表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/127

44.Baphomet

 

「舐めるなっ!」


 バフォメットの特異能力(ユニークスキル)による3重強化。そして更に上掛けした暗黒魔法と呪術によって極限まで強化されたガンズ・エフは迫り来る刃を手に持つ戦斧によって弾く。

 邪竜さえ一刀に伏した曲剣をガンズ・エフは己の高い能力と研ぎ澄ました技量によって弾いた。

 その打ち合いでラーヴァナは目の前のオーク・ロードがあの邪竜よりも数段強い存在であることを確信する。それはガンズ・エフがレベルに相応しい実力、〈NSO〉プレイヤーよりも能力面で強いことを表わしていた。

 戦斧がまるで嵐のように迫る月光の刃をことごとく打ち払う。


「がぁあああっ!!」

『……成る程』


 バフォメットによって底上げされた今のガンズ・エフの能力は多対一でプレイヤーと戦うことを想定して調整された『ボスモンスター』の領域に立っている。


 ラーヴァナは邪竜を殺した一撃、城さえ両断した一刀を放つ。


「っ! ハァアアッ!!」


 その一撃をガンズ・エフは戦斧で受けきる。曲剣は止められ、衝撃は周囲へ拡散する。余波は周囲のオークを吹き飛ばしていく。

 レベルの数値は違えど、ラーヴァナに迫る力を発揮するガンズ・エフを銅色の瞳で見詰める。

(……勿体ない)


『お前は確実に、ここで仕留めねばならない』

「それはこちらも同じ事!!」

『残念だ。そこまで鍛えられた者がここで朽ち果てるというのは』

「戯れ言を!!」


 ラーヴァナは本心で言った。嘘偽り無く思ったことである。

 ガンズ・エフは真の戦士である。


 レベルが上がれば能力は強化される。そしてスキルがあれば行動をアシストしてくれる。現実世界で技量は無くとも、〈NSO〉内部ではそのシステムの恩恵で一定以上の技量を行使可能である。

 それはつまり、プレイヤーとは『養殖された英雄』であると言える。

 しかしそんなプレイヤーは途中で行き詰まることになる

 ゲームを楽しむことに問題は無い。ボスも仲間と協力すれば十分に倒せる。ストーリーも普通に進められる。


 だが“トッププレイヤー”には成り得ない。

 最上位に立ちたいなら『人間』を辞める必要がある。

 脳を覚醒させて“パンドラ・ボックス”を開く必要がある。

 しかしそれは後戻りできない片道切符。禁忌の箱を開けた者は二度と普通の生活は送れない。


 そして『乱麻正義』にとって、トッププレイヤーとの『戦い』こそが最も胸が躍る物であった。

 ガラクタと化した現実の肉体を忘却し、唯々(ただただ)目の前の強き者と刃を交え続ける時間。それが彼に『生きている』という物を与えてくれていた。


 だからこそ、……ラーヴァナは『魔王』たり得る。


「―――な」


 腕が宙を舞う。

 ガンズ・エフの人の胴体よりも太い腕が肩口から斬り飛ばされる。

 月光を背にした鬼、その青い影がガンズ・エフの眼前に広がる。


『強き者よ』


 トッププレイヤーはアシストを遮断している。

 繰り出す技の全てが本人の技量のみで放たれ、その一撃一撃がスキルに頼り切った常人には不可能な鋭さを持って繰り出される。


 現実の肉体を置き去りにして、遙か彼方へと。


 それがトッププレイヤーの世界。そこでは同じ土俵に立てない者は相対した瞬間に蹂躙されるしかない。

 それこそが現実を超越した電脳量子の世界における頂。


『お前に敬意を表そう』


 魔王は笑う。

 それは常にそうだった。

 トッププレイヤーと、……“電脳量子の申し子(パンドラ・ボックス)”に至った超人と戦う時の乱麻正義は常に笑っていた。

 相手を斬り刻み、相手に斬り刻まれる。

 痛覚遮断(ペイン・キラー)さえも自己判断で外し、現実と同等の痛みを感じて戦いの全てを愉しむその姿はまさに悪鬼羅刹。


 乱麻正義こそ【羅刹の覇王】の称号を得るに相応しき戦鬼だった。


 ――――――

 羅刹の覇王:修羅道において全てを殺す羅刹。殺して殺して殺し尽くし、その全てを覇によって従え屍山血河の地の上で呵う王。

 ――――――


「まだだっ!!」


 ガンズ・エフから膨大な黒いオーラが迸る。それだけでなく、近くにあるオークの死体からもオーラが噴き上がりガンズ・エフへと流れ込む。

 バフォメットの3つの強化スキル。それらが死後も残り、生き残った者へ『(よこしま)なる呪い』として降り掛かる。


「お、お、おおォオオアアアアアアッ!!!」

『……来たか』


 ガンズ・エフと戦いながらも周囲のオークを殺し続けていたラーヴァナ。オークの軍勢は既に半数にまで減っており、その死んだオークのエネルギーが邪法と混ざり、他のオークをさらに強化していく。

