66.仲良くなりたい
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ディアンサスは粗暴に見えて実際は相手を選んで行動している。生半可な英雄クラスでは足下にも及ばないその能力は力無い者達にとって刃物より恐ろしい。レベル200程度の相手であれば丸腰で魔法抜きであってもディアンサスは軽々と勝利を収めることが出来る。
超越者は全身凶器と言っても過言ではない。成竜が人の皮を被って生きているに等しい。
強くなるには相応の才能と努力が要る。
才能なら溢れんばかりに持っていた。努力などせずともその才能だけで成人する頃にはレベル400に達していたと予想された圧倒的な才能。
しかしディアンサスは10代半ばで570超えのレベルを手にするに至った。これは同族の森人の歴史を紐解いても類を見ない強さである。
森人の中で唯一、神聖魔法という例外を除き『火』以外の属性魔法を一切行使出来ない異端児であり―――森人族最強と周囲から呼ばれた少女である。
――――――
ディアンサス機嫌が悪い……わけではないが眉根を寄せて難しい顔をしている。彼女は母からは皺が残るからやめなさいと教えられていた。しかし彼女の強気な性格の所為で直らなかった癖である。
感情が高まると出てしまうそんな癖。それを出しながらディアンサスは首を捻り横目で背後に居るセーギを睨む。
「「…………」」
森の中を2人は黙々と進む。ディアンサスは気を張っているのかピリピリしており、時折向けられる刺すような視線を飛ばす彼女の後ろをセーギは間隔を空けて歩く。セーギはこの妙な空気……当初よりも距離が空いたと感じるこの状況に堪えている。
セーギは今回のことでディアンサスは麒麟という精霊から特別に可愛がられていることを理解した。その関係に至った事情は聞いていないのでわかっていない。だからセーギは今回のことが終わればディアンサス自身から聞いてみようかと考えていた矢先に『あの一件』である。
そう……『安産の加護』である
突然目の前の女の子に『彼女は元気で丈夫な赤子が埋めるようになりました』なんて出来事が起こったらどう声を掛けたら良いのかわからなくなる。例えば『これで子供が出来ても安心だね。安産だけに! なーんてね、HAHAHA!!』なんて言おうものなら―――
(―――セクハラで炎上する。物理的に)
麒麟が授けた加護は決して、決して悪い物ではない。寧ろ素晴らしい加護だと言える。妊娠・出産は母子共に危険を孕んでいるのでその心配が減るというのは良いこと尽くめである。精霊的にこれが生き物へ与える加護の中でもトップクラスに良い分類であるともセーギは理解している。
……しかし物事には時機というものが存在する。
然るべき相手を見つけ、然るべき相手と関係を深め、然るべき思いを通じ合わせる―――そうした果てにその加護は必要になるのである。
そんな中、セーギの目の前で友人未満の関係であるディアンサスに突如として授けられた“安産の加護”。
麒麟は悪くない。悪い事はしていない。それでもセーギは筋違いと思いつつも―――
(何であのタイミングであの加護なんですか麒麟様っ)
―――文句が出てくるのは抑えられない。公然でセクハラをされた気分である。精霊にそんな概念など存在しないだろうがそれでもセーギは麒麟に苦言を呈したい。
この場にロベリアもマリーも居ないの悔やまれる。
ディアンサスと同性の友人であると同時に大人の女性であるロベリア。
無性ではあるが場の雰囲気を和ませることに定評のあるマリー。
どちらかが居ればディアンサスへ上手く気遣いが出来た筈なのである。
不意に前を歩くディアンサスが立ち止まる。セーギもそれを見て間隔を詰めないように自分も止まる。そしてディアンサスは首だけをひねり肩越しにセーギを睨み付ける。
「……あんた」
「はいっ!」
ディアンサスの殺気立った呼び掛けにセーギが怯えるような返事をする。
「……忘れたわよね」
「はいっ!」
「……わかった」
主語の欠けた問い掛け。しかしセーギはしっかりと返事をした。それで一先ず納得したのか再びディアンサスは森の中を歩き始める。
この質問。これで3回目だったりする。
初めの1回目の時にセーギは唐突なその問い掛けに「え、何を?」と聞き返してしまいディアンサスから顔面に火球をぶつけられた。その時の彼女の顔は真っ赤になっていたので、それで質問の意味を察したセーギは何度も忘れたことを主張して事なきを得た。ちなみに火球はまるで軟式球のようにセーギの顔面に当たると跳ね飛び、そのまま何処にも燃え移ること無く消えた。
「「…………」」
セーギはこの空気に気まずさを感じている。そしてそれはディアンサスも同じである。彼女もかなり気まずさを感じている。
ディアンサスは名を頂いた聖獣が往生した場所に来て、過去に受けた恩をより強く実感出来きた。
母と自分の命を救ってくれた相手。その相手が自分を愛おしいと思っていてくれていた。その事実にディアンサスは涙が出そうな気持ちだった。
―――加護の所為でその涙は引っ込んだが。
(あああああああああ!!)
