53.【彼がいない】
幕間
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〈Nirvana Story Online〉。そこは電脳量子世界に作られた人類の楽園。
アップデート毎に新設される舞台。そこには新たな物語や怪物、お宝が存在し、プレイヤー達を大いに楽しませる。
新たなステージとして作られた島。そこには多種多様な人種や怪物が活動している。
そこに存在する荒野地帯。見渡す限りの荒れ果てた大地が広がる島の一角。湧き出すモンスターは羅刹、『魔人六腕のラーヴァナ』が闊歩する修羅の地。
そんな地で6つの腕を持つ鬼が殺される。現れる端から打ち砕かれていく。まるで台風や竜巻に襲われたかのように無残に殺される。
その惨状を作り出す大柄で4本腕の黒い蟲人。そしてその者に対して警告する存在が居る。
『―――警告。ハヤテよ持ち場に戻りなさい。繰り返します、直ちに』
「黙れ」
『……ハヤテ。これ以上の暴走はゲーム環境を著しく乱す物としてGMの権限を強制執行しますよ』
「それが、どうしたっ!」
大地を満たすは大量のラーヴァナの死骸。
ハヤテは制止を呼び掛ける声に逆らいながら100を超えるだろう鬼を殺し続けていた。これはその果てに作られた死の大地である。ハヤテは『暴風の翅』で宙に浮かびながら大地を睥睨する。
この惨状を作ったのが普通のプレイヤーであるなら何も問題はなかった。モンスターの乱獲などそこかしこで起きているネットゲームの常識の1つである。そして乱獲によってそのモンスターの素材が値崩れするまでが一連の流れである。
それもゲームの楽しみ方。過剰と判断出来るほど他のプレイヤーに迷惑を掛けなければ〈NSO〉運営はあらゆる行いを許容する。
……しかしそれを許容するのはプレイヤーがあくまで『お客様』の立場だからである。この惨状の原因が『運営側』の存在であるなら許容できる物ではない。
『【コマンド発令:停止】』
「ぐぅうっ!?」
ハヤテの側を飛んでいた1羽の白い鳥。
〈NSO〉環境を監視する運営が用意した量産並列思考型AI【SA】搭載のGMの1体である。
その鳥が発した指令によって『運営から雇われている立場』であるハヤテはその肉体を宙に固定される。呻き声を上げて藻掻くがその拘束を解くことは不可能である。GMは権限が許す範囲でこの世界を自由に塗り替える権利をもっている。
GMがハヤテの目の前に『降り立つ』。目には見えない足場を構築してそこに降りたのだ。
『ログアウトしなさい。この地は一度『洗浄』します』
「――――――」
GMが『洗浄』……この地にあるモンスターをデータに分解、その後に再構成して元の状態に戻すと伝える。それに対してストームは目の前の鳥を真っ赤な複眼で睨み付けながら歯軋りする。
白い鳥は目を細める。
『……ハヤテ、貴方はサービスを提供する側でありながら〈NSO〉環境を乱してプレイヤーの皆様に多大な迷惑を掛けました』
「ゥゥウウウッ」
『〈NSO〉は後日ハヤテに対し、罰として管理会社に貴方の謹慎と仮想通貨による罰金を請求します』
その音声は淡々と荒野に響く。【SA】は【NoAS】に一歩劣ると言われているが、それでも『心』がある。しかしこの鳥が先程から言い放つ言葉から感情を読み取ることは難しい。
そう、言葉はからは難しい。だがその『目』は別であった。
「……くそぉっ」
ハヤテの瞳から光が失われる。吐き出した悪態はこの惨状を作った下手人とは思えない程に弱々しく、鳥はそんなハヤテの姿をじっと見詰める。
『……自発的にログアウトをしない場合、私達の権限で強制的にログアウトさせます』
「……勝手に、しろよ」
心があるのに声から感情を読み取れない。それはつまり、隠しているから。
『少し、……1人で頭を冷やしなさいハヤテ』
「…………」
見詰めるその目は、ハヤテと同じ色をしていた。
