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64.麒麟の加護

 

 ◆◆◆


『初めまして。そう言った方が良いのでしょう。『私達』は聖霊様が世界を正常に保つ為に生み出した存在、六大精霊が一つ麒麟です』

「初めまして。俺はセーギ・ラーマです。麒麟様」


 セーギは麒麟と対面して頭を下げる。

 場所は変わらず聖獣の住処であり、麒麟の傍にはディアンサスも立っている。セーギはディアンサスの呼び出しを受けてこうして戻って来たのである。


 ――――――

 名:麒麟(チーリン)

 種族:精霊(スピリッツ)

 性別:―――

 年齢:―――

 レベル:―――

 スキル:雷火、精神統合体、麒麟送子、精霊の恩寵

 称号:天地五行一心の御霊、調停者、天稟の精霊

 ――――――


 セーギが観測できた情報がこれである。

 “精霊の恩寵”は対象に加護を授ける能力。“麒麟送子”は対象の運を上昇させる能力。“精神統合体”は自身の『霊体化』とこれまで統合・蓄積された聖獣の記録を『並列処理』する能力。“雷火”は精霊の恩寵を用いて対象に授けられる『魔法適性』に関わる物である。

 これから理解出来たのは、精霊自身には戦闘能力が皆無であるということである。


 ――――――

 天地五行一心の御霊:聖霊によって手ずから生み出された『水』『火』『木』『金』『土』『天稟』6体の精霊。その役目は自然を管理し、神が創りし世界を守ることである。


 天稟の精霊:天地五行一心の御霊が1体。司るのはこの世界に存在する生命の運命。

 ――――――


『こうして言葉を交わせられたこと、嬉しく思いますセーギ様』


 つまり精霊自身が直接何かに手を出すことは殆どなく、あくまで間接的にしか力を行使することが出来ない。例えば“精霊の恩寵”によって加護を授けたり、こうして姿を現わして言葉を交わすことぐらいでしか他者と交流を持たない存在である。


「…………」

『如何しましたか?』


 白銀の大角。黄金の髪に銀の身体。その色合いを見て感じる物があった。その姿はフォーチュンムースが人型に成ったような見た目なのである。

 麒麟はセーギのそんな視線を察したのか自身の角を撫でる。


『ああ、成る程。……セーギ様が考えていることは正しいです。『私達』はフォーチュンムースが最期に魂を昇華して、多くのそれらが寄り集まって構成された存在です。故にこうして炎の仔に導かれて顕現した姿はその要素が強く出ているのです』

「じゃあ麒麟様の中に」

『ええ。セーギ様の知る聖獣(ディアンサス)の魂も『私達』の一つになっています』


 その言葉にセーギはマリーもこの場に連れて来れば良かったと思ったが、続く麒麟の言葉でどっちの方が良かったのかわからなくなる。


『……ただ『私達』の中で生きているわけではありません。あくまで『私達』の中に有るのは存在の一部、それは力と記憶であり、セーギ様が知る『(ディアンサス)』は既に命の海へと還り輪廻を巡っています』


 麒麟は両手を伸ばしてセーギの手を取る。


『記録があるからこそ、『私達』はセーギ様に親しみを持っています。しかしそれは決して『私達』が貴方に接して培った感情ではないのです』

「……すいません。どういう意味なのかよく……」


 これまで出会ったことのある者達とは『成り立ち』も『心』も違う存在。それに今一つ理解が及ばない。

 そんなセーギに答えたのが麒麟の傍らに立ち、静かに見ていたディアンサスであった。


「……あんた、本とか劇は見る?」

「え? 本はあんまり。ただ劇は昨日初めて見たよ」

「じゃあそれに出てた登場人物に対して何か感じた?」

「……登場人物に」


 劇で見た2人の男女の恋愛。

 最後に結ばれ幸福な幕引き(ハッピーエンド)だったそれをセーギは創作(フィクション)でありながら登場人物に対して『結ばれて、幸せになって良かった』と感じた。


「精霊様があんたや……それに私に感じているのはそれに近いの」

「それって」

「だから記憶じゃなくて記録。精霊様は『聖獣(ディアンサス)の生涯』という物語を読んだと考えて良いわ。……まあその記録は生前の記憶の側面もあるから『共感』の強さは高いけど」


