48.友誼と頼み
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セーギはこれから顕れるかもしれない異界の魔王達は『一応』濫りに人を殺すような者では無いと伝え、それでも混乱や迷惑の種になる可能性が大いにあることを伝えた。
そうしてセーギ達の話し合いが一段落して部屋を移動した。
ロベリアとディアンサスは移動せずにそのまま待機……というよりセーギ達との同行を断ったので部屋に残った。そこにマリーが2人と一緒に居ると言ったので彼女達に預けた。
移動した部屋は以前にシータがジャナカと話し合いをする時に使った司教の私室、つまりジャナカの部屋である。セーギ、シータ、ルミーはその部屋で待っていた3人の人物に挨拶して席に着く。
城塞都市クルルスの聖光教会を預かる司教ジャナカ・トゥイーディア。
黒い角を持つ鬼人、そして“勇者”でもあるガガナーダ。
盲目の“聖女”サクラ・テュケー
部屋で待っていたのはこの3人であった。
ナーダやサクラが身に負った傷は魔法や薬によって癒やされ、一目で質が良いとわかる服、同じ意匠の白い法衣を着させられている。サクラの法衣は露出の無いゆったりした物であったがナーダの物は少し違う。袖周りは肘まで、丈は膝あたり、その下にズボンを履いて動きやすさを念頭に置いてデザインされているのが見て取れる。
部屋にはテーブルがあり、それを挟むようにソファーが2つあってセーギが座った両隣りへナーダとサクラが腰掛け、3人並びに座っている。そして向かいには司教ジャナカと、彼を挟むようにシータとルミーが3人で座る。
そうして話しの場が出来たところでセーギがジャナカへ頭を下げる。
「ジャナカさん。今回は本当にありがとうございました」
セーギの礼は聖光教会が“魔王ラーヴァナ”に対して友誼を結んでくれたことである。聖光教会の総本山〈プリティヴィー大聖国〉からの正式な物ではないが、少なくともこの国の中では確かな証として機能してくれる布告であった。
「気にしないで頂きたいセーギ殿。こうして貴方と巡り会えたこと、これもきっと主の御導きでしょう」
ジャナカはセーギの礼に対して丁寧な返礼をした。そうしてセーギを見るジャナカの目には強い興味の光がある。それもその筈ジャナカの目の前に居るセーギという人物は“勇者”と“魔王”の2つを宿す他に類を見ない存在であるからだ。
「それにセーギ殿にはこの国も、そして聖女達も助けられています。だから私はただその恩に報いただけです」
邪竜討伐。悪魔召喚と魔王出現による混乱の収束。オークの軍勢の撃破。この全てにセーギが関わり、多くの人が救われている。セーギの正体が何であれその恩に報いるのは当然であるとジャナカは考えた。それにシータとルミーに強く協力を求められたことも後押ししている。
セーギもジャナカも微笑みを浮かべて視線を交わす。そうしてジャナカは気軽な雑談のように最初の話題を出す。
「セーギ殿は教会に帰属してはくれないのでしょうか?」
それは確認。答えは既に聞いている。
「御厚意は有り難く思います。……でも俺は魔王としてもこれから動くつもりですから」
わかっていたこと。
「であるなら確かに、教会は貴方には些か狭いでしょうな」
「その代わりという訳ではないですが、友好を結んだ立場として俺は聖光教会へ力を貸すことを決めています」
「それなら私共は何時までもセーギ殿と親しい間柄でいられるよう努めましょう」
ジャナカのその言葉は『教会』と『個人』、その両方の立場を含んだ答えであった。
セーギという、人類最強の“剣聖”さえ凌駕する『力』を持つ存在に対して笑顔で手を繋ぐことを決めたのである。
「……それで何ですけど」
「どうなされたセーギ殿?」
「ここが大聖国から睨まれたりはしませんか? ……『魔王』に手を貸すことになるじゃないですか」
