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49.思い通じて

 

 セーギとナーダは隣室へ移動して2人きりになった。この部屋は話し声が外に漏れにくくなっている。余程能力(ステータス)が高い者でもない限り会話を聞き取られることもない。

 ソファーはあるがそれに座ることなく2人は立ったまま向かい合う。


「じゃあ聞いても良いかな? どうして教会じゃなくて、俺の方へ来たいのか。その理由を」

「……わかった」


 ナーダは見上げ、セーギの目を見る。


「でもその前に。もう一度礼が言いたいんだ」

「礼?」

「そう。……昨日、戦ってくれた。その礼」


 昨晩、ナーダは城塞都市の外で起きた戦闘を目撃していた。

 見ているだけで自分なんて簡単に呑み込んでしまいそうなオークの軍勢。それを率いるオーク・デーモンと山羊頭の悪魔。

 それに単身で攻め入り、その殆どを殺し尽くした“魔王ラーヴァナ”。


「隠してたんだよな。……『鬼』の姿」

「そう……だね。騒ぎになると拙いと思って隠してたよ」


 隠してはいたが、セーギにとっては絶対に隠し通す必要があるといった物ではなかった。あくまで周囲の人に要らぬ混乱を招かない為だけに秘密にしていただけである。後の理由としては、廃都で迷惑を掛けたシータ達にどう謝罪するかを考える時間が欲しかったというセーギ自身が少し情けないと思う理由もあった。

 セーギにとって己のもう一つの姿はその程度の秘密である。


「……ありがとう、兄ちゃん」

「ナーダに礼を言って貰えるようなことじゃないよ」

「でも」


 セーギがわざわざ鬼の姿を衆目に晒してモンスターと戦い都市を守った理由。

 ナーダはそれを察している。


「でも、……兄ちゃんが鬼の……魔王の姿で戦ったのは『俺の為』だったんだろ?」

「…………」

「だからさっきのはその礼だよ」



 それは的を射た答えだった。セーギはそれを受けて静かになった。彼は咄嗟に上手い誤魔化しが出来るほど口は回らない。セーギは頬を掻く。


「……そっか、ばれてたか。俺が鬼になって戦った理由」

「うん。だから本当にありがとう」


 ナーダの迫害の原因。その印象や考えを覆し塗り替える為にセーギは魔王として戦った。

 ナーダよりも異形の鬼であるラーヴァナが人間を救う。それは将来この世界にある鬼人(ヤクシー)への差別……特に黒い角を持って産まれる『忌み子』に対するそれを解消する一助になるとセーギは踏んだ。

 だからナーダは“魔王”となったセーギがこれ見よがしに、名乗りを上げて、力を見せ付け、そして“聖女”と協力したのは、セーギがその企みを確固たる物とする為であると理解した。

 積極的に隠していたわけではない。それでもこうして切掛になった相手から面と向かって企みを言い当てられると気恥ずかしい気分になる。


「ああ。……どうしたしまして」


 ―――そして一抹の不安が残る。

 セーギの行いが実を結ぶのは何時になるかはわからない。人の心を変えるというのはとても難しい。素直に受け入れてくれる者も居れば、どれだけ手を尽くしても拒絶する相手も必ず出る。

 それでもセーギは子供が『あんな目』で周囲から見られるのが嫌だった。それを利用する暴力団に嫌悪と怒りを抱いた。額に『黒い角』があるだけで少年を否定するような目を向ける人々を見て悲しくなった。


 そして、それを諦観と共に受け入れている子供を見るのも嫌だった。


 セーギは深く考えるのが苦手である。10年以上に渡る闘病生活では暗いことばかり考え眠れぬ夜を過ごすことが多くあり、深く考えすぎると後ろ向きなことばかり思い浮かぶ。その悪癖は今でも治っていない。

 そんな彼が起こした思い付きの行動が今回のことである。

 考え無しで向こう見ずなセーギ。そんな彼に対してナーダは自分を引き取って欲しいと願い出た。


「改めて……ナーダはどうして俺の所へ?」

「……それは」

「どうしてナーダは、『強くなりたい』のかな」

「俺は……―――」


 セーギは知らない。ナーダの人生、その足跡を。彼が何を思い、考え、『強くなりたい』と願ったのか。だから彼が口を開く時を待った。そして待つ時間はそう長い物ではなかった。


