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58.演劇

 ルミーの案内の元、セーギ達が辿り付いたのは大きく瀟洒な館。舞台演劇を上演している劇場であった。


「俺、劇って見たこと無いな」


 ルミーから渡されたチケットで劇場に入ったセーギ達は大広間(ホール)の階段状になった席の一角、中央布巾の指定席に腰掛けている。セーギの右側にシータ、ルミーという順で座っている。


「私も初めて。ルミーは?」

「私も友達に聞いたことはありましたが実際に来たのは初めてです」


 上演までまだ時間がある。3人はその間に受付で受け取った小冊子(パンフレット)を開いて目を通していく。セーギは転生した当初から何故か読める異世界の文字を目で追っていく。


「……本で出てる作品を舞台化した物なんだなこれって」

「……『花姫と狼王』、……聞いたことがあるような……」


 冊子には『花姫と狼王』というタイトルが書かれている。


「女の子の間で流行している作品なんです」

「へえー」

「流行……だから聞き覚えがあったのかな?」


 あらすじに目を通せばこの作品が恋愛物語であることがわかる。


 〈花の王国。その王族の一人娘であり、多くの人々に慕われている花姫ローザに婚約の話しが持ち上がる。同国の貴族、騎士団長、宮廷魔法使い、帝国の皇太子、……数々の勇壮で秀麗な者達が集う中でローザはある1人の男に目を奪われる。

 男の名はグイン。彼は亡国の王子であり、他国から恐れられた『狼王』の血を受け継ぐ最後の男であった。

 素直ではなく愛想も見せないグイン。しかしローザは言動の端々に自分に対して深い思い遣りを垣間見せるグインに次第に惹かれていく〉


 簡単にあらすじを見終えたセーギは前世でも数多くあった物語を思い出す。

(……こういうのって何処の世界でも変わらないんだな)

 隣を見ればシータは冊子の内容を真面目に上から下まで眺め、ルミーはある程度内容を知っていたのでセーギよりも早く見終わっていた。

 セーギは冊子の中にある『原作者監修』という一文に視線を落とす。


「……ルミーはこれの原作って読んだことあるの?」


 ルミーは頷いて肯定する。


「はい。友達から勧められて」

「劇は原作の内容をなぞるの?」

「いえ、この演劇は作者が1本で終わるように新たに書き下ろしたようです。原作は4巻まで刊行されて今も続いています」

「あ、連載物なんだ」

「ええ。署名(サイン)本などが出ると『お高く』なっているので。人気の程が窺えます」


 読み物にあまり触れてこなかったセーギはルミーの説明を聞きながら興味が出てくる。

(面白かったら原作も読んでみようかな)

 上演が近付いて来たのか周囲の席がどんどんと埋まっていく。冊子から視線を上げたシータは増えていく観客を眺める。


「……女の人が多いみたい」

「本当だね。俺みたいな人は少数派なのかも」


 若い少女や大人の女性達が席に座ると和気藹々と話している。男の姿は少しだけであり、その所為で数少ない男であるセーギは周囲の女性から頻繁に視線を投げ掛けられる。

 少し落ち着かない。しかしそれ以上にセーギが気になったのは、空席が殆ど無くほぼ満席状態になっていることだった。


「……ここのチケットって手に入れるの苦労したんじゃ」


 人気がある劇場などはチケット1枚に結構な値が付くこともある。セーギ達が座っているような鑑賞しやすい指定席なら尚更である。娯楽に疎いシータもセーギのその言葉で思い至ったのか共にルミーへ目を向ける。そんな2人にルミーは朗らかに笑う。


「ふふ。チケットは頂き物だったんです。頂いたチケットが無駄にならなくて良かったです」

「そうだったんだ」

「ルミーって友達が多いわよね。……うん、私も少なくない、筈……」


 人気のチケットを融通してくれるようなルミーの交友関係にセーギとシータは感心する。ルミーはそんな2人に「偶然ですよ」と謙遜する。

 ルミーは自身の首に下げた聖印をローブの上からなぞる。


(……主よ、嘘を吐いたことを懺悔します)


 チケットを頂いた。これは嘘である。

 ルミーが自力で手に入れたのである。でなければ3枚などという半端な枚数のチケットが偶然手元にあるなど有り得ない。オークの軍勢撃退の功で贈られた金銭を使って数日前に仕入れたのである。


