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57.待ち合わせと天使

 

 ◆◆◆


 まだ朝早い時間。それでも道を歩く人々は多く、活気に溢れている。

 そんな人混みの中にセーギは居た。

 周囲を見渡せばそこかしこで屋台や店が開いており、少しでも人を呼び込もうと食欲を刺激する香りを漂わせている。その活気を感じてセーギの気持ちも盛り上がる。既にこの都市に来て半月―――この世界にも特有の暦は存在するがセーギは自分が理解しやすい日数計算をしている―――も経っているのである程度は慣れたが、こうして五感を刺激されるのは彼にとって心躍る物の一つである。


「やっぱり王都って凄いんだな」


 そうしてセーギが街並みを見て感心していると、手を軽く引かれる。


「セーギ様。あちらに探していたお店がありました」

「あ、向こうだったんだ」


 手を引いたのはフードの下のからセーギを見上げるルミーだった。彼女はセーギと顔を合わせると嬉しそうに微笑む。


「さあ行きましょう。ほらシータちゃんも」

「う、うん」


 ルミーはさっきまでセーギと話しに花を咲かせていたシータにも声を掛けて、セーギと手を繋いだまま目的のお店へ歩き出す。

 人混みを物ともせずに歩いて行くセーギ達。現在彼らはルミーが企画した『デート』の真っ最中である。


 ◆◆◆


 始まりは模擬戦終わりにルミーが3人でデートをすると言ったことである。それはセーギとシータにとってはまさに青天の霹靂。事態を飲み込むのに些か時間を要した。孤児院までの移動の際に説明を受けて、そこに辿り付くと一時解散して後ほど現地で集合することに相成った。


 ランドマークにもなっている北の広場。その中央には水が湧き出す(かめ)に腰掛けた天使像の噴水があり、それを一番早くこの場に着いたセーギが見上げている。

 何時もと同じ金の鷲が刺繍された青いコートを着たセーギ。彼は後から来る予定のシータとルミーをこうして待っている。

 周囲にはセーギの他にも待ち合わせに使っている人が大勢居て、友達はもとより見るからに付き合っている……恋人同士な男女も居る。セーギはそれを見て『デート』ということを強く意識して緊張してくるのを感じた。


「……そういえば」


 セーギが思い出すのは前世での記憶。それは待ち合わせという物について教えてくれた相手であった。


 ――――――


『ハヤテ、話しって何?』

『……よく聞いておけ正義』

『ああ』

『俺が、なんだ、その、……誘った時間から遅れることも早くも来ることもするな』

『え? でもハヤテだって俺より早―――』

『じゃあ10分前だ! それ以上早くは絶対に来るな! 良いな!?』

『……ど、どうして俺は怒られてるの?』

『それはお前が早く来たからだろっ!? こっちにも心の準備があるんだっ!』

『ええ……だって何時もの『決闘』だよね? どうして今更待ち合わせの時間なんか気にする―――』

『うるさいっ! ええいやるぞ! 今やるぞ! これからやるぞ! さあアバターを切り替えろっ!』

『ちょっと待って!? 流石に理不尽っ』

『今日こそ勝たせてもらうぞっ!! 最強の魔王はこの俺だ!!』

『危なっ!? 卑怯だぞ!? そっちは最初から魔王の姿なのに! もっと魔王としてセオリーは守れよ!?』

『お前も“繊月の曲剣”を最初から使えば問題無いっ!!』

『ああもうっ! ―――……覚悟しろっ』


 ――――――


 どうして決闘から待ち合わせ時間の話しになったのかセーギには全くわからなかったが、それでも到着する時間に関しては否は無かったので以後はそれに従っていた。ちなみに決闘はセーギが勝った。

(同じ魔王仲間だったけどハヤテだけはよくわからなかったなぁ。プライベートでは会ってくれなかったし)

 実は魔王の姿以外を知らないハヤテという〈NSO〉に居た魔王の1人を思い出す。あの日ハヤテがした主張はどう考えても理不尽であったといまでも感じている。

 そうして待ち合わせより10分だけ早く着いていたセーギは2人が来るまでこの都市の名物である噴水を観賞していた。


「……こっちにも天使って居るのかな?」


 待ち合わせや天使像で郷愁を感じながら時間が過ぎていく。


「……ん、来たかな」


 待ち始めてから数分も経たぬ間に見知った気配が近付いて来るのを察知する。そして人混みから深緑色のローブを着てフードを被ったシータとルミーが姿を現わす。

(……他の人の注目を集めてない。やっぱりあのフードって便利なんだな)

 聖女の2人は外見の美しさもさることながら身に纏う空気が尋常ではなく、それが否が応でも周囲から注目される要因になる。その力があったからラーヴァナの姿になったセーギが大通りを歩く時により多くの視線を集められたのだ。“傾城傾国”を持つ魔性の女。それが彼女達であり、故に人目を気にし窮屈な生活を強いられているのである。

