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45.夜が明けて、そして剣を合わせる

 

 ◆◆◆


 オークの軍勢。それが殲滅されてから一夜明けて朝になった。

 それは大きな大きな騒動ではあったが、城塞都市クルルスは昨晩の騒動が無かったかのように、……見ようによってはそれ以上の活気を取り戻していた。

 壁外に転がっている大量のオークの死体は大勢の兵士達や一時的な雇用として民衆が雇われ、モンスターの有用な素材だけ回収されると残りは穴に埋めたり焼却されて土へと還される。

 後始末は重労働ではあるが収集された素材は物流の一部になるので、そこから得られる利益は中々の物となる。そこには悪魔(デーモン)化したモンスターの素材もあるのでかなりの金額が動くと試算された。


 都市への被害は一切無く、しいて言うなら北部が血の大地と化しているのでその浄化の手間が大きいだけである。その浄化は聖光教会が受け持ち謝礼としてお布施を受け取っている。

 城塞都市クルルスは損失無く利益だけを手に入れた形に等しく、決して小さくない景気が来ると予想され人々は浮き足立つ。


 そんなクルルスの中で『昨晩の出来事』が一番大きな話題になっている。その『昨晩の出来事』を目撃していた者はこぞってこれを他の者へと話している。

 現場を知らず見ていなかった者は聞いても信じなかった。有り得ないと、そんな存在が居る筈が無いと、もし居たとしてもそれは紙とインクで綴られた物語の中でしかないと。

 だが目撃していた者は熱に浮かされたように熱く語るのである。

 その話しは世迷い言だと切って捨てるにはあまりに具体的かつ詳細に語られ過ぎている。そしてその実際に目撃した者の数があまりにも多い。

 その存在、『昨晩の出来事』の中心である『怪物』は大通りを進んでいった。王城から門までの道のりを堂々と。それが目撃者の数を爆発的に増やし、その出来事が本当にあったことだと知らしめている。


 そして何より信じないわけにはいかない出来事があった。それは早朝から都市中に広く布告された。


 “悪魔(デーモン)を筆頭とするモンスターの軍勢を、青き巨躯と黄金の角を持つ鬼『魔王:ラーヴァナ』が聖光教会所属の『光翼剣聖:シータ・トゥイーディア』と『守護聖壁:ルクミニー・エショルディア』と力を合わせてこれを打ち砕いた。この功績を称え聖光教会クルルス支部は魔王ラーヴァナ殿を人類の友として手を取り合い助け合うことをここに宣言する”


 その布告は都市に未曾有の反響をもたらした。


 ◆◆◆


 聖光教会はその建物内に訓練場を設けている。その空間は魔法が掛けら『広げられている』。元は礼拝堂程度の空間だったそこは、外から見れば何も変化していないが中はその十数倍にも膨れ上がり広がっている。“魔法の鞄”に用いている技術を転用した魔法技術である。

 地面を土を押し固めて作られ、例え地面を荒らしても整地しやすいようにしているその場所は教会に所属している聖騎士(パラディン)祓魔騎士(エクソシスト)が鍛錬を積む為に作られた修練場である。

 その修練場は現在貸し切りとなっており、この場に居るのは2人の男女だけである。


 採光や空気を入れ換える目的で作られている窓から朝日が差し込む。広場の最奥の天井近くには鮮やかな彩色を施された大きなステンドグラスが填め込まれ、そこを通して広場に聖印を象った光が照らし出される。

 修練場の中心では青年と少女が距離を取って向かい合っている。

 青年は普段通りの青い細身のコートを纏い、少女は白い戦用修道服を身に付けている。2人の手には真剣があり互いにそれを向け合って構える。


「本気でいきます」


 長い黒髪を風で揺らす美しき少女シータ。彼女は紺碧の瞳に射貫くような輝きを宿して相対する青年を見詰める。両手で握る聖剣パドマーには魔力と氣力が流されて強化されていく。


