表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/127

55.変化の兆し

 

 ◆◆◆


 修練場で日常と化した剣戟の音が鳴り響く。

 鍛え抜いた能力。研ぎ澄ました技量。それらを用いて常人では影さえ踏めない速度で両者は剣を交える。……笑みを浮かべながら。


「―――これならっ!」

「まだまだっ!」


 激しく攻め立てるはシータ。迎え撃つはセーギ。

 回を重ねるごとに激しさと鋭さを増していく模擬戦は今回で60回目になる。初めこそ無傷で済んでいた模擬戦も今では両者に無数の傷を負わせるまでになっている。一つ一つの傷は浅く小さいが、それも数が多くなれば身に付けている衣服を容易に赤く染める。

 模擬戦の回数が30を超えた時点で2人は身に付ける衣服を修繕が容易で安価な物に切り替えている。何度も布を当てて縫い合わせ、何度も血を洗い落とした2人の服は今も新たな汚れや破れを作っていく。


「っ!?」

「…………」


 そうした2人の戦いも決着が付く。攻勢に出たセーギの追い込みを捌ききれなくなったシータの心臓に切っ先を突き付けられる。

 詰み。剣術でも体術でも打開策を打てなくなったシータは動きを止める。


「―――ふぅ」

「……はぁ、はぁ……ふぅぅうー……」


 シータは乱れた息をゆっくりと整えていく。

 60回目の模擬戦もセーギの勝利で終わった。それは戦績の上では順当な勝利であったが初めの頃とは違いセーギにも息の乱れが見られるようになっている。


「これで俺が60戦60勝目だね」

「……ぅ」


 セーギの勝利宣言。それにシータは怜悧な美貌を歪ませる。セーギが剣を戻したのに合わせ、シータは地面に膝を着きぺたりと座り込む。悔しさで顔を赤くしたシータは上目遣いでセーギを睨みながら「ううううう」と唸り声を上げる。


「次は……次こそは……ぅぅぅうう」

「……じゃあ次も負けないように鍛錬しないとな」


 シータの負けた後に起こす癇癪。それも10日が経った頃にはかなり改善され、前にシータがセーギ達に料理を振る舞った日から5日が経った今ではこうして睨んで唸るだけになった。セーギはそれを改めて実感して感慨深い気持ちを味わう。

(……それに……強くなってる)

 セーギは薔薇色の瞳を淡く輝かせてシータを見る。


 ――――――

 名:シータ・トゥイーディア

 種族:ヒューマン

 性別:女

 年齢:17

 レベル:608

 スキル:家事、●●、●氣●剛、剣聖、浄化、思考加速、英●●●、慧眼、光華の泡沫、無垢なる祈り

 称号:聖女、英雄、剣聖、傾城傾国、献身者、アヨーディ式戦闘術・極伝、神聖なる乙女

 ――――――


 598だったシータのレベルが600を超えた。これはアバドンとの戦いやセーギとの模擬戦を通じて伸ばしたレベルである。しかしセーギはその数値以上に彼女は強くなっていると剣を合わせて感じている。

(……あれかな、“補正”が掛かってるのかな?)

 セーギが考えたのは、ゲームで存在するレベルアップに伴うステータスの上昇、それのボーナスのような物である。剣士や獣人(セルリアン)なら筋力。魔法使いや森人(エルフ)なら魔力。騎士や鉱人(ドワーフ)なら防御力。そのように職業や種族などの影響でレベルアップの時に他の能力より高く伸びる『補正』が掛かるのだ。

 そして補正は稀少な『職業』や『種族』、それに『称号』によって大きく変化する。

(こっちの世界は『職業』は見えない。なら関係があるのは“種族”と“称号”? それか“スキル”?)

 〈NSO〉ではスキルがステータスに直接影響を及ぼすことはなかった。扱いとしてはスキルは『装備品』に近く、つまり使用条件を満たした時に能力を上昇させる物であった。だがそれも勝手の違うこの〈円天世界ニルヴァーナ〉では当てにしにくい。ゲームでは有り得なかったが、こっちでは産まれた時から特異なスキルや称号を持っている可能性も有るだろう。だから能力の上昇はそんな『常人とは違う物』が大きく影響していると考えられる。

(かと言って【浄泪眼(ディヴァマツヤ)】で見ても……)


 ――――――

 スキル

 剣聖:剣の頂。並ぶ者無し無双の剣士。それが扱うは聖なる剣。

 光華の泡沫:水面に咲く光。その一輪一輪が禊の華である。

 無垢なる祈り:迷い無き祈りは奇跡を起こす。


 称号

 聖女:思いを捧げる者。

 英雄:単身で人の世を動かす逸脱者。

 剣聖:最強の剣士。剣を愛し剣に愛される者。

 傾城傾国:【●●の血脈】を魂に継いだ者。

 神聖なる乙女:清廉な魂と高潔な精神を持つ選ばれし聖なる乙女。

 ―――――


(……結局、わかるようでわからない文言ばっかりなんだよね)

