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65.蜂の悪魔と比翼の双子

 

 ◆◆◆


 〈円天世界ニルヴァーナ〉は人類の支配圏である。様々な大地や海洋が存在しそこに多くの生命が息づいている。そこに悪魔(デーモン)が住む場所は存在しない。

 なら悪魔は何処に住んでいるのか?

 表の世界と次元を隔てて存在する空間。

 陽の昇らぬ黒い空が広がる世界。そこは穢れた存在が跋扈するこの世の地獄。

 それは〈魔界〉であり、そこに生息する悪魔達が力を蓄えながら機を待ち、人間が住む表の世界へ進攻してくるのである。


 ――――――


 捻れて枯れ果てた大きな木々がまばらに生える山岳。

 赤茶けた地面や岩からは発せられる息が苦しくなる熱気。その熱気に反応して枯れた木から蒸気のように吹き出す樹液。その全てが表の世界に生きる生物への毒となる。


 それだけならただの過酷な環境。似たような場所なら表の世界にも存在する。

 しかしここは地獄。この魔界に数多く存在する地獄、その中の一つであった。


 赤茶けた岩が剥き出しの山肌に生える木々。その1本1本が枯れたような見た目に反して中々に太く大きい。

 そんな木には『ある物』が吊されている。それからは大量の小さな生き物が飛び出しては戻っていく。

 小さな物の正体、それは『蜂』であった。

 寒気が走るような羽音を立てて真っ赤な甲殻を纏った大人の親指程もある蜂が木々が立ち並ぶ山肌を飛び回る。

 木に吊されている物はこの赤い蜂、骸赤蜂(クルーアル)の巣であった。


「……繁殖は上々」


 その巣を見て満足げな声を出す者が居る。

 骸赤蜂(クルーアル)は凶悪な肉食昆虫である。顎の力は鉄蜥蜴(アイアンリザード)の鱗さえ食欲という執念で噛み砕き、その羽ばたきは1日で五百里を飛び、尻にある毒針は大鬼(オーガ)すら麻痺させる。一つの巣には女王蜂を頂点に最低でも300規模の群れを形成する。

 そんな凶悪な蜂が飛び回るそこに立つ者。


「そして何より―――」


 だがその者に蜂は1匹たりとも攻撃を加えない。

 集まる。体に止まる。しかし顎で噛み付くことも尻の毒針を突き立てることもしない。

 そしてそれはこの者と蜂の関係を知れば当然となる物である。


 その者は悪魔(デーモン)であった。

 その姿は人型の蜂というような物であった。

 身長は2.5mはあり、その甲殻は骸赤蜂(クルーアル)よりも更に深い赤色……血のような赤黒さをしており攻撃的に尖っていてそれだけで凶器になる硬さと鋭さを備えている。4本ある腕にはそれぞれ手の甲からは黒く太い、槍の先端のような毒針が飛び出している。そして頭部には強靱な顎と側頭部からは漆黒の巻角が2本生えている。

 そんな禍々しい悪魔が手を伸ばして巣に触れる。


「―――実に見ていて愉快である」

「―――ぁ―――ぁぁ―――」


 悪魔が触れた蜂の巣。それは普通の蜂が作るような土や木屑、それに蜂の分泌物で作られた物ではなかった。


 それは生き物であった。


 骸赤蜂(クルーアル)は生き物の体を巣に仕立てて繁殖する、この赤黒い蜂の悪魔の能力“眷属召喚・死蜂”によって創造されたモンスターである。

 『巣』の顎は破壊され口は有り得ないほど大きく開かれており、その口からは常に20匹以上の蜂が出入りしている。そうして蜂が体内を通る刺激による反射運動で『巣』の声帯が震えて声を漏らす。ビクビクと痙攣して体が震える。


「―――ぉご―――ごぇぇ―――」


 『巣』の両腕を粘性のある白い塊で拘束し、その腕で体を吊し上げるようにしてから木の幹に白い塊で固め貼り付けている。服を剥ぎ取られていることで露わになっている『巣』の裸体。その腹部は異様に膨らみまるで妊娠しているかのようだ。

 悪魔は『巣』の腹に手を当てている。そこから内部に存在する大量の骸赤蜂(クルーアル)が活動していることを振動と脈動で伝えてくる。それが激しすぎて――ボコボコ――と腹の表面が波打ち、翅を振動させる――ブブブブ――という音が響いていくるほどである。

 『巣』の内臓、その殆どは既に機能していない。というより食い尽くされて存在しない。そうして出来たスペースを蜂の巣(ビーハイブ)に改造している。それなのに宿主である『巣』は未だに生存している。