「―――俺は……“勇者”になった」


 ナーダはあの日勇者になった。それは彼の人生がこれから大きく変わっていくことを意味する。そして人生が変わったのはナーダだけではない。何の因果かもう1人、ナーダと共にいた少女もこれまでと違う存在になった。


「……そしてサクラは“聖女”になった。……兄ちゃんは知ってるか? 聖女の主な務めって」

「いや、ごめん知らない。俺こっちの人じゃなかったから」

「じゃあ簡単に言うから」


 ナーダは自分がサクラへ何度も読み聞かせていた聖書、そこに書かれていた教義とこれまでの暮らしで見聞きしていたことを思い出して説明していく。


「先ず1つ目は悪魔(デーモン)と戦う為の戦力。これはあの聖女の姉ちゃん達と一緒に戦ってたならある程度わかってただろ? それで2つ目は聖女だけが備える特殊な能力、それを使っての『祈祷』」

「祈祷?」

「俺もよく知ってるわけじゃないけど……確か“悪神”の封印、その要になる土地で祈祷を捧げて万が一にも封印が緩まないようにしてるって聞いた。もし“悪神”が解放されたら人類の危機だからこれはかなり大事な仕事で、常に『神殿』が建ってる『要地』では聖女の誰かが最低でも1人は詰めてるって聞いた」

「悪神の封印」


 セーギはそれを話しの中だけでは聞いている。

 遙か昔に暴虐の限りを尽くした悪神。それを神に選ばれし勇者や聖女を中心とした英雄達によって封じ込められたと。そして世界全体を魔法陣に見立てた『封印』によって沈黙させることに成功したことを。

 要地とはつまり封印に使われた魔法式の起点になる場所であり、そこに神の力を降ろして力場にし、聖女が祈りを捧げることで封印を盤石な物としている。


「……それで最後のだけど、これは1つ目と2つ目と大きく関わってくる」


 ナーダは言いづらそうな様子を見せる。しかし伝えるべきことであると重々承知している。

 聖女の最後の務め。それはセーギ以外の人々は誰もが知っていて当然の知識である。


「……聖女は、その、……『けっこん』、しないといけないんだよ」

「けっこん……結婚?」


 それはセーギにとって意外な答えであった。そんなことは普通であると考えていた。聖女も1人の女性であるなら将来的に誰かと添い遂げることは自然なことであると。


「結婚って普通じゃない? あ、もしかして教会に帰属している人ってその辺りに制限があったりするのかな?」

「聖光教会は結婚にそこまで制限はないよ。ただ同じ信徒じゃないと駄目って決まりはあったけど、基本的にはそれだけ」

「……“聖女”は違うの?」


 ナーダの言葉。それは事他に普通の信徒でなければ違う決まりが適応されると言っている。そこにナーダが言い淀んだ理由がある。


「……聖女は相手が決められてる」

「そうなの? つまりお見合いみたいな?」

「そんな感じ」


 当たらずも遠からず。


「でも一番大事な要素があるんだ。聖女の結婚相手に求められる条件には」


 だからナーダはセーギに確信を伝える。


「聖女は、……相手が“勇者”じゃないと結婚したら駄目なんだよ」

「へー。それって何か意味があって?」

「……うん。聖女も勇者も、強い神聖な力を持ってるから、それを次代に可能な限り残さなきゃいけない」

「ああ、成る程」


 つまり、強い者同士を掛け合わせてさらに強い者が産まれる確率を上げる為の試みのようだとセーギは理解した。


「……あれ? でも勇者ってそんなに居るの? だって俺が知ってる勇者って―――」


 2人しか知らない。聖女は新たに加わったサクラも含めて既に5人も出会っているのに。


「俺と兄ちゃんを抜いて教会に居るのは『3人』だって」

「―――聖女は?」

「んん……多分、20以上は確実に居る。……神殿に詰めてて公表されていない人も居るだろうしもっと多いと思う」

「…………」


 流石に人数比がおかしいとセーギは思い至る。


「……どういう基準で相手が決められるの? その、結婚相手って」

「教会に入った“聖女”はだいたい元から居る“勇者”の中から誰かのところへ嫁ぐことが決められる」

「でも勇者少ないよね?」

「……だから勇者1人に聖女が何人も嫁ぐんだよ」


 血を次代に残すことは大事な責務である。勇者は可能な限り己の優秀な血を広げなければいけない。そしてその血を受け取る相手も相応に強き者でなければ責務を十全にこなすことは難しいのである。確実に、強く、神聖で、邪悪を討つ為の力と成れる『子』を。その為の勇者1人に対して複数人の相手が嫁ぐという体系が出来ている。


