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61.会いたい相手

 

 ◆◆◆


 デートは終わった。


 色々といっぱいいっぱいになったシータが体を震わせながら目を潤ませたので、それを見たルミーが慌てて慰めに行った。事態に付いて行けていないセーギは傍観することしか出来ず2人が落ち着くのを待った。

 そうしてルミーがデートはここまでだと判断し、お開きとなった。


(何か……疲れた)

 セーギはシータやルミーへ日頃のお礼と感謝の気持ちを贈った後に教会まで見送った。その後に噴水広場まで戻って来た彼は噴水の縁に腰掛け夕焼けに染まる空を見上げている。

(女の子と遊ぶのって大変なんだな……)

 デートの間セーギはドキドキしっぱなしであった。認識阻害のローブを着ていたがセーギにその効果は一切無く、彼の目に2人の姿は美しいままに映っていた。

 何をしても胸が高鳴った。


「……でも……楽しかったなぁ」


 疲れた。大変だと思った。それでもセーギは彼女達とデートをしたのは本当に楽しかったと感じた。

 そんな楽しかった一時を思い出しながらセーギは両手で顔を覆って俯く。セーギは耳まで赤くしながらシータとルミーがこれまで自分に対して見せた姿を思い出していた。


 シータの凜とした姿。はにかみながら微妙に距離を取る仕草。模擬戦で負けてむくれる表情。振る舞った料理の感想を気にする不安げな瞳。不意に見せる、花が咲いたような笑顔。

 ルミーの(たお)やかな姿。手を繋いだ時などに見せる照れた様子。友人と居る時の穏やかな表情。何時も他人のことを想っている優しげな瞳。側に居る人を安心させる柔らかな空気。

 そんなセーギがこれまで見て知ったシータとルミー。そのどれもが輝いて見え、魅力的だった。


「向こうは……俺のこと、どう思ってくれているんだろう」


 だからこそ気になる相手の気持ち。


「……いや、でも、2人の気持ちが気になるって……かなり」


 人として駄目なのでは?

 自分も男、好感を抱く魅力的な相手からは良く思われたい。しかし、だからといって複数の相手に粉を掛けるような真似はかなり屑なのではとセーギは考えた。

 だが自らにどんな評価を下そうとセーギが抱いた気持ちが変わるわけではない。そのどうしようもない気持ちを見詰める為にこうして噴水広場で黄昏れていた。


「……あ」


 そんな時である。―――セーギに影が掛かる。

 顔を上げて影が掛かった理由を確認して、セーギは間の抜けた声を漏らす。


「……こんな所に居たのね」


 そこに立っていたのは夕焼けを塗り潰すような夜明け。

 暁色の髪を持つ少女がセーギを見下ろしていた。


「……ディアンサスさん」

「ふん」


 セーギの前に立って声を掛けたのは森人(エルフ)のディアンサスであった。彼女は外れていたフードを被り直すとセーギの隣へ座り込む。そこには2、3人分の間隔がある。


「…………」


 沈黙が続く。セーギは不意に現れたディアンサスへ視線を何度か向けるが、背筋を伸ばし脚を組んで座る彼女は口を閉ざしたままセーギに一度たりとも視線を向けない。

 沈黙に耐えかねたセーギはディアンサスがここへ来た理由、出会い頭にセーギを探していたと取れる発言の意味を聞こうと口を開く。


「ディアンサスさんは」

「ねえ、あんた」


 セーギの言葉をディアンサスは切る。その時も彼女は顔を向けることはおろか目を合わすこともない。そのままディアンサスは言葉を続ける。


「知ってるわね『ディアンサス』のこと」

「…………」


 それは自分の名前の意味で言ったわけではない。セーギにもそれはわかった。彼の脳裏に浮かぶのは我が子の為に命を燃やし尽くし最期に光へと還っていった姿。


「ああ。知ってるよ」

「そう」


 ディアンサスはセーギの答えを聞くと目を閉じる。

 そして幾何か時間が経つと彼女は長い睫を震わせゆっくりと瞼を開ける。


「……お願いがある」


 零すような声。それは何時もの、炎のような彼女からは考えられない、風で掻き消えてしまいそうな声であった。


「連れて行ってほしい。……彼女が終わった場所に」


 そうしてディアンサスはここで出会って初めてセーギに顔を向けた。フードの下から覗く金色の瞳は静謐さを持ってセーギを見詰める。そんな彼女に対して彼も真っ直ぐに目を向ける。


「……わかった。案内する」


 ディアンサスはセーギから了承を貰うと前へ向き直る。そして深く一息吐く。そこに込められた重さはセーギにはわからない。それでも彼女がその言葉を伝える為に出会ってからこれまでの時間が必要だったことを思えば決して軽い物ではないことだけは感じられた。


「……明日。朝から行ける?」

「ああ。問題無いよ」

「じゃあ夜明け前にあんたのとこに顔を出すから」


 ディアンサスは立ち上がる。そして数歩だけ進んで立ち止まり、彼女は振り返りもせず独り言のように呟く。


「……ありがとう」


 セーギの返答を待つことなくディアンサスは足早に広場から立ち去っていった。


「…………」


 また1人になったセーギは黒くなっていく空を見上げる。夕暮れから夜に変わっていく空は見ていると言葉に出来ない寂寥感を覚える。そんな空に溶けるように音色が響いていく。それはピアノによる旋律のようで、魔法によって鳴り響くその音色は都市中に日没を伝える。