 一部の内臓が食い尽くされているのに『巣』が生きているのは、骸赤蜂(クルーアル)が『巣』に使っている生き物が必要最低限生きていられるように白い塊――蜂の分泌物――で主要な血管や体内管を繋ぐ『外科手術』を施しているからである。その食った内臓というのも、『巣』を最低限生存させるのに必要無いと判断された物だけである。


 『巣』にされた生き物はこうして肉体の限界が何時の日か訪れるまで蜂の容れ物としての生を強要される。その精神は無限に続くかのような苦痛で既に壊れてしまい、その目に光は無い。

 そして木の根元。そこには多くの朽ちたてしまった『巣』の残骸が積もっている。そこに肉は無く、全てこの蜂の繁殖に使われたのである。


 そんな残酷さを形にしたような醜悪なモンスター。それの産みの親である悪魔は満足そうに周囲を見渡す。

 蜂の巣。それはこの悪魔が触れている一つだけではなかった。

 山肌にまばらに生えた木々。数にして五百本。その全てに『巣』が存在している。そのどれもが悪魔が触れている『巣』と同じように生かされている。

 その『巣』に使われている生物には共通点があった。

 その全てが種族は違えど人……『高度な意思疎通が可能な生き物』であった。つまり言葉や文化を解せるほど知識や知能があれば巣の候補に入る。


 『巣』はこの悪魔の趣味で選ばれている。何故ならその方が『巣』が苦痛に喘いでいるのがわかりやすくて愉快だからである。


 ――キチキチキチキチ――


 顎を打ち鳴らす。それは悪魔の笑い声。蟲の顔であるそれは表情など作れないが、それでも笑っているのがわかる。

 大事に大事に育て増やした『蜂の巣』。それは『養蜂』であった

 悪魔は嗤う。この素晴らしい光景を見て。


 悪魔の種族は甲帝炎蜂(フレイムワスプ)。それはこの悪魔1体しか存在しない唯一種。【悪神(アンラ・マンユ)】に見出され強大な加護と共に『熱のタルウィ』を名乗ることを許された【醜穢なる邪霊(ダエーワ)】の1体である。


 ――――――


 悍ましい悪魔とその養蜂場。


「「…………」」


 そんな光景を遠巻きにして見ている者が2人居る。

 その2人の容姿はよく似ている。顔も背も髪型も服装も同じである。


「見てアムルタート妹様。何時見ても趣味が悪いわ」

「そうですねハルワタート姉様。早々に死んでほしいですね」


 美しい女性だった。

 背は170はある。スタイルは胸も尻も慎ましいサイズのスレンダーな体型。髪型は長いサイドテール。そして服装はこの世界では少々異端な、長袖に長いスカートで露出が少ない『セーラー服』のような物を着ている。袖口のフリルや、胸元のスカーフはリボンに取り替えるという改造が施されている。

