46.友人
◆◆◆
「あんたら来るの遅すぎ。ご飯冷めちゃったじゃない」
「「……ごめんなさい」」
ラフでありながら質の良い服を着たディアンサスは自身の暁色の髪を弄りながらセーギとシータに小言をぶつける。
セーギとシータは粛々と頭を下げることで反省の気持ちを表わす。
質素であるが品の良い部屋。聖光教会にある一室を借りて集まっているのは異界の魔王やオークの軍勢との戦いで協力した顔ぶれである。
テーブルには5人分の料理が置かれており、その内の3人分はもう完食間近であり2人分は手付かずでそのまま置かれている。そのテーブルの下ではマリーがクッションの上で丸まるようにうたた寝している。
教会側が用意してくれた朝食、器に盛られたベーコンエッグやサラダ、野菜のスープは既に給仕された当初の温もりは失われている。
ロベリアは何時もなら白布で纏めている後ろ髪を解き栗色の髪を背中に流している。煙管で食後の一服をしながら、不機嫌さを露わにしているディアンサスを苦笑しながら眺めてイスの背もたれに深く体を預ける。
「まあ良いじゃない。特に急ぐ用事も無いんだから」
「……は~……。食べ終わったら『話し合いをしたい』って言い出したのは聖女さま達でしょうに」
ディアンサスもロベリアも教会はそこまで好きではない。別に嫌いという訳ではないが、自分達は聖職に就く気もなければ柄でもないとも思っているからである。それでもこうして教会に招かれているのは『昨晩の件』で彼女達も話したいことが出来たからだ。
理屈ではわかっていても落ち着かないのに変わりなく、ディアンサスは早く用件を済ませてしまいたいと腕組みした手の指で腕をトントンと叩き、苛立たしげな彼女の感情を如実に物語っている。
「……その聖女さまが揃いも揃っていったいどうしたのよ?」
そう言ってディアンサスがじっと見るのは頭を下げているシータと、テーブルに着いて朝食を食べていたルミーである。
シータは言わずもがな遅刻。その怜悧さを感じさせる顔には、申し訳なさそうな思いが強く出ており見るからに気落ちしている。食事後の話し合いを提案したのはシータ自身なのでかなり恥じ入り反省している。
そしてルミーは遅刻してきた2人が入室してくるや食事の手が止まった。先程までは普通だったのに彼らが来た途端に顔を赤くしてそわそわしている。
教会勤めの聖女2人が揃っておかしな雰囲気になっている。
「……本当にごめんなさい」
「ぁぅ」
「……ま、先に食べたら? 確かに私も急ぐ理由は無いし……それに」
挙動不審な2人をさらっと流したディアンサスは次にセーギを見る。
「“勇者”で“魔王”なんてびっくり人間に聞きたいことが多いしね」
「……わかってる」
頭を上げたセーギはこの部屋に居る全員に目を向ける。
「俺にもわからないことがあるけど、……話せることは話すよ」
今回集まったのはセーギ自身の話をする為であるのだ。
昨晩、人ではない異形の鬼“羅刹”の姿を持つことを彼女達に晒したのだ。
成り行きではあるが関係を持ち協力してもらった彼女達に出来うる限りセーギは自身のことを説明しようと考えたのだ。自分がいったい何処から来て、何故この都市に来たのか。そしてどうして魔王の姿を晒して戦ったのかを。
「……じゃあお言葉に甘えて俺達もご飯を頂こうかシータ」
「…………」
セーギはシータに声を掛けたが顔をフイっと背けられる。
「シ、シータさん?」
「…………」
ここに来るまでずっとこんな調子である。そんなシータの表情は「私、不機嫌です」と言わんばかりにむすっとしている。
完全に拗ねている。試合の連敗が原因である。
セーギが原因でもあるので彼には慰めることも出来ない。だからこそセーギはシータのことをよく知るルミーを頼りにしようと思った。
「ええと、ルミー……」
「ひゃいっ!?」
話し掛けられたルミーは顔を真っ赤にして体を跳ねさせる。
「…………」
「な、ななななんでしょうか?」
そして返事がおかしなことになっている。その様子にセーギは既視感を覚える。
少し前のシータとそっくりな反応。
(でもルミーさんは人見知りじゃなかったよね? 普通に俺と話してくれてたし)
それが変わったのはセーギがルミーに魔王としての姿を見せてからである。その時からルミーはセーギを視界に収めるとこんな感じになっている。
最初の時より幾分かましにはなっているので、その内にまた普通に話してくれるようになるとセーギは考えていたがもう少し時間が掛かりそうである。
(……やっぱり聖職者だから魔王は受け入れるのが難しいのかな? ……でもかなり協力的だったけど……ううん、わからない)
ルミーの内心など知らないの考えても答えを出せないセーギ。
「……なんかごめんルミー。シータのことをお願いしてもいいかな?」
「……ぁ」