 麒麟は首を縦に振っている。


『炎の仔が言っていることは正しいです。確かに記録に意識を沈めれば共感は得られます。しかしそれも一過性の物。好悪の基準にはなりますが必ずしも『私達』の感性と一致するかと言えばそうではありません』

「じゃあマリーゴールドのことは?」

『……ふむ』


 少しだけ麒麟は記録を洗う。そして共感する。


『……可愛いとは思います。それに健やかに生きてほしいとも。……しかしマリーは我が子ではありません。その子の親である『私』は既に死んでいるのですから』

「……我が子では、ない」


 その言葉はとても悲しい物だとセーギは感じた。


『それに『私達』は寂しさや悲しみという感情も意志がある他の存在と比すると薄いと言わざるを得ません。……生きるも死ぬも自然の摂理』


 セーギはそれを聞いて納得出来た。『精霊は生物ではない』のである。

 生物として個を持つ聖獣。自然が意志を持った精神統合体の精霊。それは人種が違うというレベルではない。寧ろこうして会話が成り立ち価値観が一部でも重なり感情移入出来ている方が不思議なのである。


『……それでもこうして貴方達と意志を通わせられるのは、『聖霊』様が『私達』にそう在れと望んだからに他ならなりません』


 聖霊が望まなければ、精霊はそれこそ機械のような存在になっていた。


「聖霊……それって天使?」

「そうよ。【不滅の聖霊】様のこと。彼らが精霊様に『心』を持つことを望んだの」


 セーギの問いに答えたのはまたもディアンサスであった。彼女は森人エルフの一員であり精霊のことをよく知っている。

 それを聞いたセーギは精霊が前世にあった【SAセ・オ】に似ていると思った。

 初期起動時では心と呼べる物は持っていなくても、自己学習と周囲の力添えによって『感情』を獲得可能な第2世代AI。第3世代の【NoAS(ノアス)】とは根本的に設計思想は違えど比する性能を持つことが出来る『隕石プロメテウス』から採取された『特殊金属(エピメテウス)』を必要としない人類の英知。

 【SAセ・オ】が搭載されていた〈NSO〉のGM(ゲームマスター)はまさにゲーム世界の精霊と呼べたかもしれない。


「……麒麟様がどういう存在なのかわかりました」


 繋いだままの手、それをセーギは先程よりも少しだけ強く握り返す。

 温かい熱を感じる。

 セーギは先程麒麟が口にした言葉を聞き漏らしていなかった。

 『我が子ではない』そう言った麒麟であったが、……彼女は『マリー』と呼んだ。セーギにはそれで十分であった。何故ならそれはディアンサスが最期に我が子を呼んだそれと同じであったから。


「貴女と会えて良かったです」

『……ありがとうございます。セーギ様』


 手が解かれる。

 麒麟は少しだけ居住まいを正す。明確な実体を持たない精霊にそうする意味は無いのだが、これも聖霊が『生きろ』と、そう在れと望んだ形の発露である。

 麒麟は立ち位置を変えて、セーギとディアンサスを自身の正面にするように移動する。


『……こうして出会えたのも何かの縁。『私達』からセーギ様へ加護を贈りましょう』

「 ! 」


 精霊からの加護。それは対象に『精霊魔法が使える適性を授ける』と同義である。つまりセーギも魔法を使えるように―――


『―――ですがセーギ様には意味が無いようですね』

「……え」

『残念ですがセーギ様は魔法の才能が欠片も無いようですので……加護を贈っても魔法は使えないでしょう』

「そ、そうですか」


 少し、ほんの少しだけ魔法に興味はあったが無理と言われれば仕方が無い。後、才能は欠片も無いと言われてセーギは地味に傷付いた。


『代わりと言っては何ですが。セーギ様が所有している聖獣の角に加護を授けましょう』

「それって」

『今でも持っていてくれているようなので。何かに加工すれば悪くない性能になると思いますよ』


 聖獣ディアンサスが最期に残した白銀の大角。それは今でもセーギが大事に保管している。売る気は無く、そもそもロベリアの依頼や教会からの報酬で金銭の心配は不要になったのだ。だから他の用途、麒麟が言ったように何かの素材にするのが良いと考えていた。

