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69.立ち聞き

 洞窟から出たナーダと〈ホワイトアキレア〉の面々。空を見上げれば陽は中天を少し過ぎた時間になっていたので休憩と合わせて食事にすることにした。

 ナーダは私用があると言ってから彼女達と一時的に離れて森に入っていった。

 〈ホワイトアキレア〉の3人は洞窟の出入り口近くで魔物除けの香を焚きながら食事の準備に取り掛かっている。


 ムルメは魔法の道具袋から持ち運び用の焜炉を取り出して鍋で水を湧かす。今のムルメは先程までと違い不安げな様子は無くかなり落ち着いて見え手際良く調理を進めていく。

 サリアはムルメの隣りで洞窟内で少し摩耗した武器の点検をしている。自分の物だけでなく他の2人の武器や防具も状態を確かめている。水や砥石、油に端切れなどを使って手入れしていく。


「なあ、サリア姉」


 そしてその間の索敵を担うジゼル。彼女がサリアへ話し掛ける。


「どうしたのジゼル。何かあった?」


 サリアは作業を終わらせて刃などは危なくないように鞘に仕舞ってからジゼルへ優しく微笑み掛ける。サリアもムルメ同様に先よりも気が楽そうに見える。

 ジゼルは幾らか嶮しさの抜けた表情で周囲に目を配らせる。その動作は誰かを気にしているようであり、サリアにはジゼルが気にしている相手がナーダであると察せられた。


「彼のことかい?」

「……うん」

「わかった。ほら香も焚いてるから、隣りにおいで」


 〈クラム山〉には強いモンスターは少なく、それもこの洞窟のあるような浅い場所にはこの魔除けの香を越えて態々接近してくるようなモンスターは希である。だから周囲はあまり気にしなくて良いとサリアはジゼルに言って自分の隣りに座るように誘う。

 ジゼルはあれだけ攻撃的な様子が嘘だったようにしおらしい。そして彼女は立てた膝を抱くように座る。犬耳も邪魔にならないように紐で押さえている尻尾も今は力無く垂れている。


「どうだい、調子は? ジゼルもそうだしムルメも」

「…………」


 サリアの問い掛けに2人は口を噤む。答えない2人をサリアは特に責めることもせず、代わりに自分の目で2人の調子を確かめる。


「変な汗はかいてないし顔色もそこまで悪くない。呼吸も落ち着いてるし……うん、そこまで酷い症状は出てないね」


 そこで一端言葉を切る。そして再度サリアは2人を見る。ジゼルもムルメはその視線を真っ直ぐ見られないのか顔を逸らす。まるで悪いことをした幼子が誤魔化すような仕草。

 そんな2人へサリアは微笑みながら、少しだけ哀しさを堪えたような目を向ける。


「……大丈夫。……ガガナーダ君は優しい子だよ。私達が抱えた物を察してそれを詮索せず、自然体で接してくれようとしてくれてる。それに外見だって『恐くない』だろ?」


 サリアの言葉を聞けば聞くほどジゼルは体を小さくする。ムルメは気まずさを紛らわせるように食事を仕上げていく。


「……ごめんサリア姉、それにムルメ姉」


 ようやく口を開いたジゼルは2人へ謝った。それが耳に届いたムルメは作業の手が止まる。


「何がかな?」


 サリアは尋ねながらジゼルの頭へ手を乗せ優しく撫でる。ジゼルはその手を受け入れながらポツリポツリと話し出す。


「だってあたし……あんな……無闇矢鱈に噛み付くような態度取ってたら……きっと2人にも迷惑掛ける」

「私のことは気にしなくてもいいよ」

「……私も、そうだよ……ジゼルちゃん」


 ムルメは焜炉の火を止めてジゼルの傍、サリアが居る位置とは逆側へ腰掛ける。

 2人の間に挟まれたジゼルは殊更に俯く。


「ジゼル。辛いならそう言葉にした方が良い。今ここには私達しかいないから」

「だから、安心して? ……私が言うと説得力が無いかもしれないけど」

「っ!?、そんな、そんなこと……っ!」


 ジゼルは弾かれたように顔を上げた。その表情は弱々しく脆く見える。サリアはそんな彼女を落ち着かせるように垂れた耳を指先でくすぐる。


「……ぅぅ……」

「大丈夫だよ。私だって彼が想像より強くて……恐くなったんだから」

「……ぇ……?」


 弱音を吐いたサリアへジゼルは驚いたような目を向ける。


「私も、恐かった、です」


 ムルメもサリアに続くように自分が抱いた感情を吐露する。

 そしてサリアは困惑しているジゼルへ笑いかける。


「ね? 私達だって未だに男性が恐いんだ。どうだい情けないだろ? ……ジゼル。君の姉分は別に強くはないんだよ。……あれから1年も経つけど……ままならないよ」

「私なんて……何時もサリアお姉ちゃんと、ジゼルちゃんの陰に隠れてばかりです。これじゃあ都市のお店で働いてるお姉ちゃんに叱られそうです」


 男性恐怖症。

 〈ホワイトアキレア〉の3人はそれを患っている。この1年でかなり快復したとはいえ『他の助けられた女性達』と違い、この3人は日常生活を満足に送れるようになるのに少しばかり時間が掛かっている。『助けてくれた者』が住む場所や金銭などの面倒を見てくれているが、その好意に甘えてばかりいるわけにはいかないと3人は行動しているのである。