セーギにちょっとよそよそしい態度を取られて微妙にショックを受けるルミー。
それをシータは横目で見ている。ねめ付けるような目をセーギに向ける。
「……むぅ」
「ど、どうしたの? シータ」
「……知らない。……ばか」
「ええぇ……」
(セーギから見て)何故か距離が出来たルミーとシータ。個々人の事情が面倒な感じで拗れてしまっている。会話が上手く為されずただ時間だけが過ぎていく。
「いや、早くご飯食べなさいよあんた達」
ディアンサスにそう突っ込まれるのも仕方がないことであった。
◆◆◆
空になった皿は下げられ、テーブルには代わりに食後のお茶がポッドに容れて用意されている。
そのお茶もセーギの話しの合間合間で皆が飲んだ為に半分ほどになっている。部屋の中には気持ちを落ち着かせてくれる芳しい茶の残り香が満ちている。
セーギは自分がこことは違う世界から来たことは伝えた。しかし異世界の遊戯である『電脳ゲーム』やそれに類する〈Nirvana Story Online〉ことはぼかした。そこは重要ではないし話しが脱線すると思ったからである。
セーギが皆に伝えたこれまでの流れは、『人を殺しても死なない特殊な迷宮で魔王ラーヴァナとして生き、そこで自分は数多くの冒険者と戦い屠ってきたが幼少期からの病気が原因で力尽きる。そして理由は不明であるが異世界、気付けばこの都市から離れた廃都で目が覚めた』ということにした。嘘は言ってない。ゲームであることを除けばこれで間違っていないのである。
そして廃都では“邪竜”を殺し、意図せず兵士達の意識を覇気で刈り取り、シータと遭遇。セーギ自身にも処理しきれない問題が続いたので逃亡。気絶した兵士達のことを押し付けたことになりそれに関して申し訳無く思っている。
逃走した後に森の中でマリー親子と出会い、親から子であるマリーを託されて一緒に行動するようになった。
城塞都市クルルスに着いてからの動向はロベリアの知ることであり、一連の悪魔や魔王の件からはシータ達も関わっているので知っている。
そして昨晩セーギは黒い角を持つ少年ナーダの『境遇を改善』する為に、魔王としての自分でこの都市を守る為にオークの軍勢と戦った。
これがセーギが彼女達に語った物である。彼は一通り身の上を伝え終えると、マリーを膝に乗せた状態でお茶を飲んで一息吐く。
「……それで、聞きたいこととかあるかな? 俺自身がわかることなら答えられるけど」
そう言われ彼女達は目配せしあう。
シータから不機嫌さは無くなった。しかし今度はそれ以外の理由でセーギに話し掛けづらそうにしている。
ルミーは言わずもがなセーギの顔を見ると照れてしまい喋れば吃る。セーギは探し求めていた相手だった。しかしこうして顔を合わせると何から話せば良いのかわからなくなっている。
ディアンサスは胡散臭そうにセーギを見ている。一度命を落としたらしいことや異世界という物をどうにも信じ切れていない。
そして必然的に一番落ち着きのあるロベリアが代表してセーギに質問することになった。
「……じゃあ、坊やはあの2体の怪物と同郷だったわけかしら?」
「はい」
「仲間なの?」
「……仲間」
その質問は難しかった。
2体の怪物。アバドンやバフォメットは後続の魔王と違って心の無いAI【MCF】である。その行動に感情は無くプログラム通りにしか動けないただのデータである。
他の7体の魔王は心のあるAI【NoAS】が『魔王』という電脳分身と己を同期して操作している。つまり肉体の有無はあれど【九獄天魔王】とはセーギと同じ雇われ魔王の集団なのである。
セーギはこれから来るかもしれない彼らの姿に思いを馳せる。
(来たとしても中身の無い魔王のアバターだけの可能性もある)
それはアバドンやバフォメットのように、プログラミング通りモンスターの味方に付き人間に対して攻撃を仕掛けてくる可能性があるということだ。それも後続の魔王達は最初の2体より遙かに手強い存在である。
(……でも)
その可能性と同じだけ、『中身』ごとこちらの世界に来る可能性も十分にある。
だからセーギの答えは決まった。
「これからこの世界に現れる7体の魔王は、……俺の友人である可能性が高いです」
「はぁっ? 7体? あんなのがまだそんなに出るっていうの?」
「……ディアンサス」
眉根を寄せたディアンサスが声を上げたのをロベリアは肩を叩いて落ち着かせる。そうして制してから詳細を聞こうと続きを促す。
「数はいいとして、……友人である可能性ってどういう意味かしら?」
「俺が魔王と人間の姿があるように、先に言った7体の魔王にももう一つの姿があるんです」
人から鬼へ。鬼から人へ。
「……成る程ね。つまり残りの魔王も人に成れると?」
「はい。……もしかしたらそっちは来なくて『魔王』だけが来るかもしれないけど」
「同一の存在じゃないの?」