加護に罪は無い。その効果も素晴らしい物であるとディアンサスもわかっている。……わかっているが女の子として男が居る場であんな加護の授与はやめてほしかった。
ディアンサスは激しい羞恥に身悶えしたい気持ちを抑える。セーギから気を使われているのがわかるのも余計に羞恥を感じるのに拍車を掛けている。
だからディアンサスは歩きながら何度も深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしている。それが上手くいかなくて苦労しているが。
(ううう……っ。無理を言ってでもロベリアかマリーちゃんに来てもらうんだった。でもロベリアは大事な用件をこなしてるだろうし、マリーちゃんは出来るだけ好きなことをしててほしいしそれに精霊と会わせるのは少し不安だったしリボン似合ってて可愛いしお昼寝してる姿は癒やされるし。……ああああああ!! そもそもこいつがっ!!)
ディアンサスは道中で何度もしていたようにまたセーギを見る。いや睨む。見られていることに気付いたセーギは愛想笑い……をしようとして引き攣ってしまった苦笑いを返す。
(ぅううううううっ!! とぼけた顔をしてぇええええっ!! そんなに私が可笑しいかああああああ!!?)
言い掛かりである。
ディアンサス自身もかなり理不尽な思考になっている。それは一応は自覚しているので思った事を口に出すことはないが。―――それでも、逆切れのような感情が湧くのはどうしようもないのである。
――――――
ディアンサスという少女が生まれは森の外の世界である
そして育ちは森人の住処がある〈エウノミアー大森林〉である。
ディアンサスの両親が幼少期は外で過ごすよりも同族が多い環境で過ごした方が良いかもしれないと考えた結果である。
それに特殊な状態であるディアンサスの身に多少なりとも心配があったのも事実。もしかしたら森へ戻れば後天的に“世界樹の加護”も授かれる可能性も考えたのだ。無くても元気な様子を見せてくれているので心配する必要は無いかもしれないと考えたが、万が一の事態が起きるのを恐れたのだ。
聖獣によって幸運にも拾えた命。それを大切にしようと考えるのは至って自然な考えであった。
森人は“世界樹”から加護を授かっていることを誇りにしている種族である。
昔と比べれば他種族にもかなり寛容になった。
しかしそれでも自らの種族を他の種族より高く見る風潮は残っている。それが如何に古い考え方であっても、生来長命である森人という種族は300歳の両親や500歳の祖父母が居ても不思議ではなく、その教えや影響を子や孫が受けるのは至極当然である。
だからと云うべきか森の中で暮らす森人というのは、森の外で喜んで暮らせる者達よりも嫌な面が強い者が多い。
ディアンサスが物心付いた時である。自分が森の皆と違うことに気付いたのは。……気付かされたというべきか。
通常の森人は世界樹の加護によって輝くような若草色の髪となる。
しかしディアンサスはそれと違って暁色の髪となっている。それが一部の森人から排斥される要素になってしまった。
誰もが使える魔法が上手く使えない。
誰もが習うことが同じように出来ない。
世界樹に住む精霊の声が聴けない。
森人の中でディアンサスは劣等だった。弱かった。惨めな日々を送っていた。
だからディアンサスは5歳にして引き籠もりになることを決意した。
