59.異国料理
劇場から出たセーギ達が次に向かったのは食事処であった。時間にしても正午が近く丁度良かった。
「セーギ様が案内してくださるんですか?」
「ああ。俺がこの都市で知ってる数少ない場所だよ。美味しいお店だったから場所を覚えてたんだ」
当初は評判の良い店の中から選んで向かう予定であったが、セーギが皆に紹介したい店があると言って彼が案内することに相成った。
目的地まで程々に距離があるのでセーギは途中で乗り合い馬車を捕まえた。馬車と言っても牽いているのは“騎竜”と呼ばれる翼の無い竜種であり、正確には竜車と呼ぶ。
全身は丈夫で滑らかな緑色の鱗で覆われており、大きさは体高2m、体長4m程の2足歩行型。太くしなやかな両脚に地面を強く掴み蹴り出せる太い爪を備えた足。強靭で長い尾。短く小さいが意外に器用に使える手。長い首にのった頭部には一対の横から前に突き出すように伸びた角がある。
騎竜2頭牽きの大きな箱馬車。セーギ達の他にも何人か乗車していたので邪魔にならないよう奥に詰めるようにセーギを挟んでシータとルミーが左右に座る。席順はルミーがそうなるよう調整した。
「「「…………」」」
しかし思いの外身を寄せ合うことになってルミー自身も戸惑い気味である。そして彼女以上に緊張しているのがシータである。
(セ、セーギ様の体温が……)
(胸が、苦しい。……お、落ち着くのよ私。ただ肩が触れ合ってるだけっ、友達……そう友達ならどうってことはない筈よっ)
(……良い匂……忘れろっ! 服越しでも柔らか……煩悩よ去れっ!)
……目的に着くまで顔を赤くした3人は碌に会話も出来ずに固い表情をしていた。
――――――
セーギは3人分の乗車賃を支払おうとしたが律儀で真面目なシータとルミーがそれに納得する筈もなく結局全員で支払った。
竜車から降りた3人は街を進んでいく。そこは商人街が広がる都市の東部であった。
「ここから直ぐだから」
大通りから中の方へ道を外れて進んでいく。大通りより人は少なくなったがそれでも擦れ違う人はちらほらと見掛ける。そうした道をある程度進んでいくとセーギは目的の店を発見する。
「あった。あそこがそうだよ」
「……あれが」
セーギが指し示したのは特に変わった所のない建物であった。ただ軒には看板を下げており、そこには店名が書かれ、添えるように飲食店を表わす標識がある。
店に近付いたことでシータがあることに気付く。
「……この香り」
店から漂ってくる独特な香り。それをシータは嗅ぎ取る。
「じゃあ入ろうか」
セーギが先頭に立ち、異国料理店〈女神の吐息〉の扉を押し開き店内へ入って行く。店内に入れば外に漂っていた香り、それがより強く鮮烈になって鼻腔をくすぐる。店内はテーブル席が幾つかとカウンター席がある一般的な構造をしており、それらにも微かにこの香りが染み込んでいる。
セーギ達が入ってきたことに気付いた店員が歩み寄ってくる。薹が立った40代程のふくよかな女性、この店で調理補助や接客をこなす人である。
「いらっしゃい。今日は3人かい?」
「はい友達です。大丈夫ですか?」
「そこまで繁盛してる店じゃないよ。ほらついておいで」
店員は以前来たセーギの顔を覚えていたようでにこやかに言葉を掛けて4人掛けテーブルまで案内する。3人は席に着くと注文を尋ねられる。席順はシータとルミーが並んでその正面にセーギが座る形になった。
シータとルミーは初めて来た店だったので注文はセーギに任せた。
店員が奥に戻るとシータが店内を眺めてぽつりと呟く。
「このお店、すごく香辛料の香りが強いのね」
店中に漂っていた香りの正体は数種類の香辛料が混ざった物であった。料理慣れしているシータでも流石にどんな種類の物が使われているかまでは把握出来ていないが、それでも10種前後、またはそれ以上の香辛料が使われているのがわかった。セーギ達が入店してから後に続くようにちらほらと他の客も入ってくる。その様子から大繁盛、とまではいかないがそれなりに客足のあるお店であるとシータとルミーは判断した。
「最近開店したお店らしいよ」
「そうだったんですか」
さっきのふくよかな女性と入れ替わるように別の店員が出て来た。その店員はまだ若く20代ぐらいの女性であった。彼女はコップと水差しを乗せたトレイを持ってセーギ達のテーブルに来る。
「お冷やです」
「ありがとう」
店員は持ってきたそれらをテーブルに並べると礼をして離れる。そして他のテーブルを巡って客から注文を聞き取っていく。
「……どうしたの?」
店員を見送ったセーギはシータとルミーが不思議そうに運ばれてきた水を見ているのに気付く。2人は自身が感じた疑問を告げる。
「お水って注文してた?」
「料理しか頼んでませんよね」
「え?」