(今回セーギ様とシータちゃんには純粋に劇を楽しんでもらいたいですから)


 ルミーの目的は単純。演劇を観て2人に『恋愛』という物を意識させる為である。

 恋愛物を見れば恋愛がしたくなる。かく言うルミーもその口。

 素敵な恋愛、凄くしたい。

 ルミーはシータにはもう少しだけ、ほんの少しだけでも自分の心を自覚して欲しいと願った。そうして用意した場がこのデートである。


「あ、始まるのかな?」


 客席の照明が絞られ薄暗くなっていく。舞台の幕がゆっくりと上がっていき。それが上がりきると客席とは違って明るく照らされた舞台が露わになる。3人は冊子を閉じて舞台へ意識を集中させていく。


 公演の始まりを告げる曲がどこからともなく流れる。蓄音機を使って流れる静かな曲がを大広間(ホール)満たしていく。それに合わせて舞台端に立つ語り手の女性が朗々と物語を紡ぎ、仮装した役者が舞台で登場人物(キャラクター)に成りきる。

 セーギ達は始まった演劇を静かに見始めた。


 ――――――


 帝国の皇太子は戦争を起こして花姫ローザを手中に収めようとした。数多の騎士を放ち、その魔の手がローザに迫る。

 そこへ怒りの狼王グインが現れる。彼は『狼王の血』を目覚めさその力で騎士達を返り討ちにした。

 連戦につぐ連戦。血に塗れて人間性を失っていく傷だらけのグイン。それでも彼は愛するローザを救う為に彼女を捕らえている皇太子の元へ行く。

 怪物と化したグインと皇太子との一騎打ち。怪物となった『狼王』は強い。しかし満身創痍の彼は今にも倒れそうになっている。対する皇太子はその手に花の国から奪った聖剣がある。

 激闘の末グインは勝利を掴む。

 その代償として彼は完全に獣へと堕ちた。このままでは彼は無差別に人を殺し続ける真の怪物となる。

 ローザは地に落ちていた聖剣を取る。愛する彼を止める為に。

 グインは最後に残った心でローザが振る聖剣をその身で受けた。獣に堕ち、人を殺す怪物になっても、彼は愛した女性を殺すことは出来なかった。

 力尽き膝を着くグインをローザは抱き締める。命を賭けた愛が終わろうとした時―――


 花の国の聖剣が奇跡を起こす。


 傷が癒え、人の姿を取り戻したグイン。

 鮮やかな花々が咲き誇る丘の上でグインとローザは抱き締め合う。

 多くの試練を乗り越え遂に結ばれた2人。ローザはグインの手を取り花の国へ帰る。


 鐘の音と共に始まる結婚式。

 煌びやかな衣装に身を包む花姫と狼王

 大勢の人々に祝福される中で2人は誓いの口付けを交わした。

 永遠の愛を誓って。


 ――――――


 舞台『花姫と狼王』は無事に終わった。最後に役を演じた芸人達が舞台に並んで観客へ感謝の言葉を述べて幕引きとなった。

 席に座っていた人々は立ち上がり黄色い声を上げながら友人達と感想を言い合っている。内容は劇の素晴らしさであったり、曲の雰囲気の良さであったり、花姫を演じた女性の可憐さであったり狼王を演じた男性の精悍さであったりと。聞こえてくる言葉を聞けば今回の上演は好評のうちに幕を閉じたとわかる。


 テーマ曲が流れるのを聞きながらセーギは手に持った冊子へ再び視線を落とす。

(少女漫画とか女性向け小説(ノベル)とか、こういう感じなのかな? うん。面白かった)

 恋愛物語であったが戦いの演出『殺陣(たて)』も山場になっており、セーギの主観ではあるが男性も十分に楽しめる作品であったと思った。


「……次は何処に―――」


 セーギは次の行き先を決める為にシータやルミーへ顔を向け、……2人の様子が何時もとは違うことに気付く。


「……あい……およめさん」


 シータは互いに思い合う男女の恋模様に感化されたのか、頬を薄らと紅潮させて幕が下がった舞台を見詰め続けている。


「……ほぅ」


 演劇を熱心に見ていたルミーは熱の籠もった溜息を吐く。……ルミーの中では男女の配役が『別の人』に脳内変換されており、擬似的に恋愛を体感していたので感情の熱も一際高くなっていた。