「……わかった」


 シータと相対するのはセーギ。彼は薔薇色の瞳に凪いだ水面のような静けさを湛える。右手に持つ長剣には彼の力でシータと同等の強化が施されていく。


「――――――」「――――――」


 空気が張り詰める。

 2人が放つ剣気が互いの間でぶつかり張り詰めた空気を震わせる。それは時間を経るごとに強く大きくなっていく。

 そして張り詰めた空気が弾ける。


「―――ッ」


 開始を告げたのはシータの踏み出した一歩。そのまま彼女は一瞬で最高速に乗ってセーギへと迫る。

 首を薙ぐ一撃。

 直撃すれば本当に首を斬り飛ばすその斬撃をセーギは自分が持つ長剣の刀身を間に立てることで防ぐ。

 シータその一撃を防がれるやいなや更に自身を前へ踏み込ませる。至近距離まで近付けば剣を振ることは出来なくなる。それなのに彼女は圏内まで距離を詰める。

 次に繰り出した攻撃は聖剣の柄頭を利用した殴打。それは真っ直ぐにセーギの顔面に向かってくる。

 セーギは長剣を傾けて刀身の腹で受け止める。重く鋭いその衝撃は風圧を発生させてセーギの髪を僅かに揺らす。

 その衝撃を利用して2人は一歩後退する。互いに下がったことでそれは大きな距離になる。

 刃の間合いになった。


「シッ!」


 シータの連撃が繰り出される。百を超える刃の軌跡が翼のようにセーギの身に迫る。

 一撃一撃が肉を裂き骨を断つ威を込められたそれをセーギは迎え撃つ。


 朝日よりも眩しい光が瞬く。


 百の接触が一瞬の間に過ぎ去る。その証明としてぶつかり合った音が百度鳴るのではなく、1度に集約されて周囲に響き渡る。


「ハアアッ!!」

「フッ!」


 シータの斬撃が隙を見せた場所があれば容赦なく放たれる。その無尽に放たれる刃の連撃は大海の波濤の如く。

 その全てをセーギは捌き流し受けて避けて弾く。

 2人の剣士が織りなす剣閃は止むことなく続いていく。


「セァアアッ!!」

「っ!!」


 空間さえ穿つシータの突き。心臓を貫く軌道を描く剣をセーギは長剣の腹で滑らせて上へ流す。そしてセーギは自身の肩より上へと逸れた剣を掻い潜りながら手に持つ長剣で突きを返す。

 シータが僅かに体を横に流して迫り来る切っ先を回避する。彼女の顔の直ぐ横を刃が通り抜ける。


「―――ッ」


 押し上げられた聖剣。それを力技で袈裟懸けにして振り下ろす。無理な体勢、しかし込められた力は“魔氣金剛”による身体強化で極限まで高められており、当たれば竜の頑強な鱗さえ容易く断つ。

 それをセーギは半身に動いて紙一重で避ける。

 次に来るのはセーギの長剣によるシータの首を狙う一撃。

 その軌道も、そしてこれまでの攻防も“慧眼”で見切っている彼女は上体を下げながらセーギと擦れ違うように駆ける。擦れ違いざまに放つのは下から振り上げる斜め下からの胴斬り。

 剣で防ぐのは不可能。

 セーギは地面を蹴って跳び上がり空中で前方一回転をする。回転の途中で逆さまになったセーギはそのまま反撃を敢行。相手の背中を深く斬り裂くように振り抜く。

 シータは既にそれを見越しており、聖剣を振り抜いた勢いのまま回るように振り向き刃で防ぐ。しかしセーギの攻めの剣は重く、その衝撃でシータは地面を滑るように後ろへ下げられる。竜と力比べさえ出来るシータが押し負けた。衝撃は痺れとなって彼女の体を蝕む。


「っ! まだっ!!」

「――――――」


 下がれば前へ。踏み込めば横へ。剣が振り下ろされてはそれを受け流す。突き出されれば避けて反撃を交える。

 彼らが動くたびに空気にその姿が残像として色が残り、刃同士が接触するたびに光が散る。遂にはその動作の一つ一つが光の尾を引くようになり、修練場の中心では閃光が飛び交うようになる。

 セーギとシータは余人が介在しえない、2人きりの、刃で作られた世界を構築していく。


 “剣聖”とは世界最強の剣士の称号である。


 先代剣聖とその10人の高弟。その全員を降して世界から称号を授かったのがシータ・トゥイーディアである。

 齢14の時にシータは10人の高弟と連戦して勝利した後に先代剣聖、当時は当代であったその人物とシータは三日三晩に及ぶ激闘の末に勝利をその手に掴んだのだ。


「ハアアアアッ!!」


 歴史上の数ある英雄や勇者を差し置き、シータという少女は『史上最強の剣聖』と周囲から呼ばれるようになった。その評価に偽りなく、シータはこれまでの人生において地に伏して土に汚れようと最後には必ず勝利を捥ぎ取ってきた。