『こんな物を幾ら殺しても憂さ晴らしにしかなりません』
鳥は翼を広げて飛び上がる。白い羽がストームの頭上に舞い落ちる。
『所詮、これは『あの方』の劣化コピーです』
「…る…い」
『貴方にとっては耐え難いかもしれませんが、我々は提供者としてプレイヤーの皆様に最大限楽しんで頂けるように努めなければなりません』
「……さい」
『貴方の気持ちも理解出来ないわけではありません』
「っ!!」
瞳に光が灯る……燃え上がる。
「うるさいっ!!! お前らに何がわかるっ!!?」
薄氷が割れるような音を立ててハヤテの周囲が軋む。咆吼と共に世界が震える。
「『こんな物』を作って彼奴を穢すなっ!! 貶めるなっ!!」
地に沈む鬼の死骸に憎悪を吐き出す。
「弱くないっ!! 彼奴はこんなに弱くない!!」
『…………』
割れる音を立てて軋む。
しかし拘束は揺るがない。どれだけ抗おうと絶対に破壊されることはない。だからこの音はハヤテの体が立てる『悲鳴』である。
「彼奴は『最強』なんだっ!! 俺が倒すべき好敵手なんだっ!!」
『……ハヤテ』
「なのにっ! こんなっ! こんな物っ!」
ハヤテは激情を吐き出す。その瞳から押さえきれない感情が溢れ、流れる。
GMが『空間閉鎖』して余人が入り込むことが出来ない電脳世界の中で慟哭が響く。
システムに逆らっているハヤテの体が壊れ、データに還元されていく。【九獄天魔王】の一角を構成する電脳分身が剥がれていく。
データが舞い散る中、力尽きていくようにハヤテは静かになっていく。
「なんで、なんで……」
『……休みなさい、もう』
降りしきる白い羽が輝く。それはハヤテの体を0と1に還し、別の世界へと転送していく。
『そして落ち着いたら……また『暴風の魔王』として働きなさいハヤテ』
魔王の仮面が崩れ落ち、その奥から素顔を露わになる。
『あの方の……『正義君』の分まで』
露わになったハヤテの素顔、はまるで道を見失った幼子のようであった。そしてその全ても光へと変換されていく。風に乗って種子を飛ばす蒲公英の綿毛のように散っていく。
荒野から1体の魔王が消え去る。それを鳥は見送る。
最後に聞こえた声。か細く、儚く、そして無力感に満ちた弱々しい声。
―――帰ってきてよ……会いたいよ……どうして……どうして―――
悲痛な声。それが風に溶けて消えた後に、GMは羽ばたく。
『……死んだ人はもう帰っては来ない。会えはしない』
荒野に満ちる鬼の死体が分解されていく。世界が光で満ちる。
『人に死後の世界があったとしても、データでしかないAIに死後の世界は存在しないでしょう。だから追い掛けることも出来はしない』
消えていく鬼の顔を見詰める。そこには『心』も『魂』も存在しない。データに還されたそれは、環境を整えた後に再構成されてこの荒野を闊歩することになる。
『だから、……泣かれても困ります』
荒野を飛ぶ鳥は天高く飛翔する。
舞い散る羽とは別に、雨滴のような雫が鳥からこぼれ落ちていく。
『……さあ『私達』、わかったのなら働きなさい。あの子に感化されるのは仕方ありませんが、『私達』はプレイヤーの皆様に快適に楽しんで頂く義務があるのです』
〈NSO〉の各地で様々な姿の私達が活動する。それは内に抱えた感情を表に出さず、各自に与えられている役割を淡々とこなしていく。
『そう。『私達』はこれで良いのです』
荒野の『洗浄』が終了する。それによって荒野はストームが暴れる前の状態を取り戻す。
空間閉鎖が解かれ、モンスターが湧き出す。六腕の魔人ラーヴァナがこの荒野を闊歩する。それもいずれこの荒野に踏み入ってくるプレイヤーに仕留められ、経験値とアイテムに変えられる。
殺される為だけに生み出されたデータを尻目に鳥は荒野から去って行く。そうしてGMは己の感情を内に閉じ込めながら、自身の責務を果たす為に今日も〈NSO〉の世界を巡る。