嫌なこと言ったり意地悪をしてくる同族が嫌いになったからだ。だから彼女は居心地が良い家族の元だけで生きようと考えた。そうすればこれ以上辛い思いを味わうことはないと思ったから。
ディアンサス自身が良い考えだと思った引き籠もり計画―――しかしそれは1日で終わった。
引き籠もりが1日で終わった理由は単純であった。
―――ごめんなさいディアンサス―――
謝罪。……家族に謝罪された。大好きで大切な父と母が自分に頭を下げた。
森の中で暮らすと決めたのは両親だった。だからディアンサスの現状に強い引け目を感じていた。自分達の所為で娘が苦しむことになってしまったと。
その両親の姿を見て―――ディアンサスの中にあった何かが切れた。
『どうして大好きなパパとママが苦しんでる?』
ディアンサスはその答えを直ぐに見つけた。
それは自分が他の森人とは違うから。
碌に魔法も使えない劣等だから。
自分が……『弱い』から。
彼女は自分の弱さが全ての元凶だと判断した。
『なら誰よりも強くなれば……私は私の好きな全てを守れる』
強くなればいい。
魔法など誰かの真似をする必要はない。使えない物に拘ることなんてない。自分に適した何かを死ぬ気で探せばいい。
そして自分が他の者と違うからなんだというのか? ならば周りとは違う己を突き詰め昇華すれば良い。
胸の奥にある感情、その全てを燃やす。燃やし尽くす。……そうすれば灰の中から新しい芽が出る。誰もが認めざるを得ない大輪の花を咲かせる芽が
引き籠もりをした翌日にディアンサスは引き籠もりをやめた。1日で引き籠もりとはおかしいがディアンサス自身がそう思ったので引き籠もりだったのだ。
そしてディアンサスの己を鍛える日々が始まった。
強くなり自分を馬鹿にした連中を全てねじ伏せる。そして自分という異端を認めさせる。そうすれば両親の愛も聖獣の仁も正しかったことになる。
そしてディアンサスには才能があった。己を貫き通す才能が。
大森林の中から見上げる空。その全てを炎で染め上げる。
その炎は彼女の意のままに対象を審判する。彼女の生み出す炎は理をねじ曲げて燃やす・燃やさないを執行する。
炎を意のままに操る異端の森人。彼女が本気を出せば空も森も劫火に呑まれる。それによって生まれる景色は天地さえ意味を持たない炎の世界。
故に彼女は天を墜とす劫なる火である。
そうして幼き日の彼女は家族への愛を胸に森人最強の炎の化身となった。
――――――
もしもセーギが意地の悪い、今回のこと相手の気を害するようなことをする嫌な奴であったなら……ディアンサスは容赦なく炎で火達磨にしていた筈である。
そこまで親しくない男の目の前で『女として優秀になった』などという恥ずかしい出来事にも一先ずけりを付けられた筈であった。
しかしセーギは好青年であった。
隠し事は多い。異常性を抱えている。それでも彼は他人を慮れるお人好しであった。そんな人物に対してあまり不満をぶつけるのは彼女の矜持に反した。
正直、何度セーギを火炙りにしてやろうかと考えたが……ディアンサスはそこまで傍若無人に振る舞えるほど情が薄くなかった。
両親の想い。胎児であったディアンサスを生かそうと足掻いた『愛』を否定させない為に強くなった彼女の情が薄い筈がなかった。既に彼女は少なくない情をセーギに対して抱いている。……それでも普通の人で例えるなら他人以上友人未満ではあるが、彼女にとっては無視しがたいほどである。
(パパ! ママ! こんな時はどうすればいいのよぉーーーっ!!?)