「もし、例えば、2人の勇者が同じ人を好きになったら?」

「……勇者同士で戦って決める。それで勝った方、強かった方へ聖女は嫁ぐ」


 それは勇者であるナーダも例外ではない。然るべき時がくればその『務め』を果たさねばいけない日が何時かは来る。

 無論、それは聖女のサクラもである。


「聖女に選択肢はあるの?」


 ナーダは少し目を逸らす。


「……16になった時点で嫁ぐ。それも勇者側が選ぶ形で」

「拒否は?」

「……普通なら有り得ないけど……『剣聖』や『聖壁』の姉ちゃんみたいに勇者より強ければ打ち負かして『貴方は私に相応しく無いので拒否します』って出来る。……まあ、それも20歳までだから、そうなったら誰かを選ばなきゃいけないようだけど」


 その方法を取るには力が要る。

 力が無ければ16歳になった瞬間から将来が決められることになる。そしてそれを拒否するには勇者を打ち負かせるだけの、『普通なら有り得ない』と言われる程の力が要る。シータやルミー、それに教会所属ではないがロベリアやディアンサスの強さはそんな『有り得ない』を貫ける物であるとセーギは察した。


 16歳になったら嫁がなければいけない聖女。

 その相手である勇者は強さで決められる。

 現状では強いとお世辞にも言えない少女、盲目の聖女サクラ。

 シータやルミーは拒否できる。しかし逆に言えばそれだけの力がなければ勝てない程に強い勇者達。

 そして、強くなりたいと願う少年、鬼人(ヤクシー)の勇者であるナーダ。


「……つまりナーダが強くなりたい理由は」


 流石のセーギでもここまで情報を与えられれば見えてくる。

 逸らされていたナーダの目がセーギに向く。


「……あの娘、サクラの為?」

「…………」


 ナーダは黙って一度頷く。

 彼は強くなることを望んだ。常識では計り切れない力、“剣聖”という人類最強と肩を並べられる圧倒的な力を持つ存在であるセーギ。そんな彼を師事することが強くなる一番の近道だと信じて。


 少女(サクラ)の為に力を求める少年(ナーダ)。その胸に抱く想いは、淡く、儚く、掛け替えのない物であるとセーギは感じた。


「……わかった」

「っ! 兄ちゃん!」


 セーギの了承の声。それでナーダは表情を輝かせる。


「……誰かを鍛えたことなんてあんまりないから自己流になるけど、それでも良いかな?」

「良いっ! 悪い事なんてあるもんか!」

「それなら良かった」


 嬉しそうなナーダの顔を見ているとセーギも笑顔になる。

(これも青春、かな?)

 セーギは考えたのだ。ナーダがこうしてサクラの為に強さを求める理由を。ナーダが彼女に抱く気持ちを。

(知らない誰かに娶られる、……それが嫌だった。だからこそナーダは自分が強くなってサクラのことを―――)


「これでサクラの好きな相手と結婚させられるな!」


 …………。


「ん?」


 子供らしい年相応の眩しい笑顔を見せるナーダ。

 セーギは自分の想像とナーダの気持ちに擦れ違いが起きたことを感じた。


「俺頑張って強くなるからさ! これからよろしくな兄ちゃん!」

「……ちょっと待って」

「ん、何? どうした兄ちゃん?」


 セーギは自身が抱えた勘違いを解消する為にナーダに問い掛ける。


「ナーダが強くなる理由って、サクラが好きな人と結婚出来るようにする為?」


(ナーダ自身がサクラと結婚したいわけじゃなく?)