「問題ありません。多少は小言を言われるでしょうがそれも想定の内です」
「でも魔王って過去に“悪神”になった存在なんですよね? 教義的には俺と仲良くしたら不都合が出たりするんじゃありませんか?」
ジャナカは微笑みを崩すことなく首を振って否定する。
「セーギ殿は悪ではない。なら貴方と友誼を結ぶことの何処に問題があるのでしょうか。貴方と関わることで私がこの胸に信じる戒律に触れることなどありません」
「……ありがとうございます」
魔王と交流を持つことに対し、確かに教義として問題はない。しかし『感情』や『歴史』など、人々がこれまで積み重ねてきた物は別である。
魔王が『邪悪』であるという認識は根深い。悪神と成った魔王が悪魔を従えてどれ程この世界に血と怨嗟と絶望を撒き散らしたのか数え切れない。
悪神は敵。悪神に関わる全てを無に帰す。それを掲げて聖光教会は聖騎士や祓魔騎士という武力を所有して数千年に渡る戦いを続けてきたのだ。
魔王など存在が発覚した時点で“悪神の使徒”級の抹殺対象に認定されるのが普通である。
しかしジャナカはそれを表に出さない。しかしそれは嘘を吐いているのとは少しばかり違う。教会や世論が持つ考え方よりも、ジャナカは己の考えに重きを置いて結論を下しただけである。
例えそれが大聖国に対する敵対行動と捉えられたとしても。
「セーギ殿という新たな友との出会いに感謝を」
ジャナカは聖印を掴み、目を閉じて祈る。その姿はこの先、血が流れる可能性のある選択をした者とは思えないほどに静謐な空気を纏っている。それこそ彼の覚悟の強さである。
そうして感謝を捧げた後にジャナカはもう一つの話しを振る。
「では次はこの子達のこれからについて話しましょう」
ジャナカはナーダとサクラに視線を向ける。
「サクラ君は正式に聖光教会の“聖女”として列席して頂きます」
それは昨日から伝えられていたことだがサクラは未だに緊張している。彼女の座っている姿に固さが見える。
「彼女は既に独学ではありますが教会の教えを学んでいます。他の信徒とも馴染むのは早いと考えています」
「それに私やルミーも居ます。先達としてサクラさんの力になります」
「私達以外の方も勿論親切に手を貸してくれますよ。私達は同じ主を仰ぐ仲間なのですから」
サクラを受け入れる側の3人は穏やかにそう伝える。その様子にサクラは少しだけ緊張を緩ませる。元々ヴィージャル教の教えを熱心に学んでいたサクラにとって聖光教会に所属することは、以前よりも近くで主神“ヴィージャル”の御心に触れられることと同義である。今までと掛け離れた環境になる緊張や不安はあるがそれよりもサクラには喜びの方が強い。
「それに、彼女と共に住んでいた子供達も聖光教会が管理・運営している孤児院に移ることが決まっています。……顔を合わす機会はこれまでと違い少なくなるでしょうが、それでも決して会えないわけではありません。己が力の錬成の間、休憩や休息日に顔を出すことは可能です」
聖女の力に目覚めたルミーは他の聖職者とは根本的に扱える能力が違う。それを自身の内で十全に掌握する為には鍛錬が必要になる。一部の例外……ロベリアやディアンサスのような『規格外』は教会所属でなくとも自己鍛錬によって特異能力を発現させている。
『規格外』と呼べる聖女で確認出来ているのは先の2人であるシータとルミー。そして彼女達と同様に教会に所属し、大聖国や他国を中心に活動している3人の聖女。そこにロベリアとディアンサスを併せて7人であると認識されている。
ルミーのこれから。そして彼女と共に生きてきた子供達のことも確認出来た。なら次に話を付けることは決まっている。ジャナカはセーギの隣りに座るナーダを見る。
「そしてナーダ君ですが、“勇者”である彼にはサクラ君同様に聖光教会へ入って頂こうかと」
ナーダは“勇者”である。