 そこまでは同じ。それだけ見れば瓜二つ。しかしこの2人を見間違えることは絶対にない。


 2人は養蜂場から目を離すと、……お互いに相手の頬を両手で包むように触れ、顔を近づける。その近さは鼻先が付きそうな程である。


「ああぁ。やっぱりアムルタート妹様を見れば心が癒やされるわ。明媚な森の中に居るよう」

「ああぁ。やっぱりハルワタート姉様を見れば心が癒やされるわ。清廉な湖の中に浸るよう」


 姉であるハルワタートは青い髪で右のサイドテール。右目は瞳が青い普通の目。しかし左眼は白目が黒く瞳は赤い。そして背中には片翼の白い翼、右翼が広がっている。

 妹であるアムルタートは緑の髪で左のサイドテール。左眼は瞳が緑の普通の目。しかし右目は白目が黒く瞳は赤い。そして背中には片翼の白い翼、左翼が広がっている。


「どうしてアムルタート妹様はこんなにも可愛いのかしら?」

「どうしてハルワタート姉様はこんなにも綺麗なのかしら?」


 しかしその差違は2人にとってはあってないような物。


「「それはきっと私様達が美しいから」」


 姉妹愛(シスコン)極まり自己陶酔(ナルシズム)に耽る2人。お互いにとって目の前に映る人物、そして相手が見る自分の姿がこの世で最も美しく愛らしいと思っている。

 頬を紅潮させ息を荒げながら2人は互いの顔や体を艶めかしく撫でる。


「本当になんて美しいのかしら。何時までも見ていられるわ」

「どんな場所でも翳らない美しさ。胸が熱くなるわ」


 そうして双子が睦まじく交流していると……近付いてくる者が居た。

 双子は先程までの様子が嘘だったのように、熱の失った無表情をその方向へ向ける。やって来た者へ向けるその視線は何処までも冷たい。


「「あら御機嫌よう虫ケラさん」」

 ――ギチッギチッ――


 それは赤い蜂の悪魔タルウィであった。無礼すぎる双子にタルウィは苛立ったように顎を軋ませる。

 普段ならタルウィは己に対してそんな振る舞いをした者を生かしてはおかないが目の前の存在は事情が違う。迂闊に手を出すことは出来ない。


「何時見てもここは気持ちが悪いお庭ね虫ケラさん」「やっぱり悪魔(デーモン)は品性が下劣よ」「あんな物を見てはアムルタート妹様の目が穢れるわ」「こんな場所の空気を吸っていればハルワタート姉様の喉が穢れるわ」

「……何の用だ。目障りだ用が無ければ消えろ」

「やあね、短気な男は虫でもモテないわよ」「ハルワタート姉様。きっとモテないから自分で生み出した眷属で満足しているのよ」「虫ケラも自慰なんてするのね。ならあの気持ち悪さも納得だわ」「虫ケラさん。卵を撒き散らす時は他人様の迷惑にならない場所でお願いね」

「…………」


 悪魔の甲殻から熱気が立ち上る。腕に付いている毒針から毒液が滲む。怒りが臨界に達した。


「死ねッ」


 虫唾が走る双子の顔を潰すために悪魔の拳が振り下ろされる。怒りに呼応して毒針が太さと長さが増している。その毒針も脅威であるがその拳に込められた純粋な破壊力もかなりの物。その一撃は竜の鱗さえ貫き肉を裂き骨を砕く。


「「あら怖い」」


 しかし拳が双子の顔面を穿つことはなかった。


「チッ!」


 悪魔の腕、そして体中に……『植物の蔦』がまるで蛇のように巻き付いて押さえ付けている。その蔦はこの熱く、乾き、毒が漂う岩石地帯から生えたとは思えないほど張りがあって青々としており、その内側に潤沢な水分を持っていることが見て取れる。

 双子は突き付けられた毒針、それが視界に入っていないかのようにタロウィへ冷たい目を向ける。

 双子の魔人(ダーク)の黒と赤の目が悪魔を射貫く。


「血の気が多くていけないわ」「そうね醜穢なる邪霊(ダエーワ)ならもっと相応しい振る舞いを見せて欲しいわ」「あらアムルタート妹様。悪魔(デーモン)としてなら優等生では?」「あら、じゃあさっきのは少し失礼だったわね虫ケラさん」

「――――――」


 蔦の拘束。悪魔を強固に縛り付けていたそれが―――悪魔が発した熱により一瞬で水分を奪われ砕かれる。自由を得たタルウィは1歩を踏み出す。踏み付けられた山肌が砕けそこから激しい熱気が発生する。岩が融解を始め赤く発光し、毒性を含む蒸気が立ち上りタルウィの周囲で揺らめく。


「……『敗者』の分際で陽気な物だな」

「「…………」」


 ――ビキッ――という割れるような異音を立てて双子の目の周囲に血管が浮き上がる。

 タルウィの言葉。それを聞いた双子が放つ気配がまるで悪鬼のような鋭さに変わる。

 そんな双子の様子にタルウィは多少ではあるが溜飲が下がる。それでもこの場で目の前の2人をこの場で殺してしまいたいのは変わりないが。


「――キチキチキチキチ――…………今更貴様らがどれだけ(さえず)ろうと、我らの歩みを止めることは出来ん」


 ハルワタートの左眼、その赤い瞳が輝く。目の周囲は亀裂が刻まれたように血管が脈動する。そして彼女は人差し指をタルウィへ向けて突き出す。

 指の先端に極小の白い球体が形成される。


「不快ね、虫ケラ」


 ハルワタートの指先から硝子を打ち鳴らしたような――キィィン――という高く澄んだ音が鳴り響く。

 音と共に指先から球体が撃ち出される。


「――キチキチキチ――」


 タルウィは自分の顔面に撃ち出されたそれを裏拳で弾く。

 あらぬ方向へ弾かれた1㎝にも満たないサイズの『水弾』は高速で飛んでいくと彼方の山肌へ叩き付けられる。


 水弾は山肌へ衝突すると込められた威力を解放する。それは直径5mはある水球へと瞬間的に膨張、その内側を巡る水はまるで嵐の海のように荒れ狂う。膨張した衝撃で周囲を破壊するのは序の口で、その水球の内側に取り込まれた物質は竜巻すら生温く見える威力で粉微塵にされる。周囲に岩が削られ粉砕される音が響き渡る。


