声を聞けばどうやら殆どの者が2人が痴話喧嘩だと思い、その行く末を見ようとしている。

 突然(ディアンサスの中では)の事態に少しばかり思考が白くなった。しかし“思考加速”がある彼女は直ぐに立て直し、今の状況を見直すことが出来た。


「―――っ!?」


 そしてさっきまでの自分の醜態を理解した。……理解出来たのが当人にとって良かったのか悪かったのかは別問題だが。

 どうやら落ち着いてくれたようだと判断したセーギは恐る恐る俯いて震えているディアンサスへ近付く。


「えーと……その……ディアンサス?」

「…………」


 返事が無い。だからセーギは肩でも叩いて気付けをしようと思った。

 しかしその必要は無かった。


「っ!?」


 セーギは突然ディアンサスに胸倉を掴まれる。

 ディアンサスはフードの奥からセーギを強い瞳で睨み付ける。


「ぅぅぅ……っ!」


 唸り声を上げ、唇を噛み締めたディアンサスは真っ赤な顔をしていた。


「っ!!」

「わっ!?」


 そして胸倉を掴んでいた手でセーギを突き飛ばすように押しのけたはディアンサスは街道の向こうへ走っていく。セーギはそれを見送ることしか出来ない。


「馬鹿あああああああっ!?」


 ディアンサスは羞恥を振り切るように声を上げながら全力でこの場から走り去り、街道の向こうへ消えていった。


「…………」


 1人残されたセーギは周りの人から「振られたな」「気にすんな」「出会いなんていくらでもあるさ」なんていう少しズレた言葉を掛けられる。呆気に取られていたセーギはそれで正気を取り戻すと追い掛けるように走り出す。


「いや、ちょ、ディアンサス!?」


 ―――その後セーギはディアンサスを探したが見つけることが出来ずに見失ってしまった。



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