 それは狂乱の始まりである。


 殺された者は恨みを抱える。そして仲間に伝えるのだ、……『恨みを晴らせ』と。

 この戦場で最も敵意(ヘイト)を稼いでいたのはラーヴァナである。なら死者の思いを受け取ったオーク達が次に取る行動も決まっている。


「殺セェエエエエエエ!!!」

『『『ヴァアアアアアアアアアアア!!!』』』


 死者の呪いの影響を受けた大多数のオークが都市には目もくれず、ラーヴァナを殺す為だけに襲い来る。

 オークの大群。オーク・デーモン。そしてその支配者ガンズ・エフ。

 それらが魔王バフォメットの術によって狂気に呑まれ、ただでさえ強化されていた能力がさらに飛躍的に上昇する。


 千体近くは都市の方へ流れたが、それをラーヴァナは無視する。心配など不要。その規模のモンスターの大群なら4人の聖女で倒せる。それが例えバフォメットによって限界以上に強化された存在であっても。

 だからラーヴァナは都市には目もくれず、自身に向かってくるモンスターを確実に葬り去る。


 ガンズ・エフは仲間のオークが盾になるようにラーヴァナの攻撃を切り抜ける。

 その体に変化が起きている。さっきまで欠損していた左腕が生えている。新しい左腕は黒い羽毛に覆われた異形の腕となっている。しかし違うのは見た目だけで性能は以前となんら遜色は無い。

 呪いの力で手に入れた腕を活用し、さらに上昇した能力も駆使して戦斧を縦横無尽に叩き込んでくる。その余波は激しさを増し、力不足なオークが砕かれるように死んでいく。


 死ねば死ぬほど、恨みが募るほど、遺された呪いを授かったオーク達は強化されていく。そして生者の数が少ないほど、死者の呪いや恨みが極所に集約されていく。


「貴様ノヨウナ存在ガッ! 何故人間ノ味方ヲスル!? 悪魔ノ敵トナル!?」

『最初に言っただろう?』


 互いにオークの血で濡れに濡れたラーヴァナとガンズ・エフは鍔迫り合う。

 拮抗する力と力。あまりの圧力で地は砕け雷のような衝撃波が空気を切り裂く。

 しかしそんな拮抗も一瞬。次の瞬間にはガンズ・エフの身には無数の斬り傷が刻まれる。


「グッ!?」

『わかりにくかったか? なら言い方を変えてやろう』


 周囲のオークやデーモンが自分達の王を庇うようにラーヴァナへ殺到する。

 それらも月光の剣によって斬り刻まれて血のシャワーとなり、ラーヴァナとガンズ・エフの体を血で濡らす。

 羅刹の王は怪物の支配者を睥睨する。


『それは実に単純(シンプル)な答えだ』


 ――――――


 ガンズ・エフの部下であるオーク・デーモンは今ので最後であった。ただのオークも既に2千以下となっている。どれだけ生き残っている者が呪いによって強化されようと、ラーヴァナは勿論、都市を守る聖女達すら倒すことが出来ていない。


 邪悪な存在を一切通さない聖壁が発動する。それは都市への侵入が事実上不可能になったことを意味する。そして一方的な戦いが始まる。


 大地を砕くような打撃が怪物を、引き千切り、潰し、砕き、破裂させる。

 太陽の如き劫火が怪物を、燃やし、爆発させ、灰にする。

 浄化の閃撃が怪物の。首を落とし、手脚を刻み、斬り裂き崩壊させる。


 兵士達は見る。壁の上に居る者、開けられたままの門から、多くの兵士達はその光景を見ている。

 禍々しき異形の鬼と神聖なる美しき聖女。

 共に同じ敵を相手に戦うその姿はとても幻想的で、―――彼らにはまるでそれが神話の一頁のようであった。


 ―――鬼と悪魔の覇気がぶつかり合う。


 オーク・デーモンの支配者は邪悪なオーラを纏う。それは伏した仲間の怨嗟と呪いを一身に受けて肉体はさらに膨れ上がり、額にある六芒星から発声した血管のように走る赤い脈が全身に及び、黒い羽毛がまるで鎧のように生える。赤い目が輝き、長く伸びた牙が口から大きく出る。


 羅刹の魔王はその青い肉体に月光を纏う。二十の手に握られた大型の曲剣がその輝きを吸い込み、月輪を背負うかのような姿は神聖さを見る者に感じさせる。


 悪神の化身と成ったオーク。そして神々しき羅刹。

 両者の戦いに遂に決着が付く。魔王ラーヴァナは支配者(ロード)ガンズ・エフと睨み合う。


 ――――――


 魔王は最後に答えを告げる。自身が人に味方する理由を。


『好きな方を守り助ける。……単純であろう?』


「――――――」


 それを聞いたガンズ・エフは言葉を失う。

 その答えは悪魔にとって理解しがたい物であった。

 悪魔にとって悪魔以外の全ては、奪い、踏み躙り、愉悦を満たす玩具でしかない。その悪魔同士であっても“悪神アンラ・マンユ”という唯一絶対の神の下に団結しているだけであり、目的の為に必要ならば今回のように己の糧とする。