「俺も……帰ろうか」


 セーギは立ち上がると借宿に行く為に歩き出す。彼の背後には白く輝く天使像が噴水周辺を柔らかく照らし出していた。


 ◆◆◆


 ロベリアは自身の拠点に地下空間に幾つか部屋を設けている。一室一室は小さなその部屋に照明は一切なく、目と鼻の先すら見通すことが出来ない暗闇に包まれている。部屋の材質は石を切り出して加工した物になっており、床には溝を張り巡らせてその端には排水口を空けて洗浄を容易に出来るようにしている。そしてこの地下室にある唯一の扉は頑強な金属で作られ、鍵を持たぬ者の出入りを完全に拒んでいる。

 ……それだけである。この地下室にはそれ以外何も無い。イスやテーブルはおろかトイレすら設置されていない。そしてこの地下空間は外界から隔絶されておりどれだけ大きな声を上げようと外に漏れることはない。生活する為の何もかもが不足した部屋。……しかしそれでもこの部屋は人を収容する為の物である。

 暗闇。閉鎖空間。情報の遮断。この場に入れた人物への尊厳の剥奪。そしてそこにロベリアが用いる能力(スキル)が加わる。

 ここは捕まえた相手の口を割らせる為の場所……尋問部屋である。


 鋼鉄の扉には同じく鋼鉄製の蓋が付けられた小窓がある。それを開閉するのにも鍵を必要とし、その窓から最低限死なないだけの食料が放り込まれる。

 そしてこの小窓には他の使い方もある。閉めたままでも空気の入れ換えがある程度可能なように小さな小さな穴があり通気口の役割も備えているのである。


「この中に収容してから10日以上」


 通路側に立つロベリア。照明用のランタンを持った彼女は翡翠色の瞳と鱗を光らせながら目の前にある部屋の小窓、その蓋の上から手を当てる。


「良い感じに素直になってる頃合いかしら」


 ロベリアは自身の能力“千紫万紅の毒血”によって生成した毒を部屋の中に流し込む。

 その毒は部屋の中に居る者を蝕む物ではない。逆である。元々『部屋の中に充満していた毒』を中和する為の毒である。

 必要分の中和毒を流し込んだロベリアは鍵を取り出しそれを使って扉の施錠を外す。


「……さて」


 鋼鉄の扉が軋むような音を立てて開かれる。それに伴い中から異臭が吹き出してくる。先程ロベリアが使用した甘い香りの毒がその異臭を和らげているが、それでも隠しきれない不快な臭いが漂ってくる。その臭いの正体は人の汗や垢が溜まった物と排泄物が混じり合った物であり、それはつまり生きた人間が発している臭いでもある。

 そんな臭いを意に介さずロベリアは室内に踏み込む。そして彼女は目当ての人物へ視線を落とす。その男は粗末な服を着せられ、しかしその服も今日までの生活で汚物に塗れてまともな状態ではなくなっている。


「ぇひ……ぃぃぁぁあ……はひゃ」


 笑っているのか泣いているのか、判断が難しい表情をして声を上げている男。瞳からは理性の色が消えて正気を失い、口の端からは涎が垂れ流しになっている。鬣のような髪も、筋骨が発達した逞しい肉体も、こうなってしまっては惨めさを強調する要因にしかなっていない。


「はぁーいレグルス。幽閉(バカンス)は楽しんでくれたかしら?」

「……ぱわ……ぅぇええ……いひっ……」


 床に倒れ、時折痙攣さえ起こす“赤獅子”の首領レグルスへロベリアは笑顔を浮かべて話し掛ける。しかし正気を失っている彼は意味のある言葉を放つことが出来なくなっている。ロベリアは屈んでより近くからレグルスの顔を覗き込む。


「素直になったみたね。……お話しをしに来たわよ」


 閉鎖空間での暗闇と毒。それによってレグルスは素直になった。ロベリアはそんな彼の目前に屈み込み、結んだ後ろ髪が獅子の尾のように跳ねる。

 ロベリアは長い指先をちらつかせる。その指先から紅い雫が滲み出す。

 それは毒。しかしそれは目の前の男にとって毒ではなかった。

 レグルスの鼻にその雫が放つ臭いが届く。


「……ぁっ……ぁぁっ」


 レグルスはその雫を求めるように口を開けて舌を伸ばす。


「私の言うことを聞いたらご褒美をあげるわ」


 ロベリアはレグルスに対して自身が生成した毒―――今日まで脳髄が痺れるほど吸引させてきた物の原液を笑顔で見せ付ける。

 しかしロベリアの瞳は笑っていない。彼女にとって目の前の男はようやく手にした『手掛かり』である。情報を聞き出せればもう価値は無くなる。だから彼が今後まともな生活を送れなくなっても一切気にならない。その情報すら持っていなかったら既に彼は森の土の仲間入りをしている。


「さあ、教えてもらいましょう」


 心が壊れた男に向かってロベリアは尋ねる。


「貴方に悪魔契約を教えた相手、邪教を統べる『背教のタローマティ』のことを」


 氷のような瞳の奥に憎悪の炎を燃やしたロベリアは、薄暗い地下室の中で凄絶な笑みを浮かべた。

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