魔王の姿と人の姿。それが分かれると言うセーギにロベリアは首を傾げる。モンスターには複数の生命が寄り集まって1体の怪物として成立する存在もある。彼女はその類いなのかと考えたのである。
「……そうですね。意識、精神だけを魔王の肉体に憑依させて動かしている感じですね」
「へぇ~」
ロベリアはその説明で一応の納得を見せる。しかしそこでさらに疑問が出たのがディアンサスであった。
「憑依って……じゃあ何で今のあんたは合わさってるのよ? それにその話しが本当ならあんたって元は魔王じゃなくて人間が正体でいいの?」
「……本当は人間です。両方の姿になれるのは……ごめんなさい、それは自分でもわからないんです」
「ふぅーん、そう」
セーギが正直に答えるとディアンサスはそれでひとまず納得した。彼女の中にあったセーギの虐殺者の理由にある程度の答えを得たからである。
「じゃああんたはその人が死なないっていう【神造迷宮】みたいな場所で怪物をやってた訳ね。……成る程ねぇ、そういう訳か」
そう言ってディアンサスは残っているお茶を飲み始める。
セーギは神造迷宮という物が気になったが、今は関係無いので時間があれば後で調べることにした。
「じゃあ他には―――」
「……私もいいかしら、セーギ君」
次に声を上げたのはシータだった。
「うん。どうぞシータ」
シータとルミーから真っ直ぐな思いを感じる。そこに先程までの落ち着きの無さは見受けられない。セーギはそれに応えるように向き合う。
「ありがとうセーギ君。じゃあ……」
シータとルミーは席を立つ。
そうして2人揃ってセーギに頭を下げた。
「……え?」
片手を胸に当て深々と頭を下げたそれはセーギに対して最大限の礼を払っていた。
2人はその体勢のままセーギに言葉を掛ける。
「セーギ・ラーマ殿。廃都での一件では事情を訊く事無く刃を向け傷付けたこと、ここに深くお詫び申し上げます」
「セーギ・ラーマ様。あの時貴方が来てくれたから誰も死なずに済みました。ここに貴方への深い感謝を」
「――――――」
シータの謝罪。それは問答無用で仕留めようとしたこと。そして、傷付けたこと。
ルミーの感謝。それは邪竜を討ち取ってくれたこと。そしてそのお陰で兵士達に犠牲が出ることがなかったこと。
それは2人がセーギに伝えたかった言葉である。
セーギ・ラーマが廃都で現れた青い鬼、魔王ラーヴァナの正体であった。それを自分の目で確かめてさらに本人の口からその事実が出たからこそ、シータとルミーはセーギにそれを伝える機会を窺っていたのである。
「聖光教会所属“聖女”シータ・トゥイーディア。私が貴方に対して犯した罪。どうかそれを雪ぐ機会を頂きますよう願い申し上げます」
「同じく聖光教会所属“聖女”ルクミニー・エショルディア。私が貴方から受けた恩。どうかそれを返す機会を頂きますよう願い申し上げます」
己が犯した罪の清算。受けた恩の返礼。2人はそれを願い出た。
シータもルミーも自分が抱えるそれが途轍もなく大きいと考えている。だからこそ彼女達はその願いの為なら自身の裁量が許す限りの『全て』を行使する覚悟がある。
2人の聖女の強い思い。それはこの部屋に居る誰もが感じ取り、そしてその覚悟の行き先を見据えようとしている。
「―――わかった」
だからこそセーギは彼女達の真剣な思いに対して誠実に応えなければいけない。
「シータもルミーも、頭を上げて欲しい」
セーギのその言葉に従いシータとルミーは頭を上げる。
そうしてセーギは本題に入る。
「……はっきり言って俺は君達が言うような『罪』や『恩』なんて想像すらしてなかった。寧ろ俺の方が皆に迷惑を掛けて、助けられていると思ってる」
セーギが考えた民衆の意識の改革。その為の協力をシータ達は既に行ってくれた。
聖光教会の中心地『大聖国』からの許可はまだ下りていない。だが少なくともこの都市にある教会からは『魔王ラーヴァナは手を取り合う良き隣人である』と布告して貰え、協力を約束してもらっている。
「俺だって謝罪したいことがあって、お礼を言いたいことがある」
それだけのことをしてもらった。なら後はセーギ自身が踏み込んでいくべきことである。
「だから」
今度はセーギが席を立って頭を下げる。
「あの時は逃げてごめんなさい。そして俺の我儘を聞いてくれてありがとう」
謝罪と感謝。それは何時か彼女達に伝えようと思っていたこと。
そして最後にセーギが言うことは互いの罪も恩も清算し合った先にある願い。
「そしてもし駄目じゃなければ―――」
セーギは手を伸ばす。それは繋ぐ為の手。繋ぎたいと願う彼の気持ち。
「―――俺と友達になってくれませんか?」
同志でも仲間でも。言い方や名称は何だって良い。
ただ一つ、セーギは少しでも『生きている今の自分』、その繋がりを欲しいと願った。