 そんな恐ろしい攻撃をタルウィは事も無げに弾いた。

 そして猛威を振るった水球は役目を終えて消え去る。後に残るのは抉られた山肌のみ。アムルタートは姉であるハルワタートの一撃を易々と防いだタルウィへ憎々しげな視線を浴びせる。


「虫ケラが……」

「そんな虫ケラすら殺せん貴様らはそれ以下の存在だな」


 双子と悪魔の間で怒気がぶつかり合う。それは覇気へと変化して周囲を震わせていく。もしこの範囲内に養蜂場に存在する『巣』が入っていたなら、その覇気の余波で絶命出来たほどの覇気のぶつかり合い。

 お互い一歩も譲ることはない睨み合い。そこに込められた殺意は本物であり、許されるのならこの場で目の前の存在の息の根を止める殺し合いを始めたいほどである。


 しかしそれは出来ない。


 タルウィの最初の一撃も。双子が放った拘束する為の植物や水弾による攻撃も。そのどれもが殺意は込めども相手を傷付けられる威力は込めていない、両者にとっては肩慣らしにもならない攻撃であった。

 互いに制限を掛けられ殺し合いすら出来ない。そんな現状を両者は憎々しく思っている。


「……ふん、興が削がれた。我は『地上』へ行く」

「「…………」」

「貴様らはそこで大好きな人間が無残に食い散らかされる光景を指を咥えて見ているがいい」


 殺し合いを許されていない両者が小競り合いをしても意味が無い。だからタルウィは踵を返して歩き出す。それを双子は無言で見送る。


「ガンズ・エフやバルリュースを殺した程度で粋がっている愚かな人間共に現実を叩き付けてやろう。……我という本物の悪魔の力でもってな」


 タルウィは背中にある翅を広げて震わせる。空気が細かく振動するそれは音と共に熱波と毒を辺りに撒き散らす。


「……機は熟した。来い、我が眷属よ」


 その一言と共に養蜂場に変化が起こる。

 『巣』が震える。顎が外れた口からは涎とも血とも何かともわからない体液を吐き出し続ける。そして腹部はこれまでにないほど蠢き出す。

 これまで反応らしい反応が無かった『巣』が悲鳴を上げる。

「アギャギャギャッ!!」「ギィイッ、ゲアアアアアッ!!?」「アアアアアアアッ!!」「オゴゴゴゴゴォォッ!!」

 それは断末魔。哀れな『巣』が最期に奏でる音色。それをタルウィは翅を鳴らしながら満足げに聴く。


 そして『巣』が内側から破裂した。


 真っ赤に破裂した『巣』。『巣』の欠片が辺りにぶち撒けられる。五百はあった全ての『巣』が破裂して赤い花を咲かせる。

 その真っ赤な飛沫の中で残るのは大量の赤い蜂。その蜂の群れが起こす羽音はタルウィ1体が起こすそれよりもさらに大きく、その音による振動で地面に罅が入りそうなほどである。

 総数にして15万に届く蜂の群れ。それが創造主であるタルウィの呼び掛けに応えて飛んでくる。


「素晴らしい」


 タルウィは視界を埋め尽くす蜂の中心で腕を広げる。


「お前達が地上を阿鼻叫喚で満たすのが楽しみで仕方が無い。……さあ征こうか。人間共に我らが怖ろしさを存分に知らしめてやろう」


 地を蹴り宙へと飛び出す。それに合わせて蜂達も続いていく。

 巨大な人型をとる蜂の悪魔と残酷(クルーアル)を体現した眷属。それが常夜の空へと飛び出していく。

 悪魔達が向かうのは『表の世界』へ繋がる『(ゲート)』。そこから彼らは表へと踏み込みその身に宿した悪性を存分に振りまこうと考えている。

 タルウィは自身を睨んでくる双子のことなどもう興味が無いと意識の外に捨て去り飛び去っていった。


 ――――――


「……ふう」「……はあ」


 双子は揃わない溜息を零すと、手を繋ぎゆっくりとした足取りで『養蜂場跡地』へ向かう。彼女達には先程までタルウィへ向けていた恐ろしい殺気は存在しない。


 真っ赤に染まる枯れた木々と山肌。それと共に原型さえわからないほどに砕かれた『巣』の欠片が散らばっている。それらはこの山岳が発する熱と毒で悍ましい臭気と蒸気を放っている。