ディアンサスの両親は大森林から離れ現在はとある湖の近くに居を構えてのんびりとした生活を送っている。なのでこの場で彼女の心の絶叫に答えてくれる者はいなかった。
どれだけディアンサスが葛藤していようと言葉にしていない時点で伝わりようもなく、セーギはディアンサスの頑なな態度を見て自分は彼女から嫌われたかもしれないと考え少し落ち込んでいる。
セーギは出来るならディアンサスとは友人関係になりたいと思っているのだ。マリーもその方が友達の輪が広がると喜んでくれる。そしてそんなマリーの気持ちを別にしてセーギ自身がディアンサスと仲良くなりたいのだ。
ディアンサスを見ていると、不思議とセーギは心惹かれる。
それは彼女の美しい容姿に見惚れているからという理由も勿論ある。暁色の髪。金の瞳。白い肌。細くしなやかな体型。そのどれもが確かに目を惹き付けるに足る理由となる。
「…………」
セーギが黙ってディアンサスの後ろ姿を追っていく。彼女は事あるごとに背後に居るセーギへ視線を向ける。その表情はセーギでもわかるほど固い。
(もっと……そう、マリーやロベリアさんに見せるような……ディアンサスの柔らかい顔が見たい)
ディアンサスはどんな表情をしても美しい。だがセーギが見たいのは今の彼女が浮かべている眉を顰めた嶮しい顔ではない。
友人であるロベリアやマリーに対してだけ浮かべていた表情。それがセーギの心惹いた表情であった。そしてそれが彼女が心を開いている証なのだと理解している。
だから、少しでも自分に心を開いてほしいとセーギは思った。
「っ!? な、何よ? 何か用っ?」
「え? ……あ……」
そんなことばかり考えていたからか、セーギは気付けばディアンサスと横並びになる位置まで進んでいた。
ディアンサスはそんなセーギへまるで威嚇をするように声を投げ掛け、セーギは間の抜けた顔を見せてしまう。
「ぅぅううう……っ!」
特に用があってこの位置まで来たわけじゃない……そう言ったら嘘になる。だからセーギは傷付いた野生動物のように唸りを上げるディアンサスへ意を決して会話を試みることにした。
「……ねえディアンサスさん」
「……っ……何っ!?」
警戒を露わに身構えるディアンサス。彼女は何かしら失礼な発言が飛び出れば容赦なく炎をぶつける所存であった。
緊張が漂う。その緊張の原因であるディアンサスの警戒を緩めるのは生半可なことではない。セーギの発言が明暗を分けることになる。
そしてセーギは気まずい空気を乗り越えて口を開く。
「……その、マリーの親……ディアンサスさんとはどんな関係だったの?」
「――――――」
ディアンサスは緊張とは別の理由で固まる。森の中を歩き続けていた足が止まる。セーギもそれに合わせて立ち止まる。
セーギは返事を待ち、ディアンサスは口を噤む。
「…………」
ディアンサスは言葉を返す前に思い出す。セーギが事情を詮索することなくここまで付き合ってくれたことを。それは自分を慮ってのことであったと理解している。なんせ彼女が会いたいと望んだのは既に他界した相手である。
浅からぬ関係があると察していたセーギはだからこそ、今の今までディアンサスの繊細な部分へ踏み込んでこなかったのである。
ディアンサスはそんなお人好しなセーギに対して何も答えないのは義理を欠くと思った。彼女はセーギの方へ視線をやる。彼も緊張しているのかその立ち姿に落ち着きは無い。それを見てディアンサスは一つだけ大きな溜息を吐く。
「……私自身、何か覚えてるわけじゃないわ」
セーギは弾かれたようにディアンサスの顔を見る。先の恥ずかしさはまだ抜けていないディアンサスは少しだけ頬を染めながらも言葉を続ける。
「全部パパとママから聞いたこと。……それでも良いなら聞く?」
「っ! ……聞かせてほしい」
首を縦に振って嬉しそうな顔をするセーギ。ディアンサスは不思議とその表情が嫌いではないと思った。
「わかった。……じゃあ歩きながら話すから」
ディアンサスが歩み寄ってくれた。そのことにセーギは嬉しくなった。
2人は再び歩き出す。そしてディアンサスはぽつぽつと過去のことを語っていく。まだ自分がお腹に居た時のこと。聖獣ディアンサスに解呪をしてもらい母と共に助けてもらったこと。感謝を忘れぬよう名前をもらったこと。全て両親から聞かされて心に刻んだ話をセーギへ伝える。
以前とは違う、手を伸ばせば触れ合える距離でセーギとディアンサスは森を歩いて行った。時に笑顔を浮かべ、楽しそうに、親しそうに。もし他に2人を見る者が居ればきっと彼らの関係を友人未満だとは思わない。それ程今の2人は穏やかな時間を過ごしていた。




