67.冒険者
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ナーダは4日後にある『御披露目』に合わせ、これまでの修行で溜まった疲労を抜くようにセーギから命じられている。つまりそれが終わるまで限界まで体を虐める修行は無しとなった。
ちなみにセーギはナーダにとって師匠であり身元引受人でもあって、戸籍上ではあるがセーギはナーダの父親として登録されている。
何故父親としてなのか。それは孤児を引き取るにはそれ相応の立場――引き取った子供をひとり立ちさせられる歳まで育てられるか、又は後ろ盾や保証人として一定の資産や能力を有しているか――が必要となるので『父親』とした方が後々2人の行動がしやすくなるという配慮である。しかし歳の差があまりない2人なので関係的には兄弟か歳の離れた友人のような物で落ち着いている。
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陽も昇ってきてあと2・3時間もすれば真昼になる時間帯。
ナーダは都市に程近い場所にある小さな山〈クラム山〉の中を歩いていた。服装は久しく袖を通していなかった『冒険者』用の装備である。違うのは拳や膝・肘に鉄で補強した防具……攻撃に転用できる物を装備し、頭部に巻いていたバンダナは付けず黒い角が生えた額を陽の下に晒していることであろう。そしてナーダの手には突然モンスターや野生動物に襲われても撃退出来るように既に短剣が握られている。
(……兄ちゃんとの修行がないと何か落ち着かないな)
周囲への警戒を解かないままナーダは落ち着かない原因である持て余した体力に思いを馳せる。昨日丸一日休養し今朝の時点でかなり疲労は抜けていたのである。本当なら今日からまたセーギから稽古を付けて貰いたいと考えていたほどである。
しかしそれは出来なかった。昨日の夜にナーダの元へ訪問してセーギが告げたのは「明日の修行は予定があるから出来なくなった」という旨であった。
正直に言えば不満はあった。少しでも早く強くなりたいナーダは時間と体力が許すなら修行を付けてほしいと考えていた。
しかし修行はあくまでセーギの好意から付けてもらっている。そんな立場でしかないナーダはセーギの言葉に素直に頷くしかない。
だからこそ少なからず溜まるナーダの不満。それを察したセーギは彼にあることを課した。
(……これ付けて出るのも久し振りだ)
ナーダは自身の首に掛けて揺れている物を指で触る。
片手で押さえれば隠せるほどの小さなサイズのそれは銅製の認識票、冒険者が身に付ける己の立場を示す物である。
今回ナーダが山へ来たのはセーギに命じられてモンスターを相手に実戦を行う為である。
ナーダの標的はこの〈クラム山〉山中に存在する〈暗闇の洞窟〉内の小鬼である。
〈冒険者ギルド〉が定めた小鬼の単体危険度は低クラスの『9』。銅クラスの冒険者でも余程油断でもしない限り倒すのに苦労をしないモンスターである。
小鬼とは背が子供のように低く知能も低い醜いくすんだ暗緑色の肌をしたモンスター。ただ知能が低いとは言ってもそれは人間と比べたらであり、石を砕いて粗末ながらナイフにしたり木を削って棍棒を作ったり集団で狩猟をしたりなどは出来る知能は備えている。故に数が増えれば増えるほど低位の冒険者では苦労する厄介なモンスターでもある。
そんな小鬼が〈暗闇の洞窟〉には少なくない数が生息している。
だから冒険者は身の危険を最小限にする為チームを組み安全を確保して依頼へ挑むのが推奨されている。もしも1人でモンスター討伐などの命の危険が発生する依頼を受ける者が居た場合ギルド職員はその者のランクを確認した上で許可を出すかどうか判断する。
田舎になればその判断はザルになるが、王都であるクルルスではかなり厳正にランクを判断される。
冒険者ギルドが設定したランクは10段階ともう一つ。そしてそれを示す金属製の認識票がギルドから渡され着用を義務づけられる。
10~8級は駆け出し・素人などと言われる『銅』。