 双子はそんな地獄のような場所を進んでいく。そしてその中心地で立ち止まる。


「アムルタート妹様」「ハルワタート姉様」


 同時に互いの名を呼ぶと2人は相手へ両手を伸ばす。そしてその手で先のように相手の頬を優しく包む。そして2人は額と額を触れ合わせる。

 2人の瞳にはさっきまでの悪魔に対する殺意や憎悪は無い。その代わりに、双子の瞳に宿るのはこの場で無残に散った数多の命への憐れみだけ。


『憐れな彼らに死後の安寧があらんことを』


 双子は己が力を発動する。

 彼女達の足下に大量の水が発生する。それは山肌を水で沈めるように溢れ出す。それは加速度的に勢いを増し、遂には背の高い木々さえ完全に浸からせるほどに発生する。

 普通なら水は山肌を走るように流れ去る。しかし『神秘』によって発生した水は養蜂場跡地だけに留まり他へは一滴も流れない。


 水がドーム状になり養蜂場跡地一帯を呑み込み、何もかもが水に沈んだ。


 次に起きた変化は……植物であった。

 水に呑まれた空間、その大地から大量の植物が生え始める。それらの青々とした植物は枯れた木々や巣の残骸を一つ残さず内側に絡め取っていく。それに合わせて植物は脈動しながら水も吸収していく。

 水のドームがみるみる縮小していく。ドームの縮小に合わせて植物も波打ちながら移動して中心へ集まっていく。

 そうして水のドームが消え去る。そこには枯れた木々も巣の残骸も存在しない。養蜂場跡地から何もかも消え去った。ただ一つを除いて。


 それは巨木。聳え立つ1本の巨木が何もかも消え去った山肌にその偉容を見せ付ける。

 それは地獄のようなこの場所に似つかわしくない荘厳な巨木。根はしっかりと山肌に根付き、幹は太く逞しい。常夜の空を遮るように伸びた枝葉は青々として、その全体は淡く光り輝く。


 水と植物を意のままにする双子。巨木が存在する場所は彼女達が立っていた場所。

 巨木が彼女達を飲み込んだ。


『満たし、育め』


 そして何処からともなく声が響く。


 瞬間、巨木が砕ける。


 まるで氷を砕いたかのように細かく砕け散っていく巨木。その中心で双子が最初と変わらぬ姿で現れる。

 散っていく巨木の欠片。それ小さな欠片から霧のように散っていく。白く輝く霧。それは双子の間へ集まっていく。


『世界へ還りましょう』


 頬に触れていた手、それを彼女達は離す。そしてその両手を水を掬うような皿の形にして胸の辺りに掲げる。お互いの手を重ね合い、1つの大きな受け皿のようにする。

 双子の手の中へ白い輝きが収束し、一際強く輝く。そしてそれを最後に光は勢いを失い消えていく。


「――――――」


 双子は手の中にある光を失った物へ視線を落とし……微笑む。


「終わったわアムルタート妹様」

「回収完了よハルワタート姉様」


 水と植物を操り集めた無残に散った命とその残骸。それらは全て双子の力によって別の物へと生まれ変わった。


 それは小さな植物の種子だった。


 繋いでいた手を離し、向日葵の種ほどの大きさのそれをハルワタートが自身の服にあるポケットへ仕舞い込む。


「……では私様達も地上へ行きましょうか。これを植えなくちゃいけないもの」

「そうね。これ以上こんな醜い場所に居させるのは可哀想だわ」


 後始末を済ませた双子は手を繋いで歩き出す。先程まであった地獄、それが消え去った地を。


「……本当に悪魔(デーモン)は不快ね。殺してやりたいわ」

「同感ですハルワタート姉様」


 口にしたのは先の悪魔への恨み言。それは偽りなき本心であり彼女達は『契約』が存在しなければ今すぐにでも悪魔達へ牙を向けている。

 しかし今の彼女達はそんな恨み辛みを言っている者とは思えない―――穏やかな笑顔を浮かべている。


「それよりも」「ええ知ってるわ」「アフラが言ってたわ」「聞いたわ聞いたわ」「面白いことが起こりそうよ」「アフラも新入りのスプンタちゃんも機嫌が良さそうだったわ」


 双子は顔を寄せ合う。そして内緒話でもするように、小さな声で囁き合う。


『お父様が帰ってくるわ』


 彼女達は白い翼を広げて振るわせ上機嫌なのを表わす。そして比翼の双子は顔を離すと手を繋いだまま空へ飛び出す。

 そうして空を飛ぶ2人は白く輝く。これから起きるであろう『未来』が待ち遠しい。そんな感情が溢れて止まらない2人は常夜の空へと消えていった。

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