54.艶惰
二章開幕
山道を1人歩く女性。彼女は困ったように視線を右へ左へ動かす。
「ここは何処かしらぁ?」
おっとりとした雰囲気のある美しい彼女の頭部には牛のような白い角と耳があり、それが紫色のボブカットから覗いている。〈円天世界ニルヴァーナ〉において彼女は“獣人”の牛人の特徴を持っている。ただ彼女が普通と違うのは尻尾の形状が先端に毛の生えた物ではなく、全体的に艶めき鏃のような先になっていることである。
謎の種族である女は「ほぅ……」と艶っぽい溜息を吐きながら裸足で地面を歩いて行く。
「もうすぐ夜になりそうなのよねぇ」
女は何処からどう見ても旅をする者の装いをしていない。
ビスチェのような体のラインがはっきり出る扇情的な黒の肌着を身に付け、下はスカートもズボンも履いておらず黒い下着だけ。それらを申し訳程度に隠すように赤いビロードのガウンを羽織っている。そんな明らかに外出することを想定していない格好をしている。
豊満な胸、くびれた腰、張り出た臀部。その全てが女の持つ女性的魅力を振りまく一因になり、それがその服装でより強調されて淫靡な空気を醸し出している。女の印象を端的に述べるなら『娼婦』と呼ぶに相応しい姿である。
「帰られないし、『運営』さんにも連絡は繋がらない。……何が起こったのかしらぁ?」
口紅を引いたように赤い唇を指で突きながら辺りを見渡す。
「そうねぇ、道を聞こうかしら?」
頭髪と同色の尻尾が振り子のように揺れる。
木々がざわめく。
「こんにちはぁ、……もうすぐ今晩はかしらぁ?」
女は挨拶をする。周囲から現れた者達に対して。
道の前後を塞ぐように出て来た20人からなる集団。その誰もが一目で真っ当な人間ではないとわかる出で立ちをしている。男だけの彼らは女の姿を間近で見て下卑た笑みを見せる。そこから友好的な色は欠片も窺えない。
「よお姉ちゃん。そんな格好でこんな場所に1人どうしたんだ?」
女の一番近くに居た筋骨隆々の男、この集団のリーダーである男がニタニタと笑いながら声を掛ける。
「ごめんなさぁい、実は道に迷ったの。ここが何処か御存知ありませんかぁ? 出来れば近くにある街でも教えてもらえたら助かるのだけど」
何処からどう見ても盗賊の類い。しかし女にとってそれは気にする物ではなく、媚びるような甘ったるい声を発して彼らに道を尋ねる。その耳に舌を這わせたような声を聞いて盗賊達は獣欲を昂らせさらに目を血走らせる。その視線は彼女の下着のような衣服を溢れそうなほど押し上げる、白く艶めかしい胸や尻に注がれている。
「……はは。教えて欲しいか姉ちゃん?」
「はぁい、是非教えて欲しいですぅ」
女性の1人歩きなど盗賊にとって格好の獲物である。リーダーは女の近くまで歩み寄ると乱暴に彼女の腕を掴んで引き寄せる。
「あらぁ?」
男の腕の中に抱き竦められた女は首を傾げて男を見上げる。女の紫色の瞳に男のにやけた顔が映る。
「なんだ姉ちゃん好き者か? 抵抗は無しか? まあこんな格好でぶらぶら歩いてんだから寧ろ誘ってたんだろ。なぁ、そうなんだろ?」
女の豊満な胸を男は自身の胸板へむっちりと押し付ける。腹から腰も隙間が出来ないように擦り付ける。薄い布しか着ていない女の身体は服越しであろうと、男に女体の沈むような柔らかさと溶けるような温かさを感じさせる。男のそんな遠慮の一切無い行動。女も男に対して遠慮の無い行動を返す。
「あらぁ……不思議ねぇ」
男の腕の中で女は下へ手を伸ばす。
「おほっ」
女が触れたのは男の下腹部。女は艶めかしくそこを撫で擦る。それによって男は電流が走ったような快感を受けて喜悦を含んだ笑みを浮かべる。
女の動きは止まらない。服の上からだけでなく、その白く滑らかな手指を服の下に入れて直に男の物を撫でる。その間も彼女はずっと不思議そうにしている。
「……『倫理制限』が無くなってるわぁ。もしかしてここは〈NSO〉じゃない?」
「ふはぁああ……良いねぇ姉ちゃん。積極的なのは好きだぜ~」
極上の女体、甘い体臭、熱っぽい吐息、這い回る女の手。その全てに脳を揺さぶられるような快感を覚える。それは直接触れ合っているリーダーだけでなく周囲に居る部下達にも影響を与えている。
「リ、リーダーっ」「独り占めなんてずりぃよ」「売る前に俺達にも楽しませてくれ」「あんなイイ女そうお目に掛かれねえぜ」「お、俺、興奮しすぎてくらくらしてきた」「我慢できねえ」
男は部下達の堪え性の無い姿を見て呆れた顔を浮かべる。しかし直ぐに自分の腕の中にいる最高級の娼婦さえ霞む女を見て、この女の前では誰だってそうなると思い直す。現に男自身も昂りが限界まで張り詰めているのを実感しているのだ。それを女はさらに昂らせるように愛撫してくるのだからたまらない。