セーギ彼女達がそんなことを言った理由がわからなかった。前に来た時もこうしてテーブルに着くと無料で水を提供されていたのだ。彼にとってそれは自然なことであり疑問を挟む余地は無かったのである。
そうしてセーギが彼女達の疑問に答える前に先程の若い店員が注文した料理を運んでくる。
「どうぞ『岩蛙と旬野菜のカリィ』です」
「わぁ」
シータは届けられた『カリィ』に目を輝かせる。それはルミーも同様で、2人はその料理が放つ豊かな香りに頬を緩ませる。料理を届けた店員は「ごゆっくりどうぞ」と声を掛けると他の客へも配膳する為に戻っていく。
テーブルに3人分並べられた褐色のスープ料理。それは十数種類の香辛料と野菜や肉を油で炒め、汁気の多い野菜を水代わりにして煮込み、最後にとある果実から取れる胚乳を加工したまろやかな口当たりの液体を注いでスープ状に仕上げた物である。深皿に入れられたそれと共に平たく焼いた無発酵パンが籠に盛られてテーブルに置かれる。
「じゃあ頂こうか」
「うんっ」
「で、では」
セーギが促すと2人は食前の祈りを捧げセーギも手を合わせて食前の挨拶を済ませて早速料理に手を付ける。
最初にカリィ単体の味を確かめる為にシータとルミーは匙でスープだけ掬って口に運ぶ。
「「っ」」
口に入れれば複雑な味わいがガツンと広がる。多様な香辛料が使用されて刺激が強いそれはしかし野菜の甘味と胚乳のまろやかさで優しい口当たりになっている。喉を通せば後からやってくる辛みが熱と共に体に染み渡る。
前にも食べたことがあって慣れているセーギはパンにカリィの肉や野菜を乗せて食べる。
「ん、……どうかな? 口に合えば良いんだけど」
セーギにとっては馴染みのある味。しかし彼女達の舌に合うかどうかは知れなかったのでセーギは恐る恐る2人に味の感想を聞く。それに対して2人はこくこくと首を縦に振る。
「これ、すっごく美味しいわ」
「辛いのに食べやすいです」
どうやら気に入ってくれた様子の2人にセーギは安堵する。彼は他の店で食事を摂ったりシータから振る舞われた料理の味から、この世界の人……少なくともこの国の人は自分と味の感じ方に大きな違いはないと判断していたが、それでも気に入ってくれるかはわからなかったので安心したのだ。実際に店内には複雑な香辛料の風味が合わないのか首を傾げている人も見受けられる。
「良かった。……あ、パンに付けて食べるのも俺は好きだよ」
シータとルミーは籠からパンを取って一口大にちぎり取ってカリィと共に食べる。それも彼女達の口に合ったようでもぐもぐと顔を綻ばせて食べていく。2人が機嫌良く食べてくれて嬉しくなったセーギは同じように表情を緩ませて料理を食べ進めていく。
「俺の故郷に似た料理があったからこのお店を見つけた時は嬉しかったよ。……あ、すいません店員さん。追加で『沼鳥の壺窯焼き』、それに『魚介に茸と米の炊き込み』と『ルル豚の肉団子』を一つずつ」
「……カリィ、何処の国の料理なのかな?」
大食漢であるセーギは追加も頼みつつ2人と和やかに会話を続ける。
「この前シータに作って貰った料理、その中にも俺が前に居た世界に似てる物があったよ」
「そうだったの?」
「うん。あの魚の煮込み料理とか、……まあ国は違ったけど。このカリィも違う国の料理だけど故郷では一般的に広まってたよ」
「世界が違えど似る物は在るのですね」
「同じ人間だから、かな? やっぱり」
雑談に花を咲かしていると追加で頼んだ料理も届けられていく。セーギは取り分ける用に小皿も持ってきて貰うと2人に料理を分ける。それらも彼女達は美味しく頂いていく。
「……同じ物を好きになってもらえるのって嬉しいよ」
言葉通りセーギは心底嬉しそうに笑顔を見せる。
「そ、そう、なの?」
シータは自分が食べている姿をセーギに見られていることに今更気恥ずかしさを覚えた。明らかにセーギを意識しているシータの様子にルミーは少し満足げである。彼女が考えたデート作戦は功を奏していると言って良い。……そんな時、ルミーもシータ共にセーギから重い一撃を貰うことになる。
「うん、凄く嬉しい。……シータとルミーだからかな? こんなに嬉しいのは」
「「っ!?」」
セーギの何気ない発言。それにシータとルミーは強く動揺する。セーギ自身はどれだけ『熱い』言葉を言ったのか自覚していない。
「…………」
「すぅー……、はぁー……」
シータは俯いて動かなくなり、ルミーは胸の辺りに手をやって深呼吸する。両者共にフードの下の顔を耳まで真っ赤にしている。それは決して香辛料による物ではない。
「 ? 」
セーギからはフードで隠されているシータとルミーの顔色を窺うことが出来ず、再び彼女達が持ち直すまで不思議そうにただその様子を見詰めるだけだった。