 そんな彼女達が人目を引かずに出歩けるのは“認識阻害”のローブを着ているからである。

 シータの手を引きながらやって来たルミーがセーギの元へ辿り付く。


「すいません、待たせてしまいましたか?」

「いえ、俺もさっき着いたばかりです」

「…………」


 セーギは2人と軽く言葉を交わすと彼女達が非武装であることに気付く。

 ルミーはそもそも小型の杖なので持っていようが持っていまいが殆ど変わりないが、シータは自身が帯剣していないという状態に落ち着かず左手が手持ち無沙汰でそわそわしている。ルミーは緊張しているシータの代わりに会話を主導していく。


「ではセーギ様、今日はどうぞよろしくお願いします」

「ああ、こっちこそよろしく」


 女性とデート。それも生まれて初めてのことにセーギは少し自分が浮かれているのを自覚する。シータほどではないが彼も何時もより落ち着きが無くなっている。事前に用意していた『ある物』をしきりに気にする素振りを見せる。


「今日は私とシータちゃんがこの都市を案内致します。ね、シータちゃん」

「……うん。色々と見る所は多いから、知っておいた方が良いよ」

「それは助かるよ。実は都市を見回ることは全然してなかったから」


 無事に3人揃ったので彼らは移動を開始する。繋いでいた手を放して歩き出したルミーを先頭にその後ろをセーギとシータは付いていく。

 他愛も無い話しをしながら3人は目的地を目指しながら街を観光する。


「―――そういえばあの噴水の石像って何をモチーフにしてるの?」

「あの天使像はこの世界を創造した主神ヴィージャル様に使える七天使、【不滅の聖霊】様を象った物です」

「……その中でも天使様達を統率する立場であり、伝承では“悪神”の封印の要にもなっている最も偉大な天使『オフルマズド』様が元になっていると資料には残っているわ」

「へぇ、このやっぱりこの世界にも天使が居たんだね。それに封印か」


 セーギはルミーとシータの説明を聞き、振り返って遠ざかる噴水を見る。

 水瓶に腰掛ける天使。肉感的で均整のとれた肢体を豪奢なドレスで包み、側頭部からは曲線を描く一対の巻き角が生え、背中にある翼を広げた女性の姿。その天使像は魔法によって発光しており、淡い白の燐光に包まれている。

 広場から出た後もルミーとシータは丁寧にセーギに天使のことを教える。


「創星の後、ヴィージャル様が世界の光りを」

「そして天使様達が闇を……影を担うようになったの」

「天使が闇……」


 セーギも17歳の健全な男子。それもファンタジー世界を舞台にしたゲームを人一倍プレイした男子である。聖なる存在である天使が闇を司るという話しに『なんか格好良い』と思った。

(光と闇が合わさって最強に見える)

 そんなことを考えて天使像を見るセーギ。その目は少し輝いている。


「どうかしましたか? セーギ様」

「あっ、い、いや何でも」


 先を進むルミーの呼び掛けにセーギは慌てて取り繕い、彼女達の後を追い掛ける。

 シータは天使像の美しさに見惚れていたように見えたセーギに対して「……む」とむくれる。しかしはたと、自分が不機嫌になっていることを自覚する。


(何で、私……)


 模擬戦で敗北した時も不機嫌にはなる。しかしそれとは毛色の違う感情にシータは困惑する。彼女はその理由を探す為にセーギへ視線を集中させる。


「あ。あの屋台って何のお肉なのかな? 鳥?」

「あれは確か……岩蛙のお肉ですね」

「へえ、美味しそうだね」


 そんなシータの様子に気付くことなくセーギは近くにあった串焼きの話しをルミーから聞いている。


「鳥や豚より安いのでお財布に優しい食材の1つです」

「そうなの。すっごく助かるのよ」


 節約系の話しにシータは先程の感情など忘れて食い付く。伊達に自炊中心の質素な生活を送ってはいない。


「シータもよく使うの?」

「ええ。癖や臭いはあるけど、そこは香辛料や下拵えで取れるから意外と使いやすい食材なの」

「じゃあこの香りは香辛料を使ってるのかな?」

「そうね。あれも安くて色んな料理に使える香辛料の1つよ」


 楽しそうに説明するシータと興味深そうにそれを聞くセーギ。


(……良かった。シータちゃん、さっきよりも自然体です)


 2人の様子を見てルミーは安堵する。……そしてフードの下で目を輝かせる。


(これならきっと今回のデートでの目的を果たせられる)


 少しずつだが着実にセーギと彼女達との距離が縮まり、仲を深めていく。

 セーギがルミーに目を向け、そして笑いかける。


(……セーギ様がきっと、私とシータちゃんの、運命)


 心臓の早鐘を抑え、顔が紅潮しそうになる熱も下げ、ルミーは自身を落ち着かせる。性急にことを運ぶつもりはないが、それでもルミーはシータと共にセーギもっと親しい関係になる為にさらに深い一歩を踏み込む。これまで運命の相手を夢見ていたルミーは予習もしてきた。


(この日の為に『恋愛小説』を読み込んできたのです!)


 城塞都市クルルスに住む少女達の間で流行している『恋愛小説』を熟読してきたルミーは小さく拳を握り、セーギの元へ一歩を踏み出した。

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