勇者の扱いは聖女よりもさらに重きを置いて見られる。個人差はあるが勇者という存在は魂の位階が400以上の『英雄』をさらに超える、魂の位階500オーバーに成れる『超越者』の素養を持っている。
悪魔の脅威が根深くあるこの世界では特級の力を得るであろう『勇者』は是が非でも手元に置いて管理したい存在なのである。
聖光教会は各国に対する影響力は勿論のこと、横の繋がりも広く強い。人々を守るという務めを考えるならその力は軍隊や冒険者ギルドに引けを取る物ではない。その力は選ばれた『勇者』に対して大きな助力になることは間違い無い。故に勧誘を受けて教会に所属する勇者は何人も居る。……一部には自分の好きなように生きたいが為に自身が『勇者』だと名乗り出ない者も存在する。
だからこそジャナカはナーダは聖光教会で面倒を見たいと考えていた。シータやルミーにも彼はそうするように話しを進めていた。
この城塞都市クルルスで蛮行を働いていた『襲撃者』という存在の罪はセーギから受け取った“漆黒の角”、つまり悪魔に全て被せるという超法規的措置を執った。これで表向きは『襲撃者という名の悪魔を討伐』したことになりナーダはそれに関わりが無かったことになった。
勇者とは、そうした黒いことをしてでも味方にしたい存在なのである。何より教会にはナーダの家族であるサクラや子供達も居るのだ。これに否を唱えることはないとジャナカは想像していた。
「ですのでこの2人はこれから―――」
「待ってくれ」
だからナーダが発した言葉にジャナカは驚き、しかしそれを表に出すことなくセーギからナーダへ目を向ける。ナーダはソファーから立ち上がる。そしてセーギの方へ体を向けている。それに合わせてセーギも彼の方へ顔を向けている。
そして2人は向かい合い、ナーダは頭を下げた。
「兄ちゃん。……俺を引き取って下さい」
セーギはそんなことを言われるとは想像だにしていなかったので驚いた顔で頭を下げているナーダを見る。
「……ナーダ?」
「教会の人に迷惑を掛けたのも世話になったのもわかってる。……でも俺は兄ちゃんの側が良い」
「それは、どうして?」
ナーダが顔を上げてセーギを見る。彼はその燃えるような赤い瞳でセーギを真っ直ぐ見る。
「……強く」
その目はまるで本物の炎のような熱を持つように輝く。
「強くなりたいんだ俺は」
驚きから立ち直ったセーギは疑問を返す。
「それは……教会に居ても強くなれるんじゃないのか? 別に俺のところに来る必要はないと思うけど」
それは当然の疑問である。教会は大きな組織である。そこに居ればシータを筆頭に他の聖女や、セーギは見ていないが何人かの勇者と共に切磋琢磨出来る筈である。
ナーダの目の光がさらに強くなる。
「兄ちゃんの側の方が強くなれる! 俺はそう考えたんだ!」
もう一度ナーダは頭を下げる。それは先程よりもさらに深い物であった。
「頼むよ兄ちゃん! どうか俺を引き取ってくれ……いや、引き取って下さい!!」
「…………」
頭を下げるナーダ。そんな彼をセーギは困ったように見る。サクラは何故ナーダがそんなことを言ったのかわからず困惑し、シータとルミーは少年の真意とこの事態を見届ける為に2人を見る。
そんな中でジャナカはナーダという少年が何を考えて今回の行動に出たのかある程度察した。彼はナーダへ視線を合わせたのは勿論、サクラへも一度だけ視線を向ける。
ジャナカは大勢の人々を見てきた経験でナーダがセーギの元へ行きたい理由、そしてそれは何を一番『大切』にしたくて口に出したのか察したのだ。
「……セーギ殿」
だからジャナカはセーギが答えを出しやすいように後押しする。
「私は別に構いませんよ。貴方の元でならナーダ君のことも安心して任せられますから」
「……それは」
突然のことでセーギも考えが纏まらない。
だからセーギは一つ、彼らにお願いをする。
「……少し、ナーダと2人で話しをして良いですか?」
セーギはナーダから理由を聞く為に2人だけの席を望んだ。