「……あたし」


 ジゼルは自分でも情けない声が出たと思った。でも弱さを晒した……弱さを共有してくれている姉分の2人へ交互に視線を向ける。そして立てた膝に顔を埋めるように俯く。


「……折角サリア姉が男っぽくない外見の子を見繕って組んでくれたのに、……あたし、嫌な態度取ってばっかりだ」


 ナーダに対して攻撃的な対応をしていたのは恐怖の裏返し。


「冒険者を始めてもう半年。……そこらの男より強くなったのに」


 強くなれば恐くなくなると思っていた。


「……何でっ……まだ恐いんだよぉ……っ」


 だけど心に負った傷は簡単には治らない。その傷は今もジグジグと心を痛める。


「っ……ジゼルちゃん」


 ムルメは自分よりも大きな、……だが、自分よりも年下である幼いジゼルを抱き締める。


「……急がなくていい。『マム』だって私達が無理をすることなんて望んでいないよ」


 サリアはそうして抱き合ったジゼルとムルメを包むように、優しく抱く。声も上げずに泣く2人を慰めるように。


 ――――――


「…………」


 木の陰に隠れ彼女達の様子を見ていたナーダはその光景を見るとそのまま立ち去るように森の中へと入っていく。


(……ああ、クソっ。なーんで聞いちまったのかなあ)


 能力(スキル)“影身闊歩”はナーダの気配を彼女達の知覚から完全に外すことが出来る。

 ナーダはどんどん森の奥へ進みながら空を仰ぐ。予想はしていた。彼女達の自分に対する態度のそれが『恐怖』に由来している物だと。だからこれは想像通りのことだった……それでも彼は罪悪感のような物を覚えていた。

 暴力団(ギャング)のような裏で生きる物に属していた、クソったれの方に立っていたナーダは知っていた。心無い者に襤褸雑巾のように扱われた女性がその後どのような状態になるのか。そして例え体の傷が癒えても、『心』はそう簡単には治らないことを。

 少年は見上げていた視線を下げる。


(どうしようかなあ……)


 ナーダは背負っている荷物袋に入っている『ある物』に意識を向ける。それは知らない内にサクラに入れられていた物であり、ナーダはそれを見て「帰ったらグーで殴る」を実行しようと考えていた。……そんな甚だ彼には不本意な物がそこにある。


(……あー……、俺ってこんなに馬鹿だったっけ?)


 左手を振るって“蛇砲縛鎖”を撃ち出す。

 黒蛇が身をくねらせながら木の陰から飛び出し錆びたナイフを持つ赤狂いの小鬼ゴブリン・レッドキャップを拘束、体の自由を奪うとそのまま黒蛇は牙を剥き首へ噛み付く。


『ッ!?』


 喉を圧迫されて悲鳴も上げられない赤狂いの小鬼(レッドキャップ)はそのまま毒を注入されて地に伏せる。強力な麻痺毒によって筋肉はおろか心臓さえ正常な動きをとることが出来ず赤狂いの小鬼(レッドキャップ)に死に至った。役目を終えた黒蛇は霞のように消えていく。


「この山ってこんな奴出なかったよな」


 赤狂いの小鬼(レッドキャップ)小鬼(ゴブリン)の一種でありその姿形もよく似通っているが、その残虐性や身体能力はもはや別物である。名前の由来は殺した獲物の血を自身の衣服、特に被り物に染み込ませて身に付ける習性があることから付けられている。

 数が揃えば大鬼(オーガ)さえ時には仕留めるこのモンスターに付けられた単体驚異度は6。


『――――――』

「これがギルドで言ってた危険なモンスターか?」


 3体以上が徒党を組んでいた場合の脅威度は『5』。(シルバー)クラスでも手を焼く恐ろしき怪物。


「……雁首揃えやがって」


 ナーダの前に現れた赤狂いの小鬼(レッドキャップ)は10体。それはもし〈ホワイトアキレア〉の面々が遭遇したなら撤退を選択するしかない状況。そして(カッパー)クラスの冒険者なら自らの不幸を呪いながら惨殺されるのを待つしかない状況でもある。


『ギャヒーッ!』『ヒアアアッ!』『ゲァアアアッ!』


 赤狂いの名に相応しい獲物の血で赤黒く染められた帽子(キャップ)を被り、正気をかなぐり捨てたようなモンスターが憐れな少年に殺到する。次の瞬間にこの少年をナイフで斬り刻みその血で自身を染め上げることを想像して醜悪な笑みを浮かべる。

 普通ならこの怪物達の思い通りになっただろう―――相手が彼でなければ。


「“焔武”」


 薙ぎ払う短剣の刃が燃え上がる。

 殴り抜く拳、蹴り上げる足、それらが炎の尾を引く。

 撃ち出した黒蛇が火に覆われて炎蛇と化す。


『……ゲァ?』『ギャッ!?』『―――ッ!?』


 刃に斬り裂かれた傷口が燃え上がる。拳、膝、肘が敵の皮膚と肉を潰し骨を砕き、さらに焼け焦げさせる。炎蛇は敵が息絶えるまで巻き付き締め上げ牙を立てる。

 真っ先に襲い掛かってきた赤狂いの小鬼(レッドキャップ)の炎を纏う武装を操る少年の手によって半瞬く間に半数を絶命させられる。


 ――――――

 焔武:振るう武装全てが炎によって強化される。

 ――――――


 ナーダは炎のような瞳を残る小鬼へ向ける。そこに込められた殺意には悪逆な怪物にとって『忌まわしき気配』があった。


「……この場限りでも、今の俺は先輩達と同じチームなんでね。……じゃあ守らないとってな」


 残虐性において悪魔(デーモン)にさえ引けを取らない赤狂いの小鬼(レッドキャップ)がたった1人の少年に気圧される。


「だから……ここで死んでいけ」


 邪悪な怪物とは常に“勇者”の手によって退治される運命である。―――血濡れの小鬼は少年1人の手により一方的に殺戮された。

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