 熱に浮かされふわふわしている2人が心配になり、セーギは席を立って彼女達の前に回る。


「……シータ? ルミー?」

「ひゃいっ!?」

「きゃ!」

「わっ、ご、ごめん。大丈夫?」


 薔薇色の瞳に覗き込まれたシータは肩を跳ねさせて驚き、ルミーはそんな彼女の反応に驚いた。セーギも2人がこんなにも強く反応するとは思ってもいなかったので目を白黒させる。


「あ、その、……だ、大丈夫っ。私は大丈夫だかりゃっ」

「……シータちゃん、噛んでますよ」

「こっ、これはそのっ……」


 わたわたするシータと落ち着きを取り戻したルミー。その様子を見てセーギは苦笑する。


「……立てる? 2人共」

「――――――」


 セーギに差し出された手を見てシータは硬直する。ルミーはそんなまごまごしている彼女へ「シータちゃん」と呼び掛けながら肩を軽くたたき発破を掛ける。


「ぁぅ……はい」


 セーギから目を反らしながらもシータは彼の手を取って立ち上がる。


「じゃあ次は何処へ行こうか」


 シータがしっかりと立ったことを確認するとセーギはするりと手を放す。シータは「……ぁ」と声を漏らして離れていった手を追い掛けるように動き……直ぐに自分が何をしようとしているのか気付き、慌てて手を止めて顔を赤くする。

 セーギはそれに気付くことなくルミーにも手を差し出して立ち上がらせる。


「……セーギ様、もしかして女性と出掛けるのに慣れていたりしますか?」

「え? どうして?」


 ルミーの問い掛けにセーギは目を丸くする。彼にそんな経験など一切無いからだ。ルミーは彼の反応を見てデートに慣れているわけではないと察する。しかし『天然』で片付けるには少しばかり動作がスマートであった。

 セーギは不意に思い出したような顔をする。


「……ああ。こうして友達を助け起こすことが多かったんだよ。多分その所為じゃないかな?」

「お友達ですか?」

「うん。……向こうは『友達じゃない』って否定するけど、俺からしたら友達の1人だよ」

「……何か複雑そうな関係ですね」

「まあ『同僚』……それによく『力比べ』してた相手だし。向こうは俺のこと『好敵手(ライバル)』って言ってたよ」


 顔の赤みが引いたシータはセーギの言葉を聞いて質問する。


「同僚って……もしかして『魔王』の?」

「そうそう」


 シータの問いは正解であり、セーギが言った相手は【九獄天魔王(インフェルノ)】の一角であり心のあるAI【NoASノアス】を核にした者のことであった。

 セーギ達は何時までもこの場に居るのは劇場関係者の迷惑になると判断して歩きながら会話を続ける。


「セーギ君は他の魔王とも力比べをしたりしてたの?」

「いや、あんまり。体を慣らす為に手合わせぐらいはするけど、白黒はっきり付けるような手合わせをする相手は1人だけだったよ」


 大広間(ホール)から出て玄関扉へ向かう。


初登場(デビュー)が同時期だったから、何かと縁のあった人だったよ」

「……デビュー?」


 ルミーは魔王という存在が『デビューする』という感覚に理解が及ばず不思議そうにする。まさか異世界では社交界に出る感覚で魔王が参入するのかと想像してしまった。ちなみにシータは何かしらの言葉の綾と考えて特に疑問に思わなかった。


 セーギは鎬を削った『魔王』を思い出す。それは噴水広場で思い出していた相手と同じだった。

(ハヤテとは別れの挨拶、碌に出来なかったな)

 『魔王ラーヴァナ』が実装された6度目の大規模アップデート。つまり2回目の『大型』のアップデートで共に実装されたのがハヤテ扮する『魔王』であった。

 ラーヴァナはあくまでExB(エクストラ・ボス)であり【九獄天魔王(インフェルノ)】には含まれていない。もう1体の魔王であるハヤテがその一角として〈NSO〉の物語に関わっていた。

 セーギはハヤテのことを思う。

(……元気にしてたら良いんだけど)

 世界の向こうに居る相手。そんな相手と連絡を取る術などセーギは知らない。だからセーギは喧嘩友達のようであったハヤテが今も向こうの世界で元気にいてくれることを胸の内で祈った。

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