 レベルという明確な数字があるのに、スキルや称号は要領を得ない説明文ばかりで、これが持ち主にどのような影響を及ぼしているのか読み取ることが出来ない。セーギ自身のスキルや称号もこの有様であり、参考にはなりえない。


 悪魔や魔王そしてシータとの模擬戦を通してセーギが知ったのは、この世界ではレベルが同等でも格差が存在するということである。

 竜と人間が並び立てないように、例え普通の人がレベルを600まで上げた所でシータの足下にも及ばないだろうとセーギは考えた。

(それに……スキルがおかしい)

 シータのステータス。そのスキルが見るからに尋常じゃない。前まで見えていたスキルの一部がまるで霞が掛かったように黒く塗り潰されている。“偽装”など掛かっていないのに。これがゲームならバグを疑う所である。しかし今のところシータに異常が出たことはない。黒塗りになっているスキルも問題無く使用している。

 セーギは一つ予想を立てた。

(スキルの『変化』、もしくは『統合』かな)

 それはセーギ自身にも起こったことであった。

 前世と変化した『魔王ラーヴァナ』のスキル。その中にはそのまま上位互換した物も有れば、明らかに統合した物もあった。セーギは自身に起こったそれがシータにも起こりうると考えた。


 シータという少女はもっともっと強くなる。


「―――じゃあ今日はもう上がろうシータ。皆が待ってるよ」

「……うん。……でも明日も」

「わかった。明日もまたしようか」

「……次は絶対に……」


 セーギはシータの手を引いて立ち上がらせる。


「傷は大丈夫?」

「これぐらいは平気よ。……セーギ君は?」

「大丈夫だよ。これぐらいならその内塞がるから」


 セーギとシータがそうして話している間にみるみるうちに傷が塞がっていく。2人のスキルや能力は自己治癒に大きく影響を及ぼしている。深手でもない限り傷跡すら残らない。


 2人は修練場から出る。

 扉を開けて一歩でも外に出れば教会の中庭が視界に入る。背後を振り返ればあの広い修練場が収まっているとは思えない、控えめな大きさの建物が目に入る。修練場が陸上の広大なトラックほどの広さがあるのにその建物は精々が小さな礼拝堂ぐらいの大きさである。

 空間魔法によって拡張されているそれを見てセーギは何時も不思議な気分になる。ゲームでは外観と内部の広さが一致しないのはざらに有った。しかしいざ現実でこんな物を目の当たりにすると夢でも見ている感覚に陥る。


「さて、この後は……着替えてご飯だな」


 そんな感覚を振り払うようにセーギは今日の予定を思い返す。


「シータ、時間は?」

「まだ大丈夫。水浴びして着替える時間は十分よ」

「じゃあ俺も着替えを済ませたら向こうに行くよ」

「ん……ありがとう」


 シータはセーギから3歩ほど離れて付いてくる。未だに彼女は並んで歩くことに緊張するのだ。

 その緊張を解消する為にシータは色々と考えた。しかし、前に考案した『短剣持ち』を省みてならば紙切り小刀(ペーパーナイフ)はどうだとルミーに意見を求めたところ―――

『駄目です』

 ―――その一言で却下された。シータの手に掛かれば玩具の剣でさえ十分な凶器になるのだ。ルミーとしてはそんな物を許可する筈がない。そんなわけでシータは今も緊張を解消できないまま今日を過ごしている。


「そういえばルミーは? 今日は一度も修練場を覗きに来てないけど」

「あの子は昨日から忙しそうにしてたわ。何でも今日は大事な用があるとかで」

「そうだったんだ」


 結果として『友人』にはなったが少し距離を置いた付き合い方になっている。


「……後、ルミーから今日は朝食を食べた後の予定は空けていてほしいと頼まれているわ」

「え? それ俺もだよ?」


 だからその距離を埋める為に『彼女』は一計を案じた。


「―――おはようございますシータちゃん。そしてセーギ様」


 セーギとシータへ挨拶する声。ルミーであった。通路の先から歩いて来たルミーが2人へ軽く会釈して近くに来る。


「おはようルミー」

「おはよう。ねえルミー、私達の予定を空けさせたのはどうしてなの?」


 2人の傍で立ち止まったルミーはどうして昼から予定を空けるように頼んでいたのか、その理由を端的に述べる。


「それはですね―――」


 小首を傾げて微笑みを浮かべる。編まれた金色の髪が揺れる。


「―――『デート』をする為です」


 その答えにセーギとシータも首を傾げる。


「「でーと?」」


 ルミーは笑みを深め、輝くような表情を見せて告げる。


「はい。デートをしましょう。私達3人で」

「「……え?」」


 まだ陽も昇らぬ白んだ空の下で、事態を飲み込み切れていない2人の間の抜けた声が通り抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