7~6級は少しばかり実力を付けた若手『鋼』。
5~4級は周囲から実力者と見なされる『銀』。
3級は才能がなければ到達出来ない最初の壁『金』。
2級は紛う方無き天才『聖銀』。
1級は天才の中でも更に一握りしか成れない準英雄級『緋金』。
そして緋金クラスを越えた実力を有すると判断され『英雄』の領域に踏み入った者にだけ与えられるの11番目のクラス。特級の『碧鋼』。
ナーダが身に付けているのは最低位の銅。つまり冒険者の中ではひよっこ。そして標的は単体なら問題はないが群れると危険な小鬼。更にギルドは個人の狩りを推奨していない。―――つまりナーダはギルドから1人で討伐依頼へ赴くことを許可されなかった。
山中を進み〈暗闇の洞窟〉、その入り口を視界に収められる所まで到着した。
ナーダは草木に身を潜めながら共に来た者達へ静かに言葉を掛ける。
「……俺はもう何時でも突入出来るけど」
相手は女性のチームだった。人数は3人。
「…………」
1人は16歳以上に見える少女。種族は犬系獣人。肩口で切揃えた赤髪のある頭部には特徴的な犬耳があり、体格にはほどほどに恵まれており身長はその耳を引いてもナーダより頭一つ高い。装備は丈夫な金属で胸部や腕・脚を補強した軽鎧を着ており、手には盾と片手斧を持っている。
名はジゼル・ハルマ―、認識票は鋼。ナーダからの言葉は厳めしい顔で無視した。
「……っ……はい」
2人目はナーダと同年代かそれより年下の少女。種族は普人。薄い青紫色の髪をショートにしており、身長はナーダよりも少しだけ低い。装備は灰色のローブに手には自身の身長程ある魔法媒体に使う木製の杖を抱えている。
名はムルメ・マイナ、認識票は鋼。終始何かに対して不安を抱いているような態度をナーダに見せる。
「うん……外にモンスターは出ていないし、このまま突入しても大丈夫そうだね」
3人目はこの中では年長の二十歳近い女性。彼女もムルメと同じ普人。髪はミディアムの黒で小さな三つ編みにしている。装備は硬革の軽鎧。手には細身の小剣と革に金属補強をした小盾、腰には投石紐を引っ掛けている。
名はサリア・マディア、認識票は銀。彼女達3人の中でリーダーを務めその振る舞いは他2人とは違い余裕が見える。
そして彼女達はナーダがギルドから組むように勧められたチーム〈ホワイトアキレア〉の面々である。
草木の陰で屈んでいるナーダの傍にはサリア。そこから少し間隔を空けてジゼルとムルメが同じように身を潜めている。
正直ナーダからすればありがた迷惑だと感じている。どうして女性中心のチームに自分が割り振られなければいけないのかと。
ランクを見れば彼女達が冒険者という職業に慣れており一定の実力を有しているのは理解出来る。だからといって彼女達とナーダとの『相性』が良いとは限らない。
「……ちっ」
ジゼルは明らかにナーダという少年に対して嫌悪感を隠そうともしていない。今した舌打ちも彼女である。
「……っ……」
ムルメはナーダが視線を向けるとジゼルの陰へ隠れるように身を寄せる。
「……はぁ。……ごめんねガガナーダ君。彼女達は少々男性が苦手でね」
チームリーダーであるサリアは2人とは違い落ち着いた表情をしている。しかしナーダへ少し壁を作っていると感じられる。それでもジゼルとムルメの態度に思う所はあるのか溜息を吐きナーダへ申し訳なさそうに小声で言葉を掛ける。
「……別に。俺は気にしてないよサリア先輩」
「そうかい? ありがとう」
ナーダは素っ気なく、しかし相手を尊重するように言葉を返した。それにサリアは安堵したように礼を言う。
突然組まされたから即興のチームでありある程度は仕方が無いが、あまり良い空気とは言えない。その原因で一番大きいのはやはりジゼルである。彼女はギルドで職員からナーダの同行を頼まれた時から機嫌が悪い。親の敵でも見るような目でナーダを睨んでくる。それに睨むだけではなくきつい言葉もぶつけてくる。
「何であたし達がこんなひよっこの面倒を見なくちゃいけないんだ。同じランク同士で組んでろよ」
「おいジゼル」