 そうして白銀の大角で何を作るか考えていたが、今日まで思い付かずに手付かずだった。それが麒麟の加護によってさらに上質な素材に生まれ変わるという。

(余計に何に使えば良いのか迷う)

 そんなセーギの悩みを察したのか麒麟は一つ提案をする。


『セーギ様には『火の力』が有りますね』

「ええ、あります。使ったことは無いですけど」


 セーギの持つ【破邪の火(アグネヤストラ)】。使用したことはないがセーギはそれが絶大な一撃を放てるスキルであると理解している。

 そしてそれが最低出力で発動しても『山一つ消滅』してしまう一撃であるということを。

 過剰。あまりにも過剰な威力。そんなスキル、使い道が限られる。巻き添えが恐ろしいそんなスキルを使うぐらいならセーギは近接戦闘でけりを付ける。そもそも繊月の曲剣の一撃でも遠距離攻撃染みたことは可能であり出番など無いの現状である。


『その大角を火の力を制御する『補助具』として役立てるのはどうでしょう』


 麒麟の提案、それは白銀の大角を魔法使いで言う『魔法の杖』に仕立ててみたらどうだという物であった。


「良いんじゃない? 肌身離さず持てる物に加工したら」


 麒麟の提案に賛同するようにディアンサスもセーギに言葉を掛ける。


「……良いのかな」

「良いのよ。だってそれはあんたが貰った物なんでしょ? あんた自身の為に使いなさいよ」

『その通りです。『私』はセーギ様に役立ててほしくてそれを遺したのですから』

「……わかりました。では有り難く」


 そうしてセーギは麒麟からの加護を受けた白銀の大角を己が『武装』にすることを決めた。


 麒麟はセーギへの礼が決まったことに満足げな様子を見せると、次はディアンサスへ顔を向ける。


『ではディアンサス。貴女へも加護を贈りましょう』

「え、わ、私も?」

『勿論です』


 麒麟の申し出に慌てるディアンサス。まさか自分も授けられるとは考えてもいなかった。


「わ、私はただ……精霊様にお礼が言いたかっただけで」

『気にしないでください。ただ『私達』が貴女へ贈りたいと思った……そう、これは可愛い貴女への『私達』からのお節介とでも思って下さい』


 顔が無い精霊。しかし彼女は微笑んでいると感じられる。火の加護を強く持って産まれたディアンサスは麒麟という精霊にとってはまさに我が子のような物である。それ故の好感であり愛情である。


『とっておきの加護を贈りましょう』

「で、でも精霊様。私は今でも十分に魔法が使えるわ」

『魔法は確かに、既に『私達』がどうにか出来る領域を越えています。……しかし大丈夫です。贈ろうと考えているのはもっと肉体的に関わる加護ですから』


(精霊って色んな加護を授けられるんだなー)

 セーギは成り行きを見守る。魔法への適性ではなく、肉体に影響する加護というのも興味深い。

(身体強化みたいな? いやでもそれはあんまり麒麟のイメージと繋がらない。……というより異世界に『麒麟』? やっぱり前世と共通する所があるみたいだ。……じゃあ能力も麒麟に似た物がある? 天稟の精霊ってことはもしかして『運』を上げてくれるとか?)