 力が足りないならより『重い剣』を、速さが足りないならより『鋭い剣』を、技が足りないなら『巧みな剣』を、それらの剣を振れるようにシータは己を鍛え続けてきた。

 勝てないなら勝てるように自身を鍛えれば良い。これまで彼女が剣を向けてきた相手はその全てが今は無理でも『必ず勝てるようになる相手』、越えられる障害(ハードル)でしかなかった。


 そんなシータがこれまでの人生の中で『勝ち』が見えなかった戦いは2度だけ。

 1度目は廃都で出会った青き羅刹(ラークシャサ)『魔王ラーヴァナ』と剣を交えた時。この戦いの時にシータは本当の意味で『死を覚悟する』ということを知った。


 そしてこれは2度目。


 何時までも続くかに思われた閃光の輝きに終わりが来る。

 修練場に鳴り響くのは甲高い金属音。

 その音と共に修練場の天井高くへ1本の剣が宙を舞う。それは戦いの中心から離れた地面に落ちてその刃を突き立てる。


「――――――」

「……俺の勝ちだ」


 無手になったシータの首には長剣の刃が添えられている。

 その剣を構えているのはセーギであり、それはこの戦いの決着が付いたことを意味する。

 セーギの勝利宣言をシータは目を瞑り受け止める。


「……ええ。私の……負け、ね」


 再び目を開けたシータは自分の敗北を口にする。その表情はとても穏やかであり一見して敗北に関して特に気にはしていないように見える。

 そしてシータは上を向く。

 窓から差し込む朝日。その光が天井に作る影を濃くしている。

 それを見たシータは胸に深く刺さる感覚を覚えた。


「あぁ……」


 零すような声を上げてシータが膝を着く。


「え?」


 ごろり。汚れるのも構わず彼女は地面に横たわる。


「え? あれ? ……シータ? どうしたの?」

「…………」


 セーギが声を掛けるも、シータは両手で顔を押さえる。彼女の表情が隠される。

 息を大きく吸い込む音が聞こえる。

 そして―――


「悔しぃいーーーっ!!!」


 ―――絶叫。手で顔を押さえているのにも関わらず修練場に響くシータの声。


「やだっ!! やだぁああああっ!! ぁぁあああーーーっ!!!」


 顔を隠して奇声を上げながら脚をバタバタと振り始める。まるで駄々っ子。


「え、ええ……? ちょ、シータさん?」


 “聖女”や“剣聖”などといった威厳が欠片も無い振る舞いをするシータを心配してセーギは声を掛ける。彼の顔には困惑がありありと浮かんでいるが、それでもシータを慮って声を掛けたのだ。


「うるさぁああいっ!! バカっ!! セーギ君のバカぁあああっ!!!」

「……ええぇ」


 バカと言われてセーギは少しショックを受ける。取り付く島もない。

 地面でのたうち回るその姿、もし他に見る人が居れば下す評価は無様の一言である。


「もう1回っ!!!」

「も、もう1回?」


 シータは左手で顔を隠したまま、右手をセーギの方へ突き出す。その手は人差し指だけを立てて1を示している。

 片手になって隠しきれなくなったシータの美しい顔は真っ赤に染まり、紺碧の瞳は涙で潤んで半泣きになっている。


「もう1回するのーっ!!!」

「い、いやでも皆と朝食を食べる前に1回だけ軽くするって話しじゃ」


 早朝でたまたま顔を合わせた2人。その時にシータは「1度だけ、軽く剣を合わせませんか?」などとセーギに願い出たのである。それをセーギが了承してこの真剣を用いた模擬戦になった。

 その結果がこれである。

 これまでの人生、成るべくして人類最強と成ったシータ。そんな彼女が本気で行った模擬戦で完敗した。それによって彼女の胸に押し寄せた感情の波は抑えきれる物ではなかった。


「駄目ぇえっ!! 私が勝つまでやるんだからぁあああっ!! ぅぅううう……っ!!」

「……ええぇ」


 唇をかんで唸るシータを困惑して見るセーギ。彼の諭す言葉は彼女に聞き届けられることはなかった。


 ―――この後3回した。全部セーギが勝った。



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