サリアはジゼルを諫めるが彼女は止まらない。ギルドからここまで来た間に不満が溜まっていたのだ。
「本当に最悪だ」
「……悪かったな」
「ああっ?」
嫌悪感を隠さずぶつけてくる相手に良い感情を持つ筈もない。ナーダは苛立ちを抑えつつぶっきらぼうに言葉を返す。その態度が気に入らなかったのかジゼルはより鋭い目を向けてくる。
(……クソっ、面倒臭い……)
ナーダの内心が悪くなっているのを感じ取っているのかジゼルの陰に居るムルメはより怯える。それがジゼルのナーダに対する敵愾心に拍車を掛ける。
はっきり言ってチームの空気は悪い。こんなのでモンスターとぶつかって大丈夫なのかと不安になってくる。
(さっさと終わらせて帰ろう。……その方が姉ちゃん達も良いだろう)
セーギから組合の言うことはきちんと聞いて行儀良くするように念押しされている。それはナーダがこれから他人と交流を深める上で大事であると考えての言い付けである。
師匠であるセーギの言葉。そこに込められた意味も理解出来ないわけではない。しかしそれでも嫌な気持ちになるのはどうしようもない。怒り、怯え、緊張。〈ホワイトアキレア〉の面々が自分へ見せる感情。その理由を、確証は無いがある程度予想が付いていてもである。
しかし、理由を察しているからこそナーダはある程度は彼女達に配慮している面もある。彼は知っているのだ。彼女達のような顔を見せる女性の姿を。“赤獅子”の元で後ろ暗いことをしていたナーダには覚えがあった。
ナーダはそんな彼女達〈ホワイトアキレア〉と共に草陰から出ると洞窟へ向かって進んでいく。
晴れない気持ちがもどかしくナーダは自分の頭を掻く。最近長くなってきた自分の髪――切ろうとしたらサクラを筆頭に顔見知りの修道女や孤児院の女児に止められた。解せぬ。――が視界の端で揺れる。
(全く。……俺は体の良い治療訓練相手かよ)
――――――
そもそもナーダが彼女達と組むことになったのはこの〈クラム山〉に問題が発生していたからだ。
ナーダが近場でモンスター相手に実戦を積もうと考えていたところ、〈暗闇の洞窟〉での小鬼討伐の依頼が張り出されていたのを見つけた。
モンスターの中で最弱……というわけではないが、弱い部類に入る小鬼。慣らしの相手としては丁度良いとナーダは考えた。今の彼に掛かれば小鬼など物の数ではない。以前の自分より何処まで強くなったのか、それを無理せず量るには打って付けの相手である。
しかし実力はどうあれナーダは10級の銅である。誰かしらランクの近い者がギルドから宛がわれると予想していた。
そんな予想の中、蓋を開けてみれば紹介されたのは格上のランクで構成されたチーム。
これには流石にナーダは物申した。どうして近いランクの者ではないのかと。ランクが離れているチームと組むのは色々と問題が孕んでいる。それが当人同士が知り合いで決まった組み合わせではなく、斡旋された上での初顔合わせの相手なら尚更である。
ギルドがナーダへ説明した理由は4つ。
1つ目。ナーダに近いランクの者は既に他の依頼を受けている、又は休んでおり来ていない。つまり組める相手がいない。
2つ目。現在〈クラム山〉の中で銅の冒険者では荷が重い危険なモンスターが出没している。故に派遣するならもう少し上位の冒険者を選出したいというギルド側の考え。
3つ目。チーム〈ホワイトアキレア〉が〈クラム山〉に赴きその危険なモンスターを討伐する準備を進めていたから。
そして一番に理由として大きかった4つ目。チーム〈ホワイトアキレア〉のリーダーが年が若く自分達と同等、又はそれ以下のランクの相手と組むことを希望したからである。
それらの理由によってナーダはチーム〈ホワイトアキレア〉と共に山へ向かい、小鬼の討伐とその危険なモンスターの討伐を行うことになったのである。
渋々だがナーダはこうして彼女達と共に山へ来て、先ずはナーダの目的である洞窟での小鬼討伐に相成ったわけである。
―――〈ホワイトアキレア〉の面々が説明していない5つ目の理由……それを言わないまま。