 考え事をしていると麒麟はディアンサスへ手を向ける。

 遂に加護が授けられる。


『では授けましょうディアンサス。これが―――』


 厳かに麒麟は告げる。その白銀の手に球体状の光が輝く。ディアンサスは大精霊が直々に授ける加護の光を受け取る為に姿勢を正す―――


『―――子宝に恵まれる加護です』


 …………。


「へ?」


 ―――ディアンサスが呆気に取られた声を漏らすと同時に、麒麟が放った光が彼女に放たれ……吸い込まれた。

 それを見届けた麒麟はさっきよりも満足げな様子を見せる。


『これで(つがい)と子作りを励み、そして子を宿せば……元気な子供が産まれるでしょう』

「――――――」


 良い仕事をした。麒麟からそんな空気をセーギは感じた。

 ディアンサスは硬直していた。まるで石化の呪いでも食らったようである。


『ディアンサス。そしてセーギ様。今日出会えて言葉を交わせたこと、心から良かったと思っています』

「――――――」

「あ、……は、はい」


 ディアンサスの様子が気になって仕方が無いが、それでもセーギは麒麟に返事をする。


『こうした(ゆかり)の強い場所であったなら、またこうして言葉を交わせる日も来るでしょう』


 麒麟が光に包まれていく。その空へ昇っていく光は黄金で、何時かの日を思い出す光景である。

 だがセーギの心には哀愁よりも戸惑いの方が大きい。心なしか彼にはディアンサスが真っ白になっているように見える。……きっと光の加減だと思うことにした。


『それではまた何処かで会いましょう』

「さ、さようなら」

「――――――」

『さようなら―――』


 ―――光の粒のようになった麒麟はそうして空へと吸い込まれるように消えていった。


「…………」

「――――――」


 残されるセーギとディアンサス。

 セーギは確認の意味を込めて【浄泪眼《|ディヴァマツヤ》】を発動する。


 ――――――

 名:ディアンサス・ラーダ

 種族:エルフ

 性別:女

 年齢:15

 レベル:578

 スキル:料理、上級●法、浄化、●聖魔●、●霊●●、思考加速、炎と成りし魂、無垢なる祈り、安産の加護

 称号:聖女、英雄、傾城傾国、火炙りの執行人、神聖なる乙女

 ――――――


 セーギはどう反応して良いのかわからなかった。

 レベルが上がっている。スキルの一部がシータのように変質している。これはここに来るまでに確認出来ていた。そんな中で燦然と輝く“安産の加護”。


 ――――――

 安産の加護:麒麟から授けられた生命の天稟に関する加護。番への愛の深さが加護の強さとなる。子孫繁栄、素晴らしきかな。

 ――――――


「……えーと……」

「――――――」


 自然と密接に関わる精霊。そんな存在が生物に求める『幸福』とはきっと元気で優秀な子を作り繁栄することである。セーギはそんな麒麟の考えを察した。だからセーギは急に安産の加護を貰って混乱しているだろうディアンサスへ声を掛けようとした。


「なあディアンサ―――」


 ―――それは出来なかった。


 ディアンサスがまるでセーギの顔面を叩くように、彼の視界を覆うように掌で鷲掴みにしてきた。

 視界が塞がれる。そして結構力を込めて掴まれている。文字通り鷲並みの力……寧ろ鷲以上の握力でセーギの顔を締め付ける。


「―――……あのぉ……こ、これはどういう?」


 ちょっとだけ痛いのを我慢してセーギは尋ねる。彼でなければ頭蓋骨が変形しても不思議ではない。恐るべきは超越者の力。魔法職であるのに発揮している握力は軽く200㎏は超えている。


「今っ……私を見たらっ……燃やすっ」

「ええっ!?」


 理不尽。あまりにも理不尽。セーギは文句を言って然るべき立場である。だがしかし、それはしなかった。


「見んなぁ……あほぉ……っ」


 セーギの顔を掴む手が熱いのと、その掴まれる一瞬で微かに見えたディアンサスの顔は長く尖った耳まで真っ赤であった。


「あ、はい」


 だからセーギはそんな彼女を慮ってこの仕打ちを粛々と受け入れることにした。

 ディアンサスは「ぅぅぅ……っ」と羞恥を紛らわせるように唸り続けていた。

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