「まあ慌てるなお前ら。……俺が楽しんだらきちんと回してやる」
リーダーのその一言で周囲の仲間達は色めき立つ。自分達がこの女の体に触れられる時を想像して間の抜けた笑みを浮かべ生唾を飲み込む。隣の仲間とどうやってあの女体を蹂躙するか相談を始める。
「あのぉー……」
「おおう? 何だ姉ちゃん」
女は赤い唇を開いて男に声を掛ける。その吐息さえ男の情欲を駆り立てる。
「結局ここは何処なんでしょうかぁ?」
女は首を傾げて再度問い掛ける。そこにはこれからその身に降り掛かる出来事を理解していない童女のような純粋さを感じさせると同時に、熟練の娼婦のような妖艶さまで相手に感じさせる。
「……良いぜ、教えてやるよ」
「あらどうもぉ……ぅむ? んん……ちゅぷ、あふ、ふあ……」
女は唇を奪われる。男のそれは荒々しく貪るようである。吸い合う唇と絡み合うその間から熱い息と雫が零れる。短くない時間深い口付けを交わすと男は多少満足したのか口を離す。
「ぶはっ……、はぁ、はぁ。教えてやるよ、俺らをたっぷり楽しませたらな」
「……ぁふ……」
「行くぞお前らっ! アジトに撤収だっ!」
美しい顔を紅潮させ、瞳は潤み、吐く息は熱い。露出している肌は汗ばみしっとりと艶めく。そんな女を男は抱え上げると力強く歩き出す。
1分1秒が惜しいとでも言うように足早にアジトへ向かって歩き出す。その後ろを仲間達が歓声を上げて付いていく。彼らは一様にアジトに着いた後に始まる『宴』に心を躍らせて醜悪に笑う。
そうして迷い人である女は盗賊団のアジトに連れて行かれ、その身を弄ばれることに―――
「―――ふふ」
―――なる筈がない。
誰も気付かなかった。リーダーに抱いて運ばれる女が笑っていることを。目を細め、口角が顔の端まで裂けるような笑みを浮かべていることを。
女が『悪魔の笑み』を浮かべていたことを。
◆◆◆
森は完全に夜に沈んだ。その奥深くには打ち捨てられた屋敷がある。その建物はとある盗賊団のアジトとして再利用されていた。
屋敷の中には盗賊達がこれまで略奪してきた戦利品が溜め込まれ、それだけでなく攫ってきた女性も地下に軟禁して毎夜のごとく暴行を働いていた。
そんな何処までも下劣で醜悪な賊らしい場所。普段ならここは盗賊団が帰ってくれば酒や飯を掻っ食らって退廃的な夜を過ごしている筈であった。
屋敷の広間から声が響く。広間は盗賊達が大勢で『愉しむ』時に使われることが多く、故に響く声はそれに類する物が殆どであった。何時もなら地下から適当に何人か連れてきて遊ぶが、今宵はたった1人の女性に男達が群がっていた。
―――群がっているように見えただけであった。
床に仰向けに寝たリーダーの腰の上に全裸になった女が跨がっている。その周りには半裸になった男達が囲むように立っている。普通に見れば集団で暴行を受けている光景であるが、今回に限っては違う。
男達は全員、まるで空間に縫い付けられたように指先一つ動かすことが出来なくなっている。
「―――がっかりねぇこの程度だなんてぇ。やっぱり屑は屑みたいねぇ」
「―――っ!? ―――っっ」
女は自分が跨がる男の胸や腹を撫でながら『嘲笑う』。それに対して男達は声を返すことも出来ない。
動くことも喋ることも女に掌握された盗賊達はその顔を真っ青にしている。そこには女を連れ込んだ当初の昂りは欠片も存在しない。普通ならむしゃぶりつきたくなる女の淫靡な肉体を目にしても、彼らには恐怖以外の感情は湧かない。
女の“魔王覇気”と“能力”によって自由を奪われた男達はただ女の言葉を聞くしかない。
「ああぁ、こんな程度の低いのに穢された子達が居るだなんて不憫で仕方が無いわぁ」
魔道具の灯りを壁に吊り下げて光源を確保した広間。薄暗いその中で、女の瞳がまるで熔岩のようにドロドロと濁り光を放つ。
「……実は私ねぇ、こっちに来てちょっと調子が変わったみたいなのぉ」
男の頬を白い手が撫でる。快感を覚えたその手も今は怖気しか感じられない。
「だから貴方達にはねぇ―――」
にたりと裂けるような笑みを浮かべる。
「―――『実験体』になって貰うわぁ」
「っ!?」
女の手、その形が崩れる。それは赤黒いぞわぞわと這いずる『触手の群れ』へと変化する。1本1本が女の手首ほどもある大量の触手。変化は手だけには留まらず腕や脚にまで及び、触手化していないのは頭部と胴体のみになる。
「良かったわぁ。お腹が減ってるわけでもないのに『生き物』を殺すのは気が引けたものぉ」