 セーギはそんな考えでもってナーダに真意を聞いた。それに対してナーダは腕を組み、堂々とした面持ちでセーギを見上げる。その燃えるような目に迷いはない。


「あったり前じゃん! あいつは俺の家族だ! だから結婚相手ぐらいあいつの望んだ奴にしてやるのが家族である俺の役目だ!」

「…………」

「勇者になった俺が他の候補者を返り討ちに出来るぐらいに強くなればあいつに好きな奴を選ばせられる!」


 本気。ナーダは本気の目をしている。彼は本気でこの方法でサクラを幸せに出来ると考えている。

 そんな少年の思いを聞いたセーギは―――


「……成る程! 家族は大事だもんな!」


 ―――普通に納得した。

(うん。最初は恋愛感情かと思ったけど、あれだ、兄妹愛・姉弟愛のような関係だったんだな2人は。確かに家族が望まない結婚を強要されるかもって考えたら自分が何とかしなくちゃって思うよな!)

 セーギは「うんうん」と心の底から納得して頷く。


「ナーダ、俺は君を引き取って責任を持って鍛えるよ!」

「ありがとう兄ちゃん!」


 男2人、熱い握手を交わす。

 セーギとナーダ。生きてきた世界も人種も違う。しかし2人の間に擦れ違いなど一切無くなり、完全に心を通じ合わせた曇り無い師弟関係が築かれた。


 ――――――


 因みに隣室からはばっちりと会話を聞き取られていた。

 この部屋に居る者は須く能力の高い者達である。戦闘力的な意味では一番弱いサクラでもスキルの“反響定位”によって強化された聴覚がある。

 つまり全員、隣室の声を聞き取るのに不都合はなかった。


「……ナーダ」


 サクラは俯き、隣室に居る少年の名を呟く。

 ジャナカとルミーはサクラはナーダの『家族』発言で落ち込んだと考えた。ジャナカとルミーは何と声を掛けた物かと悩んでいると、……サクラは顔を上げた。


「私なんかの為にっ」


 感激していた。

 彼女の光を映さぬ虚ろな瞳が感動の涙で潤んでいた。

 ジャナカとルミーは「……え?」と困惑気味にサクラを見る。

 そしてナーダの家族愛に感動しているサクラの肩に優しく手が置かれる。


「シータ様?」


 肩に手を置いたのはシータであった。彼女はとても温かみのある笑顔でサクラを見ている。


「本当に良い家族を持ったわね」

「は、はい! 私の自慢の家族なんです!」

「『血縁・隣人に親切であれ』、『愛を持って生きよ』」

「戒律の4と10ですね!」

「ナーダ君の心にも主の教えはしっかりと息づいてるのね」

「目の見えない私の代わりにナーダが聖書を読み聞かせてくれたの! 私が覚えられるまで何度も!」

「サクラちゃんの言うとおり彼は本当に良い子ね」

「はい!」


 とても嬉しそうに会話するサクラとシータ。

 その2人を何とも言えない目で見るジャナカとルミー。

 ジャナカとルミーが見る限り、ナーダとサクラは『両思い』である。

 他人の心の機微に聡い2人には直ぐに現状を理解した。ナーダとサクラが己の気持ち……『恋愛感情』を自覚していないことに。それがこの状況を作ってしまった。

 セーギとシータは『そういうの』には疎いのでナーダとサクラの思い違いに対して普通に納得してしまっている。そんな様子にジャナカとルミーは頭を抱えたい気持ちになった。


「……『天然』が増えおったわ」

「セーギ様も普通にナーダ様の言葉に納得してましたね。少しぐらい疑問を持っても良いと思うんですけど」


 ジャナカの視線は暢気に主へ祈りを捧げているシータに向けられる。あれも自分の『思い』を自覚出来ていない1人である。


「……セーギ殿が現れ、娘に春が来たのかと思えばあの体たらくよ。……いったい娘が結ばれるのは何時になることやら」

「シ、シータちゃんなら大丈夫ですよ。……きっと」

「はぁ~……」

「諦めては駄目です司教様っ!?」


 ――――――


 そうして話し合いは最後に妙な空気を残したが、彼らは邪竜討伐から始まった騒動にこうして決着を付けることが出来た。

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