「……『守ル』? ソレニ『好キ』ダカラダト?」

『そうだ』

「悪鬼ガ何ヲ言ッテイル? 狂ッテイルノカ?」


 だから悪魔は他の生物とわかり合うのが不可能なのである。


『……答えが出たなガンズ・エフよ。お前達にとって俺は狂っている。なら狂人の振る舞いなど考えるだけ無駄であろう?』

「狂ッタ悪鬼ラーヴァナ!! 貴様ハココデ殺ス!!」


 ガンズ・エフが戦斧に全身全霊を込める。その込められた力の強大さで景色が歪んでいく。その一撃は放たれればルミーの張る強固な結界さえも破壊する威力がある。

 その一撃の威力だけで見るならラーヴァナが邪竜を殺した一刀を遙かに上回る。

 今のガンズ・エフは紛れもなく、魔王バフォメットによって極限まで強化された、まさに空前絶後の破壊の権化。


「貴様ヲ殺シ!! 我ト バフォメット殿 ダケデ都市ヲ堕トシテクレル!!」


 世界を破壊するかのような圧力を伴って振り下ろされた戦斧がラーヴァナに迫る。


「死ヌガイイッ!!」


 しかしその攻撃は―――


『残念だが』


 ―――止められた。


『死ぬのはお前だ、悪魔よ』


 二十本の曲剣の切っ先。1本の槍のように突き出されたそれが戦斧と衝突。

 そして二十の月光が花開くように弾ける。

 戦斧が砕ける。込められていた膨大な力が繊月の曲剣(チャンドラハース)を操るラーヴァナによって周囲へ散らされた。

 戦斧と破壊のエネルギー。その両方を失ったガンズ・エフは呆然とラーヴァナを見る。


『お前には礼を言おうガンズ・エフ』


 二十の刃が百を超える閃光となって邪悪なる肉体を通り抜ける。


『これから悪魔に出会ったら、我は問答無用で殺しても良いと理解した』

「――――――」


 動きの止まった『それ』に目を向けることなくラーヴァナは進む。横を通り過ぎても『それ』が反応することはない。そしてそのままラーヴァナは前に居る相手を視界に収めて歩いていく。

 ラーヴァナは振り返ることはもうしない。その目は次の『敵』へと定められている。


『……待たせたようだなバフォメット』


 ラーヴァナの背後でボトボトと『それ』の肉が切断面から崩れて地に落ちた音が鳴る。それはこの大地にオークの死体が1体分増えたことを知らせる音だった。

 その音を背にラーヴァナは“異界の魔王”を見る。


『汝、吾に仇為す者』


 黒い翼を開き、黒い法衣をたなびかせ、半月の杖を構える黒山羊頭の悪魔。それは『心の無い』瞳でラーヴァナを見詰め、標的(ターゲット)にする。

 自身を守るモンスターがいなくなった。だからプログラムに従い敵を倒す為、次のプロセスに移る。自身が持つ暗黒魔法と呪術によって目の前の存在と戦闘を始めようとする。


『ここで地獄の供物となって―――』

『言葉を喋られるだけ、少し哀れだな』


 しかしバフォメットのそれは始まる前に終わる。

 翼。腕。脚。胸。腹。そして頭。

 切断されたそれらが大地に落ちて散らばる。


『……異世界まで来て己が責務を果たそうとする。心の無い機械のお前を、我だけは労ってやろう』

『――――――』

『……「さようなら。そしてお疲れ様。同郷の魔王」』


 曲剣が光へと還る。展開されていた十八の腕が同様に消えていく。

 振り返れば目の前に広がる死体が大地を満たす景色。その全てが、1時間にも満たない時間で散っていった邪悪な命の入れ物。

 その血肉の大地は都市を救った証。それらを踏み越えながらラーヴァナは城塞都市の門まで戻る。


 ――――――


 門の近くで4人の聖女がラーヴァナを出迎えるように立っている。その誰もがラーヴァナに対して何かを聞きたそうにしていたが、それを一端後回しにしてもらう。

 ラーヴァナにはまず始めにするべきことがある。


 門に辿り付く。

 そこには視界を満たすような多くの兵士達、そして奥に居る民衆達。

 ラーヴァナはその全員へと届くように声を上げる。


『邪悪なる悪魔は滅した。神聖なる乙女達とこの我の手によって』


 それは勝利を告げる勝ち鬨。

 この都市に降り掛かった災いは退けたと、ラーヴァナは彼らへ伝える。


『……そしてこれを胸に刻むがいい』


 声が響く。異形の鬼が、力強く宣言する。


『“真の魔王”である我は災禍を振りまく“悪神”を殺しこの世界に真の平和をもたらす!!』


 それはこの場に居る全ての者が轟くその『言葉』を聞いた。


『我は聖女と共に、お前達を守ろう!! 真の王として!!』


 羅刹が口にしたその言葉は世界へと広がることとなる。


 “羅刹の王”―――そして後に世に出る“破邪の勇者”。

 1人で2つの顔を持つ英雄。この日の出来事がその英雄が紡いでいく伝説の始まりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