触手が跨がった男だけでなくこの広間に居る者全てに伸ばして絡めていく。男達は自分達の最期が刻一刻と近付いているのをはっきりと感じている。それでも彼らは泣き言はおろか悲鳴さえ上げられない。ただ自分の体を這いずる触手を感じながら涙を流す自由しか許されない。
女に慈悲は無い。何故ならこの男達は既に彼女の中では『生き物ですらない』のだから。
「さあさあ、……おやすみの時間よぉ」
女は仰け反り天を仰ぐ。真っ赤な口を大きく開き力ある言葉を紡ぐ。
「『地に伏せ。空を仰げ。目覚めよ蠢く哀れな二万と四千の群れ。怠惰は自由を縛り、淫欲は命を奪う。背徳とは蜜である。縛り、絞り、舐めとり、啜れ』」
そして自身の名を冠する能力を唱える。
「【艶惰なる束縛と簒奪】」
白く弾けた。
爆弾が炸裂するように女の周囲に居た男達が1人残らず全身から白濁した液体を噴き出す。そしてその白い液体は一滴残らず触手を伝って女に吸い寄せられる。
「あっっ……っっ……はぁああ~~っ」
液体を全身に浴びながらを恍惚の表情を浮かべ身を震わす。紫の髪がざわめきながら胸に掛かるま伸びる。頭部に生えていた角は捻れながら上へと長く伸びて深紅に染まる。白い肌は青く変わり、その上に赤い刺青のような模様が現れる。
「……癖に……なりそうぅ。……これが……『生きている』ということなのねぇ」
触手が蠢き、じゅるじゅると命のスープを……男達から搾り取った“魔力”と“氣力”と生命力の混合物である白濁液を余さず飲み干していく。時間にして数分も経たぬ間に男から絞り出した液体を啜りきってしまった。
男達から触手が離れる。彼らはまるで糸を切ったように倒れていく。地面に転がる男達の肉体はまるで木乃伊のように干からび骨と皮だけの姿になっていた。
「―――……んん~~っ、……ふぅうー……」
女は身を伸ばして一息吐くと、触手の下半身を波打たせて脚で立っていた時と同じ高さまで体を持ち上げる。右に左にと広間を眺める。そこで動いている者は彼女を除いて1人も居ない。
「……『殺せた』ってことはぁ、本当に元の世界じゃないのねぇ」
さっきまで跨がっていた男の死体、その頭を蠢く触手の束で踏み潰す。まるで生木を潰したような音を立てて頭だった物は粉砕される。
「さあぁて。……後もう一仕事残ってるわねぇ」
手脚の触手が吸い込まれるように収縮する。それらは一瞬で手脚の形に集まると次の瞬間には元の手脚に戻った。それに伴い長くなっていた角も肌に浮かび上がっていた模様も元に戻る。
「た・し・かぁ~……、地下に続く階段があるって言ってたわねぇ」
女が一歩を踏み出すと、全裸であったその身に衣服が顕れる。……しかし女は立ち止まり、自身が着ている服を摘まんで顔を動かしながら確認する。何度見ても娼婦のような服装である。
「これじゃあ目立ちすぎるみたいねぇ」
それは『魔王』としての正装であり女自身は気に入っていたが「仕方無いわねぇ」と自分に言い聞かせて腕を一振りする。すると娼婦のようだった服がまるで貴族が着るような黒と赤の夜会用の礼服へと変化する。胸元と背中が大きく開いてはいるが、それでもさっきの格好よりは遙か露出が少なくなった。
女は長手袋に包まれた手で髪を掻き上げ、床に転がる『ゴミ』を一瞥する。
「そこで『怠惰』に過ごすと良いわぁ。……永遠に」
女はそれで興味が失せたのか次の目的を果たす為に移動を始める。足に履くハイヒールが床を打ち鳴らす。
「全く、レディは大事にしないといけないのよぉ。お日様は美容の天敵って言っても軟禁は可哀想よぉ」
女は扉を通って館の奥へと進む。盗賊達が地下に囚えている女性達を解放する為に女は館の中を我が物顔で突き進む。
「……確認がまだ済んでなかったわねぇ、そういえばぁ」
女の瞳が紫色に輝く。そうして自身の『ステータス』を脳裏に出現させる。
――――――
名:ペオル(【|艶惰の魔王ベルフェゴール】)
種族:【淫魔女王】
性別:女
年齢:―――
レベル:【1400】
スキル:【断崖の女主人】、【艶惰なる束縛と簒奪】、【怠け者を作る発明】
称号:【異界の魔王】、【人造聖霊(AI.Type:NoAS)】、【セックスシンボル】、【歩く公然猥褻】
――――――
「…………」
女。ペオルは自身のステータスを上から下まで見て、……称号に妙な物があることに気付き―――
「……さあて、囚われの女の子達を助けましょう」
―――見なかったことにした。
異界の魔王の一角であり、3番目の【九獄天魔王】『ベルフェゴール』。それを担う妖艶なる女ペオルは館の闇へ消えていった。




